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イタリア・トラム探索の旅
15 Gennaio 2020

Italia, Viaggio in tram

第5回 
街中巡りを味わえる半環状型路線
ミラノのトラム  中編    



市川嘉一


●「最後の晩餐」を見るのは16系統で
前回(第4回)は1系統や3系統など観光客らにとって乗り応えのあるミラノのトラム路線を紹介したが、今回もこれはという味のある路線をご案内しよう。

初めてミラノを訪れる初心者らにお薦めの路線として、まず16系統はどうだろうか。レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作絵画「最後の晩餐」のあるサンタマリア・デッレ・グラッツェ教会(Santa Maria delle Grazie)に足を運ぶには地下鉄(メトロ)も便利だが、それよりも、同教会の目の前に電停があるトラムの16系統が断然いい。筆者も家族と初めてミラノを訪れた時、事前の電話申し込みで奇跡的に家族4人のチケットを予約できた「最後の晩餐」を見るため、ミラノきっての金融街であり繁華街のコルドゥージオ(Cordusio)広場から16系統のトラムに乗った。

トップの写真:@サンタマリア・デッレ・グラッツェ教会前を走るトラム。撮影した時はたまたま、運転手教習用の車両が通った=2007年8月25日撮影
写真下左:A四方八方からトラムがやってくるコルドゥージオ広場=2009年8月24日撮影  
写真下右:Bコルドゥージオ広場の電停を出発するサン・シーロ行きの16系統。16系統の車両には基本的に「ジャンボトラム」(Jumbotram, class4800,4900)が使われる=2007年8月25日撮影          

16系統はミラノの心臓部、ドゥオーモ広場(Piazza del Duomo)前にも電停があるが、ドゥオーモから西側に一つ先の電停があるコルドゥージオ広場からの乗車もお薦めしたい。東西に長く伸びるこの広場には多くのトラムが四方八方から行き交い、その活気ある光景はトラム好きでなくてもなかなか見応えがある。
このうちの1つ、16系統はミラノ市東側のモンテ・ヴェリーノ通り(Via Monte Velino)から西側に向けて走る系統。コルドゥージオ広場から3つ目の電停が、教会建物が目の前に聳えるサンタマリア・デッレ・グラッツェだ。所要時間は10分程度と近い。
ちなみに、コルドゥージオ広場を囲むように建つ古いパラッツォ(建物)群の中でもひときわ目立つ建物に最近、日本発の衣料品ブランド、ユニクロのイタリア初の店舗がオープンしたことも話題になった。

写真下左:Cユニクロの店舗が入っているコルドゥージオ広場の建物。奥に見えるのはスフォルツェスコ城=2019年9月19日撮影  写真下右:Dミラノっ子にも人気のユニクロ。奥は店舗の正面玄関=2019年9月19日撮影 
写真上:Eユニクロの全面広告をあしらったトラム=2019年9月19日撮影

●サッカースタジアムの「サン・シーロ」は16系統の終点
この16系統の沿線にある有名スポットのもう一つとして見落としてはならないのが、世界最大規模のサッカースタジアム「サン・シーロ」(Stadio San Siro)だ。このサン・シーロの目の前にも16系統の西側起終点である電停(その名もサン・シーロ)があるのだ。

写真下左:Fサンタマリア・デッレ・グラッツェ教会前から乗車したサン・シーロ行きの「ジャンボトラム」=2007年8月25日撮影  
写真下右:Gジャンボトラムの車内は通路をはさみ、右側に座席2席、左側に1席ある=2007年8月25日撮影 

サン・シーロには近年開業した紫色をシンボルカラーとする地下鉄M5の駅もある。ミラノの中心部から公共交通でサン・シーロに行くとしたら、イタリア鉄道(FS)の駅でもあるガリバルディ駅(Garibaldi FS)から地下鉄M5に乗るのが時間的に最も近いが、やはりここも多少時間はかかっても、沿線の街並みの風景を眺められるトラムの乗車も移動手段の選択肢の一つに入れてみたらいかがだろうか。

写真下左:H世界最大のサッカースタジアム「サン・シーロ」の目の前に16系統の起終点である電停がある=2007年8月25日撮影   
写真下右:Iサッカーの試合開催時には多数の乗客が見込まれるためか、数多くの乗降場所が備えられている光景は圧巻だ =2007年8月25日撮影  

