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特集・私の自由旅行  〜個人旅行のノウハウ教えます〜
15 Marzo 2016



イタリア二都物語 + 続シチリア旅行記
第4回  ナポリでカラヴァッジョの傑作2点を見る    

   

         

Okaya 


<第6日目>
●ナポリ

今日もスケジュールはぎっしり、寝坊などはしてはいられない。朝食、チェックアウト、荷物を預けて、バス停の位置を教えてもらい、ホテル出発。カポディモンテ美術館へ。

写真トップ: @ナポリの卵城から臨むナポリ湾の夕日

●カポディモンテ美術館
この美術館も中核になるのはファルネーゼ・コレクションだ。15Cには、今度はイベリア半島から王様が遣ってきて(アラゴン朝)、16Cにはスペインの属領になり、18Cに今度はスペイン・ブルボン家から王様(カルロV)が来たのだか、この人の母親がファルネーゼ・コレクションを息子に遺したのだ。マザッチョ、ミケランジェロ、ラファエッロ、ティツィアーノ、ベッリーニ、エル・グレコ、ブリューゲルとビッグネームは一通り。ティツィアーノの輝くばかりの「ダナエ」をファルネーゼ枢機卿がローマの自室に飾っていたのは、極めてルネサンス的だ。すぐ隣にはあの素晴らしい「マッダレーナ」もあるのだが。

写真下:Aナポリのカポディモンテ美術館

●カラヴァッジョの「キリストの鞭刑」
上階には一番の目的、カラヴァッジョの「キリストの鞭刑」がある。階段を上り、照明を落とした一番奥の展示室に向かっていくと、だんだん浮かび上がってくるその絵は、暴力と憎しみに満ち、聖堂に飾られていたと聞くと違和感を覚える。静止した画面から伝わってくる、ネガティブな感情の強さに圧倒された。

写真下左:Bカラヴァッジョ「キリストの鞭刑」  (http://www.museocapodimonte.beniculturali.it/  より)  
写真下右:C同「慈悲の七つの行い」)  (http://www.piomontedellamisericordia.it/  より)

そして暴力と残虐性では勝るとも劣らない、注目すべき絵画が程遠からぬ部屋に展示されている。史上初の女流画家、カラヴァッジェスキでもあったアルテミジア・ジェンテレスキの「ユディトとホロフェルネス」ー未亡人ユディトが娼婦に身をやつし敵将ホロフェルネスの寝首を掻いた旧約聖書のエピソードー。この絵の本歌とも呼ぶべきカラヴァッジョの絵をローマで見たのは20代の頃だったが、何て趣味の悪い絵だろうと思ったものだ。主題の知識がなかったこともあるが。アルテミジアの絵は、カラヴァッジョより流血も大量で残虐性を増している。この絵を世に問うた彼女の意図が慮れるし、「この絵を受け入れ、多分もてはやした17Cナポリ社会って!?」と思いっきり眉間に皺を寄せてしまう。カラヴァッジョのユディトの様に。

●ピオ・モンテ・デラ・ミゼリコルディア聖堂のカラヴァッジョ
観ても見ても終わらないが、予定の12時なので、次!の目的地は、ナポリ3点目のカラヴァッジョが待つピオ・モンテ・デラ・ミゼリコルディア聖堂。途中空腹を覚えたのでジェラートを食べた。今にして思えば、これがこの旅行2回目にして最後のジェラートであった。

祈りの場としての役割を終え、今は美術館として整備された聖堂に展示された「慈悲の七つの行い」は、マタイ伝に列挙された慈善行為を描いている。聖堂に相応しい絵だ。慈善行為を描いた絵より、迫真的な暴力と残虐性を描いた絵に心惹かれるのは、画家と鑑賞者のどちらの所為なのだろうか。

●スパッカ・ナポリとサンタ・キアーラ教会
この聖堂はナポリの下町、所謂スパッカ・ナポリと呼ばれるエリアにあり、ガイドブックでは夜は立ち入り禁止、昼も女性の一人歩き不可とされている。ランチは評判のピッツェリア「マッテオ」の予定だったが、昨日のブランディとは比べ物にならない行列に恐れをなして別の店に入った。水牛のモッツァレッラのピッツァと揚げピッツァを食し、満腹で、実際夕食が不要だった位だ。

