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イタリア・トラム探索の旅
15 Gennaio 2012

Italia, Viaggio in tram

第2回 
復活したフィレンツェのトラム  前編 





市川嘉一



●バレンダインデーの贈り物
フィレンツェの鉄道の玄関口であるサンタ・マリア・ノヴェッラ駅。6月中旬のある平日。正午前にミラノから新幹線の「エウロスター」に乗って到着し、進行方向右手の出口階段に向かうと、芋虫のような愛嬌のある顔をしたトラムが5車体からなる長い車両(全長は30m超もある)をくねらせながら、終点である駅前の電停(フェルマータ)に到着するところでした。

到着と同時に開かれたドアからは、はき出されるように数多くの乗客たちが降りてきました。これから、ノヴェッラ駅から鉄道に乗ろうとする人たち、あるいは買い物などでフィレンツェの街なかに向かう人たちなのでしょうか。学生風の若者もいれば、中年のビジネスマン、主婦らしい女性、あるいはお年寄りと年齢層などは様々です。乗客をはき出し、駅前の電停で体をしばし休めていた「芋虫トラム」。今度も老若男女、数多くの乗客を乗せて、滑るように走り出していきました。 この芋虫君こそが、バレンタインデーに当たる2010年2月14日、「花の都」フィレンツェに誕生したトラムなのです。

トップの写真:@愛嬌のある芋虫顔のトラム車両(フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅前)
写真下左:A平日の日中でも数多くの乗客でにぎわう 
写真下右:Bアルノ川に架かる全長124mのトラムと歩行者・自転車専用橋 


実はフィレンツェにはかつて、トラムが街なかや郊外を縦横無尽に走っていました。今のような電気駆動のトラムが運行されたのは1890年(蒸気で走るトラムは1881年に運行開始)。日本でトラム運行最古のまちとして知られる京都(1895年)よりも5年も前です。ただ、先ほどお話ししましたように、押し寄せる車の洪水の波に呑み込まれ、他のイタリアの都市と同様、第2次大戦後の1958年に廃止を余儀なくされました。

しかし、その後、郊外のニュータウン開発などを背景に、市中心部に流入する車の増大による道路渋滞の慢性化が深刻な問題になりました。この道路渋滞の緩和を目的に、フィレンツェ市当局は1990年代後半から都市交通再生計画の一環としてトラムのネットワーク構築の検討作業に着手し、最終的に2000年に市議会で建設が承認されました。こうした経緯があるだけに、今回開業したトラムはフィレンツェにとっては、「52年ぶりの復活」でもあるのです。

●再生した「芋虫トラム」はフィレンツエ国鉄駅前からスタート
再生した芋虫トラムの話に戻しましょう。「T1」(トラム1号路線の意)と呼ばれる路線のルートはサンタ・マリア・ノヴェッラ駅前と、フィレンツェ市に隣接するベッドタウンのスカンディッチ市郊外のヴィラ・コスタンツァを結ぶ7.4kmです。昔の地図(1930年当時)を見ると、スカンディッチ方面は昔もトラムが走っていたことが分かります。 路線区間はフィレンツェ・スカンディッチの両市にまたがりますが、その多くはフィレンツェ市内にあります。起点から終点までの所要時間は23分。鉄道の駅に当たる電停の数は起終点のノヴェッラ駅前とヴィラ・コスタンツェを含めると全部で14。毎日朝5時から夜中の0時半まで走り続けています。運行時間は他のヨーロッパのトラム運行都市と同様、ほぼ1昼夜にわたります。

ノヴェッラ駅前からしばらくレールは車道と接してしますが、最初の電停である「プラート門(レオポルダ)」からは車道とは近接しているものの、新たに造られた専用軌道になっています。その専用軌道部分は車道よりも50mm高い位置に設計されているとのことです。

●アルノ川に架かる全長124mのトラム専用橋  
インフラ面での売り物は何と言っても、アルノ川に架かるトラム専用橋でしょう。ノヴェッラ駅前から2つ目の電停、カッシーネから次の電停パオロ・ウッチェーロの間にアルノ川が流れ、そこに全長124mのトラムのほか歩行者・自転車が通行できる専用橋が架けられています。タレンティとフェデリーガの両電停の間には車道との平面での交差を避けるためのアンダーパス(一種の地下空間)が設けられました。これも専用橋とともに、トラムの現代的な走行環境を象徴するインフラ施設と言えるでしょう。 多くの専用軌道上には周辺の景観と調和するための都市デザインの工夫として、パリなどフランスのトラム導入都市のように「Sedum」と呼ばれる芝生の一種が敷き詰められています。 沿線ルートは大半が住宅地域であり、郊外部らしいのどかな風景が続きます。スカンディッチ市との市境近く、グレーヴェ川に架かる橋を渡る手前にあるネニ・トレガーリ電停。この電停のすぐ近くにはコープ・イタリアの大規模スーパーや電気製品の量販店などからなる大規模なショッピングモールがあり、乗り降りする客は少なくなりません。