●半環状型路線の9系統・10系統 
トラムでミラノの街中を一周したいと思う人もいるだろう。実際、ウィーンなどトラムのある他のヨーロッパの都市では環状路線を持っているところもある。実はミラノでも以前は環状路線(時計回りの旧29系統と反時計回りの旧30系統の計2系統)があったが、現在は残念ながらない。ただ、その代わりと言ってよいか、半環状型の路線がある。9系統と10系統だ。

●観光客向け「ATMosfera」環状トラムも
少し横道にそれるが、観光客ら向けに夜だけ走る環状トラムはある。トラムなどミラノの公共交通を運営する運行会社のATM(Azienda Trasporti Milanesi)は2009年から、毎日夜8時からスフォルツェスコ城のカステッロ広場(Piazza Castello)を起点に約2時間半かけて、ディナー付きで街中を南北8の字状にゆっくり回るサービス「リストランテ・トラム」(名称はATMのatmosferaにひっかけて、「ATMosfera」)を運行している。 走行ルートを営業系統で置き換えれば、ドゥオーモ広場南側のイタリア大通り(Corso Italia)を走る15系統、サンタマリア・デッレ・グラツィエ教会のある16系統、スカラ座があるマンゾーニ通り(Via Manzoni)を走る1系統も含まれるが、多くは10系統だ。

写真下左:J毎日夜8時から約2時間半かけて走るリストランテ専用車両「ATMosfera」=2009年8月23日撮影  
写真下右:K「ATMosfera」の車内=2009年8月23日撮影  

1928年製の古参単車「ヴェントット」を改造した車両のため、テーブルは4人掛けと2人掛けの計8卓しかなく、早めの予約(1人当たり70ユーロ)が必要だが、ミラノの夜景を見ながら、ワインを飲みパスタや肉・魚料理、デザートなどからなるフルコースの料理に舌鼓を打てる貴重な機会だ。私も2009年に家族4人で乗ったが、素晴らしい思い出になったし、時間があれば、また乗車したいと思っている(2009年に書いたATMosfera に関する拙稿もJAPAN-ITALY Travel On-Lineに載せているので、ご参照ください)。
写真上:L「ATMosfera」走行ルート

●9系統で城郭都市の歴史をしのぶ
話を戻そう。9系統はイタリア鉄道のミラノ中央駅前と、FSジェノヴァ駅前広場を結ぶ路線。電停の数は起終点を含め計26駅、全行程の所要時間は50分弱だ。特徴は何と言っても、今から500年近く前(16世紀中頃のスペイン統治時代)に造られた城壁跡の環状道路の約右半分を回ることだ。          

今のまちの姿を見ると少し不思議に感じられるかもしれないが、ミラノもかつてはパリなど他のヨーロッパの多くの都市と同様、城壁で囲まれた都市だった。人口の増大に対応した都市面積の拡大に伴い、ローマ帝国が治めた古代(紀元前1世紀以降)、自治都市の時代だった中世(12世紀中頃)、そしてスペインが統治した近世(16世紀中頃)の計3つの時代ごとに、ミラノのまちを取り囲む城壁(Le mura)が造られた。 中世の城壁跡にできた環状道路は現在、路線バスの94系統がいわゆる環状バスとして走っており、トラムの9系統が走っているのは、その後、中世の城壁の外側にできた近世のいわゆる「スペイン城壁」跡の環状道路だ。

まずは、9系統に乗るために北側の起終点である「中央駅前」の電停を探そう。大理石で造られた豪壮な同駅建物の正面を背にした広大な広場(Piazza Duca D’aosta)の右側に位置する。駅構内からすぐの距離にあるが、中央駅の建物自体が大きいため、場所によっては見つけにくいかもしれないが、マルペンサ空港と中央駅前を結ぶプルマン(中長距離バス)の乗降場所近くにあると言えば、分かりやすいだろう。

写真下:Mミラノ中央駅前の電停から出発する9系統=2018年5月19日撮影 

中央駅前のいわばミニ公園といった雰囲気の広場「11月4日広場」(Piazza IV Novembre)の一角に、半円形のループ状のトラムの線路が敷かれている。そこに乗降用のホームを備えた電停がある。全部で17系統あるミラノの市内トラム路線のうち、この中央駅前の電停を起終点にする路線はいま、9系統だけだ。ちなみに、後述する10系統と5系統にも「Stazione Centrale」(中央駅)と表示された電停はあるのだが、こちらの電停は中央駅建物からは少し離れ、広大な駅前広場をはさんだフリッツィ通り(Via Flizi)沿いにある。

