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特集・私の自由旅行  〜個人旅行のノウハウ教えます〜
15 luglio 2012



シチリア旅行記
第1回 
プレリュードとパレルモの影と光


         

Okaya 


●1年間の準備を経てシチリアへ
1992年のGWにS社のシリア・ヨルダンツアーに参加したメンバーは、献身的な幹事役の尽力で年に1回ほどの会合を持つ。2010年9月19日の「シリ・ヨル会」で、Yさんが「地中海と美味しいワインとスパゲッティが好き」と言ったので、「じゃ、シチリアに行きましょうよ」と私は誘った。そして、2011年9月23日夜、二人はパレルモのファルコーネ=ボルサリーノ空港に降り立った。

このちょっと長い空港名は、マフィアとの徹底抗戦を宣言し暗殺された2人のパレルモ出身の判事の姓に由来する。この事を知った時、パレルモ空港で旅行者は「シチリアを覆う最も暗い影」の存在を実感せざるを得ないのだなと思ったものだ。でも実際には、私の頭の中は卑近な問題−チェックインバゲージが出てくるか、お迎えのドライバーに会えるか、睡眠への渇望−で占められていた。

写真トップ @パレルモのドゥオーモ(大聖堂)正面
写真下左:Aマッシモ劇場正面  写真下右:Bパレルモ旧市街の風景

1年にも及ぶ準備期間中、多くのシチリア本を読んだ。シチリア贔屓の著者達は、異口同音に「一般観光客がマフィアから害を被ることは、まずあり得ない」と述べていた。無邪気にも私も心の中で同意した。しかし、ここパレルモでのマフィアの過去の犯罪、40年以上昔の盗難で、私が大きな損失を蒙っていることを出発の数週間前に知ってしまった。マフィアはある絵画、祭壇画を教会から盗んだのだ。いまだに行方不明なのだ。罰当たりと言うつもりはないが、作者がカラヴァッジョとあっては看過できない。そう言った所でどうなるものでもないが。複数の美術書がマフィアに盗まれたと記述していた。盗難品が未発見の盗難事件の犯人が何故マフィアと分かっているのか? マフィアは犯行声明を報道機関に送りつけたのか? それとも身代金を要求したのか? 美術書には記載がなかった。気になる。今はね。でも9月23日のイタリア時間午後11時すぎにはそんなことはまったく気にならなかった。

宿に到着した時に、時計の短針は未だ12に到達していなかったのは、幸先の良いスタートと言える。パレルモでの宿は短期滞在用アパート”Casa Teatro Massimo”。建物は年代物だが内装はモダンでオシャレで清潔だ。オーナーに暖かく迎えられ、契約を済ませ、観光に必要な事項をいくつか質問した。長い旅行初日だった。就寝したときは既に2日目だったくらいだ。

●パレルモ市内12世紀の建築物
この町の歴史はBC8世紀にフェニキア人が殖民し始まったそうなのだが、見所は全盛期と言える12世紀の建築物が中心だ。私達もノルマン王宮から観光をスタートした。現在は州議会堂になっている建物の2階のパラティーナ礼拝堂にはいる。そこには「息を呑む」と言う表現がぴったりの、絢爛豪華な金地ガラスモザイク画に覆い尽された空間が広がっている。見上げる天井は蜂の巣上の幾何学的連続模様に覆われている。一般に鍾乳石飾りと呼ばれる装飾を持った天井は、イスラムの技法に他ならない。床と壁面のそこここは、華麗な幾何学模様で装飾されている。スカンジナビアにルーツを持つノルマン王朝が、ビザンツとイスラムの技術の粋を融合させてここ、パレルモに作り上げた類稀な様式美は、余白の美とは対極にあって、息苦しくなってしまう。

充分に礼拝堂を堪能し、3階に登る。3階はガイドツアーなのだが、イタリア語では何も分からない。壁フレスコ画の損傷部分に半透明のテープが貼られているのが、痛ましくも可笑しかった。

写真下左:Cクアットロ・カンティ  
写真下右:Dモンレアーレのドゥオーモ「宇宙の支配者にして全能の主」としてのキリスト 

●モンレアーレへ
王宮を出た私達は、バスで8km離れたモンレアーレへ向かう。車内で小父さんから2.7ユーロのレシートみたいな切符を買い、帰路の時刻表をもらう。終点でバスを降り、人の流れに付いて門前町らしい賑わいを見せる「参道」を歩いていくと、ノルマン時代の最大の傑作であるモンレアーレ大聖堂が見えてきた。

