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短歌で綴るイタリアの旅 
15 Giugno 2014

Italia, Viaggio scritto in Tanka :Marche e Umbria

マルケ・ウンブリア編
第3回  アッシジ



         

岩間 正子


2012年に「短歌で綴るイタリアの旅」を連載して下さった鎌倉市にお住まいの岩間正子さんから今度はウンブリア州とマルケ州を訪れた旅のお便りが届きました。 2012年春 『I borghi piu` belli d'Italia (イタリアの最も美しい町)』に認定されている小都市を訪れる旅です。 

 写真トップ: アッシジのフランチェスコ教会聖堂

●フランチェスコに満ちたアッシジ
<4月18日 ペルージャ→アッシジ→ペルージャ泊>

ローカルの 乗合バスで 50分 ペルージャから アッシジ目指す
ピエトロ門 入ると右に ロマネスクの ピエトロ教会 ひっそりと建つ
祭壇の 脇に緻密な プレセピオ イエス降誕 ベツレヘムの夜
15年 ぶりのフランチェスコ 教会は 地震で修復 かつてのままに
教会を 建て直せとの イエスの声 それを描いた ジョットのフレスコ

 写真左上:サンタ・キアラ教会鐘楼   写真左右:ピッツア

あの声は 物理的には 終わらずに カトリック界を 建て直すことに
フランチェスコ 周囲を仲間に 囲まれて 聖人として 地下に眠る
ウンブリアの 平原背に建つ 聖堂は フランチェスコの 思いと別か
キャンドルと レースのしおり 買い求め 店主としばし 伊語を楽しみ
案内の forno a legna(薪オーブン)が 目に止まり 頼んだピザは チーズと野菜

坂道を 登った先に フランチェスコ キアラも受洗した ドーモ・ルフィーノ
ピンク色 サンタ・キアラの 教会の 粗末な衣服に 清貧偲び
街を出て オリーブ畑の 坂道を 下るとそこに サン・ダミアーノ
この道は 須賀敦子さん アッシジで 一番好きな 道だったとか
この地にて フランチェスコは 祈りおり 石を組み立て 庵をつくり

帰り道 急坂登り 思う事 ヴィア・ドロローサ それぞれの道
駅近く もうひとつ行く 楽しみな サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会
小聖堂 それを覆うべく 巨大教会 この地で帰天 フランチェスコが
バラがトゲ 失ったのは 煩悶の フランチェスコが 身を投げ出した故
フランチェスコの 像が持つ 餌かごに 2羽の白ハト 行ったり来たり
ローカルの 鉄道の駅 アッシジから 30分で ペルージャに帰る

写真上左:フランチェスコ教会庭  写真上右:サン・ダミアーノへの道

ペルージャのホテルから眺めていたAssisiへ向かう。イタリア広場からエスカレーターでバスターミナルまで行き乗合バスに乗った。1997年初めて訪れた直後ウンブリアを地震が襲った。あれから15年振りだ。

乗合バスはあちこち停まり遅いがおもしろい。50分かかりサンピエトロ広場に着いた。ピエトロ門を入ったすぐ右にサンピエトロ修道院がある。ロマネスクの地味なたたずまいだが中に素晴らしいプレセピオがあった。イタリアではクリスマスに必ず飾られる馬小屋。ベツレヘムの街でイエスが誕生した様子を再現している。そういえばプレセピオはフランチェスコが始めた事だと彼の伝記で読んだことがある。

●聖フランチェスコ教会
そこから坂道を登るとフランチェスコ教会の庭にでた。懐かしい!廻廊を歩き聖堂に入る。ミサが行われていたが、そこを通り過ぎ旧約のフレスコ画を見ながら地下へ。遺品室にボロボロの衣服が・・・ そして更に降りて行くとフランチェスコの墓がある。周囲を仲間の墓が囲んでいる。

祈りの場があって多くの方が祈っている。その後いったん外に出て空気を吸いこみ外階段を登り上の聖堂へ。あのジョットのフレスコ画で覆われているところだ。「小鳥の説教」は前かがみのフランチェスコに相変わらず優しさがあふれている。 「教会を建て直せ」とイエスの声を聞いたという教会を支えている絵が心に残る。フランチェスコがいなかったらカトリックは華美の一途をたどったかもしれない。清貧を旨としたフランチェスコ亡き後、論争のあげくこの教会は建てられた。はてフランチェスコはこの素晴らしい聖堂をどう思っているだろうか? それにしてもウンブリア平原とスバシオ山を背景に本当に美しい教会!!