 写真下左:C車道との交差を避けるため設けられたアンダーパス区間(フェデリーガ〜タレンティ)   
写真下右:Dコープ・イタリアのスーパーや電気量販店などからなる
ショッピングモールがある郊外の電停(ネニ・トレガーリ)     


●初年度は約780万人の利用客
開業から2年近くが経過しましたが、フィレンツェ市の関係者が予想した以上の利用客を集めているようです。この辺りの状況について取材するために、フィレンツェ中心部のシニョリーア広場にあるヴェッキオ宮殿に本庁舎を構えるフィレンツェ市役所に足を運びました(2011年6月)。インタビューに応じた同市の交通政策担当大臣(評議員)を務めるマッシモ・マッティ議員は、「初年度(2010年)は約780万人の利用客があった」としたうえで、「フィレンツェとスカンディッチ両市の人口(36万人と7万人の計43万人)からみると、この(780万人という)数字は大きい」と話していました。単純に利用客数を人口で割り算すると、住民1人当たり年間20回近く利用した計算になります。

マッティ大臣はこうも語っています。「週末にはスカンディッチの一般的な市民がマイカーではなく、トラムでフィレンツェに来るようになった。これまでは、公共交通と言えば、利用客の大半は学生や年金生活者だっただけに、これも大きな変化と言えるだろう。これまではフィレンツェはクルマ中心のまちだっただけに、トラム・ルネサンスとも言えるような変化かもしれない」。

担当役人のトップであるインフラ・交通政策部のヴィンチェンツォ・タルタグリア部長からは、以下のような話を伺いました。市が利用客3000人にアンケートしたところ、44%が「少なくとも毎週5回利用している」と回答したとのことです。さらに、アンケートで(トラムの)成功の理由を聞くと、49%が「スピードや正確な定時運行を評価する」と回答、37%が「高頻度(平日4分間隔)」を理由に挙げました。                 

 写真下左:E絵になるカッシーネの公園緑地にある電停  写真下右Fフィレンツエ・トラム1号線 路線図


●車中心のまちに大きな変化が
私も実際に何度か平日の日中に乗車したが、運行時刻は正確で、しかも頻繁に運行されているとの印象を持ちました。人口密度の高い大都市ならいざ知らず、フィレンツェのような中規模都市でも車に慣れた市民らを公共交通の利用に向かわせるには、このくらいの高頻度運行が必要になるということでしょう。

興味深いのは、トラムの利用客の15%は元々、マイカーを使ってきたということです。言い換えれば、公共交通を初めて利用する者を掘り起こしたわけです。こうしたことで、トラムの走っている地域ではマイカーの利用が減り、スカンディッチからフィレンツェへ向かう道が慢性的に車で混んでいた道路渋滞も緩和された。車から排出される二酸化炭素(CO2)は以前よりも6%ほど減ったとの結果も出されたとのことです。

トラムの開業前に同じルートなどを走っていたバス路線は、トラムの電停からルートが放射状に枝分かれする「ブランチ」(枝線)の役割に変わりました。しかし、トラムの導入による効果は大きかったようで、バスを含めたフィレンツェ地域全体の公共交通の収入は「450万ユーロの増収で、前年比約13%増加した」(タルタグリア部長)とのことです。

ちなみに、フィレンツェ地域の公共交通(と言ってもバスですが)は従来から、ATAFというフィレンツェ市の第3セクター会社(=公営企業)が運行しています。トラムはそのATAFがフランス・パリの公共交通を運営するRATPと共同出資で設立した「GEST」(ジェスト)と呼ぶ株式会社が運行しています。つまり、フィレンツェの公共交通はATAFグループが一手に握っているわけです(こうした公営事業者による地域全体の公共交通の一元的な運営はイタリアに限らず、欧米諸国では主流になっています)。トラムとバスのルート調整はそう難しくなくできるのも、そうした背景があるからです。

「フィレンツェへの贈り物」(マッティ氏)の意味を込めて、バレンタインデーに復活したフィレンツェのトラム。公共交通のニーズを掘り起こすなど順調な滑り出しを見せており、運行ルート以外の地域の住民からも「うちにもトラムが欲しい」との声が上がっているそうですが、2号路線(T2)の建設をはじめトラムのネットワーク拡大には課題も少なくないようです。

次回はその辺りの話を中心にしたいと思います。             (つづく)

写真撮影日:@ 2010..7..7  ABCDE 2010..7.12    


著者プロフィール
市川 嘉一 Kaichi ICHIKAWA

1960年生まれ。都市・地域問題を専門にするジャーナリストとして、国内外の数多くの都市の現場を取材してきた。著書に『交通まちづくりの時代』(単著)など 



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