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短歌で綴るイタリアの旅 
15 Gennaio 2015

Italia, Viaggio scritto in Tanka :Treviso, Parma e Torino

トレヴィゾ・パルマ・トリノ周辺の街巡り
第1回  アクイレイアとグラード



         

岩間 正子


岩間 正子さんの「短歌で綴るイタリアの旅」、今回はトレヴィゾ・パルマ・トリノ周辺の街巡りのお便りが届きました。 2014年6月15日から26日まで 『I borghi piu` belli d'Italia (イタリアの最も美しい町)』に認定されている小都市を訪れる旅です。 

<6月15日 羽田→パリ→ヴェネチア→トレヴィゾ>
パリ経由 やっと到着 トレヴィゾに 手足を伸ばし 明日からに備え

写真トップ: アクイレイアのドゥオーモ
●トレヴィゾ周辺の街
<6月16日 トレヴィゾ→アクイレイア→グラード→ヴァルヴァソーネ>

アクレイアへ トリエステ湾 北上す ブドウ畑の 先はドロミテ
アクレイア ローマ帝国 交通の 要衝の地ゆえ 繁栄極め
キリスト教 300年頃 公認され 教会建立 粋を集めて      
床一面 ドーモモザイクに 覆われて 旧約ノアの 方舟やヨナ 
鐘楼を ぐるりとめぐる 地下一面 モザイクの宝庫 鳥や動物  

写真上左:アクイレイアのドゥオーモのモザイク  写真上右:鐘楼を巡るモザイク

海の道 半島の先 グラードは ヴェネチアのごと 干潟の街   
この街へ 司教逃れて 聖堂建て ランゴバルド人 ローマを侵食  
大聖堂 みごとな説教台 大理石 祭壇フレスコ マンドーラのイエス  
イタリアの 美しい街 認定の ヴァルヴァソーネは 小城が宝    
ドーモには 500年経つ パイプオルガン 今も健在 コンサートもあり

周辺に 要塞と運河 そのままに 92歳の 老女も宝! 
運河の水 透き通るほど 澄ており 水車を備え 浄化しており        
聖堂跡 ワイン試飲会 盛大に 小さな街の 振興のため?

●アクイレイア Aquileia
イタリアを書いて私達を魅了した須賀敦子さんが、ペッピーノさんとの新婚旅行で訪れたのがアクイレイアだった。著書「地図の無い道」に書いておられた聖堂はまるで船のようだと表現していたそのアクレイアを訪ねたいと思っていた。AD300年頃キリスト教を公認したローマ帝国・コンスタンティヌス帝が首都をコンスタンチノープル(現イスタンブール)に移してから交通の要となったアクレイアは当時の大都市に発展した。

また「アクイレイアを左に折れよ」と言われたコンスタンティヌス帝の甥ガウスは命を奪われ「右にすすめ」と言われたガウスの義弟ユリアヌスは後に皇帝となった・・「背教者ユリアヌス・辻邦生より」 アクイレイアはそういう分岐点でもあった。

司教は大聖堂を建て聖堂内をモザイクで埋め尽くした。これより約2世紀後のラヴェンナのモザイクは緑や青の美しいものでそれには及ばない。しかし描かれているものが素朴で自然界の動植物や旧約聖書の物語が多い。まだキリスト教美術が浸透していなかったという事かもしれない。ドーモの床一面、そして、隣の鐘楼をぐるりと囲むように床一面に遺されている。

絵画が無かった時代モザイクは最高の芸術だったと思われる。細かい色タイルで仕上げるにはどれほどの人材と才能が必要だったことか、というか、それらを当時の人々はすでに持っていたということだ。そしてモザイクに描かれているものを見ると、当時の生活、思想、知識などが分かる。多神教から徐々にキリスト教がその心を捉えていったのだろうか。その過程も推測できるようだ。これらをデザインしたのはいったい誰なのか、調査研究は今も続けられている。

●グラード Glado
アクイレイアから半島を降りまるで海の中のような道を進む。ヴェネチアのようだ。現在はリゾート地。帝国も末期になり弱体化するとランゴバルド人が度々脅かし、アクイレイアの司教はこのラグーナの地に逃れて来た。そのためこんな半島の突端に大聖堂がある。

写真左上:グラード大聖堂   写真左右:説教台

鐘楼には大天使ミカエル、説教台は大理石、 祭壇後陣にはイエスのフレスコ画。すでにこれだけのものを作ることができるほどキリスト教は浸透していたのだろう。 リゾート地らしく別荘用のマンションもみかけ、休暇の人々はラフなスタイルで食事を楽しむメイン通りだった。 

●ヴァルバソーネ  Valvasone
分厚い城壁と運河を巡らした人口2000人の本当に小さい街。 I borghi piu’beglli d’Itaria イタリアの最も美しい街に認定されている。費用不足のため修復半ばの小さい城とこの運河のある風景が街を豊かにしている。

写真上左:ヴァルヴァソーネ運河   写真上右:運河の水車

92歳だというアンチアーナに「長い人生素晴らしい」と言うと「ああ・・でも悲しい戦争もあってねえ」とイタリアの第二次大戦は複雑で人々は傷ついたのだ。人生いいことだけのはずがない。

写真上左:ヴァルヴァソーネの城   写真上右:ヴァルヴァソーネで出会ったアンチアーナ

修道院の中庭を移築したという街のはずれの広場で ワイン試飲会が始まろうとしていた。この小さな街の振興のためか、ここでの暮らしの楽しみらしく見えた。 

筆者プロフィール
岩間 正子(いわま まさこ)
鎌倉市在住。初イタリアは1995年。以来、様々な国を旅した中でイタリアは10回を超えた。歴史、食文化、ユニークな街並み、どれをとっても興味は尽きない国。趣味のイタリア語も独学から始めて8年目、今は熟年クラスで月2回楽しんでいる。短歌形式の旅日記も写真とあわせるなど楽しみの一つ。
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