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特集・私の自由旅行 〜個人旅行のノウハウ教えます〜
 
15 marzo 2004




◆ ラベンナ、ヴェネッツア、シエナ ◆
       モザイク探し10日間の旅 


 
 

投稿:奥村二三雄(長野県松本市)


【私の個人旅行データ】

◆準備
イタリアへは今回の旅行が3回目。1回目は、バルセロナとヴェネッツィア、2度目がシチリア島とナポリ。イタリア、スペイン、イタリアポルトガルなどで歴史、料理、訪問地の人との会話などを楽しむのが旅の目的。
 
* 開始 : 6ヶ月前より、インターネット、案内書、旅行社などの調査。10年まえのシチリアの旅の資料が参考になる。
*プラン作り:
予約 :航空券はHISにて手配。ホテルは一部HISで。ほかは現地で前日予約。

移動手段:イタリア国内の移動は鉄道。普通以外は前日に、駅で予約。ローマーラベンナ間、ラベンナーヴェネツィlア、ヴェネツィアーモンテ、ロッソ、モンテ、ロッソーフェレンツェ、シエナーローマを駅で予約。フェレンツェーシエナ間を高速バス(バスセンターで予約。) 


◆旅程【2003年10月5日〜16日】

5(日)
初日
9.30 名古屋空港 発 大韓航空ソウル乗り継ぎ11.25着 13.05発 ローマ 18.00着
晴れ 
4:35に乗り合いタクシーで名古屋空港に向かう。空港に向かう客が多くバスは3台。
名古屋空港でローマまでの航空券受け取り50ユーロ(Eと略)の両替。チェックインのときっ大韓航空のスカイパス、マイレージを申請。2時間でソウル、インチョン空港でローマ便に乗り換える。ローマまで10:30かかる。ほとんど疲れで寝ていた。機内食はビビンバが美味しかった。ローマには同日の午後6時頃到着。パスポート、コントロールで荷物を取らずに、外に出て、あわてて戻り荷物を取り、鉄道でテルミニ駅に向かう。駅は10年ぶりで懐かしい。駅で明日のラヴェンナ行きの予約取り、タクシーで予約のホテルに向かう。部屋は狭い、食事取り、早めに休む。
6(月)
2日目
晴れ  
ローマ〜フィレンツェ〜ボローニァ〜ラヴェンナの移動ゆっくり起きローマでの朝食。ホテルはドイツ人の若い男女が多い。パン、コーヒー、ジャム、マーガリンのコンチネンタルスタイル。朝8時過ぎて、テルミニ駅周辺の散策。駅から、共和国広場(リパブリカ)のビルの建て方4方向のビルが階数、外部のデザイン、など統一されていて、4辻の真ん中に噴水、スペインの建物にも、こうしたデザインの統一したもの見る。広場にあるサンタ、マリア、ノベラ教会に入る。巨大な建物、絵、床には線が埋め込まれていて、数字が書かれている。わたしの推理では星の地球からの距離が書かれているようだ。広場のカフェテラス(開店前)噴水と建物をスケッチする。そこに巨大な壷があり、スケッチに入れる。劇場から歩きサンタマリア教会のまえで写真とスケッチ。テルミニ駅に10時頃もどる。ホテルに帰り、セフティーボックスより貴重品出す。昨日予約の列車で出る。イタリアの列車でいつも変えればと思うこと。10分前でないと番線を掲示しない。特別な空港行き以外、決まった番線のないこと。大きな荷物もって、乗る列車の番線に移動する、旅行者が可哀想。多分、ターミナル方式のため、固定した番線が決められないのでわ。指定の号車と席番号を探すため、なれない旅行者は荷物をもってうろうろしている。日本社会の効率の良さは事前に決められること(番線、号車、席の位置など)は変更なしで時刻表などに掲示て、客の混乱を防いでいる。ハードとソフトの運用に違いがある。欧州のシステムには不完全なもの多い。
ユーロ、スター(ESと略)の中でフィレンツェに行く、ポルトガル(PO)エボラに住む家族に出会う。娘さんが観光の勉強で、イタリアに留学中に家族でイタリアに観光に来たとのこと。仕事は葡萄作りの農家のようだ。欧州では観光が大きな産業で若い人に、観光を勉強する人が多い。恰幅の良い親父と話で、日本とPOの交流の話になりPOからの鉄砲伝来など日本とのかかわりの話で盛り上がる。またエボラのワインの良さ、その地域では1番の品質のこと。娘さんは学校に日本人の友人がいて名前は柴田さん、PO語では”しばた”はハンマーでたたくという意味と話した。日本では、たたくことを”しばく”しばたに掛けて言おうとしたが、音の似ていることだけで意味が通じないのではと思った。列車で1:30でフィレンツェに着き握手して分かれた。そのあとには、その席にオーストラリア(OR)人の夫婦が1ヶ月のイタリア旅行している人(南のシチリアから北のミラノまで観光地を巡る旅)が乗ってきた。驚いたことは、携帯電話を持っていて、国際電話でORから掛けてきたことに驚く。国際携帯か、昼の時間に長い国際電話をしていることに、しかも列車の中で。ボローニァで乗り換えラヴェンナに向かう。ラヴェンナへの途中には葡萄栽培の農家が見られ、イタリアはワインの産業が盛んである。果樹が多くりんごの木が小さな実がついていた。
7(火)
3日目

