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イタリア料理研修日記

5 Luglio 2002


第4回 初めての年越し



増渕 友子

コロッセーオ 初めて訪れたローマにて





イタリアに来て初めてのナターレ Natale(クリスマス)がやって来ました。その日は朝早くから広いキッチン中、肉を焼く薫りで充満していました。基本的にナターレは、外に食事に出るよりも家族で集まって家で祝う人が大半なので、ここリストランテ・ドゥエチーニでは、300人分以上のテイクアウトの注文が入っていました。しかも、必ずプリモ(パスタ料理)、セコンド(肉料理)、コントルノ(付け合わせの野菜類)がセットになっているので、お客さんが取りに来ると、その人の注文したプリモ、セコンド、コントルノを探し集めなくてはならず、さらにそれが昼時に殺到するので、ケンタッキーのパーティーバーレル以上に(!)大変なことになっていました。

プリモはタルトゥファーテ Tartufate などのラザーニャやカネローニ、薄焼き卵にリコッタとほうれん草の詰め物をして包みベシャメルソースをかけたクレスペッレ Crespelle、などが主で、セコンドの肉は鶏や子豚や仔羊などのロースト、コントルノはズッキーニや茄子などにパン粉をつけたフリットなどです。ドルチェはありませんでした。この後きっとお菓子屋さんを経由して、ナターレにつきもののパネットーネか何かを調達して家に帰るのでしょう。「トモーコ、18番のカネローニを探せー!24番のタルトゥファーテはどこだー?」。厨房の中を走り回り、やがてリストランテの予約客も続々とやって来る・・・。本当に目の回る日です。リストランテの予約は40名ほど。メニューは非常にトラディショナルなものでした。インサラータ・ルッサ Insalata Russa(マヨネーズとアンチョビペーストで味付けたポテトサラダ、なぜかイタリアではこれをロシア風サラダという)、それにガランティーナ・ディ・ポッロ Galantina di pollo(骨を抜いた鶏肉にハムや挽肉、ゆで卵の黄身などを詰めて巻いて加熱したものをスライスした冷製料理)、プリモはカッペレッティ・イン・ブロード Cappelletti in brodo(小さな帽子形の挽肉入りパスタをスープ仕立てにしたもの)、それに塩茹で鶏肉と茹で青菜、そして子豚、仔羊、ほろほろ鳥のアロスト・ミスト Arrosto misto(ローストのミックス)、オリーヴェ・アッラスコラーナ Olive all'ascolana(アスコリ風オリ−ヴ。挽肉を緑の大きなオリ−ヴに詰めパン粉をつけて揚げたもの、イタリア中で食べられますがもともとはマルケの料理)、クレーマ・フリッタ Crema fritta(四角に切った固いカスタードクリームにパン粉をつけて揚げたもの)などのドゥエチーニ定番フリットも登場し、ドルチェにパネットーネやトッローネなどの盛り合わせで締める、といったものでした。朝も昼も食べる暇もなく、バタバタと走り回ったナターレを終え、それらの伝統料理で私達も祝ったのでした。

そしてそのままの慌ただしさが年末まで続き、大晦日を迎えました。20世紀最後の日、その日は180人の予約が入っていました。イタリアの年越しはチェノーネ Cenone と呼ばれる大晩餐が催されます。チェノーネの付き物はザンポーネ Zampone とレンティッキエ Lenticchie(豚足とレンズ豆)。これを大晦日に食べる習わしがあります。0時を迎えるときにはシャンパンやスプマンテで乾杯し、ドルチェになります。後は踊って歌って・・・そうして朝を迎え、カプチーノとコルネットの朝食をしてチェノーネを締めくくるのです。

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スケールの大きいV.エマヌエーレ2世記念堂
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生活観あふれるトラステヴェレ地区

・・・ということで、大晦日は私にとってはそれまの1ヶ月間で一番忙しい日になりました。今でもはっきりと憶えています。0時が刻一刻と近づき、私達はドルチェの盛り付けに追われていました。急がないと乾杯に間に合わなくなってしまう!少し経ち、客席からカウントダウンの声が聞こえてきました。3、2、1、0! Auguri!!(アウグーリ!! おめでとう)皆嬉しそうに叫んでいました。外に出ると花火!誰が上げてるんでしょうか。こんな年越しは初めてでした。冬空に散る火の粉を見ていたら何だか涙が出そうになりました。そして思いました。ここに来てよかった。厨房へ戻り、客席をそっとのぞくと、生バンドの音楽に合わせて老若男女、皆楽しそうに踊っている。するとカメリエーレのおじさんがこっちへいらっしゃいと私の腕をクイっと引っ張り、僕達も踊ろう!とダンスを始めました。しかもピタっと腰をすり寄せて踊るので、60歳近いおじさんなのに、わぁイタリア人だなあーと思ってしまいましたが・・・。

