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イタリア料理研修日記

5 Settembre 2002


第5回 カンパーニアでの新しい体験





増渕 友子

雑多な庶民街
スパッカナポリ Spaccanapoli





ict(イーチーティー)の料理研修は、3軒のリストランテで研修することができます。2軒目以降はict からの紹介を受けるか自分で探すか、もしくは同じ店に留まるか選択することができます。私は悩みました。仕事にもお店の人たちにも慣れてきて、オーナーのロザリアからも、もし留まるのなら正式に一従業員として雇うとの申し出があり、留まりたいと思う反面、違うお店も見てみたいという欲もあり・・・。そこで考えました。夏場だけ他へ行って、またここに戻って来ようと。お店はロザリアに紹介してもらい、カンパーニア Campania 州の海辺のリストランテ、タヴェルナ・デル・カピターノ Taverna del Capitano に決まりました。先方が最低5、6ヶ月は居て欲しいとのことなので、秋に戻ってこられるように、急遽4月中頃に出発することになりました。

出発間近のある日、キヨコさんという日本人がやってきました。彼女は日本で10年の経験を持つソムリエで、ict のソムリエ研修に参加し、ドゥエ・チーニに配属されたのです。ロザリアと2人でチヴィタノーヴァの駅まで迎えに行きました。ちょうどその日にミシュランの採点マンが食事に来たために出かけるのが遅れてしまい、1時間近くも待たせてしまいました。駅前の小さな広場に着くと、4ヶ月半前の私のように、キョトンと立っている東洋の顔立ちの女性の姿を見つけました。お店へ向う途中、ロザリアがキヨコさんに聞きました。「Parli italiano?(パルリ イタリアーノ?イタリア語を話しますか?)」。彼女は「Pochissimo(ポキッシモ ほーんの少し)」と答えました。ロザリアは、あら困ったわ、という表情を隠しきれないようでした。実際、キヨコさんは仕事はベテラン、英語の嗜みもあるのですが、イタリアに来るまでイタリア語を全く勉強したことがなかったのです。厨房でのコック同士の会話なら、たどたどしくても許されますが、客席でお客さんの応対をする立場にあっては問題です。ちょうど同じ日に、私の短大時代の友人で当時イギリスに留学していたチエコさんが遊びに来たのて、いつも自分が理解することで精一杯の私が、にわか通訳になっていろいろ手助けすることに。そしてその5日後にはもう出発。前夜に皆で食事に出かけました。ロザリアやメートルのシルヴェルの友達のお店で、カジュアルな料理を出すエノテカです。マルケ州のサラミ類の盛り合わせや、4月半ばだったので房のままの生のそら豆や、ひよこ豆のズッパ(スープ)やら、食べて飲んで、しまいには他のお客さんがいなくなると、テーブルを脇に寄せて貸しきりディスコと化し、踊ってさらに飲んでまた踊って・・・ようやく家に帰ったのは午前4時半。そして出発の翌朝、駅に向かう前にお店に立ち寄ると、ロザリアの姿がありません。なんと前の晩の帰りにシルヴェルが事故に遭い、車は横転し廃車!幸いにも彼は軽傷とのこと。ロザリアも病院にいたので、皆バタバタと慌ただしく、別れを惜しむまもなく出発となってしまいました。

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毎日休憩時間に通っていた   お店の近くの海
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ナポリのピッツァはふちが厚い 
食べきれない人はこうやって残す

アンコーナからローマ、ローマからナポリ、ナポリからソレントヘ、さらにバスでマリーナ・デル・カントーネ Marina del Cantone という海っ端へ。アマルフィ、ポジターノなど、一度は訪れてみたかった憧れの地や、カプリ島もすぐ近くです。初めて迎えるイタリアでの夏、一体どんな夏になるのでしょうか!?

この2軒目のリストランテ、タヴェルナ・デル・カピターノは、ファミリア・カプート Famiglia Caputo(カプート家の人々)でガッチリと構成されています。まずオーナーのサルヴァトーレ Salvatore はソムリエでサービス、奥様のグラツィア Grazia は厨房で料理、長女マリエッラ Mariella と婿クラウディオ Claudio の夫婦もソムリエでサービス、弟アルフォンソ Alfonso がシェフ、その嫁ステファニー Stefanie がパンとドルチェを担当、という、婿や嫁までしっかりと機能している家族経営のお店です。ロカンダ Locanda(宿)もやっていて、きれいなきれいな海が見える部屋でヴァカンスを楽しむ宿泊客もいます。お店の自慢は、船をイメージして作られた美しいカンティーナ。ミシュランの1ッ星でもあります。

