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奥山陽子のハラハラ、イタリア日記
15 Maggio 2011
  第7回 
イタリア社会の格差について


奥山陽子

●青い血
ヴェローナは、金持と青い血にはとても住みやすい街だと友人が云う。
テレビに7,8人の職業を当てるというクイズがあり、回答者は登場人物の雰囲気、手や筋肉をさわったり、服装を吟味したりして、それが結構当たるのが不思議。日本では1億総中流のなごりでまず当たることはないだろう。ここでは親の職業を受け継ぐ人が多い。小規模の店や工場を家族で継いでいるのをよく見かける。

 写真上:ヴェローナ近郊の典型的な貴族の館

一方で青い血とは貴族のこと、イタリアではコンテ(伯爵)ドゥーカ(公爵)などの称号が慣習的に未だに通用している。
しかるべきところにゆくと、服装は仕立てがよく生地もいかにも高価そうで、姿勢よく動きがエレガント、顔立ちの美醜は別として名画からぬけでてきたような系統で、話し方も下々とは異なるという人種に出くわすのである。

友人のフランチェスカは、ヴェローナ近くの元領主の直系で、興味本位に彼女の育ったお城について聞いてみた。私達が住んでいたのは東ウイングで、そうねえ20部屋くらいあったかしら、とのこと。見渡す限りの葡萄畑は有名なワインを産し、広大な庭園は有料だが市民にも解放している、彼女はやはり貴族出身のカルロと結婚したので、お城が2つになってしまったそう。お城は一家に一台にして欲しい!


知人のコンテはヴェローナから10キロほど離れたところに豪壮な館を持ち、前庭は幾何学的なイタリア式庭園になっていて、まわりはやはり葡萄畑で取り囲まれている。中に入ると床は大理石、天井は2階分以上もあり、階上には10メートルもの高さの壁と天井がフレスコ画で埋め尽くされた大広間、その広いバルコニーから庭園が一望に眺められる。このようなところに冬はどうやって住むのかと思うと、コンテは館の裏の割合小さな建物を改装してそこを住いとしているのである。

ある夜に友人たちと通りかかると、門が開いていて駐車場が車でいっぱい。ちょっと挨拶をしていこうなどという人が居て、立ち寄ってみた。広大な庭に大きな丸テーブルをいくつも並べて、蝶ネクタイのウエイターがコース最後のデザートをサーブしているところだった。その後は2階の大広間でコンサートが開かれ、終わりには花火まで打ち上げられた。コンテに会えないままにパーティーにひそかに乱入したかのようになってしまったが、コンサートなどを楽しんで帰ってきた。
このように広大な館と大庭園の維持費のためか、イヴェント貸しをしている館も多い。

結婚式ビジネスをするために、すてきなヴィラ(館)を探しているという婦人と、郊外の候補を見て回ったことがある。ヴェネツィアからヴィチェンツィア、ヴェローナにかけて、有名な16世紀の建築家、パラーディオの設計によるヴィラがかなりある。パラーディアーノというパラーディオ風のものはもっと多いが。そのうちのいくつかを訪ねたが、いずれも素晴らしいのだが、実際に使うにはかなりの投資が見込まれた。このような文化財保護の対象は、軽微な修復でも国の認可がいるそうで、費用も工法、材料が今と違うため巨額になる。もちろん建て替えなどもできず維持費も途方にくれるほどで、無用のお荷物となっている例が多い。

 写真左: イタリアアルプスで  写真右:イタリア側から見たマッターホルン  

●富裕層
門から車寄せまで、並木などのあるアプローチがずっと続いて、建物が外から見えない邸宅などざらである。といってヴェローナのあるヴェネト州はイタリアでとても裕福な州のひとつなので、庶民のアパートも決して貧しくはないのだが。

なぜこのような格差が存在するかというと、一般的には相続税がかからず、固定資産税や不動産売買税も日本とは比較的ないほど少ないためのようだ。日本のようにかなりの財産を相続税のために三代で無くしてしまうことはないらしい。日本は民主的ではあるが、豪壮な邸宅が相続のため見るも無残に小さく区画された建売住宅になってしまい、文化を支えるパトロンのような存在も無くなってしまったと痛感することもある。しかしイタリアの庶民の身になってみると、少々腹が立ってしまうのである。

私はスキーをするので、そのためにもドロミテ山塊やイタリアアルプスにも近いヴェローナに住んでいるのだが、ここのスキークラブに入れてもらって、初めてコルチナダンペッツォに滑りに行ったときのこと。スキー行と思い、バックのかわりにリュックを持ち、寒いと困ると厚手のセーターにどた靴で参加したが、男性はこざっぱりしたコート姿、女性たちは毛皮に、ブランドのバッグで、私ひとり合宿にゆく小娘といういで立ちでかなり居心地が悪かった。このグループは中小企業の経営者や医者、弁護士などがメインとあとで判明したが。
アフタースキーはフルコースのディナー、その後は生バンドが入っての社交ダンス、靴はもちろんロングドレスにハイヒール、11時を過ぎるとトランプが始まる。トランプは2組を使って行うゲームがいろいろあって、クイーンやジャックが8枚も並んでいたりして、イタリアらしく見るからに濃厚である。
平均年齢が70歳に近いシルバーグループなのに、さんざん遊んだ翌朝は7時半に朝食、9時にはもうバスで出発していて、リフトが動いているかぎり滑るというタフな集団である。夕食時に同じテーブルの奥様方の宝石オンパレードを見て、鑑識眼がかなり向上した。たぶん貸金庫から出してきたものと思えるが、部屋に備付けてあるあんな簡単な金庫に入れて日中留守にして心配では、などと考えるのは余計なお世話?
しかしダイヤの大きさや数が半端ではなく、きっと先祖伝来のものも多いはずと、見とれていた。

著書プロフィール
奥山陽子 (Okuyama Yoko)

東京に生まれ、北海道大学工学部建築工学科卒、丹下健三のもとで東京カテドラルのコンペ、広島平和公園聖火台、聖心女子大学などのプロジェクトに参加。その後、創成社建築設計事務所を開設し住まいと住環境をテーマに住宅や集合住宅の設計、住宅地域計画などを行う。1990年代には日本建築家協会理事もつとめた。  

それまでに培ったアートへの素地と憧憬は、独自の手法によるアート作品制作へと向い批評家や愛好家の支持を得て、イタリア国内および国外での個展などへの参加となった。その作品はイタリア以外にも、アメリカ、フランス、イギリスなどで収集されている。1999年よりイタリア在住。
「奥山陽子のアート」サイト  http://www.yokookuyama.com
「旅のサイト」  http://www.northitaly.net/
(写真右上:筆者、ニューヨークでの展覧会会場で)            




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