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イタリア 音楽の旅
 
21 Ottobre 2002

第2回 オペラの都ヴェネツィア 

ヴェネツィア - ヴェネト州
Venezia - Veneto

牧野 宣彦
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ヴェネツィアの国力が絶頂に達するのは14世紀だが、芸術、音楽などの文化はそれより遅れて15世紀から18世紀にかけて成熟し、最盛期を迎える。1597年フィレンツェで誕生したオペラは、マントヴァを経由してヴェネツィアがオペラの中心になる。それまでヴェネツィアの音楽の中心はサン・マルコ大聖堂であったが、1637年世界初の公開オペラ劇場サン・カッシアーノが建設され、マネッリの「アンドロメダ」によって開場した。当時ヴェネツィアで最も重要な作曲家は、マントヴァから来たモンテヴェルディで、彼の「ユリッセの帰還」は1641年この劇場で初演されている。その後ヴェネツィアは、1642年にモンテヴェルディの「ポッペアの戴冠」を上演したサン・ジョヴァンニ・エ・パウロ劇場、18世紀に若いロッシーニを招請し、彼の「結婚手形」(1810年)「幸せな間違い」(1812年)、「絹のきざはし」(1812年)、「成り行き泥棒」(1812年)、「ブルスキーノ」(1813年)を初演したサン・モイゼ劇場、豪華な機械じかけの装置で人気のあったテアトロ・ノヴィッシモなど、17世紀末には16の公開オペラハウスが存在していたといわれる。当時スカルラッティ、ヴィヴァルディ、アルビノー二、レーオ、ポルポラなどの作曲家が活躍していた。その後18世紀後半にはオペラの中心はヴェネツィアからナポリへ移る。

♪フェニーチェ劇場 Teatro La Fenice di Venezia♪
18世紀末はヴェネツィアの栄光が失われつつあった。その頃ヴェネツィアで最も重要なオペラ劇場はテアトロ・サン・ヴェネデットであったが、1774年に消失し、その後「不死鳥」を意味するフェニーチェ座が、公募で選ばれたアントニオ・セルヴァによって建設された。そして1792年パイジェッロの「アグリジェントの大競技」で開場し、ロッシーニ「タンクレーディ」(1813年)、ベッリーニの「カプレーティ家とモンテッキ家」(1830年)などの名作が初演されている。1836年火災に遭うが7ヶ月後に再建され、ヴェルディの「エルナーニ」(1844年)、「アッティラ」(1846年)、「リゴレット」(1851年)、「椿姫」(1853年)、「シモン・ボッカネグラ」(1857年)などの傑作が上演されている。音楽史上を飾る歴史的名演が行われたフェニーチェ劇場は、世界で一番優雅で美しい劇場といわれたが、1996年1月に突然火災の為に消失してしまった。当初出火原因は電気系統の事故と発表されたが、放火された疑いがある。現在はパラフェニーチェというテントとマリブラン劇場でオペラの上演は行われている。昨年ヴェネツィアを訪れた時は、来年にはフェニーチェ座が復活するといわれたが、どうやら来年の公演も上記の劇場で行われるらしい。というわけで、2004年にはフェニーチェ座でオペラが観られる事を熱望する。
今年の秋から来年にかけてのプログラムが発表されたので、演目を紹介する。新シーズンは11月22日に開幕し、11/24、27、29、12/01 マスネーの「タイース」(マリブラン劇場)指揮はマルチェロ・ヴィオッティ、エヴァ・メイ、ぺルトゥージなどが出演する。「ラ・トラヴィアータ」(マリブラン劇場)12/15、17、20、22、27、29、31、2003年1/02、04、指揮はヴィオッティ、ヴィオレッタがエレーナ・モスク、アルフレードがフィリヤノーティ、アルヴァレス、ジャルモンにはレオ・ヌッチなど一流歌手の出演が予定されている。その後ヤナーチェックの「カーチャカバノーヴァ」(パラフェニーチェ)1/17、19、21、24、26、ドニゼッティ「愛の妙薬」(マリブラン劇場)2/23、25、27、3/1、4、リヒヤルト・シュトラウス作曲「ナクソス島のアリアドネ」(マリブラン劇場)3/26、28、30、4/02、5、ジョルダーノ作曲「アンドレア・シェニエ」(パラフェニーチェ)4/19、22、24、27、29、アーサー・サリヴァン作曲「ミカド」(パラフェニーチェ)5/31、6/01、5、6、7、ドニゼッティ作曲「マリノ・ファリエーロ」(マリブラン劇場)6/20、22、24、27、29。このオペラは、デヴィア、ぺルトゥージ、ロックウェル・ブレーク、指揮はダニエーレ・アッバード、パルマで上演されたのと同じ演出だが素晴らしいキャストで期待できる。10月にはイタリア語で上演されるヨハン・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」10/01、2、3、4、5などが予定されている。インターネットでもファックスでも予約できる。