第一日目に私が初めてした仕事は、古い固くなったパンの皮を取る作業でした。パンの白い部分だけを残して挽いてパン粉にしたり、角切りにして魚のズッパに添えたり、その他の料理に使うのです。床に落ちたパン屑を掃除しようと、その当時1人いたイタリア人のコックにほうきの場所を尋ねると、つかさずシニョーラが来て、彼に聞くな、質問はすべて私にするようにと言われました。なるほど、ここは奥様が強いお店なのか、それならそのようにやっていかないと、と思い、初めの1ヶ月ほどは下仕事を率先してやるように心掛けました。実際コックとしてまだまだ未熟な私が自信を持ってできることといったら掃除くらいなもので、「トモーコ、バスタ、バスタ Basta,basta (もう十分)」と言われるまで、ゴシゴシやっていました。決していい子振るわけではなく、その場において平和に過ごすための手段なのです。

その甲斐あってかシニョーラは私にとっても優しくしてくれました。そしていろいろな料理を教えてくれました。彼女は野菜料理が得意で、賄いもいつもふんだんに野菜を使いました。中でも私がとりわけ気に入ったのが、チャンボッタ Ciambottaという料理。ラタトゥイユのような南イタリアの野菜シチューで、ナス、ズッキーニ、ジャガイモ、タマネギ、トマト、セロリなどを鍋でただコトコトと煮るだけなのですが、この滋味溢れる味わいといったら!野菜そのものの味、香りが強く美味なのですから必然なのでしょうが。そしてこれはイタリア料理というよりも、国境を超えて存在する家庭の味だと思いました。ある日、このチャンボッタが鍋に入っていて、もう煮えたかな? と蓋をパッと開けた瞬間、プワーッと湯気と香りが立ちました。そのときに母が家でよく作ってくれた具だくさんの味噌汁と全く同じ匂いを嗅ぎとったのです。そしてシニョーラお得意の定番スパゲッティがありました。スパゲッティ・アル・ネラーノ Spaghetti al Nerano。ネラーノというのはここの土地名で、茹でたてのスパゲッティにスライスして揚げたズッキーニ、バター、おろしたパルミジャーノ、刻んだバジリコをあえたものです。リストランテのメニューにもありますが、賄いでも時々登場し、そんなときは息子のアルフォンソなどは、「今日はマンマのスペシャリタだぞ」とちょっと自慢気。豊富に穫れるズッキーニを揚げて保存する意味もあるのでしょう。野菜だけではなく、もちろん新鮮な魚も欠かせません。目の前の海からいつも捕れたての魚を漁師さんが持ってきました。おろすのも面倒な小さな魚は丸ごとフリットに。ある日それを私がナイフとフォークで骨を外しながら食べていると、婿のクラウディオが言いました。「トモーコ、魚のフリットは手で食べるとより美味しくなるんだ。君は今五感の一つを感じていないから。見てみろ、みんな手で食べているだろう?」なるほど、おにぎりや寿司と同じだなあ!と感心したのでした。

週一度の休日、月曜日はいつも小旅行でした。アマルフィ、ポジターノの海岸沿い、ポンペイ、エルコラーノの遺跡、ヴェスヴィオ火山、カプリ島、プロチダ島・・・。興味あるもの、歴史的なもの、美しいもの、有名無名なものを見て歩き、特別な目的地がないときはいつもナポリ探検に出かけました。愛しのナポリ!駅を出ると目に飛び込んでくる、インドネシアを思わせる雑多な煙った光景、渾沌、無秩序、下町の喧噪、しかし隠れたオアシスもあり、そしてコクのあるカフェ、アラブの空気を感じる厚い生地のピッツァ、そしてナポリ湾。その向こうにはいつもそこに聳える、ナポリで何が起こっても悠然と構えるヴェスヴィオ火山。8月にはマルケからキヨコさんが遊びに来てくれました。彼女はイタリア語が驚くほどに上達していました。ドゥエ・チーニはブライダルシーズンで週末はいつも宴会で忙しく、イタリア人と一緒に汗を流して頑張っているとのことでした。

そしてあっという間に5ヶ月が過ぎ、カンパーニアでの仕事も終わりに近づいていました。

※増渕さんの研修日記は次回で最終回となります。その後、現在シチリアで研修中の柳令子さんの連載日記が始まります。お楽しみに!  




プロフィール

増渕友子:神奈川県立外語短期大学卒。アパレルメーカー退職後、コックを目指して厨房での仕事を始める。服部栄養専門学校夜間部調理師科卒業後、ictのイタリア料理長期研修に参加。現在イタリア、マルケ州モンテコーザロに滞在中



●● ict の料理長期研修のお知らせ ●●
日伊の様々な食文化交流を企画する ict(イーチーティー)とICTイタリア事務所が行なっているプロ向けイタリア料理研修。 毎年長期(1年間)にわたり、本格的な研修を企画しています。 始めにピエモンテ州の料理学校で学んだ後、各州を回りながらイタリア食文化の地方性を深め、最後は有名レストランでの本格的な修行です。 詳しくは、JITRAトップページ右端、CLUB APICIO のロゴから ict のサイトへリンクしてみてください。



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