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イタリア・トラム探索の旅
15 settembre 2020

Italia, Viaggio in tram

第7回 
気品あるまちに彩り
トリノのトラム 前編   



市川嘉一


●まちに寄り添う車両にも品格
北イタリアの古都トリノ。自動車メーカーのフィアットを生んだヨーロッパ有数の工業都市にして、人口約87万人とイタリア第4の大都市だが、端正なたたずまいをみせる、落ち着いた気品のあるまちだ。かつてサヴォイア家が君臨した都であり、その後イタリアが国家統一された時の最初の首都だったという輝かしい歴史がそうさせているのだろうか。私はこれまで地元の伝統ある歌劇場、テアトロ・レージョ(Teatro Regio di Torino)でのオペラ観劇を含め6回、トリノを訪れたが、毎回新たな発見があり、まちとしての奥の深さを感じている。

トップの写真:@華やかなリバティー様式の建物をバックに走る15系統のトラム(5000形)=2010年7月10日撮影  
写真下左:Aヨーロッパ最大の屋外市場であるポルタ・パラッツォ市場にも3つのトラム路線が集まる=2019年9月17日撮影   
写真下右:B子供連れの利用も少なくない=2010年7月11日撮影            

そんな魅力あるトリノのまちに彩りを添えているのが市民の足として親しまれるトラムだ。市内各地に広がる路線網や、まちに寄り添うようにしなやかに走る色とりどりの車両にも何か品格らしき雰囲気が漂う。冬季オリンピックが開催された2006年の地下鉄開業以降もトラムがしっかりとトリノのまちに根を張り続けているのはうれしいことだ。

●通常運行は計7系統76キロ、ミラノに次ぐ長大路線網
かつてほどのきめ細かな路線網ではなくなったとはいえ、トリノのトラムは今でも街中を縦横に走り続けている。
通常運行の営業系統は全部で7系統ある(3系統、4系統、9系統、10系統、13系統、15系統、16系統)。路線距離にして76キロと、イタリアの都市ではミラノ(約180キロ)に次いで長い。この通常運行の7系統のほかに、毎週土曜日と祝祭日にいわば観光トラムとして街中を循環運行する7系統(路線距離6.9キロ)と、プロサッカーのセリアAに属するユベントスFCのホームスタジアムで試合が行われる時にだけ走る9/系統(同5.5キロ)がある。この特別運行の2系統を含めた全系統の路線距離は88.5キロに及ぶ。線路幅はミラノと同じ1445ミリと世界標準よりも10ミリ長い。

写真下:Cトリノのトラムを乗りつぶすにはやはり、乗り放題の1日券や詳細な路線図を購入したい=2019年9月17日撮影                 

●ミラノよりも古い歴史、1907年に市営に
トリノのトラムの歴史は実はミラノのそれよりも古い。少し、年表風に歴史を振り返ってみよう。 近代イタリアの国家統一を目指したリソルジメント運動さなかの1845年に街なかを循環する2路線として馬車が走り始めたというが、線路上を走る馬車トラムとしては1872年、ベルギー資本のSBT社(ベルギー・トリノ路面軌道会社)という会社が市の認可を受けて開業したのが最初。ミラノで馬車トラムが開業したのは1881年だから、それよりも10年近く早いことになる。さらに1881年には馬車トラムを運行する別の会社、STT社(トリノ路面軌道会社)も誕生した。

ただ、現在の形である電気駆動の路面電車が現れたのはミラノよりも遅かったようだ。ミラノで路面電車が走り出した1895年以降、トリノでも馬車トラムを路面電車として近代化する検討が始まり、その間にSBTとSTTの2社が合併したが、トリノ市は最終的に競争による電化を促すため、1897年にドイツのジーメンス社の取次会社であるSAEAI社(上イタリア電力株式会社)に3番目の路面軌道会社として認可した。

SAEAI社は路線の電化に取り組んだが、1907年に同社はATM(Azienda Tranvie Municipali、自治体路面軌道会社)という名前で市営化され、さらに1922年にSTT-STB社もATMに統合されたという(ちなみに、ミラノで交通会社が市営化されたのはトリノよりも遅い1917年)。この統合されたATMが、現在、トラムをはじめ地下鉄、バスなどトリノの公共交通を一手に引き受ける市の交通会社、GTT(Gruppo Torinese Trasporti、トリノ交通グループ)の前身だ。         