一歩中に入れば遠くの―大聖堂は巨大なので―後陣に、黄金のモザイクを背景にした「宇宙の支配者にして全能の主!!!」としてのキリストが両手を広げて迎えて下さった。巨大空間の壁は黄金のモザイク画で覆われ、シチリアの明るい太陽光を受けて輝いている。金地モザイク画と言えば、「黄金の聖堂」ことヴェネツィアのサンマルコ教会が余りにも有名が、モンレアーレの方がモザイク面積が広いそうだ。大昔、7月に訪れたサンマルコ寺院にこれほどの輝きを感じなかったのは、やはり南の太陽は違うと言う事なのだろうか。壁の画面を丁寧に追っていくと、「創世記」や「ノアの箱舟」の部分などが分かった。

写真下Eモンレアーレの花嫁

祈りの場である教会は入場無料だが、屋根に上りたければ要2ユーロ。パレルモの町とその向こうに広がるティレニア海が日差しで輝いていた。大聖堂の隣にはエキゾチックな装飾の美しい円柱が有名な回廊があるのだが、上から見ると、やぐらが組まれて修復中で、一隅にあるイスラムの香りを振りまく噴水も断水している模様だ。回廊には行かず、シチリア名物カッサータのジェラートを食べ、ぷらぷら停留所へ向かう。途中これまたシチリア名物のインドイチジクことサボテンの実を買った。待つこと暫し、現れたバスの運転手さんは先程の切符売り。多分往復運賃だろうと取っておいたぺらぺらの切符を見せるまでも無く、さっさと乗りなさいとの手振り。

パレルモの市内に戻り目星を付けていたレストランでランチ。テラス席は満席なので中に席をとり、前菜の盛り合わせ1皿とパスタを2皿頼み、会話本の「取り分け用のお皿下さい」とのフレーズを指し示すと、給仕人は笑って、ワインとお皿をセットしてくれた。予想通り、私達二人で前菜1皿とパスタ2皿で充分すぎるほど。デザートが食べられないとこぼす私に、「先にジェラート食べたでしょ」とYさん。

レストランを出た私達は、宿に向かった。ここシチリアでは商店や観光施設の多くが昼休みを取るので、シチリア風に私達もお昼寝をすることにしたのだ。渡された鍵で玄関と私達のアパートメントの2箇所を開錠した、私の気分はパレミターナ。

●パレルモの大聖堂とマッシモ劇場
休憩後はパレルモの大聖堂へ。ファサード前に棕櫚の木を従え、南国情緒たっぷりの巨大な聖堂は、複雑な歴史―小さな教会がモスク変えられた場所に、12世紀にノルマン様式の大聖堂として創建されるも、以後外部支配者により改築に続く改築を重ねた―を持つため、複雑怪奇な状態になっている。見学をしているうちに礼拝が始まり、Yさんは席を立てなくなってしまった。

夜はマッシモ劇場でオペラ鑑賞。ゴッドファーザーVのあの階段で写真を取り合い、バルコニー席へ。演目はローマが舞台のプッチーニ作曲トスカ。あの映画で、この劇場で上演されていたのは、シチリアが舞台のカヴァレリア・ルスティカーナだったが。マッシモ(巨大)で豪華な劇場は、空調がきかない、それとも空調設備はないのか(!?)大変な暑さだが、肩出しドレスの女性の隣にはジャケット着用の男性。シチリアでも男はつらいねぇ。幕が上がり、まず、第2幕で敵役のバリトンがヒロインのトスカに殺され、3幕めでトスカの恋人が銃殺され、最後に嫉妬深く情熱的なトスカが身投げし幕が下りた。ストーリーは陰惨でテノールはイマイチだったけれど、パレルミターニの私達はヒロインの熱演に満たされた心持で「家路」についたのだった。

Okayaさんのプロフィール
196x年東京生まれ。趣味は旅行、登山、舞台鑑賞(主にオペラとバレエ)で年齢より海外旅行の回数の方がい。イタリア訪問は6回で、3回目からは個人旅行ばかり。イタリアへの興味は、幼少の折テレビで見た「レオナルド・ダ・ビンチの生涯」から。大学生の頃から塩野七生の著作を愛読し、ヴィスコンティの劇場上映は逃さず鑑賞。シチリア出発直前に「山猫」を見られて、TOHOシネマに感謝!  最近の愛読書は「テルマエ・ロマエ」。 



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