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短歌で綴るイタリアの旅 
15 Luglio 2021
Italia, Viaggio scritto in Tanka :Visite delle chiese romanesche di tre regioni

ラッツオ、モリーゼ、アブルッツオ州のロマネスク教会巡り        
第3回  アブルッツオの各地を訪れて          

         

岩間 正子


岩間正子さんの「短歌で綴るイタリアの旅」、今回はラッツオ、モリーゼ、アブルッツオ州のロマネスク教会巡りのお便りが届きました。 2019年10月1日から10月10日までティボリからカッシーノ、ラクイラを経てアルバ・フチェンスを訪れる旅です。  

写真トップ:アブルッツオ州ロッカ・カラッショの要塞(左)とサンタ・マリア・デッラ・ピエタ教会(真ん中)

<10月5日 アブルッツオ州ラクイラ → グランサッソ国立公園 → ラクイラ市内泊>
<ロッカ・カラッショ サンタ・マリア・デッラ・ピエタ教会>

・グランサッソ 最高峰は 2912m シャトルバスにて ロッカの近くへ
・石ころの 道が危険な ロッカ・カラッショ 要塞跡まで 景色もそぞろ
・この道か 映画の撮影 行われ 「薔薇の名前」の あの難解な
・ロッカカラッショ メディチ家などが 所有して 敵と羊を 見守りたり
・遺跡から グランサッソは 雪冠り 大平原に 羊の道が
・羊飼い 休憩兼ねて いたらしい この要塞に 佇む教会

写真下左:Aグランサッソ国立公園  写真下右:Bロッカ・カラッショのサンタ・マリア・デッラ・ピエタ教会 

郊外のグランサッソ国立公園の要塞遺跡、ロッカ・カッラショRocca Calascioに向かった。森林ではない平原の山を登る。かつては羊たちがこの平原を季節によって移動していた(transumanza)。1460mのところまで石ころの山道を登ると要塞にたどりついた。羊と敵を監視するための要塞だったのだ。さすがに見晴らしがよい。

その要塞のとなりに小さいロマネスク教会、サンタ・マリア・デッラ・ピエタ教会Chiesa di S. Maria della Pietaがあった。羊飼いの休憩所、祈る場所だったということだが、ここは閉じていた。この山道は映画の撮影に何度も使われ、あの「薔薇の名前」も撮影されたそうだ。グランサッソと呼ばれる最高峰が良くみえる。少し雲がかかっていたが大自然のアブルッツオは雄大だった。

<ラクイラ サンタ・マリア・ディ・コレマッッジョ教会>
・外観が ピンクと白の 幾何学の 模様美し 芝生の先に
・ヴィシユールの 見事なファサード キリストと 洗者ヨハネと チェレスティーノ
・チェレスティーノ 5世教皇 ここを建て 聖なる扉も 免罪の為
・6カ月 だけの教皇 この地にて 埋葬されおり 徳の人として
・免罪の 扉は8月 28日 一日開いて 人々通り 

写真下左:Cラクイラ サンタ・マリア・ディ・コレマッッジョ教会   写真下右:D同教会内のチェレスティーノの墓
写真下左:Eサンタ・マリア・ディ・コレマッッジョ教会の「癒しの門」   写真下右:F同教会のファサードの美しいヴィシュール

ラクイラL’Aquilaの街はずれの広い芝生の広場と両側の木立に囲まれた美しいフォルムの教会、サンタ・マリア・ディ・コレマッッジョ教会S. Maria di Collemaggioだ。ピンクの大理石の幾何学模様のファサードはヴィシュール(扉口の開口部の上に重層するアーチ群が外に向かって開いていく)が美しいロマネスクだ。

後に教皇となる修道士ピエトロ・ダ・モッローネが1287年に創建。モッローネは教皇チェレスティーノとなったが、わずか6か月の繋ぎだけの役目。この教皇はやがてルターの宗教改革につながる免罪符のかわりに赦しの門をつくり、だれでもそこを通れば赦されるとした。その門はいまでも年に一度開かれる。教皇は徳の人として ヴァチカンではなくこの教会の祭壇右側に埋葬されている。この教皇から教皇位を奪ったのがアナーニ―出身のあのヴォニファティウス8世なのだ。ここでこの二人の教皇の歴史に出逢うとは! 10年前の地震から修復され2017年再公開された。

<10月6日 ラクイラ→ ボミナコ → カペストラーノ → カラマニコ・テルメ→ キエティ泊>

<ボミナコ  サンペレグリーノ教会>
・朝霧に 今日も晴れだと 確信し ボミナコに向かう 6日目のバス
・ボミナコの オラトリオ ペレグリーノ 灯りがつくと 見事なフレスコ
・ガイド氏は 13世紀の システィ−ナと 確かに全面 フレスコの海
・ひと際に 大きいフレスコ クリストフォロ 羊の守護の 聖人として
・聖書代り キリスト誕生 受難の様 示して民に 神を知らしめ 
・林の中 後ろ姿が 美しい この教会を 振り返りつつ

写真下左:Gボミナコのサンペレグリーノ教会正面  写真下右:H同教会の後ろ姿
写真下左:Iボミナコのサンペレグリーノ教会 壁面を覆うフレスコ画  写真下右:J同教会 フレスコ画 巨大なクリストフォロ