●路線数のピークは先の大戦後の23路線
先の第2次世界大戦ではトリノのトラムも爆撃を受け被害を受けたが、戦後に入ってから、トラム事業は大きく発展した。戦争が終わって4年後の1949年が路線の数がトリノで最も多かった時で、20路線以上に上ったという。

しかし、その後、1950年代には市の人口が増えたり、連接車両の導入など運行サービスが向上したりしたにもかかわらず、6路線が廃止され、1960年代に入ると他の都市と同様、モータリゼーションの波に巻き込まれ、66年の事業改革により廃止路線がさらに増えて、最終的に13路線まで減った。市内のほぼ各地区にトラム路線が残されたというが、路線数としてはピーク時の半分近くにまで減少したわけだ。

その後、1970年代にはいくつかの路線では延伸されたが、他方で路線の縮小や、バスに代替され廃止する路線もあり、一進一退が繰り返された。

●現在の路線網は1982年構想が原点、3系統と4系統は高規格化
現在につながる路線網の骨格部分は1982年に走行速度の向上を目的に導入された新たなネットワーク構想に基づくものといわれる。当時、計画を推進した市議会顧問官の名前にちなみ、「ローランド・グリッド・システム」と呼ばれたこのシステムは、トラムの路線網を格子状(グリッド、griglia)に見立て、幹線となる5つのトラム路線を専用走行レーンや優先信号を持つライトレール(「メトロ・トランヴィア」)としてアップグレードする一方で、残る路線は従来型のトラム路線として補完するというものだった。革新的な計画だったといわれるが、最終的に実現したのは、現在の3系統と4系統に専用走行レーンが敷かれたのにとどまった。

3系統は市北西部のヴァレッテ広場(Piazzale Vallete)と北東部のトルトーナ大通り(Corso Tortona)を結ぶ9.4キロ。沿線のうち北西部のスイス通り(Corso Svizzera)やトスカーナ通り(Corso Toscana)では敷設された線路の大半が車道と柵で仕切られており、16系統と並走するレジーナ・マルゲリータ通り(Corso Regina Margherita)でも数キロ区間は縁石で車道と隔てている。

一方、4系統も同じように郊外部では優先走行路を持つなどライトレールとして高規格化されている。北側終点近くで郊外鉄道(Pessante)と乗り換えができるストゥラ(Stura)地区では地下ホームもある短いトンネル区間もある。  

●3系統だけ特殊な車両、他路線に使えず
ちなみに、3系統の専用車両として1980年にフィアットの鉄道関連会社で製造され、1984年以降、順次投入された7000形(Serie7000)は“ML”(Metropolitana leggera)と呼ばれた新型車両だ。80年代に日本を含め世界で流行した“軽快路面電車”の一つと言えるだろう。

写真下左:D北側起終点である市北西部のヴァレッテ広場に一休みしている3系統の7000形車両=2012年9月17日撮影  
写真下右:E7000形は長大な2車体連接車両で、構造的に3系統しか乗り入れていない=2010年7月11日撮影 
写真下左:Fゆったりとした7000形の車内=2012年9月17日撮影 
写真下右:G3系統が走る市北西部の通りでは専用走行路として車道とは柵で隔てられている区間が多い=2012年9月17日撮影  

全長28.2メートル、幅2.5メートルとトリノのトラムの中では長大車両のため、急カーブを曲がれず、さらに車両自体が63トンと従来車両(2800形の39トン)よりもかなり重いため走行路を頑丈にする必要があったため、他の路線には使えず、最終的に35両しか製造されなかったという。この7000形車両は、後で紹介する4系統の6000形(Serie6000)と同様、運転席が両端車両にある「両運転台」車両で、起終点はループ状になっていない。

●鉄道の玄関口ポルタ・ヌオーヴァ駅を横切る9系統
回り道はこれでひとますおしまいにして、トリノのまちに飛び出そう。
トリノの中心部にはアルプスの山々や、イタリア一の大河ポー川を背景にバロック様式など古い建物が連なる美しく落ち着いた風景が広がる。トラムに乗れば、この気品のある街並み風景を間近くに楽しめられる。まずは、ミラノなら中央駅に当たる鉄道の玄関口であり、まちの中心に位置するイタリア鉄道(FS)のポルタ・ヌオーヴァ駅(Stazione Porta Nuova)を起点に、同地のトラムを案内しよう。