元旦から3週間近く、リストランテはフェリエ Ferie 休暇に入りました。自他共に認める大の旅好きの私は、元旦早々から初めてのイタリア1人旅に出ました。厨房に居るだけではわからないこと、見られないものがたくさんあります。イタリアでしかできないことを思いきりしたい!そんな強い思いが旅のエネルギー源になりました。3ヶ日はローマで過ごし、フィレンツェ、ミラノ、サンマリーノ、その他小さな町を歩きに歩きました。ローマでは予約した宿が中心からかなり離れた地図にも載っていない所で、右も左もわからない状態で何とか探しあてたり、ヴァチカンへ行くとちょうどローマ法王の新年の式典が開かれていたり、フィレンツェではウフィツィ美術館を見たり、美味しそうなパン屋をはしごしたり。旅先ではあちこちのトラットリアで食事をしましたが、地元客で一杯の店は大抵メニューが無く、オーダーはすべて口頭でやりとりされていました。まずプリモを何にするか聞かれ、3つくらいの中からこれにする、と注文し、プリモのパスタを食べ終わるころにセコンドはこれとこれがあるけど、と聞きにくるので、じゃあこれ、などといった感じなのです。こういう店には若い女の子の姿はありません。お客のほとんどが中高年男性、オジさんばかり。一方厨房では体格の良いマンマがせっせとパスタをこねていたりします。そして出てくる料理は、トマトと肉を煮込んだラグーのパスタだとか、肉はグリルやオーブンで焼いただけだとか、まにあわせのような料理です。もちろん基本的には美味しいけども、取り立てて騒ぐこともないような。私は実感しました。日本ではイタリア料理というとちょっとおしゃれな垢抜けた料理で、食の流行に敏感な若い人たちが好んで食べるような感がありますが、実際この国で見ていると、手に入る材料でオバさんが作ってオジさんが食べる、ちっとも垢抜けない日々の飯なのです。ともあれ、私なりの目でイタリアを見て感じて味わって、大きな収穫であったと同時に、今後の私のイタリアでの飽くなき冒険の皮切りでありました。

そして再び厨房での生活が始まりました。1月のある日、ケンジさんという日本人のコックさんが2週間このお店にやって来ました。彼もマルケ州内で働いていて、自分のお店が連休に入ったのでここを紹介されて働きに来たのです。日本に奥さんと子供を置いて頑張っている人でした。日本人のコックが2人もいるということで、いい機会だから日本料理のディナーをしよう!という話が持ち上がり、ある日曜の夜に、お店の人たちとその知人友人が集まり総勢30名ほどのフェスタ・ディ・スシ Festa di SUSHI が開かれたのです。太巻き、握り、手巻きの三種類の寿司に、天ぷら、お好み焼き、お吸い物、ついでに餃子なども作りました。生魚を喜ぶ人、手を付けない人、箸に挑戦する人・・・予想以上に盛大で、絵に描いたような文化交流のディナーとなりました。それをきっかけに、リストランテでも日本料理的なものを取り入れるようになりました。2月14日のサンヴァレンティーノの日(聖ヴァレンタインデー)のメニューには、天ぷらをアンティパストとして出しました。非常におかしいことに、イタリア人の感覚では、天ぷらは Tempra、aで終わるので女性名詞になります。なので天ぷらが1つであればテンプーラですが、2つ以上になると語尾が複数形のe に変化するのです。カメリエーレ達は口々に、「Mi dai due tempre! ミ ダイ ドゥエ テンプーレ!(僕に天ぷらを2つくれ!)」「Quattro tempre per favore! クアットロ テンプーレ ペル ファヴォーレ!(天ぷら4つお願いします!)」。しかも忙しいので皆真剣。私一人が心の中で爆笑していました。ちょうどこの頃、コック仲間のあいだで、イタリアで日本料理を作るということについて軽い議論が持ち上がりました。自分たちはイタリア料理を学びにイタリアに来ているので、日本料理を作りに来たわけではない。なのに何で、あれこれ日本の物を作らされなくちゃいけないんだ、といった声もありました。ケースバイケースですが、私は非常に良いことだと思います。実際、皆異文化に関心を持っているし、良い目で見ています。そして日本料理を作ることによって自分達の存在価値が高まるのなら、まわりの人たちとの人間関係もより良くなり、それによってイタリア料理もより良く学べるに違いないのですから。

恐ろしい早さで時間は経過し、寒い冬が終わり、春がやって来ました。裏の畑から採ってくるハーブは、タイムもローズマリーもみんな可愛い花をつけています。アスパラガスやそら豆も使われはじめました。太陽の光もぽかぽかと暖かく、気持ちがいい!そして、そろそろお店を移る時期も近づいてきていたのでした。

 




プロフィール

増渕友子:神奈川県立外語短期大学卒。アパレルメーカー退職後、コックを目指して厨房での仕事を始める。服部栄養専門学校夜間部調理師科卒業後、ictのイタリア料理長期研修に参加。現在イタリア、マルケ州モンテコーザロに滞在中



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日伊の様々な食文化交流を企画する ict(イーチーティー)とICTイタリア事務所が行なっているプロ向けイタリア料理研修。 毎年長期(1年間)にわたり、本格的な研修を企画しています。 始めにピエモンテ州の料理学校で学んだ後、各州を回りながらイタリア食文化の地方性を深め、最後は有名レストランでの本格的な修行です。 詳しくは、JITRAトップページ右端、CLUB APICIO のロゴから ict のサイトへリンクしてみてください。



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