JAPANITALY Travel On-line

 
イタリア旅行情報サイトJAPAN-ITALY Travel On-line
オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
15 Settembre 2016

第1回 

この村に住んで今年で10年

  
文・写真/吉田愛 
イタリアのドロミテ渓谷の村に移り住んで丁度10年。偶然にもこの度、私のドロミテ暮らしを連載で綴らせていただくこととなりました。皆様どうぞよろしくお願いいたします!

トップ写真:@世界遺産「ドロミテ渓谷」を前に著者の吉田愛さん 
写真下左:Aおらが村からのフィエンメ渓谷の眺め   写真下右B夏の谷を色鮮やかに飾るゼラニウム

2009年にユネスコ世界遺産に登録されたドロミテ渓谷は、今や世界に広く知られ、日本人観光客も多く訪れるようになりましたが、この山塊に定住している日本人は数少ないと思われます。この「ドロミテ暮らし」では、ドロミテの生活で体験することや山の人々のこと、風物詩や食べ物、音楽に纏わることなどをご紹介していければと思っています。

●オルガン工房で働くイタリア人の夫と結婚
第1回目は自己紹介を兼ねて、ここはどんな場所なのか、そして日本人の私がなぜこの村に落ち着いてしまったのかを書きたいと思いますが、そのためにはまず、イタリア人の夫との出会いを少し説明しなければなりません。その昔、私と夫はそれぞれパイプオルガンという楽器を学ぶ音大生でした。大学は違ったものの共通の教授の下で学んだことがきっかけで知り合いました。夫はヴェネト州出身ですが、やがて音大卒業後、ここトレンティーノ州、ドロミテ山塊の麓フィエンメ渓谷にあるオルガン工房に就職、私は彼を追うようにして移住し結婚。それがこの谷に暮らし始めたきっかけです。

写真下左:Cある村の家:夏はどの家もバルコニーにゼラニウムを飾って美しい   写真下右Dおらが谷の上から眺めるローゼンガルテンの山塊

●大小12の村に2万人が暮らす「渓谷」
私の村は人口約3千人ですが、フィエンメ渓谷の大小12の村には計約2万人が暮らし、谷として共同体を成しています。この12の村々にはそれぞれに性格や特徴があり、村人は互いに他の村のことを言い合い、またそれを楽しんでいる風でもあります。実際、隣村と2・3キロずつしか離れていないのに方言も違います。

当初、ドロミテ渓谷はユネスコ世界遺産に登録される前(登録は2009年)でした。山に特別な縁もなかった私は正直、ここに来るまで「ドロミテ渓谷」という名前を聞いたこともありませんでした。結婚前に何度か「下見」に来、これまでに観たこともなかったゴツイ山の形に驚き、美しい湖や森を見せられて素直に感動し、これまで自分が暮らしてきた町々とは比較にならないくらい小さな村で将来の夫になる人しか知人がいないという状態でスタートする結婚生活がどんなものになるだろうかを、恋していた私はあまり深くも考えずに決断(?!)。こうして、フィエンメ渓谷唯一の(そして10年経った今でも)日本人として、その新生活を始めたのでした。

写真下:Eファッサ渓谷でヴァイオレット山を望む

●当初は「アジア顔」に村の人々も当惑
ここに住み始めた当初は、村の道や商店でこちらから意識的に挨拶するも、見て見ぬ振りをして目をそらして通過していく老人たち、懐疑的な視線を向ける村人もいました。それもその筈、そもそも山の人たちは内向的、閉鎖的な性格ですが、その上多くの人がこれまで、アジア顔を近くで見たことも、ましてや話したこともなかったのでしょうから。

しかし数ヶ月、数年経って「ずっといるからどうやら観光客でもないらしい」と理解したのか、「ここに住んでいるの?何をしているの?」と徐々に声をかけてくれるようになりました。ピアノを教える日本人があの村にいるらしいとのウワサも広がり、また教会でオルガンを弾いている姿を見て警戒心も取れていったようです。 

写真下左:F谷を移動して暮らす羊の大行進    写真下右Gドロミテの夕焼けと草を食む牛たち

●内向的ながら芯の通った生き方をする村の人々
ここドロミテでは、観光産業の他は、自営業や職人として生計を立てる人々が多く暮らしています。そして、一見内向的で閉鎖的な山の人たちは実はだからこそ、周囲に流されることなく自分だけの世界観を持った芯の通った生き方をしている、そんな興味深い人々に多く出会います。そして一度「仲間」としてコミュニティに受け入れてもらえるようになると、彼らはとても親身で人情深く好奇心溢れた人たちだとわかります。

写真下:H谷の名物、スペックやハムの盛り合わせは定番の郷土料理

5年前の日本の震災の時も、道ですれ違う村人が心底私の故郷を心配してくれたことは忘れられません。隣近所での井戸端会議や困ったときの助け合い、お葬式があれば教会いっぱいに集まる人たちを見て、村人の強い仲間意識を感じるのです。

●「私もだんだんとドロミテ人、おらが村民に」
先日、おらが村のアマチュアのバンダ(吹奏楽団)を長年率いてきたカルロが80歳の誕生日を迎えました。楽団員が彼に用意したサプライズプレゼントは「吹奏楽パレード」。内緒で集まった楽団員や知人たちは、夕飯を終えただろう彼の家に向かって楽器を吹きながらパレード開始。音楽繋がりで親しくしてもらっているカルロのために私も行列に参加しました。驚いて嬉しそうに家から出てきたカルロを前に楽隊は続けて数曲をプレゼントし、バースデーソングを歌い(これは世界共通メロディ!)そのまま彼を先頭に村の広場まで音楽行進。その様子を理解した村人たちが続々と家から出てきたりバルコニーから手を振ったりして彼を祝福し、ちょっとした即席の村祭りとなりました。   

写真下左:Iカルロの誕生日に家に向かって行進する楽隊   写真下右:Jカルロの家の前で誕生日を祝う楽隊と嬉しそうなカルロ 

こういう温かい行為が誰からも咎がめられることなく受け入れられるのは、やはり田舎だから、そして日常の村人の結束力や強い連帯感の賜物でしょう。外国人でありながらこういうひとコマに参加することを受け入れてもらえたと感じるとき、ああ私もだんだんとドロミテ人、おらが村民になりつつあるんだな、と感じる今日この頃なのです。

写真下:K村の広場での即席コンサート%u3002村人が集まってきた  



著者紹介
吉田 愛  Yoshida Ai
東京都出身。武蔵野音楽大学、ドイツ・リューベック音楽大学卒業。7年間のドイツ生活を経て帰国し、盛岡市民文化ホール専属オルガニストを勤めた。2006年、オルガン制作に携わるイタリア人夫との結婚を機にトレンティーノ州ドロミテ山塊の麓フィエンメ渓谷に移り住み、北イタリアを拠点にヨーロッパ、日本で演奏活動を行う他、毎夏日本人のためのドロミテ・オルガンアカデミーを開催している。CD「バッハとイタリア」「4手の対話」(大阪、ワオンレコード)は各音楽誌で特選盤。南チロル州エーニャ市サン・ニコロ教会オルガニスト。
ブログ http://organvita.exblog.jp
ホームページ http://www.aialexorgano4mani.com





オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
小都市を訪ねる旅 アルキーヴィオへ このページのTOPへ HOME PAGEへ


http://www.japanitalytravel.com
©  JAPAN PLUS ITALY - MILANO 2013 All rights reserved.