写真下右:Hポルタ・ヌオーヴァの電停で発車を待つ北側方面ファリケーラ行きの4系統=2007年7月4日撮影  写真下左:I4系統に使われている100%超低床車両の6000形の車内。少し狭く感じられる=2007年7月4日撮影  
写真下:J北側起終点のファルケーラの電停=2007年7月4日撮影   

瀟洒なファサードが目に付くポルタ・ヌオーヴァ駅の正面出口を出ると、駅舎に面して目抜き通りのヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通り(Corso Vittorio Emanuele U)が東西に伸びている。終日にぎやかなこの通りに車に交じって、シルバーの地にブルー・イエローの横ストライプをまとい、シャープな四角顔をした車両が左から右からと軽快に走っている。

写真下左:Kポルタ・パラッツォ付近で並走する3系統と4系統=2010年7月11日撮影
写真下右:Lポルタ・ヌオーヴァ駅舎の瀟洒なファサード=2018年4月21日撮影    

5000形(Serie5000)と呼ばれる3車体連接車両(一見すると2車体連接車両に見えるが、真ん中に大きな幌のようなものが付いている)で、市北西部のスタンパリア広場(Piazza Stampalia)と南東部のマッシモ・ダゼリオ大通り(Corso Massimo D’Azeglio)を結ぶ9系統(9.4キロ)だ。運転席が片方しかない片運転台車で、南北の起終点ともループ線になり、大きく旋回する形をとる。

この9系統の歴史は比較的新しい。1990年にトリノで行われたサッカー・ワールドカップのイタリア大会開催に合わせて開設された。その後、ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りの道路下を通る地下鉄の建設工事に伴い、しばらく代替バスが運行され、再びトラムとして戻ってきたのは2007年9月だったという。私はこの年の7月初めにトリノを初めて訪れたが、この時はまだバスが走っていたのだろうが、短い滞在時間だったこともあり、まったく記憶にない。

●イタリア有数の広大なヴァレンティーノ公園へ
さて、南側のマッシモ・ダゼリオ大通り方面に行く9系統を駅正面出口近くの電停(Porta Nuova)から乗車しよう。トラムはヴィトリオ・エマヌエーレ2世通りを東に進み、2つ目の電停を過ぎて間もなく、左右に交差するマッシモ・ダゼリオ大通りを右に曲がる。すると、左側の車窓には市民らの憩いの場所でありイタリアでも名高い広大な公園、ヴァレンティ―ノ公園(Parco del Valentino)が広がり、その左にはイタリア一の大河ポー川が滔々と流れている。

写真下左:Mヴィットリオ・エマヌエーレ通りにあるポルタ・ヌオーヴァの電停に東西両方向からやってきた9系統=2018年4月21日撮影          
写真下右:Nポルタ・ヌオーヴァの電停に北側ファルケーラ行き(手前)と南側ドゥロッソ行きの車両が並ぶ=2019年9月17日撮影   

ヴァレンティーノ公園は1856年にフランス式の公園としてオープン。屋外のカフェやバーなどもあり、夏はナイトスポットとしてもにぎわう。公園沿いに文字通りヴァレンティーノ(Valentino)という電停がある。日本の観光ガイド本などにはあまり紹介されないが、ぜひ足を伸ばしたいところだ。

●駅西側に電停持つ超低床車両の4系統、市の南北結ぶ最長路線
再び、ポルタ・ヌオーヴァ駅に戻ろう。駅正面出口からヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを少し左側(西方向)に歩くと、長大な7車体連接の低床車両のトラムがヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りと交差する通りを走っているのが見える。駅舎西側の通りに電停を持ち、市の南北を走る4系統だ。市北側のファルケーラ(Falchera)と、フィアットの自動車工場が近くにある南のドゥロッソ(Drosso)を結ぶ路線で、路線距離にして約18キロとトリノのトラム路線の中で最も長い。

4系統を走る車両は6000形(Serie 6000)と呼ばれ、愛称はシティウエイ(Cityway)。フランスのアルストム社製造の超低床車両で、トリノのトラム車両の中で最も新しい。

