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シエナの小さな村(ボルゴ)めぐり

15 Maggio 2013


第9回 

シエナからのキャンティ街道   
カステッリ−ナ・イン・キャンティ から ラッダ・イン・キャンティ へ     




 文と写真    吉川 雅子

いつになったら暖かくなるのだろう ・・肌寒い日々と雨が例年よりも長く続いた今年のイタリア。でもやっぱり春はやってくるのですね。厳しい寒さに頑張って耐えたチプレッソの木々たち、ひっそりと地面に身をひそめていた自然の草花も、みないっせいに目を覚ましたかのようにあたたかい陽ざしをあびながら天のめぐみをカラダいっぱいに受けています。そしてまる裸だったシエナ近郊の丘陵地を一気にカラフルな花のじゅうたんへとかえてしまいました。今ここトスカーナでは一年で最高に美しい季節をむかえています。第9回目となるシエナの小さな村のご紹介は新緑が大変美しいキャンティ地方をお届けします。

●ワイン蔵を一般公開する「カンティーネ・アペルテ」
シエナからバスに乗り、近郊のボルゴをいくつも通り過ぎていきます。バスは主要道を離れ景色がのどかなキャンティ街道222号線から県道51号線へと入っていきます。ゆるやかなカーブがつづく一本の道、両脇にはまるで緑の波が押しよせているよう。車だけでなく自転車で楽しむ人々の姿も数多く見かけられます。小さな停留所をいくつも通過しながらバスはゆっくりと最初の目的地、カステッリーナ イン キャンティを目差します。途中メインストリートからは木の枝のように白い未舗装の砂道が左右に分かれていて、小さなボルゴやアグリツーリズモへとつづいています。  

写真トップ@キャンティ街道に広がる景色
写真上左A家族経営の小さな農園  写真上右B家族経営の小さな農園 「カンティーネ・アペルテ」の様子


毎年5月の最終日曜日におこなわれる
「Cantine Aperte (カンティーネ アペルテ)」、各農家がワイン蔵を一般の人々に公開して自慢の自家製ワインをもてなすといったイタリア全土でおこなわれている一日だけのフェスタです。トスカーナは他の州にくらべて参加する農家の数が多いといわれています。それは大きな工場レベルのものから年に数十本しか生産されない小さなファミリー経営の農家まで規模は様々、とりわけシエナ県内からは毎年多くのワイナリーが参加しています。

●新緑のアーチを歩きリリアーノ村へ
そんな中のひとつ「La Tenuta di Lilliano(ラ テヌータ ディ リリアーノ)」へはモンテリッジョー二から県道51号線へ入ってしばくの小さなバス停で降ります。すぐ目の前には青々と新緑の生い茂る木々が田舎道の両脇にならんでいて、トンネルのようにアーチとなっています。

写真上左Cリリアーノ村へ続く美しい緑の木々  写真上右:Dリリアーノ村 年代ものが並ぶワイン蔵 


そのなかをゆっくり歩きながらボルゴ、リリアーノLillianoへ。葉と葉の間にはまぶしい太陽の光がキラキラと輝き風の音、小鳥たちのさえずり、空気も澄んでいて本当に気持ちがいいです。

●村全体がワイナリーのロッカ・デッラ・マチエ
またバスに乗り約20分、次に目指すのはロッカ デッラ マチエRocca della Macie。こちらも小さなボルゴですが、フィレンツェの貴族カッポーニ家所有の領土であったということ以外には歴史上の記録としては残っていないそうです。1973年からRocca della Macie社が農園を買い取り、今は村全体がワイナリーの敷地になっています。

写真上左Eロッカ・デッラ・マルチャ ボルゴ入口 
写真上右F同ボルゴ内にあるキャンティ・クラシコのシンボル「黒の雄鶏」

ボルゴ玄関口には大きな木製の看板とローズマリーやラベンダーの植物がきれいに植えられている素敵なワイナリー。日本でも有名なったこちらのワイン、またシエナのレストランでは必ず取り扱われている大きなぶどう農園です。ボルゴ内には、この辺りで生産されるワインのシンボルであるGallo Nero(黒い雄鶏)の巨大なモニュメントがあり私達を楽しませてくれます。  