●9系統の車両は低床の「シリオ」
9系統のホームには「シリオ」(Sirio)の愛称を持つ5車体連接の低床車両が常に待機している。シリオは中央駅の電停を後に滑らかに動き出すと、すぐに向かいにあるそれほど道幅が広くないフリッツィ通りを左折し、同通り、ファビオ通り(Via Fabio)、ガリレイ通り(Via Galilei)と通りの名前は変わるが道自体は一本の通りをしばらく進む。

写真下:N9系統に使われる低床車両「シリオ」の車内=2018年5月19日撮影  

そして突き当りの道、同じくトラムの33系統も走るモンテ・サント大通り(Viale Monte Santo)を左に曲がると、あとはモンテ・サント大通りに続くヴィットリオ・ヴェネト大通り(Viale Vittorio Vento)をはじめ、ピアーヴェ大通り(Viale Piave)、プレムーダ大通り(Viale Premuda)、モンテ・ネーロ大通り(Viale Monte Nero)など、ミラノの東南方向をめぐる環状道路になる。 モンテ・サント大通りに入ると、しばらくして共和国広場(Piazza della Repubblica)を抜け、ヴェネト大通りに入ると1系統とも並走する区間になり、進行方向右側にはミラノ市民の憩いの場であるプブリッチ公園(Giardini Pubblici)も見えてくる。   

この環状道路が出来上がる前は、スペインが、ミラノ統治時代の16世紀中頃に造った城壁が続いていた。ミラノで初めての近代都市計画マスタープランに基づき都市拡大事業が始まった19世紀末まで城壁があったという。中心街の範囲を変えずに、これまでの城壁の輪を拡大する形で造り上げられたこの「スペイン城壁」は周囲の長さが11キロを超えたという。中世の城壁の長さは6キロ強だというから、その倍近くに及んだわけだ。 この城壁跡の環状道路を南西のジェノヴァ駅広場方向に向けて走る9系統に乗ると、右手にはそのスペイン城壁に合わせて造られた城門として唯一残るローマ門(Porta Romana)を見ることができる。ローマ門は切り石積みで出来たアーチ状の城門で、1596年に完成した。トラムに乗っての街中散策で、こうした城郭都市ミラノの片鱗が伺えるのも楽しいものだ。

写真下左:Oローマ門を過ぎてからも、他の多くの系統とも交差する9系統=2018年5月19日撮影  
写真下右:P9系統の南側の起終点であるジェノヴァ駅広場=2018年5月19日撮影 

ミラノの東から南方向に下った9系統はローマ門を過ぎると、針路を今度は西側にとり進む。途中、ティチネーゼ門(Porta Ticinese、正確には新ティチネーゼ門)が屹立する5月24日広場(Piazza XXIV Maggio)を過ぎて、右側に見えるナヴィリオ運河の船溜まり(Darsena del Navilio)と並行しているゴリツィア通り(Viale Gorizia)を走行。しばらくしてジェノヴァ大通り(Corso Genova)・コロンボ大通り(Corso Colombo)と交わる交差点を左折すると、間もなく終点のFSジェノヴァ駅広場(Piazza Stazione di Genova)に出る。

●5月24日広場で10系統に乗り換えれば、ミラノ中心部を一周
9系統に対し、同じ環状道路の西側を走るのが10系統だ。ティチネーゼ門がある5月24日広場と、FSミラノ中央駅近くのルニジャーナ通り(Via Lunigiana)を結ぶ路線で、電停は起終点を含め34カ所。所要時間は約70分だ。5月24日広場で9系統から10系統に乗り換えれば、ミラノの中心部をトラムで一周できることになる。この10系統は2015年11月に設けられた新しい路線だ。

写真下:Q環状道路の西側を走る10系統。写真は9系統のほか、2系統、14系統も交差するジェノヴァ駅広場に近い電停「カントーレ広場」(Piazzale Cantore) =2018年5月19日撮影 