●アーチの石門潜る光景は新鮮
この4系統、先ほどのヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りと南北に交差するやや幅の狭い9月20日通り(Via XX Settembre)を走るのだが、興味をそそられるのはこの交差点のすぐ北側に旧市街のシンボルであるアーチ状の石門を、北側に向かう4系統のトラムが潜り抜ける光景だ。私は2007年に初めてトリノを訪れたが、この時に見た印象は強く、今でも目に焼き付いている。

写真下:O北側方面の4系統のトラムが潜り抜けるアーチ状の石門=2012年9月16日撮影   

●乗車前に歩いて街なかの構造を体感
4系統にもすぐにでも乗りたいところだが、まちを知るには徒歩で地理的な構造を体感するのも悪くない。ポルタ・ヌオーヴァ駅正面から旧市街(Centro storico)の中心であるカステッロ広場まで約1キロにわたり伸びるローマ通り(Via Roma)をまずは歩いてみよう。

ローマ通りには3つの有名な広場がある。まず、駅正面に面するヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りを渡ってすぐのところにあるのが、芝生と噴水のあるカルロ・フェリーチェ広場(Piazza Carlo Fekice)。この芝生の広場を半円形状に取り囲むように、今は使われていないトラムの線路が所在なげそうに残っている。手元にあるトリノのトラムについて書かれた本には、同広場をトラムが走っていた1960年代の写真が掲載されているが、今や上空には架線はもうないため、そのままトラムを走らせることは難しいだろう。

写真下:P使われていないトラムの線路が残っているカルロ・フェリーチェ広場=2012年9月16日撮影  

ちなみに、私は2年前(2018年)、この広場沿いにある3つ星の古いホテルに初めて泊まった。実はこのホテル、しかも同じ3階の部屋でイタリアを代表する作家パヴェ―ゼが1950年代初めに自殺したことを最近久しぶりに読み返した本(河島英昭『イタリアをめぐる旅想』)で知り驚いた。

●歩きやすい碁盤の目状
話を元にもどそう。カルロ・フェリーチェ広場を過ぎると、有名ブランド店が軒を連ねるショッピング街に入る。それを越すと、ポルティコの中に歴史あるカフェが並び、「トリノの応接間」と呼ばれるサン・カルロ広場(Piazza San Carlo)、そしてサヴォイア家の旧王宮が奥にあるトリノ最大の広場、カステッロ広場(Piazza Castello)と続く。駅前からサン・カルロ広場まで、ゆっくりと歩いても15分ほど。カステッロ広場まででも20分あれば着いてしまう。トリノの街中は古代ローマ時代に碁盤の目状に造られたというが、確かに整然としていて歩きやすい。

写真下左:Q後方に真っすぐに伸びるローマ通りの先にポルタ・ヌオーヴァ駅が見えるサン・カルロ広場=2018年4月21日撮影    
写真下右:Rウインドーショッピングを楽しむ人たちでにぎわうローマ通り=2010年7月11日撮影  

さて、観光の中心でもあるカステッロ広場まで来たら、駅前からトラムに乗るため、もう一度、ポルタ・ヌオーヴァ駅のあるヴィットリオ・エマヌエーレ大通りまで引き返そう。9系統のトラムは通りの中央ではなく、左右それぞれの歩道側を走る。先ほど紹介したマッシモ・ダゼリオ大通り方面のトラムは駅正面出口寄りの歩道側に電停があり、反対側方面の電停も手前の歩道側にあり、乗り降りしやすい。

写真下:Sトリノ最大の広場であるカステッロ広場の入り口前の通りにはトラムの電停がある。後方左に見えるのがトリノ・バロック建築の最高傑作といわれるサン・ロレンツォ教会のクーポラ=2012年9月16日撮影

●別々の通りを走る4系統の北側・南側方面
カルロ・フェリーチェ広場から駅舎を正面に見ながら横断歩道を渡り、右にしばらく進むと、交差点を左側に曲がった先に4系統の電停(Porta Nuova)が見える。そこから、北側終点のファルケーラ(Falchera)行きのトラムに乗ろう。