●聖ルフィーノ教会とサンタ・キアラ教会
つぎはAssisiのドーモ・聖ルフィーノ教会に向かった。フランチェスコとキアラが洗礼を受けたという教会だ。ロマネスクの落ち着いた教会。ガラスになっている床を覗くとかつての教会の跡が見える。二人の洗礼盤があるかと思ったが、残念ながらわからなかった。

写真左上:聖ルフィーノ教会   写真左右:オリーブ畑

そこから坂を下ると建物の間からピンクの鐘楼が見えた。サンタ・キアラ教会だ。この地の淡いピンクの大理石で作られている。静かな空間にキアラが横たわっている。キアラが縫ったと言う白い大きな衣服や粗末な靴下などが清貧さを偲ばせる。

●サン・ダミアーノ修道院
ここからしばらく下るとポルタ・ヌオボ門があり、そこから町を出て急坂を下る。あの須賀敦子さんが好んで歩いたとか。オリーブ畑をぬける道がいい。15分ほど下ると石造りの修道院・サン・ダミアーノに着いた。フランチェスコはこの人里離れた場でひっそり祈りの時を過ごしたのだろう。粗末な所だったはずだ。今はそれでも何階かになっていて中庭もある。この場こそ聖地と言えるのかもしれない。帰りには急坂を登らねばならない。途中シスター達と逢いvia dolorosa(苦しみの道)みたいと笑いあった。

●サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会
ポルタ・ヌオボまでもどり、ホテルを見つけてタクシーを呼んでもらう。町の中心からは5キロ先のサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会を目指す。なんといってもここはフランチェスコが布教を始めた所であり、44歳で息を引き取った所でもあるのだ。

写真左上:トゲのないばら園   写真左右:サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会

フランチェスコの祈りの場だった小さな聖堂を護るために、それを覆うように巨大な教会を後から作ったのだ。右側廊からバラの聖堂につながり、そこにバラ園がある。フランチェスコが自分にムチ打つため、バラに身を投げ出したおり、トゲが無くなったのだそうだ。確かにトゲの無いバラだ。花は咲いてなかったのが残念だったがどんなだろうか?きっと優しい花にちがいない。  

かなりの疲れとともにこの教会近くのAssisi駅へ歩く。単線のローカル電車でペルージャに帰った。一日聖地を巡りオヤオヤ・・と思うこともあるのだが、確かにフランチェスコは精神的に教会を建て直し、イタリアの守護聖人なのだ。カトリックの聖人のなかでも「回心」の手本なのだろう。やはりここはフランチェスコいっぱいの恵にみちた町だった。 まだまだフランチェスコゆかりの場所はあるのだが それはまた次回の楽しみにしよう。

<4月19日・20日 ペルージャ→ローマ→成田>
ペルージャから ローマ空港へ 帰国の日 機材変更で 1時間遅れ
待ち時間 伊語の本一冊 求めたが 読み切ることが できるだろうか
目がつかれ 加齢のせいか ウトウトと 頭の中で 日記を綴る

筆者プロフィール
岩間 正子(いわま まさこ)
鎌倉市在住。初イタリアは1995年。以来、様々な国を旅した中でイタリアは10回を超えた。歴史、食文化、ユニークな街並み、どれをとっても興味は尽きない国。趣味のイタリア語も独学から始めて8年目、今は熟年クラスで月2回楽しんでいる。短歌形式の旅日記も写真とあわせるなど楽しみの一つ。

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