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小都市を訪ねる旅  驚きと不思議の土地、プーリア
 
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15 dicembre 2006

最終回
謎めくフェデリーコ二世が愛したもの





木下やよい

プーリアの州都バーリBariから進路を西に、内陸に向かって車で一時間ほど走ると、次第に辺りの景色は林や小麦畑が広がる大地に変わり、前方には白い王冠のようなものを頂きに被せた小高い丘が視界に入ってきます。
その"白い王冠"が、今回の旅の目的地、カステル・デル・モンテCastel del Monte(モンテ城)です。標高540メートルの丘に独りそびえ建つその城は、何か神聖な雰囲気さえ漂わせ、遠くからでもすぐにそれとわかる象徴的な存在としてそこに君臨しています。

カステル・デル・モンテは、ヨーロッパ中世史においてもっとも重要な人物のひとりである皇帝フェデリーコ二世によって建てられた「八角形」の城です。
まず外観からその建物の骨格をざっと見ていきましょう。
規模としてはそれほど大きなものではありません。フェデリーコがプーリアをはじめ各地につくった二百を越える城と比べてみてもこぢんまりとしています。八角形の中庭を中心にして、それをぐるりと取り囲むように同じような台形の部屋が一階と二階に八部屋ずつつくられ、そのいちばん外側の八角形の各辺を結ぶ八つの点のところに、それぞれ八角形の塔が配置されています。現代人の私たちから見ても、非常に斬新で奇抜な建築デザインです。
さらに興味深いのは、そういった建築デザインを実現させるに至ったフェデリーコの築城の目的、それが今もって解明されないまま謎につつまれているという事実です。
そして、まさにこの謎のために、城内に足を踏み入れた私たちは、上質の推理小説を読み解いていくときに感じるあのわくわくするような気持ちを覚えるのかもしれません。

●カステル・デル・モンテの謎を解く鍵は、築城者にあり
これまでにもたくさんの研究者がこの世紀の謎の解明に挑んできました。その中には「カステル・デル・モンテは軍事的な意味において城ではない」と主張する研究者たちがいました。
確かに、ここには中世の城には必ず備わっていなくてはならない堀やはね橋、砲座などの防御機能がなく、駐屯兵たちが駐留する施設も備わっていません。かといって、保養や狩猟(フェデリーコは鷹狩りが大好きでした)のための別荘であるかといえば、別荘と断定できるだけの種々の条件も満たしていない。
研究者たちは、考えられる城の使用目的を一つ一つつぶしながらこの城の検証を進めました。するとそこから、建築物を一見するだけではわからない、さまざまな発見が次々とあぶり出されてきたのです。
確かに、いまだに謎は謎のままです。でも、この奇異な八角形の城は、フェデリーコの無尽蔵ともいえる好奇心と知識を駆使してつくられた、彼の精神世界が深く投影されたものだということは明らかになりました。おそらく、フェデリーコの手になる城の中で、カステル・デル・モンテは彼がもっとも愛着を抱いた城のひとつだったのではないでしょうか。
それにしても、フェデリーコとはいったいどんな人物であったのか。城への興味と人物への興味が重なると、出かけたくなるのがフェデリーコその人への探検の旅です。

 

●中世における"ルネサンスの人"、フェデリーコ
フェデリーコは、神聖ローマ帝国の皇帝を父に、ノルマン王の娘でシチリア王国唯一の正当継承者を母に、1194年に誕生しました。
フェデリーコが幼少期から青年期までを過ごしたのは、シチリア王国のパレルモPalermo。
当時パレルモは、東西の文化が出会い華開く、ヨーロッパ随一の洗練された国際都市でした。
そのような環境の中で、フェデリーコはあらゆる分野の学問を学び、アラビア語やギリシャ語を含む七カ国語を修得する一方、自然の中に分け入って乗馬や狩猟を大いに楽しみ、神童とも呼ばれたその天賦の才をぐいぐいと伸ばしていきました。
とりわけ自然科学にはただならぬ関心を示し、観察と実験を繰り返して未知の世界への扉を次々に開けながら、自身の類い稀なる探究心を満たしていたようです。後に哲学者ニーチェがフェデリーコを天才レオナルド・ダ・ヴィンチにたとえたように、彼が育んだ精神性は、まさにそれから二百年後に訪れるルネサンスのものだったのです。