電停Porta Nuovaには北側終点のファルケーラと南側終点のドゥロッソの各方面に行く4系統のトラムのほか、4路線あるバスもひっきりなしにトラムの線路上を走る。ここからファルケーラ行きのトラムはまずヴィットリオ・エマヌエーレ大通りを渡るとすぐに先ほどのアーチ門を潜り抜けて、9月20日通りを進む。右側にはローマ通りが並行に走っており、3つ目のベルトーラ (Bertola) 電停で下車すると右側後方にサン・カルロ広場、さらに次のガリバルディ(Garibaldi)電停で降りればカステッロ広場の西側に着く。トラムに乗車する前にカステッロ広場など街なかを歩いておけば、トラムによるまち巡りはより立体的になり、楽しくなるはずだ。

写真下左:21)ポルタ・ヌオーヴァ駅側面にある4系統の電停で北側方面(手前)と南側方面のトラムが並ぶ=2019年9月17日撮影   
写真下右:22) 4系統ではポルタ・ヌオーヴァ駅付近からポルタ・パラッツォ市場までは北側方面と南側方面の線路は別々の通りにある=2007年7月4日撮影   

ここで4系統について少し注意を。トリノの街なかは碁盤の目状だと説明したが、ポルタ・ヌオーヴァ駅付近から、後ほど紹介するポルタ・パラッツォ市場まで南北に走る通りの幅は比較的狭い。このためか、北側方面と南側方面の各線路は別々の通りに敷設されている。9月20日通りにはいわば単線区間として北側方面の線路しか敷かれておらず、南側方面の線路はもう一つの単線区間として、カステッロ広場方向に向かって左側にもう一本隣のアルセナーレ通り(Via Arsenale)にある。

だから、先のアーチを潜り抜けるトラムは北側方面だけで、ポルタ・ヌオーヴァ駅前の電停に向かう南側ドゥロッソ行きのトラムはアルセナーレ通りからヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りを左折すると、残念ながらアーチを横目に駅前交差点を右折し、駅前電停に向かう。

●カステッロ広場前からは13系統と15系統が柱廊のポー通りを走る
さて、ベルトーラ電停で降りて、カステッロ広場に歩を進めよう。サン・カルロ広場を背に同広場の入り口に立つと、ほっそりした顔をしたオレンジ色のスリムな2車体連接車両の2800形(Serie2800)と、9系統でも見かけた3車体連接車両の5000形(Serie5000)が右に左に続々と走ってくる。13系統と15系統のトラムで、両系統とも2800形と5000形の2種類の車両を走らせている。

写真下:23) カステッロ広場の電停から、グラン・マードレ行きの13系統に乗車する  

13系統は市西部のカンパネッラ広場(Piaza Campanella)と、東部のグラン・マードレ広場(Piazza Gran Madre) 間6.7キロを結ぶ路線。トリノのトラム路線の中で路線距離が最も短い。一方、15系統は南西部のブリッソンニェ通り(Via Brissongne)と北東部のサッシ地区コリオラーノ広場(Piazza Coriolano)間11.5キロをつなぐ。 両系統とも東側方面ではいわばアーケード街としてポルティコ(柱廊)が長く続く落ち着いた雰囲気のポー通り(Via Po)を進み、さらにこれまたポルティコ付きの広大なヴィットリオ・ヴェネト広場(Piazza Vittorio Veneto)を通って大河ポー川を渡る。トリノを代表する魅力的な街並み風景の一つを走るのだ。

写真下左:24) ポルティコが続くポー通り=2012年9月17日撮影   
写真下右:25) ヴィトリオ・ヴェネト広場の電停からグラン・マードレ・ディ・ディオ教会を望む=2019年9月17日撮影

ポルティコはボローニャをはじめ北イタリアの大都市ではよく見かけるが、トリノも有名で、街なかに総計18キロのポルティコのアーケードがあるという。また、ヴェネト広場はポルティコが付設された広場としてはヨーロッパでも最大規模らしい

●13系統の東方面は“パンテオン教会”をループに折り返し
東側起終点のグラン・マードレ広場はポー通りを越え、ポー川に架かるヴィットリオ・エマヌエーレ1世橋(Ponte Vittorio Emanuele1)を渡ったところにある。広場と言っても、ただの広場ではない。トリノのカトリック信仰で最も大切な教会とされている由緒正しいグラン・マードレ・ディ・ディオ教会が鎮座する場所だ。

