JAPAN-ITALY Travel On-Line

特集・私の自由旅行  〜個人旅行のノウハウ教えます〜
15 luglio 2010



マンマの手料理とバッボのヴィーノ
―南イタリア19日間の旅
第1回 カターニアとシラクーサ


         

春木秀夫


●ロコロトンドのマリア
ロコロトンド駅。アルベロベッロの南隣の小さな駅。
わたしたちはSud-est鉄道の一本しかないプラットホームに降り立ち、重いバゲッジを押し歩き出そうとしていた。その時「今日は」と言う明るい声が頭の上から降りかかって来た。日本からの旅行者に会うことの多い今回の旅行ではあるが、目の前にすっと立っているのは若いイタリアの女性ではないか。一瞬たじろいで声も出ないままに目を凝らすと「私がマリアです。トゥルッロのマリア・マリノッティ。」
そうか彼女がマリアさんなのか。目の前の大柄で眼鏡をかけた聡明そうな若い女性が、これから4日間お世話になるトゥルッリ・コンヴェルティーニのオーナーなのである。私たちの想像ではどっしりした年配のマンマのはずだったので、面食らってしまったと言うわけなのだ。

急いで濃紺のプジョーのトランクにバゲッジを積み込むと宿に向かう。
「遅れてすみません。家まで遠いのですか。」ゆっくり日本語で訊ねる。
「イタリアでは電車と飛行機はいつも遅れますから。家までは少しあります。」
綺麗な日本語が返ってきた。
二日間降り続いた雨はもう上がっていた。

思えば旅の始まりから交通機関には悩まされ続けたものだったが、最後の日程がこんなに順調に進んで行くとは・・・・。

写真トップ@:春木秀夫さん御夫妻(トウルッロのホテルにて)
下左A:カターニアの大学構内にて 春木夫人、右B:カターニアの市場にて 春木秀夫さん

出発の前日まさに私たちの頭の上を通り過ぎ第18号台風がその前兆だったのかもしれない。ややヒステリックな台風騒動も鎮まり2009年10月9日(金)無事成田経由でローマ空港に着く。ここでは出発10分前にカターニア行きのゲート変更に気が付き、一人旅の若い日本人女性とともにあたふたとローカル便にかけ込むと言うアクシデントがあった。

ところがこの日の騒動はこれでは治まらない。カターニア空港では待てど暮らせど私の手荷物が出てこない。やっぱりイタリアだなあと戸惑いながらトラブル係のおばさんとやりあった挙句、一便遅れて無事手元に到達。本当にありがたかったがもう真夜中。気の毒なことに若い二人連れの日本人男性の荷物が未着で、明日再度空港へ受け取りに来なければならないとのこと。異国で共に戦った戦友を見捨てるような思いではあるが、未だ手続きのある彼らと別れてタクシーで都心のホテルへ向かう。
手荷物は戻ってきたし、その上トラブル係のおばさんとも仲良しになったし、今度の旅行は付いているのかも知れないと内心は満更でもなかった。

写真下左C:カターニアのドゥオーモ、右D:シラクーサのドゥオーモ

●カターニア
今から考えればカターニア到着以降シチリアとカンパーニアで過ごしたそれぞれの1週間は、バジリカータとプーリャでの5日間の序章でしかなかったかもしれない。勿論だからと言ってこの14日間に価値が無かったと言うのではない。この2週間も十分に楽しかったが、最後の数日の喜びがそれにも増して大きかったと言いなおしてもよい。

さてこの町で一番困った事は連日利用したバス乗り場の問題である。「鉄道駅前にバス駅がある」と案内書には簡単に書かれてはいるが、実際のカターニア駅前のバス駅はそんな無味乾燥なものではない。広い建物跡地の間を道路が入り込み、沢山のバス会社がパズルのように勝手に発着場を当てはめ、その上乗り場さえ明示されていない場合さえある。バスの切符を手に入れるのも簡単ではない。バス駅周辺に散在するバラックの様な商店の中から、目的のバス会社の切符売り場を探し出さねばならない。このような混沌の中で無事目的のバスに乗り込めた時の喜びは、それだけに本当に大きい。
カターニアは極端な例ではあるが旅行中一番悩まされ続けた問題が現地での鉄道・バス・船の切符の手配、乗り場の発見そして正確に目的地で下車することであった。
ネットで事前資料を集めつくしても、その場に立てば想像もしなかった風景に出会うことになる。旅の楽しみはこの隔たりを理解することから始まる。たとえ膨大なエネルギーを費やさねばならないにしても。