同じ自然環境の中で育ったサンジョベーゼの苗からできるキアンティワインですが、やはり風味はそれぞれ。色々な農園をたずねながらグラスを片手に飲みくらべをしてまわるといった最高の贅沢な楽しみ方イはタリアならではのよさです。再びバスに乗車し、キャンティ地区を代表する3つの大きな街の1つカステッリーナ・イン・キャンティに到着です。

●カステッリーナ・ イン・ キャンティ
標高578m人口約2700人、3つの渓谷(アルビア、エルサ、ぺーザ)が重なる場所にまたがるように位置するこの街は中世の時代フィレンツェ政権下にありました。当時のキャンティ地方3つの主要地区(キャンティ連盟=La Laga del Chianti =ラッダ、ガイオーレ、カステッリーナ)の1つで、その連盟シンボルマークが「黒い雄鶏=Gallo Nero」でした。

写真上左Gカステッリーナ・イン・キアンティ 街の中心にあるサン・サルバトーレ教会  
写真上右Hすばらしいパノラマを見渡せる城壁と天守閣の様子(現在は役所)  


シエナとフィレンツェの境界線に位置する地域であったため、何度も領土獲得をめぐっての両都市の争いに巻き込まれたという複雑な歴史をもっていますが、最終的に1774年トスカーナ大公によってトスカーナ大公国に併合され1929年よりシエナ県に属するコムーネの1つとなっています。

写真上左Iカステッリーナ・イン・キアンティ街のエノテカにて  チーズと生ハムの盛り合わせ
写真上右Jカステッリーナ・イン・キアンティ 街の様子  


ところどころに中世当時の城壁を今も残すカステッリーナの村は四辺形、1400―1500年代の建物が並んでいます。しかし現在ではツーリストが集まる観光スポットの1つとして、ワインショップやレストラン、宿泊施設がならび、町の中心広場にある当時の天守閣は現在役所となっています。その隣には村周辺にあるエトゥルリア時代の遺跡から発掘された美術品等が展示されています。

●ラッダ イン キャンティ
標高530m 人口約1650人2つの渓谷(アルビア、ペーザ)の間に位置する ラッダの町は1300年代半、フィレンツェ共和国よりキャンティ連盟の指揮をとる中心都市としてポデスタとよばれる執政長官が配置されました。町の中心広場には当時の執政長官が暮らしていた館が残っており現在は役所となっています。建物正面の壁には多数の家紋が見られますが、これはキャンティ連盟を指揮してきた代々執政長官たちの家紋です。

写真上左Kレッダ・イン・キャンティ  パノラマ  写真上右L中心広場にあるサン・ニコロ教会


キャンティ地区のなかでも特にラッダの村は中世からルネッサンス時代にかけて何度も戦争に巻き込まれています。12―13世紀にかけてはシエナとフィレンツェ軍によって、その後はフランス軍、15世紀に入ってからはスペイン軍にと村の建築物は幾度となく破壊されたのです。

写真上左Mレッダ・イン・キャンティ ボルゴの様子  写真上右Nレッダ・イン・キャンティ 執政長官が暮らしていた宮殿 代々の家紋が飾られている


現在の村を囲んでいる城壁はフィレンツェ軍によって1300年代に建てられたものです。その後は占領したスペイン軍によって強化されました。壊された町は17世紀から18世紀にかけて建て直しの計画がなされましたが、トスカーナ大公国に併合後も村に活気がもどることはありませんでした。ラッダはその後 約2世紀に渡って貧しく孤立した村だったのです。しかし20世紀後半より再び都市計画がすすめられ、今日では中世の時代の雰囲気を取り戻したキャンティ地区の中でも一番の人気を誇るかわいい街並へと姿を変えました。

●黒い雄鶏のシンボル「Gallo Nero」の伝説
キャンティクラッシコとはシエナとフィレンツェ間の広大な敷地(7万ヘクタール)の中で育ったサンジョベーゼベースの赤ワインです。黒い雄鶏のマーク(Gallo Nero)がシンボルでこの地域の限定商品であることを意味しています。歴史は大変古く、キャンティワインについて書かれた14世紀頃の記録が残されています。しかし紀元前にはすでにこの地方で暮らしていたエトルリア人たちが食していたといわれています。