写真下左:26) ヴィットリオ・エマヌエーレ1世橋を渡り終えると、グラン・マードレ教会が目の前に=2012年9月17日撮影   
写真下右:27) グラン・マードレ教会を囲むように線路がループになっている=2012年9月17日撮影

広場の石段を登ったところにある、どっしりとしたギリシャ神殿風の円柱式前廊を持つドーム。私は2012年に初めて13系統でこの教会まで行った時、この味わい深い建物に見とれるとともに、一種の既視感なのか、どこかで見た建物だなと思った。そう、ローマのパンテオンだ。実際、後で調べると、その建築様式はパンテオンを再現したもので、1818年から1831年の間に建てられた。計6つある円柱式前廊は後半以降の1827年から4年間かけてつくられたという。

13系統がヴェネト広場を過ぎて、ヴィットリオ・エマヌエーレ1世橋を渡ろうとすると、この存在感ある教会建物が目の前に飛び込んでくる。13系統はこの石段に囲まれた“パンテオン教会”を半円形状にぐるっと左旋回し、再び橋側に顔を向けて折り返す。つまりは、教会の広場をループにしているのだ。こういう教会をループの場所にしている例はイタリアだけでなく、他のヨーロッパの国々のまちでもあまり見かけない。ポー川のほとりに立つ由緒ある教会とともに、ループも一見の価値はあると思う。

●もう1つの沿線ミッカ通りにはアールヌーヴォー様式の建物
カステッロ広場を境に東側の沿線がポー通りであるのに対し、西側はピエトロ・ミッカ通り(Via Pietro Micca)と呼ばれる。ポー通りと同じくポルティコが続くこのミッカ通りにはイタリアのアールヌーヴォーといわれる19世紀末のリバティー様式の建物が立ち並び、そこをトラムが走る風景は一服の絵になる。とりわけ、ミッカ通りと、4系統北側方面のトラムが走る9月20日通りが交差するところに立つ薄いレンガ色の4階建て建物のコーナーなどに、おしゃれな縦長の出窓が味わい深いアクセントを与えている。

写真下:28)リバティー様式(アール・ヌーヴォー)の建物が立ち並ぶピエトロ・ミッカ通り=2012年9月17日撮影  

ちなみに、15系統はミッカ通りを走るとはいえ、しばらくすると4系統南側方面のトラが走るサン・トッムマーゾ通り(Via San Tommaso)を左折し、4系統としばし線路を共有する。このため、ミッカ通りの街並み風景をじっくりと楽しみたい向きには13系統に乗った方がいいかもしれない。なお、15系統については後編で詳しく紹介したい。

●ドゥオーモに行くならトラムが便利
再び4系統に戻ろう。というのは、北側方面に進む4系統の沿線風景には見どころが少なくないからだ。これから紹介するところはいずれもカステッロ広場近くに固まっているので、トラムに乗らずに線路方向に歩いてもいいだろう。

9月20日通りを電停ガリバルディよりさらに北側に進むと、ドゥオーモ(Duomo di San Giovanni)が右側に姿を現す。トリノに唯一残るルネサンス様式の建物(15世紀末に建設)で、王宮の西側に寄り添うように立つ。隣には1720年ごろに建てられたロマネスク調の茶色の鐘楼も聳える。礼拝堂にはキリストの処刑後、その身体を包んだ聖骸布があることで知られている。文字通りドゥオーモという電停が目の前にあり、ドゥオーモを訪れるなら、トラムからのアクセスは抜群にいい。

写真下左:29)ドゥオーモの目の前に4系統北側方面の電停がある=2012年9月17日撮影   
写真下右:30) ドゥオーモはトリノで唯一残るルネサンス様式の建物=2012年9月17日撮影

ドォーモを後に9月20日通りをさらに北側に歩き続けると、古代ローマ時代の遺跡が姿を現す。右側に紀元1世紀の古代ローマ円形劇場跡(Anfiteatro Romano)、左側にはこれも紀元1世紀のパラティーノ門(Porta Palatina)が見える。パラティーナ門は通り沿いにある縦長のアウグスト広場の一角にあるが、門というよりは、2つの塔に囲まれた茶色の横長の大きな建物といった感じで目に付く。かなり保存状態が良いとされている。

