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15 gennaio 2010


第4回
サン・ピエトロ大聖堂は
モザイクの宝庫
―大聖堂の「かげ」にモザイク工房







上野 景文

教会のドーム、天井、後・内陣などを飾るモザイク抜きに、ローマの魅力を語ることは不可能だ
たとえば、サンタ・マリア・マジョーレ大聖堂の身廊上部のモザイク(勝利の門、5世紀)、大聖堂近くのサンタ・プラセデ教会の後陣を飾るモザイク(「天使に囲まれたキリスト」、9世紀:ローマでも最上級と言われる)、ラテラノ洗礼堂内の聖ルフィーナ礼拝堂のモザイク(5世紀)など、足を運んで頂きたい。どれも秀逸の形容がピッタリのものばかりだ。

写真トップ@:大聖堂付属モザイク工房で必要に応じ様々な色の素材をハンマーで叩いて作られた薄片

石、エナメル、ガラスなどの小片を埋め込むギリシャに源を発するこの絵画の技法は、油彩画やフレスコ壁画に比し様式が限られ、単純との印象を与えるかも知れないが、モザイク画は、却って、心により深く滲み込むと思えてならない。モザイクの作品には、ルネッサンス以降の絵画が有する躍動感や勢いこそないかも知れないが、その替わり、静謐とか、純朴さを感じさせる。大袈裟に聞こえるかも知れないが、古いモザイクからは、時として、時代を超えた「作品の魂」を感じることすらある。フレスコ画ではそのような神秘性は薄めだ。
以下、本稿ではバチカンのサン・ピエトロ大聖堂に焦点を絞って、モザイク談義を続けたい。

●大聖堂の壁面を飾るモザイクの装飾・絵画
驚くなかれ、大聖堂では、ドーム、天井から内陣、後陣に至るまで、聖堂を飾る装飾・絵画は、1点の例外を除き、全てモザイクだ!!繰り返す、遠目にはどう見ても油彩画やフレスコ画にしか見えない作品が、ほぼ全てモザイクなのだ。たとえば、ラファエロの「キリストの変容」、大聖堂のものはモザイク製のコピーで、本物はバチカン博物館内の絵画館にある。

油彩絵画と見分けがつかないのは、中世のモザイクと比べ、17世紀以降大聖堂で採用されたモザイクは技法が進化を遂げ、超微小(ミクロ)なタイル片を開発・使用し、継なぎ目が見えなくなったためだ。加えて、大聖堂のモザイクが「多彩」な点も中世と異なる。

大聖堂建設・完工に伴い、16世紀末に設けられた大聖堂建物管理局は、早い段階で、壁面は原則としてモザイクで飾るという方針を打ち立てた。そのような思い切った決断をしたのは、フレスコや油彩画が湿気に弱いのに対し、モザイクにはその心配がないからで、新方針のもと、既にフレスコ、油彩画で飾られた壁面も徐々にモザイクで置き換えられた。この結果、大聖堂は、やがて1万平米を優に超える壁面がモザイクで飾られるようになった。

写真下AB:モザイク・タイルの「フィラメント技法」工程


●1727年創設の「モザイク工房」
かくして、大聖堂は、17世紀には欧州最大の「モザイクの実験場」となった。更に、1727年には管理局の傘下に「モザイク工房」が設置され、モザイク・タイルの製造が始められた。

この工房が中心となって、ローマでは技術革新が進み、従来モザイク製造の中心を占めたベネチアを凌ぐようになった。先ず、タイル片を壁面に埋め込む下地に供すべく、麻油入りのパテ(漆喰)を開発した。このパテは、従来のものに比べ乾きが遅く、可塑性に富むため、タイル片を敷き詰める過程で、失敗しても、やり直しが容易に出来ると言ったメリットがある。更に、18世紀末には、エナメルやガラスのタイル片をガスバーナにかざし、柔らかくなったところで、これを引き延ばして、細い糸状の棒にした上、これをカットし、超微小タイル薄片(ミクロタイル)を作るフィラメント技法が編み出された(写真A、B)。

この技法によって、幾つもの異なる色のエナメル、ガラス片を一緒に溶かすことにより、様々な色のモザイク片を作ることが容易となった。かくして、19世紀には、27000もの異なる色のタイルが制作され、常備されるようになった。

写真下左C:モザイク工房で作成途中の賓客用作品、写真下右D:常備棚に系統的に整理されているモザイク素材 


●12人のモザイク師が現在も伝統技法を継承
今日の大聖堂付属モザイク工房であるが、ディ・ブオノ所長のもと、12人のモザイク師が伝統技法を継承している。かれらの主な仕事は2つある。第1は、法王が賓客にプレゼントするモザイク画の制作で、毎年20ばかりの作品を手がけている(写真Cは、作成途中の賓客用作品)。第2は、大聖堂のモザイク壁のメンテナンス。実は、20年ほど前、大聖堂内のモザイク壁面が120平米も剥がれて、落下し、修復に長時間を要した。この苦い経験を踏まえ、現在では、古い部分から順番に注射器で接着液を注入すると共に、特に古いところについては、新しいものに置き換えている。この更新作業は、4人で組んだとして、年に扱える面積はせいぜい20平米と言うので、大聖堂のモザイクを全て置き換えるには最低5百年は必要と言うことになる。

工房のすごいところは、これら作業を円滑に運ぶため、モザイクの素材となるタイルを常備していることだ。中には、19世紀に作られ、今日まで保管されているものもある。これら素材は、図書館のカード整理棚を想起させる常備棚に系統的に整理されており(写真D)、必要に応じ、様々な色の素材をハンマーで砕いて、薄片を作っている(写真@)。

以上見て来たように、サン・ピエトロ大聖堂のモザイク壁は、12人の「縁の下の力持ち」によって支えられている。大伽藍の栄華の維持は、かれらのような裏方さんの貢献抜きには語れない。しかも、4世紀にわたり、そのような体制が維持されて来ている。コインだってそうなのだが、バチカンというか、大聖堂にも「表」と「裏」とがあり、この「裏」の役割を識って初めて全容が分かるということだ

最後になるが、工房を懇切丁寧に案内して下さり、併せて、本稿の写真@ABを提供下さった聖ピエトロ大聖堂管理局モザイク工房のディ・ブオノ所長に心より感謝申し上げたい(従って、写真1,2、5についての転載は出来ません。なお、写真CDは筆者撮影)。なお、所長は、「日本人見学者を歓迎する」と言っておられる。関心ある方は<mosaico.vaticano@fsp.va>にアクセス願いたい。

著者プロフィール
上野 景文(Ueno Kagefumi) 駐バチカン特命全権大使 
1948年生まれ。1970年東京大学教養学部を卒業し、外務省へ。英ケンブリッジ大学修士課程修了(経済学)。スペイン公使、メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、国際研修協力機構理事を経て、2006年より駐バチカン大使。文明思考家、アミニズム論考家としての顔を持つ異色の外交官。著書に「現代日本文明論ー神を呑み込んだカミガミの物語」(第三企画)ほか。論文、エッセイ多数。


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