   写真上左Oガッロネーロのシンボルマーク   写真上右O黒い雄鶏 キャンティ連盟の紋章

ではなぜ黒い雄鶏がシンボルとなったのでしょう?このお話も中世の時代にさかのぼります。常に領土争いをしていたシエナ共和国とフィレンツェ共和国ですが、やはり実り豊かなキャンティ地区をめぐっても戦いが繰り広げられようとしていました。しかし戦争つづきで疲れきっていたお互いの兵士たち、そこである提案がなされたのです。それは朝一番に夜明けを伝える鶏の鳴き声キッキリキィー(日本ではコケコッコーですね)を合図に、お互いの馬を前線から出発させ出会った場所を境界線にしようというものでした。シエナ軍は白の鶏、そしてフィレンツェ軍は黒の鶏を用意したのです。決戦の前日、シエナ軍は白の鶏にお腹いっぱいに餌を与えました。朝一番に大きな声で元気よく鳴いてくれると思いを込めたのです。一方 フィレンツェ側は黒の鶏に餌を与えませんでした。さてその結果は?フィレンツェ軍が用意した黒の鶏、空腹にたえられず夜明けを待たずに「キッキリキィー!!」 それを聞いたフィレンツェ軍の馬は勢いよく出発します。一方シエナ軍の白い鶏はお腹いっぱい食べて満足したのでしょう。朝までぐっすりと眠ったのだとか。

当然シエナより早く出発をきったフィレンツェ。両軍馬が出合ったのは、なんとシエナから程近い、たった12kmしか離れていないキャンティ地区のフォンテ ルトリ(Fonteruroli国道222号線)という小さなボルゴ付近だったのです。また黒の雄鶏はフィレンツェ軍のシンボルであったと伝えられています。このおもしろいお話をもとにメディチ家のコジモ1世がおかかえの画家で建築家でもあったGiorgio Vasari(ジョルジョ バザーリ)が、現在のベッキオ宮殿内にある500人広間の天井に黒い雄鶏のアレゴリーを描いています。

  写真上 Qキャンティ街道に広がる美しい景色

シエナからカステッリーナキャンティ方面へはバスも一日に複数でています。比較的近い場所にありますのでぜひワイナリーめぐりを兼ねて出かけてみてはいかがですか?おいしいレストランやジェラテリア、またエノテカも充実しています。おススメです!


著者プロフィール
吉川 雅子(Yoshikawa Masako)

大阪出身。クラブ活動だけに身をささげてきた学生時代、プロスポーツ選手としても活躍。また看護師として約10年間の病院勤務経験をもつ。
趣味であったイタリア旅行を 「イタリア暮らし」 というスタイルに変更しVenezia Bologna Firenze Napoliなど生活の場を転々とさせながら各地の食文化やカンパニズモについて学ぶ。現在はSiena在住。シエナの人々が愛するPalio(パリオ)の歴史の深さに感動し、またこの小さな街で大きく花開いたシエナ派ゴシック美術に魅了され本格的に勉強を開始。2012年からは県の公認ガイドとして新たな出発を切った。「イタリアを暮らすように旅する」 というコンセプトをもとにトスカーナ地方を中心とした旅コーディネーターとしても活躍する。
サイト: http://www.kurasutabi.com/



データ

Dati
カステッリーナ・イン ・キャンティ Castellina in Chianti   
(シエナ県 Comune di  Castellina in Chianti )
ラッダ・イン・キャンティ Radda in Chianti  
 (シエナ県 Comune di Radda in Chianti )

■シエナからキャンティ地方への交通アクセス
<バスでのアクセス>
シエナのグラムシ広場もしくはシエナ駅より125番のバスに乗車。時刻によって出発場所がかわります。
カステッリーナ イン キャンティまで約40分
ラッダ イン キャンティまで約60分
乗車前に必ずグラムシ広場地下もしくはシエナ駅構内のインフォメーションセンターで確認してください。

■ワイナリーインフォメーション
La tenuta di Lilliano(ラ テヌータ ディ リリアーノ)
http://www.lilliano.com/
Rocca della Macia(ロッカ デッラ マチア)
http://www.roccadellemacie.com/index.php



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