JAPAN-ITALY Travel On-Line

小都市をたずねる旅 - かかとの先まで〜プーリア発見の旅バックナンバー
15 Luglio 2003
 



第4回 ターラント Taranto と
ブリンディシ Brindisi  




 
小森谷 慶子
sicilia1

   
実は、これらの町はさほど風情がないので、一般の旅行者なら省 いてしまっても構わないポイントかもしれません。とはいえ、南イタリアの 歴史を研究し、それを語ることを生業としている私にしてみれば、無視できない 重要な都市なのです。

まず、ターラントは、ローマがまだテヴェレ川沿いの小さな都市国家であった 時代に、「大ギリシア Magna Graecia」と呼ばれた南イタリアのギリシア 文化圏を形成したポリスの一つでした。ギリシア人は、前8世紀頃から南 イタリアやシチリアへの移民活動をさかんに行うようになったのですが、この ターラント(古名タラス)はスパルタ人の入植地でした。質実剛健で知られる スパルタの男どもは戦争ばかりしていて何年も家をあけることがあったのですが、そのような留守宅で妻たちがつくった子供たちには、市民権が与えられませんでした。成人した彼らは、市民戦争を起こそうかとも考えたのですが、デルフォイのアポロンの神託に従って移民 となり、豊かな南イタリアで新天地を切り開く道を選んだのでした。
このようなギリシア人たちは、プーリアの地を総称してヤピギアと呼びました。 ですが、当時のプーリアは、先住民の呼称に従って、メッサピ族の住む メッサピア(サレント半島とかかと部分)、ペウケティ族の住むペウケティア (現バーリ県あたり)、ダウニ族の住むダウニア(現フォッジャ県あたり)の3 つに大別することができます。中でもメッサピアは、戦争や交易などによって ギリシア人と接触し、その文化的影響を受けました。この辺りの考古学博物館に 陳列されているメッサピアの陶器に幾何学文様やロゼッタ文様などが見 られることもその一例でしょう。

ターラントの話に戻りますと、今日、この町は鉄鋼業、海軍、そしてムール貝の 養殖で知られています。町の北側には内海 Mar Piccoloが、南側には外海 Mar Grande が広がり、旧市街は国鉄駅と新市街の間に1キロメートルほどの長さで横 たわり、旋回橋 Ponte girevole でつながる島ですが、近世に船を通すための 運河が建設されるまでは、東側の新市街とは陸続きの半島でした。 この橋 のたもとはアラゴン城が建つカステッロ広場 Piazza Castello ですが、その 一角にドーリス式の円柱が残っています。前6世紀末にさかのぼるポセイドン 神殿の遺構だと考えられています。この旧市街は、ほんの数年前まで、治安の 悪い危険地帯として知られ、失業者や不登校児童がウロウロしていました。 ですが、この春、再訪したところ、ドゥオモなど、EUの出資による旧市街の 修復工事が始まっており、やや明るさが感じられました。

sicilia2   sicilia3

ところで、ターラント観光の目玉はやはり名の知れた考古学博物館 Museo Archeologico Nazionale でしょう。今の新市街の部分は、古代には広大な ネクロポリスであり、裕福な人々の墓からは立派なアッティカ陶器や金の 宝飾品、金の月桂冠などが出土しました。この博物館は新市街にありますが、 今整備中のため、旧市街にて一部の展示品(珍しい魚文のラコニア= スパルタ 陶器もあり)が臨時に公開されています。観光した後は、ムール貝の料理を食 べるのを忘れないようにしましょう。この旧市街の北側には、朝に魚介市場 がたち、魚屋と魚介レストランが軒を並べていますが、先日、モダン ですがすがしい新市街南側の海沿いにとてもおいしくエレガントなレストランを 発見しました。その名はアッサッシニオ Assasinio、つまり殺人者。死 ぬほどおいしいという意味だろうと納得しました。プーリア風前菜というのは、 とめどなく次から次へと色々な皿が運ばれてくるのですが、この店はどれも新鮮 で品が良いのです。ここで食事をするためだけに、もう一度ターラントに 行ってもいいなという気分です。

