JAPANITALY Travel On-line

イタリア旅行情報サイトJAPAN-ITALY Travel On-line
市長が語る我が町観光自慢
 
月5回発行、
JITRAメルマガ
登録はここから!

メ-ルアドレス入力

メルマガ案内
16 febbraio 2009

ピアチェンツァ市 Piacenza
美しさを隠した
2000年の歴史を誇る町




ピアチェンツァ市長 ロベルト・レッジ氏
Sindaco di Piacenza Roberto Reggi

photo1 photo2 photo3 photo4

※写真をクリックすると大きな画像で見られます
写真提供:
ピアチェンツァ市



ピアチェンツァ市長 ロベルト・レッジ氏へのインタビュー

JITRA:市長さん、ピアチェンツァ市とその近郊について教えてください。

市長:ピアチェンツァは、エミリア・ロマーニャ州の北西にあるピアチェンツァ県の中心都市です。ちょうどロンバルディア州との境にあり、ミラノから列車で1時間もかからない距離です。

ピアチェンツァは、古代ローマの執政官マルコ・エミリオ・レピドが紀元前218年に築いた町で、2000年の歴史を持っています。その長い歴史について少しお話しましょう。
最も華やかな時代を迎えたのは中世でした。ピアチェンツァの商人や銀行家たちはヨーロッパ中にその名を知られるほどで、特にフランス、シャンパンの見本市で活躍しました。
偉大な教皇たちを生み出した町でもあります。また、貨幣を鋳造していましたし、大学も創設されました。
そして、かつてイギリス・カンタベリーとローマとを結んでいたフランチジェナ街道の中心地でした。この辺り一帯では1095年に最初の十字軍が召集されましたし、赤ひげ王フリードリヒ一世(神聖ローマ帝国皇帝)とロンバルディア同盟との戦いにおいてはサンタントニーノ聖堂でコスタンツァ協定のための仮条項ができあがりました。この町は、スペイン、フランス、オーストリア軍の侵攻の舞台にもなりました。
1500年、ファルネーゼ家がスフォルツァ家やゴンザーガ家との戦いに勝ち、パルマとピアチェンツァに公国を築きます。
1800年、侵攻してきたナポレオン軍により新しい法律が発布され、新しい道路がつくられました。現在のファルネーゼ大通りもそのひとつです。

ピアチェンツァは、イタリアリソルジメント運動においても目立っていました。1848年になると、人民投票を経て、当時生まれようとしていたイタリア王国への併合を希望します。この一件で、ピアチェンツァは「イタリアの最初の子供Primogenita d'Italia」という呼び名を与えられるようになり、それを今でも誇りにしています。
1867年、ピアチェンツァ人民銀行が誕生し、これは後にイタリア労働会議所、そして現在のイタリア農業協同組合連合FEDERCONSORZIへと姿を変えています。
第二次大戦後は、機械工業、農産物加工において高い競争力を誇るようになりました。1955年から60年代半ばにかけては経済的・文化的に成長した時期でした。この時期に大学に農学部が誕生したように、ピアチェンツァは農業と工業が共存した町で、例えばトマトの缶詰で有名なデ・リーカ社の工場があります。
70年代にはイタリア北部の大企業のために働く中小企業が発展しました。80年代、90年代は最新テクノロジーを携えた文化が台頭し、メカトロニクスが経済を牽引する力となりました。

ピアチェンツァ出身のジャーナリストアルベルト・カヴァッラーリが書いたように、ピアチェンツァは教会と兵舎の町ですが、同時に枢機卿アゴスティーノ・カザローリといった高位聖職者やスタイリストのジョルジョ・アルマーニなど著名な人物を生み出した町でもあります。
年を経るにつれこういった活力は増しており、新しいインフラが整備されれば、ピアチェンツァは北イタリア全体の拠点となるにちがいありません。

JITRA:ピアチェンツァ市の観光面での特徴は何でしょうか。

市長:ピアチェンツァは中世と強く結びついています。スコッティ家、ランディ家、アングイッソラ家といった土地の貴族が持っていた1700年代の古い館が特徴的です。また、中心地の魅力的な通りを散策すれば、歴史ある建物の内側を飾る美しい中庭に気づかれるでしょう。
また、1830年にオーストリア人たちがつくったファスカル通りの並木道や、16世紀にアレッシオ・トラメッロが考えた城壁なども表情に富んでいます。

町の郊外に出ると、めったにない美しい場所に出会えます。まずは11世紀に聖人コロンバーノのおかげで出来上がった、トレッビア渓谷Val Trebbiaの小さな町ボッビオBobbioが挙げられます。アイルランドからやって来たコロンバーノは、ここに北イタリアで一二を争うほど魅力的な修道院を建てました。ボッビオではゴッボの橋Ponte Gobboを見ることもできます。しばらくこの土地を支配していた古代ローマの歩兵軍団がつくったものです。
また、ピアチェンツァの周りにはカステッラルクワートCastellarquatoヴィゴレーノVigolenoといった中世の美しい小さな村があります。
その他にも見逃せないのが、フランチジェーナ街道沿い、フィオレンツォーラとフィデンツァの間にあるコロンバColombaのキャラヴァッレ修道院Abbazia di Chiaravalleです。

