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オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
15 Novembre 2019

第10回 

2018年10月にドロミテ地方で発生した
「嵐ヴァイア」について 

  
文・写真/吉田愛

●私の暮らすフィエンメ峡谷も未曾有の嵐に襲われる
一年前の2018年10月27日(土)から30日(火)にかけて、北イタリアのドロミテ地方を異常気象が襲いました。私が暮らすフィエンメ渓谷も10月29日の夜、強い嵐に襲われました。予想されていたこの異常気象、外出は控えるようにとの警報で私も在宅していましたが、そこまでの危機を感じず普通に夕飯を食べていました。20時を回った頃でしょうか、日本の台風で経験したような暴風雨がいよいよ襲ってきたのです。山に囲まれた村には木のざわめきが暗闇に響き、妙に暖かい風に不気味な恐ろしさを感じました。ベランダに出て様子を見ようとしても風に押されて扉が開けられないほどです。こんなことは初めてでした。

外に停めていた車を慌てて車庫に入れた直後に停電になり、翌日の夕方まで復旧しませんでした。数日間水道も止まった村もありました。真っ暗闇の嵐の中、時々何かが飛ばされていく音も聞こえて窓ガラスも危ないと思い、家中の雨戸を閉めて蝋燭だけで一晩過ごしました。我が家には薪ストーブがあるので料理も、暖を取ることもできたのは幸いでした。 

トップ写真:@「嵐ヴァイア」でフィエンメ峡谷も風景が変わってしまった。 
写真下左:A倒木は道を塞ぎ、数日間通行止めとなった。 写真下右:B根こそぎ倒れているのがわかる

●広範囲で山の木がなぎ倒され、山は痛々しい姿に
翌日の朝は妙に静かな晴天。住民が不安げに家から出てきて、そういう私もなにか情報が欲しくて村の中心部に向かいました。木の枝や葉が道に散乱し、いつもは干乾びている用水路が濁流でした。この村はほとんど被害がなかったのですが、土砂が屋内に流れ込む被害が出た村もありました。そして、「とにかく山が大変なことになっている」ということが言われました。広範囲で山の木がなぎ倒され、道路を塞ぎ、村は数日間孤立状態となりました。谷を流れる川は溢れんばかりの勢いで、流された橋もありました。
写真下左:Cこれまでは木に囲まれて見えていなかった山小屋が。幸い無事のよう。 
写真下右:D大木も根こそぎ無残に倒れている。

日に日に被害が知られていき、また自分の目でも見て改めて、あの夜どんな恐ろしいことが起こっていたのかと身震いし、自然の驚異を思い知らされました。あれから一年経ちましたが復興事業は全力で進められています。しかし、あまりに広範囲に及んだ被害のため、その痛々しい山の姿がそのままむき出しで残されているところも沢山あります。今でもその光景を見る度に胸が締め付けられます。

●「嵐ヴァイア」の深刻な被害の規模
「嵐ヴァイア Tempesta Vaia」と命名されたこの被害について、具体的に記しておきたいと思います。気象庁は2018年10月末のこの数日間に起こった現象を2つの段階に分けています。まず第1段階は10月27〜28日の大雨、第2段階は続く29〜30日に発生した強風です。まず雨ですが、3日間で600mmの雨がドロミテの東側、ヴェネト州のベッルーノ地方からフリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州のカルニア地方までを襲いました。

写真下:E夏に登ったリフトから。向かいの山が全壊。      

この降水量はこの地方の一年間の平均値に当たり、つまり一年分の雨が3日間降り続けたということになります。また風は、10月には稀な北アフリカからのシロッコで、最高風速は時速200kmを超えました。被害にあった森の面積は41000ヘクタール、倒木数は1400万本とも言われ、それは850万立米に当たります。これはドロミテ地方で一年間に伐採される木材の5倍に及びます。被害額はトレンティーノ・アディジェ州だけでも4億ユーロと想定されています。どれだけのことが起こったのか、この数字を見るだけでもお分かりいただけるでしょう。

●「ストラディヴァリの森」でも樹齢200年の銘木が倒木
私が暮らすドロミテ地方のフィエンメ渓谷の赤モミ(スプルース)は世界的な品質を誇り、「ストラディヴァリの森」「ヴァイオリンの森」としても知られていますが、樹齢200年にもなるような銘木を含む森の木が一晩で大量に倒木したわけですから、環境的にも経済的にもその打撃は尋常ではありません。

写真下左:F響板を造る工房がクラウドファンディングで救った3000本の赤モミの木の一部。こうやって板となり、楽器になるのを待っている。 写真下右:G谷のあちこちの材木工場や空き地に、これまで見たことのない量の丸太が積み上げられている。  