さて、前3世紀にターラントを制圧したローマは、ここまでアッピア街道 Via Appia を延ばし、さらにアドリア海に向けて、ブリンディシまで延長して、 これをオリエントへの軍港としました。ローマの歴史を読めば、スッラも ポンペイウスも、カエサルもアウグストゥスもブリンディシの港を出入 りしたことが分かります。
ブリンディシは今日でもギリシアやアルバニア方面への海の玄関口です。目抜 き通りのコルソ・ガリバルディ Corso Galibaldi には旅行代理店の看板 がひしめいています。港口には、有名なローマの円柱が立っていました。 というのは、目下修復中であり、ばらばらになった柱身を再び積み上げるのに 四苦八苦している様子なのです。でも今なら、ポセイドンやミネルウァの像が組 み込まれた柱頭を間近で見ることができるでしょう。この柱が当初は2本セット であったけれど、もう1本は今、レッチェのサントロンツォ広場に移 されているということは前回、お話しましたね。この柱のすぐ近くで、あの 名高い詩人ウェルギリウス(ローマの始祖アイネイアスの物語の作者)が客死 したのでした(彼のお墓はナポリにあります)。

ブリンディシの旧市街はこの円柱の背後に広がっています。私のお勧めは、 ドゥオモの隣にある県立の考古学博物館 Museo Archeologico Provinciale です。1階と2階には陶器(メッサピア特有の角張った把手のトロッツェッレ、 黒地のエニャーツィア陶器にも注目)など、墓の副葬品が、地下にはローマ 時代の彫刻や碑文があり、さらには中庭に面して海洋考古学の部屋にブロンズ 彫刻がいくつか置かれています。中でも、ピュドナの戦いで名を挙げた アエミリウス・パウルスの像は感動的です。食事という点では、ブリンディシ もやはり魚介がおいしく、旧市街には例のプーリア風前菜が得意のレストラン がいくつかあります。

ところで、もしもあなたがレンタカーで旅をしているなら、ブリンディシ空港の 北方3キロメートルにぽつんと建つサンタ・マリア・デル・カザーレ Santa Maria del Casale という中世の教会まで足をのばしたらいかがでしょうか。 幾何学模様のファサードをもち、堂内は14世紀のフレスコ画で飾られています。 そして、レンタカー旅行者なら、都市部ではなく、近郊のアグリトゥーリズモ を試したらいかがでしょう。オストゥーニからブリンディシにかけては近世の マッセリア(大農場)を改造した宿がたくさんあります。

観光のデータ;  
 Data di Lecce

■ターラントへのアクセス; バーリから国鉄にて約2時間、ミラノやローマからの 寝台車や特急列車もあり。
レッチェやバジリカータのマテーラからの 郊外バスもあり。

ターラントの観光局; Corso Umberto 121, 113 Tel.099-4532392
ターラント考古学博物館; Corso Umberto 41, Tel.099-4532112-3
ターラント新市街のホテル; Plaza, Via D'Aquino 46, Tel.099-4590775, Fax.-4590675

ターラントのレストラン; Assasinio, Lungomare Vittorio Emanuele 29, Tel.099-4593447

■ブリンディシへのアクセス; バーリから国鉄にて1時間半、レッチェからは 約40分、ターラントからは約1時間15分。アリタリアの国内線、ギリシアや アルバニアとの航路もあり。

ブリンディシの観光局; 駅前 Tel.0831-562126, 港前 Tel.0831-523072
ブリンディシ県立考古学博物館; Piazza Duomo, Tel.0831-221401
ブリンディシの四つ星ホテル; Majestic, Corso Umberto 151,
Tel.0831-597941, Fax.-524071

ブリンディシのレストラン; Cascipo(カシーポ), Via S. Benedetto 45,
Tel.0831-528348
ブリンディシとターラントの中間に位置するアグリトゥーリズモの宿;
Masseria Montedoro, Tel.0831-381409, (他にもたくさんあります)

  map

JITRA編集部からのお詫び
編集部の手違いで、7月15日の定期更新日に、本連載については、第四回、「ターラ ントとブリンディシ」のかわりに、9月15日更新予定の第五回の原稿を掲載してしま いました。
著者の小森谷さんからのご指摘を受け、7月18日に、本来のターラントとブリンディ シの原稿に差し替えました。
小森谷さん、そしてJITRA読者の方々に混乱とご迷惑をおかけしたことを心から お詫び申し上げます。      2003年7月18日  JITRA編集部


著者プロフィール

小森谷慶子(こもりや けいこ)
東京女子大学文理学部史学科卒。特に南イタリアを対象とするイタリア史研究家。著書に『魅惑のローマ』(グラフィック社)、『シチリアへ行きたい』(新潮社とんぼの本、1998年に国際ジャーナリズム賞審査員特別賞を受賞)、『ローマ古代散歩』、『ナポリと南イタリアを歩く』(いずれも新潮社とんぼの本)。今春には『シチリア歴史紀行』(白水社)を出版された。ご主人で建築家の小森谷賢二氏が写真を担当。




http://www.japanitalytravel.com
©  JAPANITALY.COM srl - MILANO 2000 All rights reserved.