◇インフォメーション Teatro La Fenice di Venezia
所在地:Calle dei Fuseri,San Marco 1810
電話:(国番号39)041-2418029、041-2722249、041-5055714、041-2411993(クレジットカードで支払う時)
Fax:041-786580
インターネット:www.teatrolafenice.it

  
写真:牧野宣彦 
上:火事で焼失したフェニーチェ座(資料写真)
左:ワーグナーの死んだヴェンドラミン館
右:カーニヴァルとサン・マルコ寺院

♪♪音楽にゆかりのある見どころ♪♪

●マリブラン劇場 Teatro Malibran
Cannaregio 5870
1678年グリマルディ家の3番目の劇場としてオープンしたのがテアトロ・ディ・サン・ジョヴァンニ・グリソストモで、それが後にマリブラン劇場と呼ばれるようになる。グリマルディ家のお抱えだった建築家、技師、画家であったトマーゾ・ベッツィが新しい劇場の建設にサインした。そしてカルロ・パラヴィチーノの音楽で開場した。ヘンデルの「アグリピーナ」やスカルラッティの作品などが上演されたが、1819年グリマルディ家はこの劇場をルイージ・ファッキーニとジョヴァンニ・ガッロに売り渡す。新しいオーナーは劇場を改装し、1819年にロッシーニの「泥棒かささぎ」を上演。その10年数年後に古くなった建物をガッロは再び改装し、劇場の名前をエメロニッティオ劇場とした。1834年にはドニゼッティの「愛の妙薬」が上演され、1835年ガッロが単独のオーナーになり、当時の名歌手マリア・ガルチア・マリブランを呼ぶ事にした。この年の4月8日マリブランはテアトロ・エメロニッティオで「夢遊病の娘」を歌い素晴らしい成功を収めた。ガッロはマリブランへの感謝の印としてこの劇場をマリブラン劇場と改名した。その後ヴェネツィアのオペラ上演はフェニーチェ劇場が主流になるが、1996年フェニーチェ焼失後、再びこの劇場でオペラの上演が行われる様になった。座席数は900。2002年から2003年のシーズンには、「タイース」、「ラ・トラヴィアータ」、「愛の妙薬」、「ナクソス島のアリアドネ」、「マリノ・ファリエーロ」などが上演される予定。

●サン・マルコ大聖堂 Basilica di San Marco
Piazza San Marco
828年にエジプトのアレキサンドリアから奪った、福音史家聖マルコの遺骸を安置する為に、11世紀から15世紀にかけて建設されたロマネスク・ビザンチン様式の教会。聖マルコはその後ヴェネツィアの守護聖人として崇められ、その象徴のライオンがヴェネツィア共和国の紋章になっている。サン・マルコ寺院では楽長よりもオルガニストが高く評価され、ガブリエーリ、メルローなどの優れたオルガニストの音楽家がいたが、1613年にはモンテヴェルディはこの教会の楽長になった。後ヴィヴァルディもこの教会の聖職者を一時していた。ロシアの作曲家ストラヴィンスキーは、1956年に自作カンティクム・サクルム(サン・マルコを称えて)初演の指揮をしている。そして1971年に死去した時は、サン・マルコ大聖堂で告別式が行われた。入り口上部には、4頭の青銅馬像(コピー)があり、これは13世紀にコンスタンティノーブルから持ち帰った戦利品で、紀元前400年から200年位前に製作された作品といわれる。円天井のモザイクは旧約聖書の物語りがテーマになっている。中央祭壇にはパラ・ドーロがあり、寺院で最も重要な作品といわれる。寺院の右側には宝物館がある。前は大きな広場になっていてカフェやガラス工芸の店などが軒を連ねる。ヴェルディのヴェネツィアを舞台としたオペラ「2人のフォスカリ」、ヨハン・シュトラウス2世のオペレッタ「ヴェネツィアの一夜」はこの広場に隣接するサン・マルコ小広場が舞台となっている。

●ドゥカーレ宮殿 Plazzo Ducale
Piazza San Marco
ヴェネツィア共和国の元首ドージェの住居、共和国政府が設置されいた場所。1309年から1442年に建設された。2階のロッジャから黄金の階段を上がると、ティッツィアーノ、ヴェロネーゼ、ティントレット、カルパッチョなどヴェネツィア派の巨匠たちの絵画で埋め尽くされている。その中にあるティントレットが描いた世界最大のキャンヴァス画「天国」(22m x 7m)がある大評議会の間 Sala del Maggior consiglio は凄い迫力で迫って来る。14世紀の半ば裏切りの罪で処刑されたマリノ・ファリエーロの史実に基づいたドニゼッティのオペラ「マリノ・ファリエーロ」には、この大評議会の間やドージェの間が舞台となっている。また、ヴェルディのヴェネツィアを舞台としたオペラ「2人のフォスカリ」は、フォスカリ家出身のドージェとその息子達が政争に巻き込まれて破滅する悲劇であるが、オペラの舞台はこの壮麗な宮殿である。さらにこの中には1471年に製作されたフォスカリ家の凱旋門 Arco Foscari といわれる場所がある。今シーズンヴェネツィアでこのオペラが上記の様に上演されるので、舞台になった場所を見てオペラを鑑賞したらより実感が湧くにちがいない。