●10系統で近代イタリアの偉人らの墓地めぐり
10系統に乗って、ぜひ訪れたいのは、近代イタリアが生んだ偉人たちが眠る記念墓地(Cimitero Monumentale)と、ポルタ・ヌオーヴァ再開発地区(Porta Nuova)だ。ミラノはローマやフィレンツェ、ヴェネツィアなどと違って、見るべき観光スポットが少ないといわれる。だが、古代ローマ時代を偲べる場所もあるし、意外に知られていない隠れた名所も少なくない。その一つが「記念墓地」だ。正面に聳える白亜の建造物が印象的だ。

写真下:R近代イタリアを代表する記念墓地の正面建物=2018年5月19日撮影  

最近、ミラノで初めての自動運転による地下鉄M5が開業し、記念墓地の近くに駅(その名もずばりMonumentale=モヌメンターレ)が出来たため、記念墓地はずいぶんと訪れやすくなった。モヌメンターレ駅は同じM5の駅であるFSガリバルディ駅の隣駅。FSミラノ中央駅から行く場合は緑色の地下鉄M2で2駅目のFSガリバルディ駅まで行き、そこからM5に乗り換えて1つ目のところだ。

ただ、やはりここもトラムでのんびりとミラノの街並みを見ながら訪れることを推奨したい。ミラノ中央駅からトラムで行く場合は同駅前のフリッツィ通りにあるトラムの電停をまず目指そう。ここには10系統のほか、先に紹介した9系統、さらには5系統の計3路線のトラムが走っている。
5月24日広場行きの10系統に乗ると、まずはフリッツイ通り・ガリレイ通りまでは9系統と並走。突き当たりのモンテ・サント大通りと交わるところで9系統とは反対に右折する。ここから反時計回りに環状道路に入り、モンテ・サント大通りをそのまま進むと、今度はモンテ・グラッパ通り(Via Monte Grappa)と名前が変わり、しばらくすると右折し、FSガリバルディ駅(Porta Garibaldi FS)に向かっていく。このFSガリバルディ駅を過ぎて、フェラーリ通り(Via Ferrari)沿いにある電停(「Monumentale M5」)を目指すと、右側に大理石で造られたひときわ目立つ白亜の建造物が目に飛び込んでくる。

●マンゾーニの墓の隣にヴェルディの胸像も
この記念墓地、ミラノなどロンバルディアの中産階級以上の名家がイタリア統一(1861年)後の1864年から1866年にかけて、当時の建築家カルロ・マチャキーニに設計させて建てたもので、イタリア統一後のミラノにおける重要な建造物の一つといわれている。イタリアを代表する国民的作家アレッサンドロ・マンゾーニをはじめ、スカラ座の首席指揮者を務めたアルトゥーロ・トスカニーニ、ヴェルディより一世代後のオペラ作曲家・台本作家のアリーボ・ボイトら、近代イタリアが生んだ錚々たる人物たちが眠っていることで知られる。

かく言う私もこれまで度々、ミラノを訪れてきたものの、2018年に初めてここを訪れた。別名、「屋根のない美術館」と呼ばれるだけあって、25万平方メートルに上る広大な敷地内にはネオ・ゴシック様式の精巧な彫刻が施された偉人らの墓碑がここかしこに点在。墓の主などを説明する案内パンフレットを手に見て歩くと、近代イタリアの歴史が身近に感じられる。

写真下:20)マンゾーニの墓の後方にある壁にはカブールやガリバルディらのレリーフもある=2018年5月19日撮影  
写真下:21)マンゾーニの墓の近くにあるヴェルディの胸像=2018年5月19日撮影  

マンゾーニの墓の近くにはイタリア・オペラを代表する作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの大きな胸像があるのには驚いた。ヴェルディの墓はミラノ市西部にある彼が晩年、高齢の音楽家らの住まいとして建てた館「憩いの家」(最寄り駅は地下鉄M1のブオナロッティ=Buonarroti駅)にあるからだ。胸像とはいえ、マンゾーニの墓と並んでいるのは、マンゾーニが亡くなった時に捧げた鎮魂曲「レクエイム」もつくったというよりは、むしろそれ以上にヴェルディがイタリアにとって大きな存在であったことの証左ではないだろうか。

