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イタリアワインVino探検記
22 Aprile 2002

第1回 Brunello di Montalcino 〜私の運命を変えたワイン〜


 



中川原 まゆみ



イタリアワインと言えばキァンティが代表格で、私も初めて飲んだイタリアワインは、どちらかといえばロゼを思わせる、明るいルビー色のフレッシュな果実味あふれるキァンティだった。でもその頃からイタリアの最高峰で政府御用達ワインといえば、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノだった。現在は130の作り手にも及ぶが、特にBiondi Santi(ビオンディ・サンティ)は別格で、今も最高峰の地位を守っている。その証に2001年の最優秀ワイン生産者に与えられる"L'Oscar del Vino 2001"を授与した。

Biondi Santiの創業は1888年、Ferruccio Biondi Santiによる。モンタルチーノの南東、標高500mの Grappo 地区の糸杉並木が続く小高い丘の上。土壌は粘土質状の片岩でリッチ。品種のサンジョベーゼは現在、カリフォルニアをはじめ世界中で栽培され始めている。クローンも54種におよぶ。Biondi Santiの使用しているサンジョベーゼのクローンは、1888年に創設者フェッルッチョが"B-BS 11"(Brunello Biondi Snatiの意)と名付けたものだ。小粒で実が詰まっていて房は細長く、タンニンが多いのが特徴で、ワインにボディと複雑性をもたせる。前置きが長くなってしまったが、とにかくこのワインが飲みたかった。

ある時、自分のイタリア料理が本物と同じかどうか確かめたくなった。その頃の日本ではバルサミコ酢や乾燥ポルチーニを手に入れるのは難しく、イタリアに来るしかなかった。・・と言う訳で、いい理由ができた!フィレンツェに午後1時すぎに到着、まずはBiondi Santiの置いてあるリストランテを探すため、地図を片手に1件ずつ訪ね歩き、ワインリストを見せてもらうのだ。しかし、3時半までに探さなければ休憩時間に入り、夜の予約ができない!急がなければ!運良く2件目で見つかり、8時に予約を入れ、"Biondi Santi '78" を事前に抜栓しておくよう頼んだ。店の人は疑いの目で『こんな小娘が店で1番高いワインを頼むなんて』と、けげんそうに私を見て、ワイン代を先に請求してきた。ちょっと不愉快だったが仕方ない。これも待ちに待ったワインのためだ。先払いをして夕食を待つことにした。

Brunello の名の由来には2つの説があり、一つは1300年代に同名の川があったという説と、もう一つはモンタルチーノ周辺で植えられていたぶどうの品種名の方言という説。さて、夜の8時!リストランテは外まで人が溢れていて、予約したにもかかわらずかなり待たされ、席に着いたのは9時近くだった。アンティパストからドルチェまでしっかり食べるつもりなので、プリモまではスプマンテ(発泡酒)をグラスで2〜3杯もらい、その後に Brunello di Montalcino (Biondi Santi '78)を飲むことにした。アンティパストは好物の" Lardo di Colonnata(豚の脂身の香草塩漬)"。大理石のおけの壁ににんにくをこすりつけ、胡椒、丁字、塩、セージ、ローズマリー、シナモン、ローリエなどを底にひき、豚の脂身を入れ、木のふたを閉め熟成させたもの。通常はトスカーナのパンに上にスライスした脂身をのせ、フレッシュなローズマリーと黒胡椒をかけて食す。口の中に熟成されたやわらかな甘味と後味にさわやかな香草が広がる。プリモはトスカーナ料理の代表選手" Ribollita (野菜入りパン粥)" 。硬くなったトスカーナのパンを水に浸し柔らかくして、人参、セロリ、玉葱、豆類などと一緒に煮込んだもの。若草の香りとピリっとする辛味があるエクストラバージンオリーブオイルをたっぷりかけ食べる。身体にやさしいひと皿だ。お待ちかねのセコンドは、もちろん"Bistecca alla Fiorentina (骨付サーロインの炭火焼き)"。キアーナ牛はキアーナ渓谷とコルトーナの一部で飼育され、色は白く、貫禄のある顔だち、肉質は桜色で甘味があり、16〜18ヶ月で800kgになった頃が食べごろ。できるだけレアな状態で食べたかったので、給仕にしつこく表面だけを焼くように頼んだ。給仕は「一皿が800g〜1kgなのに1人で食べるのか?!」と驚いていたが、朝から何も食べていないし、半分は骨なので食べられる気がした。