ラヴェンナ観光
  サンタポリナーレ、ヌエボ教会
6箇所の観光が6.5ユーロ(Eと略)約800円の共通券を購入。教会では始めての壁モザイクに感激、バシリカ方式の教会。キリスト教初期になる。堂内は長方形で両側の壁にモザイクの聖人の列がある。モザイクの細かいピースは見えない。初めての聖堂で、こんなにも感動するとはやはり旅には来て見ないことには、解からない。
  サンビッターレ教会(バシリカ)
この建物は8角形の形の聖堂。ビザンチン様式。皇帝と妃のモザイクが凄い。鳥や花のモザイクが良い。教会内の祭壇の周りはモザイクで埋められている。他の部分はアーチが綺麗でビザンチン式の教会建築。
   アリアーニ洗礼堂
市内の小さなバブテスマ(洗礼堂)、
素朴な感じで天井の12使徒とキリストのモザイクは素晴らしい。    
   サンタポリナーレ、イン、クラッセ聖堂
郊外にある、バスで向かう。聖堂の規模が大きい。有名な”キリストと12匹の羊(使徒を表す)”が正面にある。6C(世紀)中頃、天井が木製の木組みで古さを感じる。キリスト教初期の聖堂様式。正面のキリスト像の両側の聖人たちのモザイクは凄いただ感心する。
   ネノニアーノ洗礼堂
8角形の5Cの聖堂。円天井のモザイクにキリストの洗礼と12使徒がテーマ。大司教博物舘のなかでマクシミアヌスの司教座(椅子)の象牙の浮き彫りの椅子(6Cのもの)が凄い彫刻だ。
  ガッラ、プラチーヂィアの廟
5C半ば皇帝の妹のガッラにより建てられた静かな小さな、ビザンチン十字形の廟。
このモザイクは色彩に富み、円天井の深い青が印象的。地味な色彩の中に色彩のシンフォニーと讃えられる。

8(水)
4日目
晴れ     ヴェネツィア観光
ラヴェンナからボローニア乗り換えヴェネッツィアへ。乗り換えに1時間あり、両替のためボローニアで銀行を探す。5〜6の銀行で両替できないとこあり、他の銀行でいつもすぐ見つかったので、ここの状態があまりに違うため驚いた。要するにリテール(個人向け)の銀行でなかった。やはり現金の下ろせるカードの便利さを実感した。ヴェネッアに入る陸橋で懐かしい島えの風景に感激。この鉄橋は海の中にあり周りの海の風景に、いつも感動する。到着後ビポレット(船のバス)でサンマルコ広場にく。前に見なかったドッカーレ宮殿をみる。ヴェネツア共和国の宮殿で、評議員室、欧州一大きな会議室など豪華な部屋が並ぶ。素晴らしい絵画が多い。ヴェネッツィア共和国の偉大さの解かる展示品が多い。
9(木)
5日目
ヴェネッツィア観光
アカデミア美術館にはヴェネッツィア派の絵画の多さに驚く。人物画で背景を黒にする絵が多い、宗教画の少ないこと、ヴェネッツア共和国の対外戦争などを描いたもの多い。サンマルコ寺院内の見学でモザイク壁画が多くあるが、ドームなどほとんど高い位置にあるため、絵画のように見えてしまう。あとで絵葉書などでモザイクの作品であることを確認している。おなじ広場にあるコレール博物館(位置は寺院の正面)
は、共和国時代のヴェネッツアの人々の生活を知るのに良い。支配者についての記録は多いが、庶民の生活を記録、保存した博物舘は少ない。展示品では、共和国の元首(ドージェ)の肖像画や歴代のコインのコレクションに驚く。1千年の歴史を持つヴェネッツィアのコインの種類の多さ。コインが1万点ほども展示されている。コインも時代により表、裏のデザインが異なる。古いものは金属の塊のみ、新しいものほど、現代のコインに近いデザインになる。絵画の展示が多すぎるため、ポイントのみ見て早めに出た。
 
