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特集・私の自由旅行  〜個人旅行のノウハウ教えます〜
15 dicembre 2010



マンマの手料理とバッボのヴィーノ
―南イタリア19日間の旅
第3回 アマルフィとソレント


         

春木秀夫


●アマルフィ
アマルフィの町は多様である。賑やかな表通りから路地に入ると様相は一変する。細い石段の尽きるところに小さな広場があり八百屋、雑貨店、バールそれに木賃宿などおきまりのセットが重なり合いひしめき合っている。
アマルフィは生活者のにおいゆたかな観光地である。しかも隅々まで洗練された町並みは、イタリアでの四大海軍都市の一つと言われた過去の栄光を、誇り高くしかも謙虚に私たちに語ってくれている。

八百屋に入り柿と梨を少し買う。柿はcachiと表記してカキと発音する。辞書にもそう載っているから一般的なイタリア語なのであろうし、方々にカキ畑を見かけるので普通の果物として普及しているようである。イタリア産はやや小振りで黒いゴマがありコリコリしてとても美味しい。
ただ中国原産のこの果実が日本語で呼ばれている理由は分からない。
店番のおじいさんにバナナも勧められたがこれはお断りした。イタリアで美味しいバナナに出会った事は無いからである。多分原産地のフィリピンから遠いせいではと勝手に想像する。さらに隣のグロッサリーで水とビールを仕入れ、重い袋をぶら下げて向のカフェで一休み。


写真トップ@:ナポリ湾 ヴェスヴィォの朝焼け
下左A:アマルフィ カフェで春木夫人、右B:ラヴェッロヴィラチンブローネ付近の畑 かぼちゃと糸瓜らしい

お腹がすいたという家内の声に応えて、今宵はここでピザとワインの軽い夕食をとることにする。宿に帰ってビールとデザートでお腹を整えればよい。それに先日買い込んだ生ハムもまだ残っているそうな。
お腹が一杯になったので表通りの散歩にでる。と人だかりの多いピザ屋の店頭に、美味しそうな匂いをさせて揚げたてのアランチーノ(ご飯で作ったコロッケ)が並んでいる。食いしん坊の家内がそれを買ってきて、二人で行儀悪く頬張りながら宿に向かった。

●ラヴェッロ
次の日は夕方からバスで隣町のラヴェッロへでかける。この町はアマルフィの裏山、簡単に言えばあの絶壁の上にあり、風光の明媚さのためか昔から高級別荘地として名を馳せた町である。お定まりの観光を楽しんだ後、開店までの時間潰しに近くのバールに入る。この国では夕食の始まるのが遅いのでいつも時間のやりくりに失敗する。今日も仕方が無いのでワインを啜りながらバールのテレビでセリエAのサッカー見物となってしまった。なるべくゆっくりと舐めねば時間が持たない。1時間以上も粘るのだから。近所のおじさんも若い衆もみんな同じようにちびりちびりとやりながら、大声を張り上げている。一番熱心なのはひょっとしたらレジで頑張っているご主人かもしれないなどと言いながら、私たちは店に出入りする人々の観察に余念が無い。この方がサッカーより余程面白いのだが、それでもこの1時間は長かった。

無事夕食をすませ降り始めた雨の中傘をさしバス停に向かう。その途中ドゥオーモの前を通り抜ける。山の冷気に包まれナトリウムランプにぼんやりと照らしだされた雨の広場の幻想的な美しさは忘れ難い。しかし感動して居れたのもそこまで。山の雨はどんどんと体温を奪う。料理とお酒で暖まった体も次第に冷え始める。ところが9時半発のバスが時間を過ぎてもなかなか姿を見せない。何故か時々打ち上げられる花火が侘しさを殊更掻き立てる。心強いことにはドイツ人らしき夫婦が二組、それぞれお気に入りの場所で雨宿りしながら心配そうになにやら囁き合っている。「バスは来るのかしら。ここはイタリアだけに本当に大丈夫なのかしら」などと話しているに違いない。あの不安さは誰にも共通したものだから。

近くにタクシーがやってきて盛んに客引きをはじめた。不思議なことに誰もその話には乗らないようだ。あの街灯一つの漆黒の闇の中、自分たちだけタクシーに乗ってはと言う思いを知らずに共有していたのかもしれない、と勝手に思うと嬉しくもなる。
意地になって待ったお陰で20分遅れでバスはやってきた。あの低いエンジンの音を耳にし、大きなヘッドランプを見たときの嬉しさは又特別なものであった。
途中アマルフィの入り口で彼らはバスを降りて行った。軽い目配せと微笑は心の通いあった証しであったのかもしれない。

●ソレントへ
18日午前10時30分。バスでソレントへ向かう。空はどんより曇ってはいるものの雨の気配は無い。
一昨日ナポリ空港からバスを乗り継いでソレント経由でアマルフィにやってきたうえに、昨日の朝は同じ経路を30分ほどかけてポジターノの町まで往復したのだから、このルートを利用するのは都合4回目と言うことになる。

何度目であってもアマルフィ海岸を走るのは楽しい。絶壁と青い海の間をバスは軽業のように走り抜ける。実はこの場合も主役は羊腸の小径ではなく、人間様なのだから興趣が更に盛り上がる。この道は確かにカーヴもトンネルも多くその上細い。それだけでも大変なのだが、所かまわず乗り捨ててある無数の路上駐車がここでは問題を複雑にしている。断崖にへばりついた村々の前後、ホテルや売店の付近、個人の別荘それにヴューポイントなどではことにひどい。はなはだしい場合は公共駐車場が売店になり道路が駐車場化しているという始末。