皇帝としてもその高名はヨーロッパじゅうにとどろいていました。
数多くの功績の中でも格別の偉業は、十字軍を率いて遠征したときに、イスラム教徒と一度も剣を交えることなく、交渉だけで敵国から聖地エルサレム譲渡の合意を引き出したことでしょう。当時ヨーロッパの最先端にあったイスラム世界とその文化に精通していたフェデリーコだからこそ成し得た歴史的な快挙でした。
とはいえ、そうした輝かしい「光」の部分には、ローマ教皇との確執という不吉な「影」が常に表裏一体となって張り付いていました。イタリアを統一して一大集権国家をつくろうと目論むフェデリーコに対し、ローマ教皇は自身の利権を守るためには絶対にそれを阻止するしかない。両者の激しい敵対関係は、自ずから泥沼化の一途をたどっていったのです。

●フェデリーコを感じる場所がプーリアのあちらこちらに
プーリアには、カステル・デル・モンテ以外にも、ちょっと足をのばして訪ねてみたいフェデリーコゆかりの場所がいろいろあります。
フェデリーコが修復や築城にかかわったたくさんの城は、町々の誇るべき顔となって、バルレッタBarletta、トラーニTrani、バーリ、ジョイア・デル・コーレGioia del Colle、ブリンディジBrindisiなどの各地で今も絶大なる存在感を示しています。
それぞれの城にはまた、地元で語り継がれている伝説もあり、それらがフェデリーコという人物を違った角度から物語ってくれることでしょう。
たとえば、ジョイア・デル・コーレの城には、フェデリーコがただ一人愛したであろうと言われ"四人目の妻"にも数えられる美貌のビアンカ・ランチャが「不貞の疑いをかけられ塔内に幽閉された」との伝説が生きています(フェデリーコの正式な結婚は三度です)。
ちなみに、その塔でビアンカが産み落とした庶子マンフレディは、フェデリーコが「いちばん自分に似ている」という皇子に成長し、どの嫡子にもまして父帝の寵愛を受けました。

カステル・デル・モンテの南東45キロに位置するアルタムーラAltamuraも、フェデリーコによって旧市街の再構築がなされ、個人的にはどんな宗教も信じていなかった彼が唯一建立した大聖堂がある町です。
ある日、アルタムーラの散策の途中に立ち寄ったバールで、フェデリーコが宮廷で好んで食べたというお菓子「ドルチェマンドッラ」を見つけました。当時のレシピに習ってつくられたというそのケーキは、アーモンドの粉と蜂蜜を混ぜて練り上げた生地をドーム型に焼き、表面をたっぷりのアーモンドスライスで飾った、なかなか贅沢な味わいのものでした。


写真説明
トップ:カステル・デル・モンテ。イタリアで鋳造する1セント硬貨のデザインにも採用されている。
本文中左:城内の八角形の中庭に立って見上げた青空は、やっぱり八角形だった。
本文中右:どことなく風格が漂う?ドルチェマンドッラのケーキ。
データ
Dati

★カステル・デル・モンテ

◎開館時間
10月1日〜2月28日/9:00〜18:30、3月1日〜9月30日/10:15〜19:45
*年中無休
◎入場料
一般/3ユーロ、18歳〜25歳/1.5ユーロ、18歳未満と65歳以上/無料
(2006年現在)
◎問い合わせ
Tel&Fax:088.3569997, 080.5286237
e-mail:ambienteba@arti.beniculturali.it
◎行き方
〈車で〉バーリからカノーサCanosaに向かう高速道路16号線に入りアンドリアAndria‐バルレッタBarlettaの出口で下り(56キロ)、県道170号線をカステル・デル・モンテ方面に18キロ行く。
〈列車で〉バーリからアンドリアまでの所要時間は約1時間。アンドリア駅前からのバスの便は少なく、時間もかかるので、タクシーを利用した方がよいかもしれない。
タクシー連絡先 Tel:0883-596300、0883-542339



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著者プロフィール
木下やよい
フリーライター。コピーライター、編集者として長年働いた後に、イタリアに語学留学をする。心惹かれた南イタリアのプーリアとその周辺を訪れ、地元の人々の中に飛び込んで取材や撮影をして回り、『南イタリア・プーリアへの旅』(小学館 ショトルトラベルシリーズ)を著した。

『南イタリア・プーリアへの旅』
発行:小学館  著者:木下やよい
発行日:2006年3月22日 ページ数:168ページ
価格:1785円(税込)

〜プーリアの地から溢れ出る魅力を写真と文で〜
びっくり箱を開けたように、尽きない驚きと魅力がたっぷりと詰まっているプーリア。一度訪れて、この地にすっかりほれ込んだ木下やよいさんは、ついにそこに住むことを決意しました。プーリアを歩き回り、土地の人と語り、その感動を文と写真で綴りました。突き抜けるような青い空、吸い込まれそうな青い海、迷い込んで出られなくなりそうな白い町並み、素朴な人々との交流、そればかりでなく、その背景にある歴史や現実にまで踏み込み、プーリアという土地の真実に迫ります。


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