10(金)
6日目
ヴェネッツィア〜フィレンッツェ〜ピサの移動
午前中にサンロッコ信者会の会館に向かう。素晴らしいティントレットの絵画だけの美術館で16Cのルネサンス建築と彼の56枚の大型の絵画の迫力に圧倒された。これらの作品を描くのに20年の歳月をかけているといわれていて、その努力の素晴らしい結果を現代に見られることの良さを思う。他にテッツアーノの絵画もある。ここでは天上画を見るための鏡が置かれていて、見上げるのに楽だ。ティントレットの作品名。1階の受胎告知、嬰児虐殺、2階の蛇の奇跡、最後の晩餐、キリスト磔刑(たっけい)など。(56枚のうちの1部)イタリアでは日常的にストライキが多い。今回も船のバスのストに出会う。いきなり13時までストです、といわれ交通手段に困る。予約の列車が13時なので、待っていては乗れないため、歩いて列車の駅まで行こうと運河の対岸にゴンドラの渡しで対岸に向かう。(バスとゴンドラは経営が違うのでゴンドラは動いていた。)歩いてリアルト橋まで戻る。船着場につくと幸いにも船が出るとこで列車の駅まで乗ることが出来た。(あとで考えると、島の間は橋があるので長く歩きさえすれば列車の駅に着ける。)イタリアで旅の間1度はストに会っている。
ヴェネッツア〜フィレンツェの間は、ユーロスターで快適。イタリア人の多くは列車内でパズルをといている人が多い。いつも新聞を見るか、パズルを考えている人を良く見かける。イタリア人の多くは、新聞好き。多くは2〜3誌もって列車に乗る。目を悪くしないかと思う。ユーロスターの座席の回転の良さには驚く。ほとんど空きの席はなく、降りるとおなじ席に別の人が乗ってくる。
フィレンツェ〜ピサ間
ピサ駅に着くとき、日本人の若い夫婦に会う。駅の下車で迷っていたので声を掛ける。イタリア人に聞き、ピサ、セントラール駅を知らせた。団体でフィレンツェに来て2人でピサの斜塔に登る(団体は塔に登らない)ために単独行動しているとのこと。イタリア語はまったく分からない様子、基礎の鉄道用語のみ知らせる。斜塔までタクシーで往復するので、心配していないと言う。イタリアは初めてとのこと。駅で別れ、ホテル探し。駅近いホテルは満員、5軒目やっとホテル、ボローニアに着く。現金で払うと10ユーロ(E)安くしてくれた。カードの払いは高くなる。(料金は約9.5千円)ピサは大きな町、この地域の大きな都市。中世には4大海運国の一つ。歩いてドオーモ、斜塔に向かう。町の大きなことに驚く、フィレンツェとおなじくらいの町か。デジカメの電池切れて撮れない。宿には替え電池を持ってきているので替える。
11(土)
7日目
晴れ   ピサ〜モンテロッサ(チンクエ・テッラ)
午前中ピサの斜塔に登るため、ドオーモに向かう。斜塔は予約があり12時に登ることになる。2時間ほど周りの洗礼堂やドオーモの内部の見学。ドオーモの主祭壇のモザイクはビザンチン美術の影響を受けている。特徴のあるビザンチン十字が描かれている。ピサにビザンチンの文化が来ている。斜塔の見学には螺旋階段の登りがきつい。
展望台は見晴らしが素晴らしい、町の全体を見下ろす。大理石の床が雨のときはツルツル滑ると思う。柵も簡単なもの、足を滑らせると5階から下に落ちそう。足がすくんで写真もこわごわ撮る。30分で降りる知らせあり、階段をおりた。他の人から、カメラのボタン押して欲しいと言われて、こわごわ動く。斜塔を見てからピサ駅に向かう。バスを利用するが、だいぶイタリアのバス(停留所が難しい)も降りるとき早めにブザーで知らせるため、地理が分からないと乗り過ごすこと多い。ラ、スペツア行きでモンテ、ロッサにむかう。列車は休日前で込んでいる。若い人の団体さんが騒いでいた。ラ、スペツアで乗り換えモンテ、ロッサに着く。ホテルは込んでいる。何軒か聞き、”アミイチ”友達というホテルへ、2日間90Eで決める。約1泊1万2千円で高い。ほとんど1万以下で泊まってきたので、高く感じた。夜のレストランではサラダ、デル、マーレでたこ、いか、えびの入ったサラダを頼む。夜、外に出るとフィエスタをしてて、多くの観光客や村びとが出て、ダンスを路上で踊る。こんなところに、イタリアの明るさをみる。若い人も出ていて、ローマから来ていたアメリカ人の女性と久しぶりにダンスを踊った。ジャズのシンガーでうまい女性が歌っていた。旅の中で、一番楽しかった思い出になった。
12(日)
8日目
晴れ       チンクエ・テッレ
チンクエ・テッレに行った、モンテロッソ村とマナローラ村の報告。