●14系統終点の市民墓地との混同に注意を
ちなみに、この記念墓地には少し苦い思い出がある。記念墓地には有名人らの墓が多いが、市内には一般の市民らが眠る大規模な市民墓地(Cimitero Maggiore)もある。トラム14系統の北側の起終点になっているが、当初、ここが記念墓地だと勘違いし、ジェノヴァ駅広場近くの電停から14系統に乗り、勇躍、終点の市民墓地に向かってしまった。途中、トラムの車内で隣り合わせになった地元の住民らしい年配の男性から「マンゾーニら偉人らが眠る墓は記念墓地で、別のところにあるよ」と親切にも何度もアドバイスされたのにもかかわらず、耳を貸さず「いや偉人らの墓は終点の市民墓地にある」と言い張ってしまったのだ。

写真下左:22)14系統の北側の起終点である市民広場=2018年5月19日撮影  写真下右: 23)記念墓地と劣らず存在感のある市民墓地の門構え=2018年5月19日撮影     

それというのも、2016年夏、妻とミラノに旅行した際、中心部からやや離れた滞在先のホテルの近くに14系統のトラムの電停があり、日本に帰る日、時間つぶしで、たまたま終点の市民墓地まで行ったのだが、その時、時間があまりなかったため、立派な門構えの入り口を見ただけで、引き返してしまったため、帰国後、そこが偉人らの眠る墓かと思い込んでしまったのだ。
記念墓地は隠れたミラノの観光スポットだけに、ぜひ訪れることをお勧めしたいが、行かれる際は私のような勘違いはしないよう注意してほしい。

●再開発地区のポルタ・ヌオーヴァの散策にも便利
話が少し脇道にそれてしまったが、再び10系統の話に戻そう。10系統の沿線には新しいミラノの顔がある。FSガリバルディ駅周辺再開発事業であり、21世紀初頭のミラノにおける大規模都市再生プロジェクトといわれる「ポルタ・ヌオーヴァ」(Porta Nuova)地区だ。
FSミラノ中央駅からここに足を伸ばすには、中央駅近くの電停(Stazione Centrale)から10系統のトラムに乗り、モンテ・サント大通り(Viale Monte Santo)という電停で下車することをお薦めする。

写真下左:24)中央駅前の電停には10系統のほか、9系統、5系統も乗り入れているが、ガリバルディ駅方面のモンテ・サント大通りを走るのは10系統と9系統=2019年9月19日撮影    写真下右:25)電停「モンテ・サント大通り」に停まる10系統。10系統に使われる車両はすべて旧型の単車「ヴェントット」=2019年9月19日撮影   
写真下左:26)味わい深い木製の「ヴェントット」の車内=2019年9月19日撮影   写真下右:27)電停「モンテ・サント大通り」から見えるダイヤモンド・タワー=2019年9月19日撮影   

この電停のある通りを少し中央駅方向に戻ると、ポルタ・ヌオーヴァ地区の一角を占める超高層ビル「ダイヤモンド・タワー」(Torre Diamante)が視界に表れる。高さ140メートル、34階建てで、2012年に完成した。中間階が少し出っ張った特徴的なデザインで、フランスを代表するメガバンクであるBNPパリバ銀行のイタリアにおける拠点になっている。

●超高層ビルあっても、圧迫感与えないヒューマンスケールな空間
1960年代までイタリア鉄道の鉄道操車場として使われてきたポルタ・ヌオーヴァ地区は今や、大規模な再開発事業により、ミラノのミニ・マンハッタンと呼ばれるほどオフィスを中心とする街区に発展したが、完成までにはかなりの長い時間を要したといわれる。

写真下:28)ポルタ・ヌオーヴァ地区内に掲げられた同地区の案内図=2019年9月19日撮影

ただ、その姿は壮観で目を見張るものがある。広大な操車場跡地には一種の公園のようにススキなど植物や樹木が所々に配置されているほか、「ダイヤモンド・タワー」や、イタリアを代表する銀行ウニクレジットが2012年に建てた高さ231メートルとイタリアで最も高い「ウニクレジット・タワー」(Torre Unicredit,尖った塔や、ガラス張りでカーブがかかったシンボリックなデザインが特徴の超高層ビルで、アルゼンチン生まれの米国の建築家チェーザル・ペリーが設計)など超高層ビルも乱立せずに、ゆったりとした空間に建てられているため、街区全体が圧迫感を感じさせないヒューマンスケールなつくりになっている。外枠を木で覆った楕円の形をしたIBMや地元デベロッパー会社のユニークなデザインの低層ビルも街区を親しみやすい空間にしている。

