これまでに紹介してきたところもほとんどそうなのですが、イタリアの建物、とくに教会の場合、一度建てられてから何度も改装や改築を繰り返していることが多く、時代やスタイルが混在していることが多いのが特徴です。1.サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂
●紀元5世紀、シクトゥス3世の時代のモザイク
ローマのテルミニ駅に近い、サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂(写真A)もその1つ。
発掘調査では、アウグストゥス皇帝時代か、さらにそれ以前の建物の跡が確認されていますが、現在の聖堂は5世紀中盤に建てられました。
写真トップ:@サンティ・コズマ・エ・ダミアーニ聖堂の中央祭壇のアプシスのモザイク
写真上左:Aサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂外観 写真上右:Bサンタ・マリア・マッジョーレ、中央廊、横壁
もっとも、当時の姿を残しているのは、翼廊なし3廊式バジリカ型のプランであることと、これからご紹介するモザイクくらい。 中に入ると、その豪華・壮麗な姿に圧倒されますが、ここはそのほとんどに目をつぶりましょう。目的のモザイクは、中央廊の左右両壁、円柱の上、アーチ型の窓の下に並ぶ四角いパネルです(写真B)。
写真上:CDサンタ・マリア・マッジョーレ「勝利門」壁
旧約聖書から、正面に向かって右側が、モーゼとヨシュア、左がアブラハムとヤコブの物語で合計43枚。なにしろ見づらい場所にある上に絵が細かく、さらに欠損あり、後世の修復あり、そして、日本人には馴染みの薄いテーマですが、ローマらしい、カラフルでリアリスティックなモザイクであることを指摘しておきましょう。
正面に目を向けると、後陣アプシスには金地に「聖母戴冠」を描いた大きなモザイクが。ただしこれは、13世紀末なので詳しくはまた次回以降に。
その手前、「勝利門」と呼ばれるアーチ型の壁面のモザイクが、さきほどのパネルと同じ、シクトゥス3世の時代(432-440年)のもので、左上の受胎告知から始まり、こちらは新約聖書、すなわちキリストの物語が描かれています(写真CD)。
2.サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ大聖堂、礼拝堂
●洗礼堂アプシスに残る5世紀のモザイク
もう1つ、ローマの司教座教会である、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノに足を向けてみましょう。といっても、今回の目的は巨大な聖堂ではなくその横の洗礼堂です。(写真E) しかも、その八角形の洗礼堂そのものは、ルネサンス時代以降にすっかりリニューアルされているためにこちらもスルー。
写真下右:Eラテラーノ洗礼堂、外観
入口から入って奥に抜けると細長い前室がありますが、その左側、アブシスに5世紀のモザイクが残ります(写真F)。 中央は後世に追加された彫刻で隠されていますが、1つの壷から出た蔓が、紺色の地を埋めるように渦巻いています。「生命の木」、とくにここでは、「私はぶどうの蔓である」と言ったキリストそのものを表していると言っても差し支えないでしょう。上方には十字架、さらにその上の中央には「神秘の羊」、そして鳩たちが並んでいます。
サンタ・マリア・マッジョーレで見た登場人物がいっぱいのモザイクと、同じ時代のものながら、ここではすでに、表現の抽象化、形式化が明らかです。
写真上左:Fラテラーノ洗礼堂、前室アプシスの5世紀のモザイク 写真上中:Gラテラーノ付礼拝堂 写真上右:Hラテラーノ付礼拝堂アプシス
●礼拝堂には7世紀中盤のモザイク
そしてその隣の礼拝堂には、少し時代が下って、7世紀中盤のモザイクが残っています(写真G)。アブシスの中央に君臨するのが天使2人に囲まれた「救世主キリスト」、下方には、祈りのポーズの聖母と聖人たち(写真H)。キリストの顔など、かなり修復の手が入っているのは別としても、金地のニュートラルな背景といい、キリストや聖母のポーズ、そして硬い表情で動きのない聖人たちなど、これまでのローマのいわば庶民的とも言える人物像から離れ、より荘厳さの強調されたスタイル、いわゆる「ビザンチン様式」が強く現れています。暗くて見づらいのですが、ここの「勝利門」壁もお忘れなく。
3.サンティ・コズマ・エ・ダミアーニ聖堂
●ローマからビザンチン様式への過渡期のモザイク
5-6世紀、ちょうどその、ローマ・スタイルからビザンチン様式への過渡期と言えるモザイクが見られるのが、フォロ・ロマーノ近くにある、サンティ・コズマ・エ・ダミアーニ聖堂です。(写真I) こちらも、建物のほとんどの部分が後世の改築によるものですが、中央祭壇のアプシスと、「勝利門」壁のモザイクは、手を加えられながらも、どうにか当時の姿が残っています。現在の教会の大きさの割に、半円蓋がややアンバランスに大きく見えるのは、1632年の工事で、床が7mも上げられたため(写真@)。
写真下左:Iサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂外観 写真下右:J同、中央祭壇のアプシス
紺地の空にたなびくカラフルな雲、その中に浮かぶキリスト。その両側には、聖ピエトロと聖パオロが、聖コズマと聖ダミアーニをキリストに紹介するように立っています(写真J)。一番左端、教会の模型を持って立つのが、この教会を奉献した当時のローマ教皇フェリックス4世。ただし彼の顔は、17世紀に完全に作り替えられています。
写真下左:Gサンティ・コズマ・エ・ダミアーノ聖堂 「勝利門」壁 写真下右:H同、一部
「勝利門」壁は「黙示録」から。中央には「神秘の羊」、両脇の2人の天使のさらに外側には、福音書家、ルカとヨハネの象徴、天使と牛の姿が見えます(写真K)。後の改装工事のため、よく見ると絵がそこで不自然に切れています(写真L)。
4.サンタニェーゼ(聖アグネス)教会
●キリストや聖人を絶対的存在として描く7世紀のモザイク
7世紀のモザイクで忘れてはならないのがもう1つ。前回ご紹介した「サンタ・コスタンツァ廟」と同じ敷地内にある、サンタニェーゼ(聖アグネス)教会です。(写真M)
写真下左:Mサンタニェーゼ(聖アグネス)教会 外観
金地を背景に、中央に立つ聖アグネスと、それを囲む2人と、皆完全に動きのない、極めて厳かな様子で描かれています。前述、コズマとダミアーニの教会では、キリストも聖人達も、重力を持ってしっかりと地に立ち、それぞれ動きを見せていましたが、ここでは3人とも完全に、そういった地上の煩いからすべて解き放たれ、絶対な存在として空に浮かんでいます(写真NO)。
写真下左:Nサンタニェーゼ(聖アグネス)教会 内観 写真下右:O同、アプシス
写実主義、自然主義から離れ、キリストや聖母、聖人を表現する際には、自然の人間のようであってはならず、絶対的な存在として描かれることが求められるようになった時代でした。