●クラウドファンディングにより多くの赤樅の木が救済
倒されたままでは腐り寄生虫がついて全く使い物にならなくなってしまうその銘木を救うために、ピアノや弦楽器の響板を制作しているフィエンメ渓谷のある有名な工房はすぐにクラウドファンディングを始めました。多くの賛同者によってすぐに23万ユーロが集まり、一年間で3000本の赤樅の木が救済されたとのことです。

この木は約1万6千台のピアノ、2千2百台のコンサートハープ、1万8千台の弦楽器に生まれ変わることができるのだそうです。ちなみに現在も受け付けているこの寄付金は2,3年後に全額返還されるシステムです。 

写真下左:H住宅地すぐの裏山もこの状態。 写真下右:I住宅地裏の山。一シーズンを越えて倒木の葉が枯れ、余計に目だっているようだ。    

●近年の産業植林の仕方へ問題提起の声も
このような嵐はイタリアでは初めてではないのですが、ここまで深刻な被害は前例がありません。実はこれは近年の産業植林の仕方にも問題があったのではないかとの見方をする人もいます。この地方は数百年前、それこそストラディヴァリの時代から最高品質の赤モミが育つこの森と共存してきましたが、そもそもは赤モミだけが群生していたのではなく、他種と混在していたのだそうです。

写真下左:J近所のPasso Lavaze, Pampeago方面。通るたびに胸を締め付けられるこの景色。 写真下右:K3年かけて倒木を撤去するプロジェクト。手前の山は撤去済み。奥の山はこれから。  

それが、ドロミテ地方が第一次大戦の戦場となったことで大量の木が軍需物資として伐採され、終戦後は経済成長を促すために赤モミばかりが植林されていくという歴史を辿っているのだそうです。倒木した赤モミを見ると、その多くは根こそぎ倒れていて、しかも何十メートルにも伸びる幹に対して根が意外と浅いことがわかります。このような木だけが整然と並んだ山は、歴史的に前例のないまさかのこの嵐で、一晩で広範囲で倒木してしまう結果を招いてしまったという見解です。  

●強い山づくりを目指した議論進む
倒木の撤去は少なくとも3年かかると言われています。相応しい伐採時期ではない倒木のほとんどは本来の利用価値を失ってしまいましたが、山の地すべりや雪崩などの二次災害を防ぐため、また寄生虫発生を防ぐためにもまずは出来るだけ早く丸太の状態にし、少しでも無駄にすることなく売り利用していけること、またその後の植林を可能とするために、至るところで全力で作業が進められています。しかし、それでも撤去に入れない危険な場所や撤去するに至らない低価値の木はそのまま放置するしかないそうです。  

写真下:Lドロミテ山塊を望む景色も一部このように変わってしまった。

山が完全に元の状態に戻るまでには200年かかると言われますが、今後は第一次大戦以前のような、いくつかの種類の木を混在させ自然の法則により任せた強い山作りを行っていくべきではないかと議論されているようです。

写真下左:M至るところに積まれている丸太。倒木を運ぶトラックも頻繁に通行。 写真下右:Nすでに整理され更地と化したところ。丸太が積み上げられているのが見える。  


●山に暮らす人々が一丸になって復興に取り組む
一年経った今、様々な活動が立ち上がっています。今後の課題を議論するための多くのイベントや、カンファランス、募金活動の他、商店街やホテルでも「嵐ヴァイア」の出来事を展示したりして観光客にも周知を促しています。ドロミテの山に暮らす人々が一丸となって復興に向けて前向きに取り組み進もうとしています。私もこうしてこの記事を書くことで、少しでもより多くの人にドロミテのこの出来事を覚えてもらえればと思っています。

後記。この記事を執筆後に日本で台風19号が起こりました。
その甚大な被害はイタリアでも大きく報道され、皆、心を痛めております。
被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。


著者紹介
吉田 愛  Yoshida Ai
東京都出身。武蔵野音楽大学、ドイツ・リューベック音楽大学にて、パイプオルガン、チェンバロ、教会音楽を学ぶ。7年間のドイツ生活を経て帰国し、盛岡市民文化ホール専属オルガニストとしてオルガンの普及活動に勤めた。2006年、パイプオルガン制作に携わるイタリア人夫との結婚を機にトレンティーノ州ドロミテ山塊の麓フィエンメ渓谷に移り住み、北イタリアを拠点にヨーロッパ、日本で演奏活動を行う他、毎夏日本人のためのドロミテ・オルガンアカデミーを開催している。CD「バッハとイタリア」「4手の対話」(大阪、ワオンレコード)は各音楽誌で特選盤。南チロル州エーニャ市サン・ニコロ教会オルガニスト。
ブログ「オルガニスト愛のイタリア山小屋生活」 http://organvita.exblog.jp
ホームページ http://www.aialexorgano4mani.com





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