写真下:31) 紀元1世紀のローマ時代の遺跡であるパラティーナ門も4系統の沿線に近い=2012年9月17日撮影

●3路線が集まるヨーロッパ最大の屋外市場、ポルタ・パラッツォ市場
4系統のトラムはこのパルティーナ門を左に見ながら、間もなく東西に走るレジーナ・マルゲリータ大通り(Corso Regina Margherita)との交差点を左折する。しばらくして通りの右側に目に飛び込んでくるのが、アールヌーヴォー風の三角屋根風のファサードを持つ古い建物(1916年築)だ。

写真下左:32) ポルタ・パラッツォ市場のある交差点には3つの系統のトラムが集結する=2019年9月17日撮影 
写真下右:33) ファルケーラ行き4系統の電停は交差点を右折した先の市場北側にある=2019年9月17日撮影

ヨーロッパ最大規模の屋外市場といわれるポルタ・パラッツォ市場のシンボルで、ファサードの下部には「古い時計屋根」(L’ANTICA TETTOLA DELL’OROLOGIO)と書かれたプレートが掲げられている。ポルタ・パラッツォ市場は、この建物が立つレップブリカ広場(Piazza della Repubblica)を取り囲むよう東西南北に広がり、屋内外合わせて約700に上る露店が並ぶ。毎日約4万人の買い物客が訪れるというトリノの台所だ。     先ほどの三角屋根風の建物の中では肉やチーズ、パスタ、惣菜を扱う店が所狭しに並んでいる。シーフードも屋内にあり、屋外には野菜・果物や花、古着・雑貨などが売られている。私はトリノを訪れるたびにトラムでこの界隈に向かうが、市場の中に入ったのはお恥ずかしながら昨年(2019年)が初めてだった。 イタリアに限らずヨーロッパのまちではどこも市場には活気があり、見て回るだけでも楽しい。ここトリノの市場は規模が半端なく大きく、美味しそうな食べ物など取り扱うものも幅広く、見飽きることがなく時間が経つのを忘れるほどだった。

写真下左:34) 市場のシンボルである建物「古い時計屋根」=2019年9月17日撮影
写真下右:35) 「古い時計屋根」の建物内には肉やチーズ、パスタなどを扱う店が所狭しと並んでいる=2019年9月17日撮影  

残念ながら、日本の観光ガイドの本・雑誌にはトリノっ子たちで賑わうこの生活感あふれるポルタ・パラッツォ市場はほとんど紹介されていないが、王宮やドゥオーモなど定番的な観光スポットだけでなく、トラムで途中下車し、立ち寄ることをお薦めしたい。ピエモンテの美味しいチーズや果物、あるいは珍しい雑貨を買うのもよし、もちろん見て回るだけでも十分楽しい。

ポルタ・パラッツォ市場には3つのトラムの電停がある。4系統のほか3系統、16系統である。3系統は先ほど紹介したように市北西部のヴァレッテ広場と北東部のトルトーナ大通りを結ぶ9.4キロの路線。 一方、16系統は市南側のサボティーノ広場(Piazaa Sabotino)を起終点にトリノの街なかを右回り(16CD,Circolare Destra,時計回り)、左回り(16CS,Circolre Sinistra)の2方向で巡る循環路線で、路線距離は各方向とも12キロだ。この3つのトラムが東西南北に行き交うだけに、市場の周辺は一層賑わいを見せる。
(後編に続く)

著者プロフィール
市川 嘉一 Kaichi ICHIKAWA

1960年生まれ。都市・地域問題、とりわけ都市・地域交通を専門にするジャーナリスト。国内外の数多くの都市の現場を取材してきた。長年、記者として勤めてきた日本経済新聞社を2018年6月に退社。現在はまちづくり系の研究所に勤務。オペラ鑑賞が好きなこともあり、イタリアにはほぼ毎年訪問。18年3月から3カ月間、ボローニャを中心にイタリアに滞在した。近年、復活・再生の動きが目立つイタリアのトラムに関心を持ち、本連載でイタリアのまちの風景と絡めて全運行都市を紹介するのが当面の目標。博士(学術)。『交通まちづくりの時代―魅力的な公共交通創造と都市再生戦略』(単著)など著書・論文多数。 


イタリア・トラム探索の旅 データ  
 

●トリノのトラム全路線図 (著者作成)

●トリノ中心部路線図 (GTT-Gruppo Torinese Trasporti SPA))




イタリア・トラム探索の旅
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