JAPAN-ITALY Travel On-Line

特集・私の自由旅行  〜個人旅行のノウハウ教えます〜
15 Febbraio 2011



マンマの手料理とバッボのヴィーノ
―南イタリア19日間の旅
第4回 マテーラ


         

春木秀夫


●バーリからマテーラへ
そんな訳で旅の第二楽章は尻切れトンボに終わってしまった。そして朝から降り止まない雨の中私達の旅はクライマックスの第三楽章へと向かってゆく。
カゼルタ駅を朝ESスター(ヨーロッパ特急)で発ち正午にバーリ駅に到着。マテーラでの行動を考えバゲージを急遽駅のデポージートに預かってもらい、再び降り出した雨の中FAL鉄道で目的地へ向かった。電車は意外にも超満員。走り出して30分ほどアルタムーラを過ぎたあたりでやっと席に腰を下ろし車窓を眺めることが出来た。一帯は石灰質の礫岩を叩き割った石ころに、僅かな土を混ぜ合わせたような恐ろしく貧しい農地。線路際の切羽にはもろそうな堆積岩だけが露出しており、バジリカータ地方の原初の姿を我々に教えてくれる。

神は何故か人々にこの不毛の原野を与えたもうた。そして数万年が経過しやせこけた大地はともかくも耕しつくされた。錐を差したように点々と生い茂るオリーブの巨木は「世紀物のオリーブ」と呼ばれ、黙々と岩を割り続けた人間の執念の権化のように見える。そして驚くべきことは同じ石ころだらけの平野が更にプーリャまで延々と広がっていることである。ローマ時代には穀倉と言われていた南イタリアの平原が、このような有様であるとは思いも依らぬことではあった。

写真トップ@:マテーラの現代美術館で春木夫人
下左A:マテーラの遠景、右B:マテーラの夜

満員の車内で立ち席ながら偶然隣り合わせた日本人の新婚カップル(かりにA夫妻と呼ぶことにする。この後イタリアでの最後の6日間、所々で・・・帰途の飛行機の中まで顔を合わせ続けることになる)ともマテーラ駅で別れ、私たちは宿泊予定のサッシホテルへの道を探すべく、雨上がりの駅前にぼんやりと立っていた。タクシーも無く手がかりはホテルの所番地だけ。

●マテーラ
「私でお役に立つことがありましたら?」美しいメゾソプラノが耳元で響いた。振り向けば若々しい女性が私たちに向かって微笑んでいる。
「こちらでお住まいのお方ですか」と家内。
「いいえ、マテーラへ勉強に来ております」
「予約してあるホテルを探しているのですが見当もつきません」
そして彼女が色々尋ねまわってくれたおかげで、ホテルへの大体の道筋を知ることが出来た。

彼女には丁重にお礼を言ってヴィットリオ・ヴェネト広場で別れ、教わったとおりに広場の片隅にある目立たない大理石の階段を下りる。と一瞬世界が変わった。目の前にあった日常世界がさっと消え、突然得体の知れない妙に生臭い生命体の胃袋に吸い込まれてしまった感じである。後から気付いたのだがあの大きな広場の下にもサッシ(窟居住宅)が広がっているらしい。その奇妙なサッシ群の中を夢見心地のまま暫くうろついたあげく、家内がホテルの看板を発見してくれた。

ホテルは幾重にも重なったサッシ体の一部を最近改造したもので、設備も良く部屋は実に清潔だ。石造りだが何の違和感もなく居心地にも問題はなさそうである。20ほどもある客室へはレセプションからエレヴェーターで上がり、さらに屋根の上を迷路のように広がる外廊下を利用して行く。これは面白そうだなあと私たちはすぐさま納得したものだった。

旅装を解いて早速町の見物に出かけることにした。迷いながらなんとかレセプションに下りると先ほどの少し怖そうなおばさんは姿を消し、愛想の良いお兄さんが道順を教えてくれた。大体イタリアではホテルのレセプションと、電車バスの切符売り場それにリストランテのレジに鎮座する中年女性は怖い人たちである。眉間にしわを寄せ眼鏡越しに品定めをし、あくまでも事務的に振舞いニコリともしない。それに比して男性たちのサービス精神と愛想の良さにはいつも心から感嘆する。こわもて風のおじさんに道でも尋ねてみなさい。こちらがうろうろしていると、ひょっとしたら目的地まで案内してくれるかもしれない。

