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20 September 2001


第8回
グラダーラの城塞

(マルケ州、ペーザロ近郊 - グラダーラ)

La Rocca di Gradara
(Gradara, Pesaro)




いわゆる「フランチェスカの部屋」


イタリア文化財省 編集協力記事
Con la collaborazione del Ministero per i Beni Culturali e le Attività Culturali


マルケ州とロマーニャ州を結ぶ複数の道路が交差する場所を見下ろす丘の頂上にそびえ立つグラダーラの城塞は、直ちに戦略的に重要な位置を占めるようになった。この城塞は、簡素な独立した塔──今なお一番古い部分をなしている主塔──から徐々に発展し、現在見られるような形になった。4つの角塔を持つ四辺形の平面図は中世の城塞建築に典型的なものである。

1463年まで城主であったマラテスタMalatesta一族は、この城を難攻不落の砦としただけでなく、豪華な住まいにもした。ある15世紀の頌詩にあるように、その広間は絵画で飾られており、近世の領主たちにとっての美徳の手本であった古代の英雄たちが描かれていた ──その制作には青年のロレンツォ・ギベルティLorenzo Ghibertiも参加したらしい。ルネサンス期には、軍事施設と住居という二重の役割によって広く名を知られることになった。1463年以降マラテスタに代わってスフォルツァSforza一族が城の主となり、とりわけジョヴァンニ・スフォルツァGiovanni Sforzaは1494年に──その前年に結婚したルクレツィア・ボルジアLucrezia Borgiaのために──重要な改築工事を行った。

著しく損傷を受けてはいるが、きわめて象徴的な絵画装飾が施された、いわゆる「ルクレツィア・ボルジアの小部屋」が今でも残っている。

その後、放置の期間と増改築や装飾事業が行われる期間が交互におとずれた。そのため、城の建築構造は重層的なものとなり、一つ一つを解読したり分離したりすることが困難になった。それらは1921年から1923年にかけて行われた大規模な修復作業によって一様なものになってしまった。

現在残るグラダーラの城塞は、統一して間もないイタリアの20世紀初頭の文化における非常に興味ある状況を表している。その頃のイタリアでは、歴史的起源を熱心に求める機運が高まっていた。

過去を知ること──なかでも、中世がルネサンスに溶け込んでゆく短い期間が特に人々の心をとらえた──はイタリア文化全体を巻き込んだ。それはフランチェスコ・デ・サンクティスFrancesco De Sanctisの批評活動であり、ダンヌンツィオD'Annunzioにおける詩的な追憶であり、初期のイタリア映画の「イメージ」となった。こうした風潮の中で、学者や祖国の歴史の研究者たちは、記録や資料を丹念に調べることで昔の忘れられた出来事につながる多くの記憶の糸を再び結びつけた。

ダンテDanteが『神曲』の地獄篇第5歌で取り上げているパオロとフランチェスカの悲恋がグラダーラ城を舞台にしているという伝説がいつ生まれたのかは定かではないが、その反響はたちまち広がった。

18世紀の地元の研究者たちは、もちろんそのような出来事には触れていない。おそらく18世紀の暗示的な要素──なかでも、甲冑を身につけたままの遺体が主塔の井戸に埋め込まれていたのが発見されたこと──が、こうした伝説のもとになったのかもしれない。たしかにそれらの伝説が定着するのは20世紀になってからのことである。

1901年に、ローマのコスタンツィ劇場Teatro Costanziにおいてガブリエーレ・ダンヌンツィオの「フランチェスカ・ダ・リーミニFrancesca da Rimini」が上演された。この悲劇は大成功を収めたというほどではなかったにせよ、視覚的に強烈なインパクトのある考古学的および「狂乱の」中世という見方がイタリアの文芸において深く反響を呼んだ。

もはや衰微しつつあったグラダーラ城に、かつての絢爛豪華さを取り戻そうとする野心的な計画において、地元の歴史家の提案に加えてダンヌンツォの詩がはたしてどれだけの影響を与えたのだろうか。