写真下左:29)イタリアを代表する銀行ウニクレディトの「ウニクレジット・タワー」=2019年9月19日撮影 写真下右:30) IBMのユニークな低層建物=2019年9月19日撮影

筆者はこれまでトラムやバスから新街区の様子を眺めてきたが、先ごろ、初めて現地を訪れ、まさにサステイナブルな都市デザインに一種感動を覚えた。近年、東京でも六本木や大手町など都心の再開発街区に公園など緑の空間を取り入れる動きが広がっているが、親しみやすいヒューマンスケールという観点から見ると、ミラノの方に軍配を上げたい。

●デザイン性の高い広場や大規模公園
さらに、デザイン性の高い広場も魅力だ。街区には3つの広場が配置されているが、中でもポルタ・ヌオーヴァ地区再生事業の中枢として位置付けられているのが「ガエ・アウランティ広場」(Piazza Gae Aulenti)。オルセー美術館や東京のイタリア文化会館などの設計で知られるイタリアを代表する世界的な女性建築家、ガエ(本名はガエターナ)・アウランティの功績を称え、その名前を冠した広場だ。

写真下左:31)大きな水たまりがアクセントを与える「ガエ・アウレンティ広場」=2019年9月19日撮影

同広場はプールに擬せた大きな水たまりを囲む形でカーブ状に作られ、周りには1階に飲食もできる本屋などユニークな商業店舗が入ったオシャレなガラス張りの低層建物が立ち並ぶ。この水たまりを縦横に渡れる歩行空間もある。実に面白い設計だ。

写真下左:32)「ガエ・アウレンティ広場」近くに掲げられた周辺地図を示すパネル=2019年9月19日撮影  

水たまりの周辺には先のウニクレジット・タワーや、ミラノの建築家ステファノ・ボエリが設計した「垂直の森」(Bosco Verticale)と呼ばれるタワーマンション2棟もいわば借景として立ち並ぶ。酸素をつくることを狙いにした地球温暖化対策として、たくさんの成木や花が建物の4面に植え込まれたこのタワーマンションは今や世界的な話題を集めている。

写真下:33)「垂直の森」と名付けられた成木や花で囲まれたタワーマンション2棟=2019年9月19日撮影   

圧巻はガエ・アウランティ広場と、オシャレなリストランテなどで人気のイゾラ(Isola)地区の間に最近、14億ユーロを投じて2018年10月にオープンした広大な公園「ミラノの木の図書館」(Biblioteca degli Alberghi Milano)。略称は頭文字を取って「BAM」(バム)。

写真下左:34)最近オープンした広大な公園「ミラノの木の図書館」(BAM) =2019年9月19日撮影   写真下右:35)BAM内に設けられた子供らの遊び場=2019年9月19日撮影   

敷地面積9万平方メートに上る広い土地に、街中の植物公園として植物、樹木などが周辺の建物と調和するようにデザイン性高く配置されている。ミラノ市内ではセンビオーネ公園、共和国広場に次ぐ3番目に大きな公園で、子供の遊び場や、大人の語らいの場など文化的な交流の場としても設計されているという。時間に余裕があったら、しばらくのんびりと散策したくなるような空間だ。

 (つづく)



<コラム 新型車両へ大幅更新、ミラノらしい風景が失われる?>

ミラノのトラムもいよいよ、車両の大幅更新を迎える。運行会社のATMは先ごろ、CO2(二酸化炭素)による排気ガスを一切出さない「ゼロ・エミッション」を目指し、2030年までに1200両に上る全バス車両を含めた乗り物すべてを電化する行動計画「ATM full electric plan」を策定した。既にトロリーバスの新型車両を導入したのに続き、今後は路線バス車両の電気バス化(当面は250両)とともに、トラムについてもエネルギー消費効率が良く低騒音の新型低床車両に置き換える計画を打ち出した。

