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短歌で綴るイタリアの旅 
15 aprile 2014

Italia, Viaggio scritto in Tanka :Marche e Umbria

マルケ・ウンブリア編
第2回  アンギアーリとペルージャ



         

岩間 正子


2012年に「短歌で綴るイタリアの旅」を連載して下さった鎌倉市にお住まいの岩間正子さんから今度はウンブリア州とマルケ州を訪れた旅のお便りが届きました。 2012年春 『I borghi piu` belli d'Italia (イタリアの最も美しい町)』に認定されている小都市を訪れる旅です。 

 写真トップ: ペルージャ・サンタンジェロ教会

<4月15日  ウルビーノ→アンギアーリ→コルトーナ→チェッレの隠れ家→ペルージャ泊>
山越えで 2時間経ちて サンセポルクロへ 休憩の後 アンギアーリへ
城塞の 街アンギアーリ ダヴィンチが 描いたという  ここでの戦いを
深い井戸 貯水の方法 工夫され アンギアーリの 小道の脇に

  写真上:アンギアーリの街角

●ダヴィンチの絵はどこに? アンギアーリ
この旅に出る2-3週間前、新聞に小さな記事があった。「ダヴィンチのアンギアーリの戦いは、やはりヴェッキオ宮殿の壁のどこかにあるらしい」というのだ。

ここアンギアーリAnghiariは、かつてフィレンツエとミラノが戦いフィレンツエが勝利したところだ。その様子をダヴィンチが描いたことはわかっていて、その絵は多くの画家の模写によって中心部分などはわかっている。が 実物がどこにあるのか、あるいはないのか、がわからないままなのだ。それを探している専門チームがあって「裏側の壁から検出した黒色の絵の具は、ダビンチが使っていたものと同一の鉛とマンガンを使ったものであることが明らかになった」という。そんなことがあって益々アンギアーリが楽しみになった。 ここはトスカーナのはずれ、ウンブリアとの境目の小さな丘の上にある。このため、またもや  エレベーターで旧市街に上がる。歩いていて出あった人は3人。一人は庭の水やりをしている おばあさん、カメラを向けた家の窓から顔をだしたおばあさん、この町の記事を書いているという広報課?のおじさん。観光客もみかけない静かな小さいまち。

中世のままの狭い迷路のような道、階段の小道を昇りきると要塞だったり、来た道にもどっていたり、迷子になっても叫べばOK、位の小さい町。その町なかに深い深い井戸があった。命の水を蓄えていたのだろう。模写の「アンギアーリの戦い」がお宝の小さい美術館もあった。

ダヴィンチの実物がヴェッキオ宮殿で見つかったら、この街はいっそう注目されることになるだろう。

コルトーナ イエス教会に フラ・アンジェリコの 受胎告知が あるとは驚き
ここもまた 中世のコムーネ そのままに 遺る石造りの 小さな集落
トスカーナの 風景異なり ウンブリアとは 平地に広がる 小麦と糸杉
目の前で 子牛のビステッカ 切り分けて 食欲そそる パタティーノと共に
フランチェスコ この地で祈った 隠れ家チェッレ 山の斜面に 貼りつくように

Fermati nel silenzio avanti a Dio riscopri chi sei
立ち止り 沈黙のうちに 神の前で 自分は何者か 再発見せよ
川があり 野菜畑も オリーブも 自給自足の 修行の場なり
海のない ウンブリアにある トラジメーノ  湖眺めつ  ペルージャ目指す
丘の街 ペルージャに着く 4泊の ブルファニーホテル 眺め抜群

<4月16日  ペルージャ街歩き・泊>
朝早く スカラ・モービレ 乗ってみる 要塞くりぬき 走るエスカレーター
ペルージャの シンボル・グリフォン プリオリ宮  現在国立 ウンブリア美術館
11月 4日広場 ドーモの 階段上に 人が鈴なり
ウンブリア 美術館には たくさんの この街の画家 ペルジーノの絵  
須賀敦子さん とりこになった イタリア語 学んだここの 外国人大学