写真下左:Dスパッカ・ナポリ     写真下右:Eサンタ・キアーラ教会

すっかり満足した私達は、元気良く残りの行程をこなした。サンセヴェーロ礼拝堂の大理石に刻まれたとは俄に信じ難い繊細な表現の「ヴェールに包まれたキリスト」、そしてマヨルカ焼きの装飾で名高いサンタ・キアーラ教会を最後に、スパッカ・ナポリに別れを告げた。何事もなく。

●民謡にも詠われたサンタ・ルチア地区
沈みつつある冬の陽に背を押された私たちは、足早に海を目指した。王宮前の広場から海を目指して坂道を下れば、民謡にも詠われたサンタ・ルチア地区。でも聖ルチアはシラクーサと目の守護聖女でナポリのではないのだ。海岸通りは何時死んでも良い様にかどうか、ナポリ港の夕景を見ようとする人が大勢いた。たおやかな山容のヴェスビオがちょいと噴火すれば、一昼夜程であれだけ繁栄した町が住民もろとも火砕流に埋没したのだ。諸行無常は東西を問わず世の習い。南イタリアは光が明るい分、影も濃い。プラス乾燥のためグレーゾーンがほとんどない。我が瑞穂の国と違って。

写真下左:Fサンタ・ルチア地区からヴェスビオ山を望む   写真下右:F卵城

●卵城
海沿いを歩き12Cに築かれ、アンジュー家の王が住んだ卵城へ入る。外来の王朝が港の突端に造った要塞では、大砲は市内に向け備え付けられている。夕日が沈むのを眺めた後、バスで王宮へ向かう。17Cに着工され18Cからブルボン王家の住居となった絢爛豪華な王宮だが、この時代のナポリの両シチリア王国は単なる地方小国なのでブルボン家の国王陛下のことは寡聞にして知らない。

が、フェルディナントW妃ドンナフガータことマリア・カロリーナの肖像は、その高名な母親マリア・テレジアと(少なくとも日本では)マリア・テレジアを遥かに凌いで有名な妹マリー・アントワネットの面影があるので、すぐにそれと知れた。彼女は大国フランス王妃となった妹を羨んだのだろうか。この王宮の住人ではないが、ピッツァにその名を残したマルゲリータ統一イタリア二代王妃の肖像もあった。


●フレッシャロッサでローマへ
ホテルで荷物をピックアップし、私達はナポリ中央駅に戻ってきた。シチリア島を離れる時は、「もう来ないかも」という思いで感傷的になったが、積み残し課題多数で未訪の青の洞窟の拠点になるナポリには軽く”See you!”。

写真下:Hフレッシャロッサでナポリからローマへ 

ローマまでの列車は最高時速360kmを誇る最新鋭のフレッチャ・ロッサ。英語にするとレッド・アローなので○武鉄道さん同じですね。ローマまで214kmを所要1時間10分なので強力エンジンは宝の持ち腐れだが。イタリアらしくスタイリッシュな外観、中も明るく2等でもゆったりした座席、向かい合わせのテーブルにはコンセント。隣の二人連れはずっとノートPCを使っていた。予定より数分早くローマ着。2日後のレオナルドエクスプレスのチケットを券売機で購入した。宿泊先は駅から数分、”B&B MoshiMoshi”。

Okayaさんのプロフィール
196x年東京生まれ。趣味は旅行、登山、舞台鑑賞(主にオペラとバレエ)で年齢より海外旅行の回数の方が多い。イタリア訪問は7回で、3回目からは個人旅行ばかり。イタリアへの興味は、幼少の折テレビで見た「レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯」から。大学生の頃から塩野七生の著作を愛読し、ヴィスコンティの劇場上映は逃さず鑑賞。最近日本製ブッラータチーズを発見し、2年半ぶりに味わいつつイタリアを偲んだ。 

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