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奥山陽子のハラハラ、イタリア日記
15 Aprile 2011
第6回
イタリア人は楽しみ上手


奥山陽子

●まちは生きている
ある日、そのころはレジデンスからアパートを借りて移っていた。朝出かけようと前の広い道路に出ようすると、何やら係員っぽい人が飛んできて、“出ちゃだめ”という。見回すと人が群がって居て、一方向を見ていると思うまもなく色とりどりのヘルメットと自転車が駆け抜けていった。市民の自転車競技の日らしかった。
また冬のあるときは、同じ道路で夜10時頃なのにマラソンをやっている。テントが張ってあって、熱々の紅茶をごちそうになってしまった。やはり市民ランナーが疲れ果てながら友人達の声援を受けて走っていた。
市の中心の広場にはクリスマス頃には、回転木馬や小さなスケートリンクができる。子供から大人までがミニリンクで興じていて貸靴まである。

昨年、プーリア州(長靴のかかと部分)の小さな町に行ったときは、何の変哲もない細長い広場に、何百という椅子を置き通路に赤いカーペットを敷いて、詩の表彰式をやっていた。ギターなどの音楽もあり朗読もあった。椅子の数はほとんど町民の数くらいか。子供達はセレモニーの間中も走り回っていたりして、堅苦しくない。その後は町長および100人近くの人と、食品工場のような建物の中庭で、簡易的なテーブルと紙のテーブルクロス、折りたたみ椅子だったが、フルコースのとても美味しいディナーをごちそうになった。

 写真上:要塞を兼ねた橋の上での3000人のチェーナ
写真左:友人が焼いたイチジクのケーキ  写真右: 建築家たちといっしょに我が家にて

●フェスタ
近郊の町や村で、ちょっとした広場が一夜のうちに豆汽車やゴーカートまであるミニ遊園地に様変わりしていることがある。村や町主催フェスタ(祭)で、アスパラガスのフェスタ、サクランボのフェスタ、ヴィーノノヴェッラ(イタリアのボジョレヌーボー)栗やきのこのフェスタ、リゾットのフェスタなど季節感の豊かな催しである。そのほかに政党のフェスタなどというものもある。

野外で行われ、巨大な主テントではワインや料理を紙皿で買ってきて、長いテーブルと長いベンチで食べるというとてもシンプルな、いつも賑わっているフェスタである。落としぶたの原理の、伸縮性のステンレスでできた大きな丸いダンスフロアで社交ダンスが行われていることもある。熟年のカップルたちがダンスシューズに履き替えて、熱心に踊っている。

来たばかりのころディスコに行って見たことがあるが、ガルダ湖のそばで、野外だった。社交ダンス、若者向けのダンス、南米のリズムカルダンスなど3,4カ所の屋根付きところで踊っていて、あとは星空の下、遊園地の夜といった雰囲気だった。                                               

●ヴェローナのチェーナ(夕食)
昼食は1時ころから、夕食はここでは8時?8時半に始まる。シチリアなど南部に行くと、10時くらいからのこともある。夏にプーリア州に行った時は、我々が夕食を終えて帰る11時頃に、幼稚園児の誕生会かと思われる子供や大人20人くらいのグループがレストランに入ってきた。これにはヴェローナに住む友人も驚いていたが。 チェーナにお招ばれすると、ワインやデザート、花などを持って行く。親しい仲だと手作りのデザートや料理の一品の場合もある。 ここヴェローナで特記すべきは、時間に正確なこと。私の家はかなり駐車が困難な場所にあるが、それでも時間ぴったりにブザーが鳴って揃ってのご来場である。最初の頃、イタリアは何となく時間にルーズな感じがして、定刻に行くよりも5分くらい遅れたほうがホストに迷惑をかけない、などの格言を信じて5分遅れに到着したところ、全員着席して私を待っていたという事件があり、それからはナーバスになった。しかし、イタリア南部の人やサルデニアの人は、30分くらい平気で遅れる。

●イタリアとは
今年でイタリア統一150年だそうで、2,3日前に盛大な式典を行っていたが、イタリアを理解するのは難しい。みんな自分たちはヴェローナ人と思っていて、冗談で、ポー河(マントヴァの近くのイタリア最大の河)から向こうはアフリカだとまで云う。ヴェローナ人がイタリア人だと自覚するのは、ワールドサッカーやオリンピックの時だけかもしれない。都市国家のなごりで、自分たちの街は最高と思っているし、マントヴァやヴィチェンツァなど近くの街は昔の敵国で、あそこの方言は判らないともいう。

だから成人しても日本人が大都市に出ていくようにローマやミラノに行くなどのケースはほとんど無い。家族のそばに一生住んで節目ごとに近くに住むファミリー全員が集まって食事をする。となりに住むパオロは、ミラノの彼女とヴェローナをはかりにかけて、ヴェローナを選択した。電車で1時間半なのに、ミラノで子供を育てるとは考えられないそうである。

そのため旅をすると、それぞれの街の言葉のなまりや郷土料理、特産品、それに建築様式までユニークで、とても興味深い国なのである。

著書プロフィール
奥山陽子 (Okuyama Yoko)

東京に生まれ、北海道大学工学部建築工学科卒、丹下健三のもとで東京カテドラルのコンペ、広島平和公園聖火台、聖心女子大学などのプロジェクトに参加。その後、創成社建築設計事務所を開設し住まいと住環境をテーマに住宅や集合住宅の設計、住宅地域計画などを行う。1990年代には日本建築家協会理事もつとめた。  

それまでに培ったアートへの素地と憧憬は、独自の手法によるアート作品制作へと向い批評家や愛好家の支持を得て、イタリア国内および国外での個展などへの参加となった。その作品はイタリア以外にも、アメリカ、フランス、イギリスなどで収集されている。1999年よりイタリア在住。
「奥山陽子のアート」サイト  http://www.yokookuyama.com
「旅のサイト」  http://www.northitaly.net/
(写真右上:筆者、ニューヨークでの展覧会会場で)            




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