写真上左:ペルージャ・アクエドット 写真上右:ペルージャ・エルコラーノ階段

3層の エトルリア門 はっきりと エトルリア・ローマ・ルネサンス時代
サンピエトロ 門が目印 カブール通りに ロッセリーノの 塔の教会
天井や 壁も絵画で 埋め尽くされ サンピエトロ 教会街はずれに
鍵を開け 奥の部屋へと 修道士 至宝の絵画 説明してくれ
ラファエロや パルメジャニーノや カラバッジョ もちろん当地の ペルジーノの絵も

修道士 説明の後 気づかいを 日本の地震と 原発事故に
町の外に 続く階段 エルコラーノ 両側の溝 雨道となり
ペルージャで 一番名高い アクエドット かつては水の 今生活の道
アッピアと この水の道 合流し さらに 上空 バティスティ 横切り
アクエドット さらに進むと 8角形 サンタンジェロ教会 芝生の先に

石造り ぐるりと周囲に 小聖堂 ペルージャいちの 古い教会
ヴィア・プリオリ かなり下って 彫刻の ファサード美し サンベルナルディーノ
たまには 夕食軽く 済まそうと バール・サンドリで トマトのピザを
スーパーで 水を求めて ホテルへと ペルージャの街 堪能の後

<4月17日 ペルージャ→モンテカステロ・デ・ヴィヴィオ→トーディー→ペルージャ泊>
人口が 600人の モンテカステロに 世界一小さい 99席の劇場
劇場の オーナー案内 超熱心 まだまだ少ない 訪問客に
ヴァイオリン チェロの二人の 演奏は プッチーニや ヴェルディの曲

写真上左: トーディ・フニコラーレ乗り場から 写真上右:トーディ中心部の建物

トーディーは またも丘の上 フニコラーレで 数分登り 街中へ
エトルリア ウンブリ人の 境界の この街に遺る 両方の建物群 
外観は 四角いドーモ 内側の 天井木組みの 船底の型
バラ窓が 光をあびて さらに映え 最後の審判 フレスコ大画面

●エトルリア時代起源のペルージャ
作家の須賀敦子さんが留学先のフランスに違和感を感じて逃れるようにやって来たのが、ここペルージャの外国人大学。この町に滞在し結局、彼女はイタリアに住むこととなった。この町をおとずれてみたいとずっと思っていた。

いづこも同じ高台にある町の中心に行くためには、国鉄ペルージャ駅からイタリア広場までバス、駅からバスプールまで行きそこからエスカレーターを乗り継いでイタリア広場に出る方法、更には駅から近代的な無人のミニメトロもある。今回は乗合バスとエスカレーターを使った。町へのアクセスがユニークで面白い。

エトルリア人の名残りの深い井戸が遺っている。更にはエトルリア、ローマ、ルネサンスと三層がはっきりわかるエトルリア門が外国人大学の眼の前にある。この門2000年間ここに存在し続けてきたのだ。また、現在は生活道路として使われているローマ時代の水の道、そこをどんどん行くとペルージャで一番古い円形の美しいサンタンジェロ教会に着く。そして町の中心には美術館となっているルネッサンス時代の宮殿。各時代をかいまみることが出来る町だ。水の道、階段、エスカレーター、カラヴァッジョの絵まである教会・・・・街歩きが楽しい。

泊まったホテルの窓からはウンブリア平原が見渡せ、その先にアッシジの町がみえ、そして あの須賀さんがホームステイ先からながめていたという、サンタジュリアナ教会の鐘楼が見えた。

エルコラーノ階段の途中でピザを買うと、「どこに泊まっているの」というので「ブルファニーパレス」と言うと「まああ豪華!」と「でもランチはこのピザ」と言って大笑い。老舗のカフェ・サンドリには「京都に行ったことがあるよ」と誇らしげに言うバリスタもいた。レジの人は多分女主人か高齢の婦人だった。ここに滞在してイタリア語をもっと学びたい!

筆者プロフィール
岩間 正子(いわま まさこ)
鎌倉市在住。初イタリアは1995年。以来、様々な国を旅した中でイタリアは10回を超えた。歴史、食文化、ユニークな街並み、どれをとっても興味は尽きない国。趣味のイタリア語も独学から始めて8年目、今は熟年クラスで月2回楽しんでいる。短歌形式の旅日記も写真とあわせるなど楽しみの一つ。

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