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北イタリア モザイクの旅
15 Gennaio 2012
第5回
  ヴェネツィアのラグーンへ 
 アルティーノ、トルチェッロ島、ムラーノ島 

持丸 史恵 


●アルティーノ
ヴェネツィアのマルコ・ポーロ空港から、ヴェネツィア本島に向かわずに逆に向かって車で10分ほどのところにあるアルティーノAltino。今でこそ、畑の中に埋もれるようにあって、うっかりすると通り過ぎてしまいそうな小さな町ですが、かつて、ローマ時代には、アドリア、パドヴァからアクイレイアへとつなぐアンニア街道沿いの町として大きく栄えていました。


写真トップ@トルチェッロ島のサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂内の「聖母」のモザイク
写真上ABアルティーノ考古学史跡にみられる床モザイクの一部    

このあたりで発掘したものを中心に展示した小さな考古学博物館Museo Archeologico Nazionale di Altino があるのですが、ここで見逃してはならないのは、現在の道路沿いに発掘されているいくつかの考古学史跡。博物館の係員に声をかけて、その保護区間に入ると、ローマ時代の道路や城門の跡が見られるほか、当時の貴族のお屋敷、ドムス(domus)の床モザイクが一部残っています。(写真AB)
お天気がよければ、そのモザイクと一面の畑のむこうに、トルチェッロ島が見えます。

●トルチェッロ島のサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂
ラグーン(潟)には、古く、ローマ時代から人が住んでいたと言われています。トルチェッロTorcello島もその1つで、少なくとも4-5世紀には既に居住者がいました。ただしそのころは、そのラグーンの中で漁をして暮らす民が、沼地の上に簡単なほったて小屋を建てている程度。伝説によると、452年、フン族の襲来から逃れてきたアルティーノの住民が町を形成したと言われています。そして639年、当時、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)のラヴェンナ総督の支配下にいたアルティーノの町は、ロンゴバルド族の襲撃を逃れるために、このトルチェッロに司教座を移し、住民の移住も決定的となりました。


写真上Cトルチェッロ島のサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂  

水上バスを降りて、目の前の道を道なりに5分ほど歩くと、お土産屋さんなども出ている、小さな広場にぶつかります。右側、手前にあるのがサンタ・フォスカ教会。その奥にある、鐘楼つきの大きな建物がサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂Basilica di Santa Maria Assuntaです。(写真C) 639年に初めて建てられた大聖堂は、1008年、オルセオロ司教により現在の形に改築されました。サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂は、バジリカ型、つまり体育館のような長方形で、3廊式、つまり円柱の列によって、正面祭壇に向かって、中央と左右とが3つの細長い空間に分けられています。 後陣上の半円蓋には、幼子イエスを左腕に抱いた聖母が、金地の上に大きく浮かんでいます。(写真@)12-13世紀のモザイクです。その下に並ぶのは12使徒。また、この右隣の礼拝堂の天井を見上げると、「神秘の子羊」を4人の天使が四方から支えています。(写真D)これも12-13世紀のモザイクですが、前回ご紹介した、ラヴェンナのサン・ヴィターレ大聖堂で見たモチーフとよく似ています。半円蓋には、玉座のキリストと大天使ミカエルとガブリエル。その下には聖人たちが並んでいます。


写真左Dサンタ・マリア・アッスンタ大聖堂の礼拝堂天井の天井にある4人の天使のモザイク 
写真右E大聖堂内の「最後の審判」のモザイク


美しい立像の聖母も大変魅力的ですが、多くの方はそれよりもさらに、その聖母と向き合う形にある後ろの壁のモザイクに目を奪われるのではないでしょうか。同じく12-3世紀の「最後の審判」です。(写真E) ビザンツ様式にのっとったこのモザイクは、最上段からまず、「聖母と聖ヨハネに囲まれた磔刑のキリスト」。「辺獄への降下」、「栄光のキリストと聖母と洗礼者ヨハネ」、12使徒、聖人と天使たち。蘇生の奇跡、そして選ばれし者と裁かれし者、とくに地獄絵については説明の必要もないでしょう。様式化された図像の中でも、その地獄の恐ろしさは一段と生き生きと表現されています。
ここではまた、色大理石による床モザイクも見逃せません。
お隣に建つ、1100年ごろ建造されたビザンチン風なサンタ・フォスカ教会もなんともいえぬ魅力を持つ空間ですが、肝心のモザイクに集中するため、ここでは残念ながら説明ははしょることにします。