この計画に基づき、2019年7月に入札によりスイスの中堅鉄道車両メーカー、スタッドラー・レール(Stadler Rail)社から契約後6年以内に計80両のトラム車両を購入することが決まった。採用されたのは同社がスペイン・バレンシアに持つ関連会社が製造する新型車両の「Tramlink S3 Leo」。3車体で1編成の全長約25メートルの車両。座席数は66席(うち44席が折り畳み式で、残る22席は固定型)。
このTramkinkは既に旧東ドイツ地域のロストックやオーストリアのグムンデンなどヨーロッパの他都市や、ブラジル・サンパウロなどでトラム車両として使われており、最近、ミラノのほか、スイスの首都ベルンや、ドイツのアウグスブルクでも導入が決まっている。

写真下:36)ミラノの次期トラム車両になるスイス・スタッドラ―社のTramlink=同社ホームページから転載  

80両のうち50両は街中を走るトラム用、残る30両はリンビアーテ線、デージオ線の2つの郊外トラム用に使うとしている。また、80両のうち30両は初期に投入。残る50両はオプションとして、その後に調達する。早ければ、2020年末から2021年初めにかけて新型車両が営業運行に入り、その後、1カ月に1、2編成の割合で調達するという。

車体の色は現在のATMのコーポレートカラーである黄色が使われるが、これまでのミラノのトラム車両にはなかった大きな特徴がある。
ミラノのトラムは「シリオ」(Sirio)や「ユーロトラム」(Eurotram)といった低床車両を含め、従来の車両はいずれも運転台が一つしかない「片運転台」車両である。このため、終点のターミナルには方向を変えるためのターニング・ループが欠かせない。これに対し、今回導入予定の新型車両「Tramlink」は両端の車両に運転席が備える「両運転台」車両で、物理的にターニング・ループは要らなくなる。

写真下左:37) ATMがかつて限定販売したトラム1500形(「ヴェントット」)の金属製模型(動力なし)。2007年にATMのショップで買いそびれ、その後、売り切れに。今でも買わなかったことを後悔、いつか入手したいと願っている=2007年8月23日  
写真下右:38) 同じくATMが限定販売したトラム700形の金属製模型(動力付き)は購入した=2019年12月28日撮影 

トラムが向きを変えるため半円状に回るループ線を確保するには、そのためのまとまった用地が必要だ。このため、イタリアに限らず、トラムが走るヨーロッパの多くの都市では起終点となるターミナルには大きな広場がある。この広場を伴ったループ線は日本にはないもので、それ自体がヨーロッパらしいトラムの風景をつくっているとも言える。

CO2の排出を食い止める気候変動対策で新型車両が投入されることは結構なことだ。だが、そのことは、効率化や利便性を旗印に他国などで製造されたいわば標準化車両にミラノのトラムがいずれ占められることを意味する。
「ゴトーン、ゴトーン」と軋むような音を響かせながら街中を縦横に走る1928年製の単車「ヴェントット」をはじめ、旧来型の連接車両「ジャンボトラム」、さらには低床車両の「シリオ」などミラノの街を走るトラム車両はどれも個性的で味わいがある。それらが昼夜を問わず走り続ける姿が、ミラノの街の風景の一部を形づくってきたとも言える。 そうした既存車両がいずれ姿を消し、ミラノらしい風景が失われてしまうとしたらと何だか寂しく思えてくるのだ。  



著者プロフィール
市川 嘉一 Kaichi ICHIKAWA

1960年生まれ。都市・地域問題、とりわけ都市・地域交通を専門にするジャーナリスト。国内外の数多くの都市の現場を取材してきた。長年、記者として勤めてきた日本経済新聞社を2018年6月に退社。現在はまちづくり系の研究所に勤務。オペラ鑑賞が好きなこともあり、イタリアにはほぼ毎年訪問。18年3月から3カ月間、ボローニャを中心にイタリアに滞在した。近年、復活・再生の動きが目立つイタリアのトラムに関心を持ち、本連載でイタリアのまちの風景と絡めて全運行都市を紹介するのが当面の目標。博士(学術)。『交通まちづくりの時代―魅力的な公共交通創造と都市再生戦略』(単著)など著書・論文多数。 


イタリア・トラム探索の旅 データ  
 

●ミラノ中心部を走る主なトラム路線図 (著者作成)


●ミラノの城壁
ミラノの城壁。古代ローマ時代=共和制ローマ時代(Mura repubblicante)、マッシミリアーノ帝時代(Mura massimiane)、中世(Mura medievali)、近世スペイン統治時代(Mura spagnole)の3つの時代ごとにあった(注・「Pochet MILANO」から引用




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