行程は、ピサ〜ラ・スペッア〜チンクエ・テッラで鉄道で約1時間20分。他の3つの村はベルナッツィア、コルニーリア、リオマッジョーレ。東リビエラ(イタリア側)のポルトフィーノの東に位置する。昔は船でしか村にはいけなかった。今でも5つの村を結ぶ観光船が毎日、就航しています。今では鉄道、道路も来ていて、多くの観光客でにぎわいます。夏のリゾート地とおもう。モンテロッソ村は大きなホテルもある、教会も古く歴史ある建物。5つの村の中心で、かなり大き目の村。私の滞在中、ジャズのコンサートとダンスの会あり。観光客も大勢踊っていた。マナローラ村は、海の美しい、岩場の多い村。船は小さな桟橋にとまります。レストランもいいものあり、海のスパゲッティがうまかった。村にはアパートもあり、住んでいる人も多い。地中海に面した、崖の多い小さな村です。モンテロッソから.マナローラへ船で観光した。観光船は200人くらい乗れる大型船が各村の間を結んでいる。昼にマナローラのレストランでビール、ボンゴレの食事。
マナローラは山の斜面に作られた村、お店は海岸の近くに集まっている。レストランから海の景色が素晴らしい。やはりオリーブオイルとトマトの美味さが際立っていた。日曜日で驚いたこと、日曜は列車が動いてない。
駅で確かめたが、やはり動いていない。この地方では日曜の運休は普通のようだ。帰りはまた船に乗って、モンテロッソまで戻った。
13(月)
9日目
曇り  モンテロッソ〜フィレンツェ〜シエナ移動
フィレンツェでは、懐かしいアルノ川を見て、再び花の都に来たと思った。10年ほど前に三日間くらい町を見学した。英語でフローレンスで花の町、花の聖母教会、ドオーモに行く。洗礼堂のモザイクを見ることが、今回の大きな目的。懐かしいレストランを探し、リゾットとサラダを食べた。10年前の自分に戻った気持ち。午後、ドオーモと付属の塔をスケッチする。午後4時過ぎに、バスでシエナに向かう。バスは高速道路を走り、快適。シエナのホテル探しでは苦労した。”歩き方”のホテル案内のもの、バス、トイレが部屋の中に無くて断り、新しいバス付のホテルにする。駅にも近くて便利。ホテル、ミネルバ。インターネットも無料で貸してくれた。夜はピザレストランでフンギ(シメジなど)のピザとビールが美味しかった。夜、テレビを見ていてCMで過激なものをみた。男女がベットの男性から精子が出て、それが町を歩く女性の中に入り、女性がドキッとするCMで、このようなCMがキリスト教の強いイタリアで堂々と流されているのに驚く。
14(火)
10日目
晴れ    シエナ観光
シエナのドオーモの大理石象嵌(ぞうがん)の床に感動。大理石を絵の形にくりぬく、その後に別の色の大理石を埋め込む。1枚の絵画を作るのに数年かけた手作りの絵画。ドオーモの広い床に約55枚(大きなもので4ー5M)の作品が並ぶ。ドオーモのファサード(教会堂前面の3角形の絵画)にモザイクの絵画が描かれている。外部のため、普通の絵画では色あせるため、モザイクにより長年輝き続ける。ヴェネツィアでみたサンマルコ寺院のファサードのモザイクに似ている。その後、カンポ広場に行き、パニーノとカフェラッテで朝食。普通のお店の3倍の値段で、いかにも観光広場の値段と思った。カンポ広場の美しさをスケッチした。ドオーモに帰り、DOCCIOという美術館を見る。シエナ派と言われる、独特なマドンナ(マリア像)の絵画が多い。シエナは絵の具の色の名前として現代でも使われている。ここは13Cの宗教画が良い。マドンナの描き方が引き込まれるようだ。シエナ派により、このマドンナの描き方が引き継がれて、シエナに定着した。
15(水)
11日目
バチカン美術館〜スペイン広場〜18.30 ローマ空港
16(木)
12日目
大韓航空にてソウル(16日14.45着)
18.50発、20.40名古屋空港着



◆費用  :
イタリア往復約8万、鉄道2万5千、ホテル10日間約9万、食事約4万、他お土産、雑費




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◆送信先:JITRA「私の自由旅行」係 jitra@japanitalytravel.com

◆掲載のお礼はミラノの有名書籍店"HOEPLI(ホエプリ)"が出している[ A KEY TO MILANO ]を差上げます。個人旅行をされる方にピッタリのミラノ徹底ガイドブック(英語版)。詳細は、サイトの『原稿募集中』ページでご覧ください。


 

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