さあ!これから儀式が始まる!大きなサービステーブルが用意され、昼に注文しておいた Brunello di Montalcino がデカンタと共に運ばれてきた。周りの人々が何が始まるのだろうと注目している。ワインは要望通り、抜栓してあった。裾の広がった大きなデカンタにゆっくりと注がれ、待ちに待ったこの瞬間。グラスはボルドー型の若干高さが低いタイプ。ワインが注がれた瞬間に香りがたちこめた。おもわず微笑んでしまった。グラスを口に近づけると、はっきりと感じる。ドライイチジク、ダークチェリー、森の木蔭、なめし皮、色はレンガ色にさしかかっていた。

― こんなワインは初めてだった。―

今思うと、若いワインしか知らなかったため、色も香りも知らない世界だった。あまりにも華やかな香りだったため、しばらくの間飲むことを忘れ香りを楽しんでいた。ふと、気づくと隣でソムリエが私の方を見ている。そうだテイスティングしなければ。口に含むと、やわらかな酸味とキメの細かいタンニンが覆い、余韻はかなり長い。これがワインなんだ! 私は今まで何を飲んでいたんだろう?ため息をつきソムリエを見つめた。彼は何も言わずに去って行った。その後、セコンドが運ばれてきたが、ワインに夢中だったため、どんな味だったのかよく覚えてない。でも美味しくて全部食べたことだけは覚えている。ドルチェはもう無理だったので、ヴィンサントとビスコッティーニで締めくくった。

帰りに空き瓶をもらって、しばらく部屋で眺めていた。その日をきっかけに今の私の人生が始まってしまった。友人のソムリエがよく言っている。"最初の感動を忘れたらソムリエはできないよ!伝えることが私達の仕事でもあるから" その通り、初心忘るべからず(Non bisogna mai perdere lo spirito iniziale)。 

最後に、先日Brunello di Montalcino の組合主催で107の作り手が1997年の Brunello di Montalcino と2000年の Rosso di Montalcino の試飲会をモンタルチーノの要塞跡で行った。私は81の作り手のBrunello di Montalcinoのテイスティングをしたが、伝統的なブルネッロでさえ二つの流れに別れていることを実感した。一つは昔ながらの方法で大樽熟成して伝統を守っている方法。香りに複雑性と奥ゆきがあり、口に含んだ時のインパクトはそれほど強くはないが美しい流れがあり、甘美の世界へ誘ってくれる。もう一つは流行を取り入れて小樽を使ったモダンな方法。香りの要素は沢山あり、インパクトが強く、広がりがありきらびやかな世界。私は、特にブルネッロに関しては、ぶどうの持っている本来の力と恵まれた環境があるのだから、二次的に手を加える必要はないと考えている。もっと力を信じて向き合って欲しい。

  photo1
モンタルチーノのブドウ畑

  photo2
Biondi Santiのボトル

  photo3
グラスとデカンタ

  photo4
ラルド・ディ・コロンナータ
  photo5
これがキアーナ牛だ

  photo6
オークの樽

  photo7
産地 トスカーナ州モンタルチーノ

 

著者プロフィール

中川原 まゆみ(なかがわら まゆみ)
 蠍座 O型  7才の時に父が母の目を盗みビールを飲ませてくれた。甘い物があまり好きではなかったので、甘くない飲み物に出会って感激。それ以来いろいろ試す。コックだった叔父から1冊のイタリア料理の本をもらったのがきっかけで料理を作り始め、同時にイタリアワインも飲むようになる。1度イタリアを訪れてからは年に2、3回は来るようになり、レストランで食事をして作り方がわからないと「皿洗いをするから」といって厨房に入れさせてもらい、レシピを教わった。1995年9月、東京の中目黒にオステリア「フェルマータ」をオープン。納得したイタリアワインと集めたレシピを中心とした家庭的な店だったが、2001年3月に閉店し、渡伊。2001年9月、日本人女性初のイタリアソムリエ協会公認のプロフェッショナルソムリエになる。現在、エミリアロマーニャ州の「リストランテ・パオロ・テベリーニ」にソムリエとして在籍。時間ができると愛車の日産マーチに乗ってワイナリー巡りをしてる日々。



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