<サンタ・マリア・アッスンタ教会>
・この石は アブルッツオ産 この土地の 水を含んで 地下に貯めると
・祭壇の 力を示す 彫刻は ライオン十字架 フェデリーコ2世の
・説教壇 神への畏敬と 復活を 表す彫り師の 花への想い
・後陣も 見事に彫られ 美しく 3つのアプス ロンバルディア装飾 

写真下左:Kサンタ・マリア・アッスンタ教会の正面  写真下右:L同教会の後陣外側から
写真下左:Mサンタ・マリア・アッスンタ教会の説教壇   写真下右:N同教会の内陣仕切り

ラクイラ市内から南東へ30キロ、人口300人というカポルチャーノCaporcianoの村はずれの集落ボミナコBominacoへ。サンペレグリーノ教会Oratorio di San Pellegrinoは、大きな修道院の中の祈祷所として13世紀建立。正面に3つのアーチの前庭を持つ小さく素朴な石造り。中は真っ暗。ガイドがコインを入れると驚きの光景!全面フレスコ画なのだ。アブルッツオのシスティーナと言われる由縁だ。

写真下:Oボミナコのサンペレグリーノ教会  御陣の全面フレスコ画    

13世紀のフレスコはどれも綺麗に遺されている。イエスの受難の物語。巨大なクリストフォロ。12ヵ月の労働の図はカレンダー代わりだったのだと言う。後陣の小さい素朴なバラ窓が唯一の明りとり。聖堂を出てから隣の聖堂に向かう時振り返った、その林の中の小さい鐘楼を備えた姿がなんともいえず美しくこの旅のベストショットとなった。                                      

<カペストラーノ  サン・ピエトロ・アド・オラトリウム教会>
・フレスコと 彫り師の名前 明らかに サトルニーノ カッティだと
・入口脇 逆碑文という 文字郡が 縦にも横にも いずれもSATOR
・この意味は 君の人生 見ているよ 最後の審判 行われるよ と            
・教会は 自然公園の 一部とし すぐ隣りには 急流の川

写真下:Pカペストラーノ近くの川  
写真下左:Qカペストラーノのサン・ピエトロ・アド・オラトリウム教会後陣  写真下右:R同教会後陣外側から
写真下左:Sカペストラーノのサン・ピエトロ・アド・オラトリウム教会内の回文  写真下右:?同教会の入り口彫刻から

・前菜に 次々登場 豆料理 揚げピザもあり 生ハムと共に
・川海老の ガンベリソース チターラパスタ 店主推奨 流石に美味!

写真下:22)川海老パスタ

カペストラーノCapestranoの街から2kmの自然公園の中。サン・ピエトロ・アド・オラトリウム教会Chiesa di San Pietro ad Oratoriumは722年ランゴバルド人により創建。1017年教皇パスクアーレにより拡張された。この聖堂入口に「回文の石」がはめこまれている。「Sator Arepo Tenet Opera Rotas」 と刻まれていて「君の人生を見ているよ」という意味だとガイド氏。最後の審判をあらわすのだと。更に縦横全てSATOR(父)と読めてすごい。聖堂横を少し歩くと急流の川 ティリーノ。神の家は人知れないところにあったのだと改めて思う。

<カラマニコ・テルメ  サン・トマス教会>
・異教寺院 ヘリオス(太陽)神の その跡に サン・トマス教会
・ラントゥーの 右から3人目 聖・トマス 信じたいため イエスに指を
・黄の石は 陽により光り 黄金に 神の館を 荘厳にすべく
・この教会 カンタベリーで 殺された トマス・ベケットにも 捧げられており
・細くなった 柱が保存 されており 聖なる柱 信者が削り 
・ここにもあり 聖クリストフォロの フレスコ画 キリスト運んだ 聖人として

写真下左:23)カラマニコ・テルメのサン・トマス教会正面  写真下右:24)同教会入り口「アーキトレーブ」の12使徒の彫刻
写真下左:25)カラマニコ・テルメのサン・トマス教会内のクリストフォロ像  写真下右:26)同教会に保存されている削られた柱

有名な温泉地であるカラマニコ・テルメ Caramanico Termeにあるサン・トマス教会Chiesa di San Tommasoは街道沿いにある。なによりもここはロマネスク入口の「アーキトレーブ(リンテル)」が面白い。11世紀の創建で使徒聖トマスに捧げられた。このためラントーにはキリストと12使徒が彫られているのだが、そのトマスの彫刻が可愛いのだ。トマスは手をあげている、その手を隣の使徒が支えている。援助しているのか、やめさせようとしているのか?トマスはとにかく復活したキリストだと信じたかった。だからキリストの傷に手を入れようとしたのだから同僚の弟子はやはり援助しているのだと思う。とても可愛く楽しい使徒たちの彫刻だった。ここは後に英国カンタベリーで暗殺されたトマス・ベケットにも捧げられる事になり教会名も変わったという。

筆者プロフィール
岩間 正子(いわま まさこ)
鎌倉市在住。1995年の初イタリアから、これまで17回訪問。歴史、芸術、食文化、ユニークな街並み、どれをとっても興味深く訪れたくなる国。イタリア語も独学から始め、熟年クラスを経て、今はまた独学。短歌と言える程のものではなく、全くの自己流説明文。写真と合わせて記録している。
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