写真下左C:マテーラの岩窟ホテルで、右D:マテーラ岩窟ホテルの朝食風景

小さな広場のバールで店主が雨上がりのピアッツァ(広場)にテーブルを広げ始めていた。これ幸いと路上の椅子に掛けパニーニでお腹を持たせ、ついでにワインでもと言うのはいつものパターン。夕食の遅いイタリアの習慣に合わせるため、私たちが考え出した生活の知恵である。ところが世の中は狭いもので目の前を先ほど道案内で奔走してくれた若い日本人女性が通りかかる。
「先ほどはどうも有難うございました。お陰で宿も簡単に見つかりました。もし良かったらお礼にこちらで休んでいかれませんか」とつい声をかけてしまった。
「申し訳有りませんがこれからレッスンなので」と美しい声が返ってくる。
聞いてみればマテーラでオペラの勉強をされているとのこと。お名前だけお聞きし心を残してお別れした。かげながら大成をお祈りいたします。

夕食は近所のレストランで。ここでまた日本人の4人組のグループと遭遇。この人たちは偶然にも私達と同じホテルの客であることが分かったが、あくる日バーリの駅で別れることになる。特急電車でローマに向かうそうである

あくる朝は大雨。その上なんとエレヴェーターが故障。仕方なく外廊下の迷路を通り外階段で玄関へ下り朝食のためさらに食堂へ上がる。勿論ずぶぬれ。チェックアウト時にもこの経路を経るしかない。荷物をバーリの駅に預けてきてよかったと家内につくづく感謝された。わたしの勘もたまには働くこともある。

●マテーラからバーリへ
バーリまで戻りロコロトンドへ向かうためマテーラ駅で再びSUL鉄道に乗車。
始発なので今度はゆっくり席を取ることが出来た。アルタムーラ駅を過ぎるころから満席になったが、前にすわったイタリア人の若い女性が私に日本から来たかと声をかけてきた。これをきっかけに方々から女の子が集まってきてバーリまで質問攻め。英語が全く通用せず当方は汗だくになって片言のイタリア語で対応せねばならない羽目になってしまった。利口な子がいて携帯の画面にイタリア語を打ち出して質問したり、マア楽しいこと。

残念なのはこんな事は予想もしていなかったので、日本の生活を説明するための写真を用意していなかったことである。いわく猫の写真を見せてくれ、どんな家に住んでいるのか、庭のバラはどうなのか等などかわいい質問ばかりなのに十分対応できず本当に申し訳ないことだった。
そしてバーリ。彼女たちは三々五々散って行き、昨日の4人組はローマに向かい私たちは20?払って荷物を受け取り満員のSud-est鉄道でロコロトンドへ向かう。

人の出会いと別れの面白さを味わった二日間でもあった。

春木秀夫(はるきひでお)さんのプロフィール
愛知県在住。「長年の宮仕えから数年前に開放され、念願の勝手気儘な人生の見習い期間中。趣味:バラと芝生作り、能狂言、イタリア旅行、etc」



■投稿募集中■

イタリアと旅を愛する人たちの旅行情報サイト JITRA。特に私たちは個人旅行をしながら、ガイドブックにはないイタリアの魅力を探しに来られる方々を応援します。
このコーナーでは、プラン立てから予約まで、個人で旅作りを楽しまれる方々の旅のノウハウを紹介しています。

◆投稿方法: 過去の旅行でも、今現在計画中の案でも構いません。準備や旅程、予約方法、予算などのデータは必ずご明記ください。旅行についてのコメント部分は、長さを気にせずご自由にお書きください。サイト上で使用させていただく写真については、採用決定後、改めてご連絡の上、ご準備いただくことになりますのでよろしくお願いします。

◆送信先:JITRA「私の自由旅行」係 jitra@japanitalytravel.com

http://www.japanitalytravel.com
©  JAPANITALY.COM srl - MILANO 2000 All rights reserved.
月5回発行、
JITRAメルマガ
登録はここから!

メ-ルアドレス入力

メルマガ案内