もっとも一概にそれを責めるわけにもいかない。利用できる土地があまりに狭いため、道路を単に走るための施設と限定できないと言う事情もあろう。そのため自家用車や観光バスがごちゃごちゃ停めてあるまるで市場状態の道を、路線バスはクラクションをうるさく鳴らしながら猛スピードで突っ走る。だからバスの先頭に座っているとこんなに面白い見ものは無い。対向車との運転手同士でのやり取りは車内の雰囲気をいやがうえにも高めてしまう。そんな中で事故もそれほどの渋滞も起こさず、1時間30分の道を走りきるのだから大した度胸である。

注意深く見ると分かるのだが、ここではD(ドイツ),F(フランス)もしくはGB(イギリス)などと表示した他国籍ナンバーの車を見かけなかった。多分イタリアのクレージー・ドライヴァーだけがここを無事通り抜けられるのではないか。
そしてお前はハンドルを握りたいかという質問には躊躇無くノンと答えるしかない。

そしてソレント。旅も漸く半分過ぎたことになる。

●ソレント
私たちの旅行はホテル到着が夕方以降ということは少ない。早ければこの日の様にお昼過ぎ、遅くても15時までには着きたいと思っている。ソレントでは居心地がいいのでホテルの部屋で殊更ぐずぐずした後、夕方から市内見物に出かけた。30分も歩けば大体のことが理解できるほど小さい町だ。この日もお昼を摂り損ねたので、夕食を兼ねられる美味しそうなピザ屋を探す。表通りには良い店が少ないので裏道に迷い込む。あんまり見栄えはよくないが地元向けらしいお店を見つけて「ブオナ・セラ」と入り込む。この国には稀な愛想の悪いおじさんがメニューを置いて消えてしまう。暫く考えてグラスワインとピザを二枚注文したがそれからが驚きの連続であった。
写真下左C:ソレントのピザ屋で 春木夫人、右D:ソレントのレストランでムール貝の大盛

まずワイン。二人前と言うのは500ccのことらしい。小振りではあるがデカンタになみなみと赤い液体が満たされておりこれだけでも十分に嬉しい(後で知ったのだがこれはごく普通のことらしい)。ひょいと横手を見ると先ほどとは別のおじさんがピザ生地を練り始めるではないか。軽業のように指先で回したりはしないので、愛嬌のある歪んだ形のピザ台が直ぐに出来上がる。その上に色々具を載せて大きな薪窯で焼き上げる。当たり前と言えば当たり前だが、ここまできちんと手順を踏む店が少ないのが現実なのだ。

出来上がってきたピザはさすがに美味しい。こんなピザらしいピザは残念ながらこれまで食べた事は無かったね、と家内と話しながら瞬く間に平らげてしまった。特に南部特有の薄くてきりりとした台が好ましく、厚い耳の部分もモサモサせず良く焼けたパンのように大変香ばしい。大いに褒めまくり写真をとお願いすると、家内を窯まで招き入れたうえ長い柄の付いた金属の焼き皿を握らせてくれたりと大サーヴィス。イタリアはこうでなくちゃとパチリパチリ。
この店はレストランを兼ねている。おいしいものを食べさせてくれそうではあったが、再度訪れる機会がなかったのは残念なことだった。

さて余談ではあるがおじさんの手を見ていてピザ台の作り方のこつがわかった。醗酵した小麦粉の玉(ピザ生地)を両方の掌と親指で丹念に伸ばすだけ。しかもケッコウいい加減でいいのだ!これならば誰でもできるぞと言うわけで帰国してから家内と共同作業で挑戦してみた。案の定簡単なものなのです。ただし今のところあれほどの薄さは無理なようだ。焼き上げについては電気のトースターとガスの魚焼き器とで試してみたがガスの方が断然宜しい。ほんの僅かな時間でこんがりといい香りに焼きあがります。
多分ピザ台は新鮮さが命なのだろう。

ソレントの夕方に戻る。
店を出ると日は落ちお店も扉を開き町は活気に溢れていた。例によってスーパーマーケットに立ち寄る。日曜日のせいか生鮮品が少なく購買意欲が高まらない。ワインと水だけ買い引き上げる。このワインが後日ロコロトンドで役に立つことになる。

写真下左E:ソレント港でカプリへ向けていざ出発 、右F:カプリで「今日は高波のため青の洞窟はお休み」

●カプリ、カセルタ
次の日はカプリ島に遠征。お天気は素晴らしいがほんの少し波が立っている。そのためかお目当ての青の岩窟は休業。仕方が無いので島内のハイキングをして船で再びホテルへ戻る。

次の19日は午後から電車でポンペイ見物。遺跡公園内を半分ほど回ったところで疲れ切って見学を断念。いきた生活の臭いの少ない遺跡の類はあまり私の好みではないのかもしれない。

そして20日にはもうソレントに別れを告げ、電車を乗り継ぎカゼルタに向かった。この町はナポリ王国・ブルボン家の宮殿と3kmものカスケード(人工の滝)を持つ王宮庭園で有名である。ソレントからマテーラへの中継点として選んだのがこの町だったが、結果として言えば私たちにとってあまり良い選択とはいえなかった。

ともかく選んだホテルが悪かった。バーリへの中継点として駅前立地の便利さを高く評価しすぎたのが間違いだったらしい。一泊だったから良かったようなものの旅行中唯一のホテル選択ミスだった。そんな訳で華麗な王宮も長大なカスケードも、全て薄暗い印象になってしまったのはとても残念なことである。

春木秀夫(はるきひでお)さんのプロフィール
愛知県在住。「長年の宮仕えから数年前に開放され、念願の勝手気儘な人生の見習い期間中。趣味:バラと芝生作り、能狂言、イタリア旅行、etc」



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