ピアチェンツァ近郊はヴェルディの土地であることも忘れてはなりません。ヴィッラノーヴァVillanovaの近くには、ジュゼッペ・ヴェルディが40年以上過ごした別荘を訪れることができます。彼はそこで『リゴレット』や『ファルスタッフ』といった作品を書きました。

JITRA:ピアチェンツァで見逃してはならない場所、イベントを教えてください。

市長:ピアチェンツァは、その美しさをまるで隠しているように思える町です。とは言っても、それはたくさんあります。人間の尺度にあった町の中には、まずとても重要な意味をもつ建物があります。例えば、1281年に出来上がったゴティコ宮殿Palazzo Gotico。1122年から建設の始まった大聖堂Cattedrale。中世の貴重な寺院サンタントニーノ聖堂Basilica di S.Antonino
さらには、1500年代半ばにつくられたファルネーゼ宮殿Palazzo Farneseがあります。ここは現在は市立博物館Musei Civiviとなっており、ボッティチェッリの円形画を見ることができます。また、ヨーロッパでも珍しい馬車博物館や1300年代のトスカーナ絵画などをあつめたリッツィ・ヴァッカリコレクションも併設しています。

市の中心広場にあるバロック初期の彫刻家フランチェスコ・モーキによる騎馬像は、ここが"馬の広場Piazza Cavalli"と呼ばれる所以となっているだけでなく、ほとんどシュールな雰囲気を広場に与えています。
そして、リッチ・オッディ現代美術館Galleria d'Arte Moderna Riccio Oddiを挙げないといけないですね。イタリアの1800年代の主要な絵画を所蔵しています。
その他に、コッレージョ・アルベローニCollegio Alberoni、そして市立劇場Teatro Municipaleもあります。ジェゼッペ・ヴェルディが通っていた頃からリッカルド・ムーティ氏が指揮をとる今日まで、この土地のオペラの伝統はとても大切なものです。

見逃してはならないイベントとして、法律フェスティバルFestival del Dirittoがあります。2009年は9月24日から27日に予定されています。世界的に有名な法律家や哲学者、学者たちが、イタリアの法律家で政治家のステファノ・ロドタをコーディネーター役に集います。

JITRA:市長さんおすすめのお店や特産品を教えてください。

市長:ピアチェンツァの料理は、偉大な伝統を受け継いでいます。いくつかの料理はイタリアの最も権威あるシェフたちも勧めています。例えばアノリーニ・イン・ブロード(肉詰めパスタ入りスープ)anolini in brodo、ピザレイ・エ・ファゾ(小さなニョッキと豆のソース)pisarei e faso'、ピクラ・アド・カヴァル(馬肉の煮込み)picula ad caval、トルテッリ・コン・ラ・コーダ(リコッタとほうれん草入りの自家製パスタ)tortelli con la cosaなどです。そして、コッパやサラミ、パンチェッタといったDOP(原産地名称保護制度)印のサラミ類もあります。

ワインに関しては、各種ガイドに多くのワインを製造するカンティーナが記載されています。ピアチェンツァのワインとして挙げられるのが、グットゥルニオGutturnio、ボナルダBonarda、バルべーラBarbera、そしてオルトゥルーゴOrtrugoです。

町の歴史的中心地にはいろいろなレストランやトラットリアがあります。また、ピアチェンツア近郊の谷あいの小さな町でも、ファンタジーと美味しさと歴史がいっぱい詰まった料理を味わうことができるでしょう。

JITRA:最後に市長さんから日本の旅行者のみなさんにメッセージをお願いします。

市長:日本の旅行者のみなさまに、ピアチェンツァにお越しいただくよう心からご招待もうしあげます。長い歴史を有するこの町には、あたたかさやおもてなしの心があります。
しかし、それだけではありません。近年ピアチェンツァは変貌し、より住みやすい町になりました。人間の尺度にあった町には、市立劇場や美術館でのたくさんの文化イベントがあり、食文化という大きな資産もあります。これらすべてを、日本から訪れるみなさまに発見していただき、味わっていただきたいと願っています。

ピアチェンツァデータ
Dati di Piacenza

■アクセス
ミラノ中央駅から列車が便利。所要時間は約50分。インテルシティーICあるいはユーロスターES利用の場合は約45分。
ボローニャからは列車で約1時間40分。インテルシティーあるいはユーロスターで約1時間20分。

■ツーリストインフォメーション (ピアチェンツァ市役所内)
I.A.T. Informazione Accoglienza Turistica (Comune di Piacenza)
Piazza Cavalli 2, Piacenza
Tel: 0523-329324
iat@comune.piacenza.it
http://www.comune.piacenza.it


Piacenza


http://www.japanitalytravel.com
©  JAPANITALY.COM srl - MILANO 2000 All rights reserved.