●ムラーノ島のサンティ・マリア・エ・ドナート聖堂
トルチェッロ島からヴェネツィアに戻る途中、ぜひムラーノMurano島にも寄ってみましょう。 ガラスの工房が集中してあることで知られるムラーノですが、忘れがたいモザイクもあります。


写真左Fムラーノ島のサンティ・マリア・エ・ドナート聖堂  写真右G同聖堂内部の「祈りの聖母」のモザイク 


7世紀に起源を持つサンティ・マリア・エ・ドナート聖堂の、現在の建物ができたのは1140年。18世紀の修復で、とくに外観は大幅に手を入れられていますが、中世のヴェネト・ビザンチンのスタイルをよく保っています。(写真F)

トルチェッロの聖母に比べると、若干知名度が劣るようですが、実はここにも美しい聖母がいます。トルチェッロのサンタ・マリア・アッスンタ同様3廊式バジリカ型のプラン、同じようにアプシスの半円蓋の金地に青いマントの聖母が建っているのも同じです。が、よく見ると、この聖母は幼子イエスを抱えておらず、その代わり両手を胸の前で開いています。これは、ビザンツ帝国においてよく見られる図像で、「祈りの聖母」と呼ばれています。(写真G) こちらは12世紀または13世紀初期のモザイク。残念ながら、それ以外の壁のモザイクは失われています。


写真上HIムラーノ島のサンティ・マリア・エ・ドナート聖堂の孔雀や想像上の動物の床モザイク 


一方、床のモザイクは1140年当時のもの。まさにそのモザイクの中に、1140年という年が刻まれています。永遠を表す、大きな輪の模様のほか、孔雀や鷲、グリフォンなどの想像上の動物などが色鮮やかに描かれています。(写真HI)

一時は20,000人を超える住民がいたのが信じられないような、ひなびた島トルチェッロは、人気の観光スポットの一つなので、訪れたことのある方も多いでしょう。このモザイクの聖母については、須賀敦子さんがそのエッセイの中で、「これだけでいい。」と書かれていることもあり、須賀ファンには絶対に外せない場所でもあります。 ですが、せっかくならトルチェッロとムラーノ両方訪れて、どちらがお好みか、2つのマリア像を比べてみるのも面白いでしょう。


著者プロフィール
持丸 史恵(Mochimaru Fumie)

ヴェネツイア在住。横浜市出身。通訳、コーディネート業など。
2000年秋より1年ペルージャで過ごしたあとヴェネツィアへ。日本では縁もゆかりもなかった美術史を楽しくも苦しみつつ学び、ヴェネツィア大学を卒業。在学中より、美術史の中でもとくに古代から中世にかけてのモザイク美術にハマる。イタリアを中心に、各地に点在するまだ見ぬモザイクをいつか制覇したいと夢見ている。
日々の様子は、ブログをどうぞ: 「ヴェネツィア ときどき イタリア」 http://fumiemve.exblog.jp


北イタリア モザイクの旅 データ

ヴェネツイアのラグーンのモザイク
ヴェネト州 ヴェネツイア県 

■アルティーノAltino
アルティーノ国立考古学博物館
Museo Archeologico Nazionale di Altino

Via S. Eliodoro, 37 - 30020 Altino VE
Tel/fax 0422/829008
URL: http://sbmp.provincia.venezia.it/mir/musei/altino/home.htm
開館時間:8.30 - 19.30 
休館:1月1日、5月1日、12月25日
入場料:2.00ユーロ

■トルチェッロ
サンタ・マリア・アッスンタ教会
Basilica di Santa Maria Assunta

Isola di Torcello
Tel. 041 2702464
開館時間:10:30-18:00 (11-2月は10:00-17:00)
入場料:4ユーロ

■ムラーノ島
サンティ・マリア・エ・ドナート教会
Chiesa di Santi Maria e Donato

Campo San Donato, Murano
Tel. 041- 739056
開館時間:8:00-18:00(日曜は13:00-18:00)
入場料:無料

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