このバス問題をのぞけばカターニアでの四泊五日の印象はそんなに強烈なものではない。コンサートで演奏者が選ぶ最初の曲に似て淡々としたものであった。ホテルは目抜きのエトネア通りに面していた。部屋が少し狭いことを除けば立地といい清潔さといい予想以上の素晴らしさである。その上朝食は今回の旅行中では多分最上級のものであったと思う。
カターニアの表通りは重厚なゴシック建築で統一され隙が無い。ところがこれほどの量となると独特の表情が威圧感となり、私たちに安らぎを与えてくれない。ある意味では美しい町並みであろうが、よそよそしさを感じてしまうのだ。更に街を行く人々の体から発散されるある種の落ち着きの無さ、街路の汚れや場末の荒廃した有様も気になった。このようなすさんだ雰囲気は旅人にとって決して心地よいものではない。

写真下左E:カターニアのホテルの部屋での夕食、右F:シラクーサの生ウニのスパゲッティ

●シラクーサ
一日町を離れてシラクーザをたずねる。長い長い歴史を持った街だけに落ち着き払った華やかさで全体がすっぽりと覆われている。隅々まで良く手入れされた迷路のような街路を歩く人々の表情にはゆとりがあり、観光客の顔まで安心感が溢れている。
オルテージャ島でまず目指したのは、JITRAのウェッブサイトで地元の秋草菜緒子さんが紹介しているリストランテil Veliero。探すまでも無く目の前に現れてくれたが、秋草さんの書かれたとおりのお店であったのにまず驚かされた。その並々ならぬ文章力に敬意を表したい。

まずアンティパストに小魚のフリッターを注文し、これ以上は望めないほど美味なウニのスパゲッティなどを白ワインで平らげた後、愈々島の探索に出かけた。残念なのは楽しみにしていたカラバッジョの「聖女ルチアの埋葬」が公開されていないこと、そのうえ島の先端に到達した途端に雨になってしまったこと。この日は朝から好天なので傘を持たずに出てきてしまったのが間違いだった。これ以降はどんな時にも傘なしでは出かけないことにした。

駆け込んだ雨のバス乗り場で辛抱強くカターニア行きを待つ。
気が付けばがらんとしたフェルマータ(バス停)にどんどん人が溜まり始めていた。
考えて見れば今日は日曜日。週末を親元で過ごしプルマン(定期バス)で都会の職場や学校に戻る若者と、彼らをいとおしげに見送る家族たちである。さすがにファミリーの結束と深い家族愛で知られた国だけの事はあると改めて感嘆した。若く美しい恋人たちもいる。随分早くから姿を見せ雨をもいとわず抱き合ったままである。映画の一場面を見るように哀しく美しい。間も無く青いパレルモ行きプルマンが姿を現す。青年たちは抱き合いキスをし別れの挨拶を交わしゆっくりと車上の人となる。バスが出てゆくと人々は雨の中を首をすくめながら車に駆け込み三々五々走り去ってゆく。濃厚な家族愛に満ちた、シチリアの原風景に出会った感じであった。
そして私達が待ち続けたカターニア行きのプルマンでも同じ光景が繰り返された。

と言うわけでこのデイトリップは消化不良で終わってしまったが、シラクーザは機会があれば宿を取ってじっくりと味わいたい町である。

春木秀夫(はるきひでお)さんのプロフィール
愛知県在住。「長年の宮仕えから数年前に開放され、念願の勝手気儘な人生の見習い期間中。趣味:バラと芝生作り、能狂言、イタリア旅行、etc」



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