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短歌で綴るイタリアの旅 
15 Febbraio 2014

Italia, Viaggio scritto in Tanka :Marche e Umbria

マルケ・ウンブリア編
第1回  スポレートとウルビーノ



         

岩間 正子


2012年に「短歌で綴るイタリアの旅」を連載して下さった鎌倉市にお住まいの岩間正子さんから今度はウンブリア州とマルケ州を訪れた旅のお便りが届きました。 2012年春 『I borghi piu` belli d'Italia (イタリアの最も美しい町)』に認定されている小都市を訪れる旅です。 

 写真トップ: ウルビーノのドゥカーレ宮

<4月11日  成田→ローマ→スポレート泊>
3年ぶり イタリア中部 ウンブリア マルケ州の 小さな町へ
アリタリア 9時25分 オンタイム 一路ローマへ 12時間
曇り空 現地ローマは 午後3時 ここからバスで スポレートへ
畑の中 太陽光パネル 設置され 小麦よりも 電力資源か
スポレート 夕暮れの散歩 小さき町 ライトアップの 塔の橋まで

<4月12日  スポレート→モンテファルコ→ウルビーノ泊>
祭壇は マリアの生涯 フレスコで 一面覆われ フィリッポ・リッピの
復活の ローソクみごと 祭壇脇に アルファ・オメガと 十字架刻み
水道橋 フラミニア街道 横切りて スポレートの水 豊かに護り

写真上左:スポレートのドゥオーモ内部  写真上右: スポレートのローマ時代の水道橋

●ウンブリアの入り口 スポレート 
ウンブリア3大ドーモの一つと言われる、ここスポレートSpoletoのドゥオーモは、見下ろすのが珍しい坂を下った所にある。ロマネスクの整った外観がとても素晴らしいのだが、祭壇画「マリアの戴冠」はまさに至宝としてその美しさを誇っている。印象的な藍色を背景に受胎告知から始まるマリア様の生涯と父なる神から戴冠されるまでが描かれている。仰ぎ見ながら何度もぐるぐる見回してしまう。修道士画家フィリッポ・リッピが描いたものだ。

ボッテチェリと同時代にフィレンツエで活躍していた彼は、その放埓な性格から修道女ルクレツィアと駆け落ちしフィレンツエを追われスポレートにやってくる。そしてこの素晴らしい業績を遺す。駆け落ちのことを思い出すとこのマリア様はルクレツィアがモデルに違いないと、画家の心を覗くようでまた楽しい。

夜の散歩で楽しんだライトアップが美しい、フラミニア街道にかかるローマ時代の水道橋、ローマ劇場跡、エレベーターで昇るとはるかアシジまでも臨める要塞のような城、などもおもしろいが、なによりこのドーモと祭壇画が素晴らしい。

I borghi piu` belli d’Italia の 一つ モンテファルコは ワインの産地
この地方の ストリンゴッティ ポルチーニ味 サグランティーノ ワインと共に 
ワイナリー裏 サグランティーノ 芽吹き始め 秋には深い ヴィーノロッソに
夕刻に ウルビーノ着 町の下 ホテルのタクシーで 上まで登る
改装し 修道院が ホテルとなり 隣りの教会 サンドメニコが見え

<4月13日 ウルビーノ街歩き・泊>
2つの丘 その谷底が 共和国 広場になりて 坂道走る
地震により 改装された ドーモは 新しいのが なんだか軽い
遺された 15世紀の 一部分 みごとなまでの バロック装飾
デュカーレ アイデアに満ちた 宮殿 デューカ・フェデリーコの 博識の故
雨水や 雪を貯蔵し 宮殿に デューカ・フェデリーコは 傭兵隊長

フェデリーコの 肖像画全て 右を向く 戦禍で右目 失いしため
美しい 寄木細工の 部屋があり 宮殿今は マルケ美術館
ラファエロの 生家に遺る フレスコ画 なんとも素朴な ウルビーノの聖母
ラファエロの 生家を過ぎた 坂の上 銅像が立ち ブラマンテと共に
急坂を 登る婦人は 笑顔にて 登りきったら 自宅まで降りと

アルゴルノス 要塞からは ウルビーノの 町全体が 大パノラマで
オラトリオ フレスコ・イエスの 生涯と スタッコ製の 大プレセピオ
中世の 屋並みの間に 見える塔 藤の花咲き うっとり見とれ

写真上左:ウルビーノの城壁  写真上右:ウルビーノのラファエッロ生家

<4月14日 ウルビーノ→サン・レオ→サンマリノ共和国→ウルビーノ泊>
雨の朝 サンレオに向け エレベ−ターで パーキングまで 50セントなり
台風が 来ているらしい 南では ここマルケでも 一日雨か!
要塞は フェルトロ山上 538m 雨では Non si vede niente!!
バス酔いで 具合悪くし ランチ止め 大聖堂で ハガキしたため
サンマリノ 残念ながら bianco(真っ白!) 雨の街歩き ハガキ投函

絶景と その説明を するガイド 先週ここは 雪だったと言い
イタリアの 統一の主役 ガリバルディ この国により かくまわれたとか
ナポレオンの 要求も拒否し 独立を 守った共和国 切手で外貨得る
雨と不調 つらい一日 夕食に 美味しいビーフと 嬉しい会話

写真上左:ウルビーノ中心部の石畳みの坂道  写真上右:ウルビーノのサン・ジュゼッペ祈祷堂内部

●ルネッサンスの香り一杯の町、ウルビーノ 
高台にある町ウルビーノUrbinoへはふもとの駐車場からタクシーかエレベーターを使う。エレベーターは1回50セントでルネッサンス時代の美しい宮殿の裏に着く。この宮殿は美術館としても使われているが様々な工夫が凝らされている宮殿自体の見学もおもしろい。寄木細工の部屋は圧巻だ。

雪の貯蔵方法などこの宮殿を建てた侯爵フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの智恵があふれている。ウフィッツィ美術館にある印象的な横顔の夫妻の絵の主だ。彼はウルビーノ公国の君主でありながら傭兵隊長として、時にはフィレンツエ、時には敵方の教皇領の先頭にたって戦い、この国を支えこの宮殿までも建てたのだ。

更にウルビーノと言えば「ウルビーノの聖母」。この地で生まれたラファエロの初期の作品、生家の壁に遺されている素朴で懐かしい聖母だ。生家は町の中心、坂道の途中に遺されていてアトリエとして使われたままになっている。残念ながらラファエロの絵はこのフレスコ画しかない。

活躍の場がローマやフィレンツエだったので生家にはないのだ。
坂の町をあちこち歩き、小さいオラトリオ(祈祷堂)に素晴らしいプレセピオをみつけた。やっぱりイタリア!時々霧雨の日だったが、町はずれのアルゴルノス要塞まで行くと宮殿が一望できた。ルネッサンスの香り一杯の美しさ。この高台にどうやってこんな宮殿を建てられたのだろうか? 

筆者プロフィール
岩間 正子(いわま まさこ)
鎌倉市在住。初イタリアは1995年。以来、様々な国を旅した中でイタリアは10回を超えた。歴史、食文化、ユニークな街並み、どれをとっても興味は尽きない国。趣味のイタリア語も独学から始めて8年目、今は熟年クラスで月2回楽しんでいる。短歌形式の旅日記も写真とあわせるなど楽しみの一つ。

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