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4 January 2001


第四回  北イタリアの憂鬱

〜ポー平野 la pianura padana (2)〜


林 直美


 

photo

映画 『さすらい il grido』

 

秋から冬にかけてのポー平野は、眠ったような深い霧につつまれることが多 い。霧の朝はどんよりとうす暗く、どうも起きた気がしない。窓を開けると 、家の中にも霧がしのびこんでくる。頭の中も霧にじっとりと侵されたよう に、憂鬱な気分に閉じこめられる。

そんな風景を誰よりも熟知しているのが、ポー河畔の美しい町フェッラーラFe rraraの生んだ監督ミケランジェロ・アントニオーニMichelangelo Antonioniではなかろうか。前回の『にがい米』と同じ、あの不意にすべてを 断ち切ろうとする垂直の構図は、アントニオーニの『さすらい il grido』(1957)で、ポー平野のとある町で繰り返される――フィルムの冒頭で アリダ・ヴァッリAlida Valliが見上げる鉄塔に暗示され、最後に遂行されるのだ。最初この鉄塔の上 に姿をあらわすアルド(スティーヴ・コクランSteve Cochran)は、ある日確かな理由もないまま唐突に彼女に捨てられ、娘ととも にさすらいの旅に出る。何人かの女性に出あう。別れるにせよめぐり会うに せよ、劇的なものは何もない、確かなものは何ひとつ得られないさすらいの 後、最後に同じ鉄塔から身を投げる。命を絶つ理由は明確にしようがない。 どんよりと霧に沈んだポー平野のような気分が広がるばかりである。

劇的なものや確かなものが何もないのはこのフィルムには限らない。アント ニオーニのフィルムはカタストロフィと無縁である。意味を見いだせないし 、見出した気にもさせてもらえない。かといって笑えもしない。だから不安 で退屈である。日常のようにとりとめがなく曖昧で散漫なのだ――あるいは ポー平野のように。アントニオーニのフィルムは何度見ても退屈するが、や っぱり見てしまう、というのはおそらく私だけではなかろう。物語ではなく 、映像の断片が記憶に刻まれる。夢のように。あるいは自分が生きたはずの 思い出のように……。『情事 L'avventura』(1959)にせよ『夜 La notte』(1960)にせよ『赤い砂漠 Deserto rosso』(1964)にせよ、アントニオーニの作品の多くの画面の動きの苦痛なま での遅さは、私にとってずっと謎だった。

それがあるとき、ポー平野によど む憂鬱と重なって、たとえその舞台がローマであろうがシチリアであろうが 背後に曖昧な風景のポー平野がじっとひかえているような気がして、妙に納 得した。だからまた、『愛のめぐりあい Al di la' delle nuvole』(1995年、ヴィム・ヴェンダースWim Wendersと共同監督)で、年齢とともに若返っているとしか思えない、あれほ どみずみずしくなめらかな動きの映像を見せられたときは本当に驚いた。と はいえやはり雲の向こうは曖昧なままだった(Al di la' delle nuvole とは「雲の向こうに」という意)。霧の中を模索するような、「絶対的な現 実の真のイメージ」なるものを無駄な努力と知りつつ追い求めるアントニオ ーニは健在だったというべきか。

ポー平野はどこまでも平坦である。しかしくっきりと地平線が見えるわけで はない。霧がなくても、風景はたいていぼうっと霞んで、果てまで見渡せる ことは少ない。退屈で憂鬱である。これに暑さが加われば息がつまる。起伏 に富んだトスカーナ地方から北に向かってイタリアを旅行したことのある人 ならば、ボローニャあたりから、景色が俄然単調で退屈になった記憶がある のではなかろうか。私が初めて電車でミラノへ向かってその行程をたどった 時、夏だったが、旅の行く手が急に長く重苦しく感じられた記憶がある。 夏のポー平野はうだるように暑い。イタリアの中部、丘の上の町ペルージャPe rugiaに住んでいたひと夏、北へ向かってポー平野の町パドヴァPadova、ヴェ ローナVerona、パルマParmaと旅した時、じとっとした暑さが身にこたえた。 不機嫌にさえなりつつ、低地にやってきたのだと実感した。イタリアの「北 部」だからといって、それはひとつも涼しくなる保証にはならない。涼を求 めるなら、北ではなく、高みへ向かわねばならない。

高みへとのぼりつめ、落下するという絶望的な結末は、どこまでも曖昧に広 がる現実から、逃れられないことを承知で逃れようとする魂の絶望的なここ ろみなのだろうか……しばらくポー平野をさすらっているうちに、どうもそ んな気がするようになった。


著者プロフィール

林 直美(はやし なおみ)
大阪市出身。東京大学南欧文学科博士課程修了。フレーベル館から児童書の翻訳(伊・英・仏語)多数。ピエモンテ州ゲンメGhemme在住。

 





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