現在、城の内部を見学しながら目にする部屋を、ダンヌンツィオが記述した悲劇の舞台となった部屋のイメージと比べてみると、その影響は少なからずあったと思われる。

たとえば、(第3幕の)フランチェスカの部屋の描写を以下に引用してみよう。「化粧板で美しく壁面を仕切り、装飾された部屋が現れる…。天井の下の壁にはぐるりと帯状の花網装飾が施されている…。右の隅には、豪華な垂れ幕を下ろした寝台があり…奥には、アドリア海に面した窓がある…。窓のそばには書見台があり、その上には湖のランスロットの物語の本が広げられている…。小卓の上に、香水壷や杯、袋、帯、その他の調度に混じって銀の手鏡がある。鉄の大きな燭台が寝台の近くと内陣に続く小部屋に置かれている。周囲には手箱や足置きが散見される。そして床の中央には揚げ釜の取っ手が突き出しており、そこを開けると下の部屋に降りられるようになっている。」

城の象徴的な場所となっている、いわゆる「フランチェスカの部屋」はこのイメージをそっくり写しているかに見える──アドリア海に面した窓、花網装飾、垂れ幕つきの寝台、ベンチ、書見台、燭台、揚げ釜…。

もっとも、グラダーラの「中世リバイバル」が、ヴィオレ・ル・デュックViollet Le Ducなどの厳密な理論的前提などとは無縁の、きわめて地方的で遅れた現象であったことは否定できない。

修復は文献学的な意図をもって始められたが、作業の進行とともに、「舞台背景的」ともいえる要素が優勢となった。そしておそらく、このような特徴がこの建物をいっそう「魅力的」なものにしたといえるだろう。実際には、この城を当初の華やかな姿に戻そうとする計画は近年に始まったものではない。すでに18世紀にカルロ・モスカ=バルツィCarlo Mosca-Barzi侯爵によってなされた修復作業は、「考古学的」というよりは復元の意味をもつ修復観に基づいていた。

1921‐23年の修復工事は、すでに述べたように、ごく周到な文献学的厳密さに従って始められたが、やがて「様式統一」の趣味がまさるようになった。こうして、建物の設備が古いままに保たれ、外観も基本的に完全な形で残っているとはいえ、見学者がその内部に入って受ける印象は、イメージを微妙に喚起する空間におけるそれである。

実際、現在のわれわれが目にするのは、さまざまな様式の奇妙な混交で、本物と「偽物」の絶え間ない交錯である。能力のある職人たち──その多くは地元の美術学校の先生であった──によって描かれた壁面の絵画は、マラテスタ家やスフォルツァ家の紋章を模してはいるが、その線は疑いなく「リバティ(=アールヌーボー)」風の柔らかな輪郭を描き出している。

それらの部屋は、ルネサンスの高貴でかつ厳しい生活を思わせるというより、軽くたよりない優雅な虚構の生活を想像させるものである。

この建物が国の所有物となったのは1982年になってからのことである。それ以降になされた地道な修復作業のおかげで、現在ほぼ完全に一般公開ができるようになった。博物館としての空間だけでなく、戸外のいわゆる「練兵場」も利用できるようになり、魅惑あふれる背景の中で、夏季にはさまざまな文化的催し(コンサート、演劇、映画会等)が開かれる。

ROCCA DEMANIALE DI GRADARA (国有グラダーラ城塞)

アクセス方法:グラダーラGradaraへは、ペーザロPesaroからアドリア
         海沿いに北西へ。エミリア・ロマーニャ州に入る少し手
         前にあります。
入場料:8,000リラ、18歳から25歳までの者(および国立学校の専任
     教師)は4,000リラ。
     18歳未満および65歳以上の者は無料(文化財省に勤務する
     者、観光ガイドおよび通訳、I.C.O.M.会員、建築学科、文学
     部、文化財保存修復研究所、美術学校、その他に在籍中の
     学生は無料)
入場時間:月曜‐8:30〜14:00  火曜〜日曜、祝日‐8:30〜19:15
       1月1日と12月25日は休み。(切符売り場は閉場の30分
      前まで)
禁止事項:喫煙、動物の入場、室内でのフラッシュおよび三脚による
      撮影、傘、鈍器、大型のかばん、リュックの持ち込み。

なお、団体観光客向けの見学ガイド・ツアーについては、グラダーラ市内に正規の個人ガイドがおりますので、観光案内所などにお問い合わせ下さい。

グラダーラ市地図


 翻訳:小林 もり子
 東京都出身。東京芸術大学大学院修士課程修了(イタリア・ルネサンス美術史)。
 1992年よりイタリア在住。 共訳書:「ボッティチェッリ」(西村書店)


*このページの写真および掲載記事内容は、イタリア文化財省の所有するものです。
無断での複製はご遠慮下さい。

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