●サンタ・マリア・グローリオ・ディ・フラーリ教会 Chiesa di S.Maria Gloiosa dei Frari
Campo dei Frari,San Polo
1338年から1443年にフランシスコ会によって建てられた教会で、主祭壇の奥にティッツィアーノが1518年描いた「被昇天」があり、ワーグナーはこの絵に描かれている両手を広げて天に昇るマリアの姿を見て感動し、「マイスタージンガー」を完成させる決意をしたといわれている。また1830年にヴェネツィアを訪れたフェリックス・メンデルスゾーンもこの作品に大きなインスピレーションを得た一人だった。他にティッツィアーノの「ペーザロ家の聖母子」、ベッリーニの「聖母子と諸聖人」、ブレーニョ兄弟による「ドージェ、フォスカリの墓」、18世紀から19世紀初頭にかけて活躍したヴェネツィア出身の有名な彫刻家カノーヴァが自分でデザインして、弟子達が製作した「A.カノーヴァの墓碑」、作曲家モンテヴェルディの墓もこの中にあり、ヴェネツィアで最も大切な音楽史跡なっている。

●サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会 Chiesa dei S.Giovanni e Paolo
Campo S.S.Giovanni e Paolo
1246年から1430年に建設されたゴシック様式の聖堂。内部のファサードの内側にはロンバルトの傑作「ドージェ、モチュニューゴ墓」、サン・ドメニコ礼拝堂にはピアツェッタの天井画「聖ドミクスの栄光」があり、またピサーノ作の「ドージェ、M・コルネールの墓」などもある。17世紀にはモンテヴェルディの弟子であったフランチェスコ・カヴァッリが、この教会のオルガニストとして活躍した。教会前の広場にはヴェロッキオの名作「コッレオーニ騎馬像」がある。またこの広場はドニゼッティのオペラ「マリノ・ファリエーロ」の第2幕の舞台でもあり、ここでフェルナンドはステーノと決闘し、命を落とすのである。2003年4月4日この歴史的教会で、素晴らしいコンサートが予定されている。ロッシーニの「スタバトマーテル」、指揮がマルチェロ・ヴィオッティ、マリエッラ・デヴィア、ソニア・ガナッシ、マッシモ・ジョルダーノ、ミケーレ・ぺルトゥージという現代望み得る最高のキャストでの上演である。

●カ・ドーロ Ca d'Oro
Galleria Franchetti
15世紀にヴェネツィアの建築家B.ボンとM.ラヴェルティによって建設されたヴェネツィア・ゴシックを代表する建物。1階はポーチ、3階はロッジァになっている。この建物は最後の所有者G・フランケッティ男爵の寄贈により、現在はフランケッティ美術館 Galleria Franchetti として公開されている。マンテーニャが1506年に描いた傑作「聖セバスティアーノ」、グアルディの「サン・マルコのピアツェッタ」などの作品が展示されている。ポンキエッリの唯一歴史に残ったオペラ「ジョコンダ」の第3幕はこのカ・ドーロが舞台で、第2場では賓客達が大勢招かれ、美しいバレエ「時の踊り」が繰り広げられる。カ・ドーロという通称は、カナル・グランデに面したファサードが、鍍金され、黄金に輝いていた事から来ている。

●モチェニーゴ舘 Palazzi Mocenigo
1816年にヴェネツィアを訪れた英国の詩人ロード・バイロンは、最初フレッツェリーア通りに住み、家主の22歳の妻と早速不倫の情事を始めた。その後1818年ニューステッドの邸宅を売り払い大金を手にし、このモチェニーゴ舘に住んだ。彼はヴェルディのオペラ「海賊」と「2人のフォスカリ」の二つの原作を書いている。またこの舘で、パン屋の娘に恋をしたり、テレーザ・グイッチョリ夫人と真剣な恋をした。また「ドン・ジュアン」の最初の2篇の歌も書いている。しかし生活は乱れたもので、この広い邸で40人程の召し使いと数多くの犬や鳥、そして一匹の狐と共に暮していた。
●ヴェンドラミン・カレルジー Palazzo Vendramin-Calergi
心臓病の持病にあったワーグナーは1883年2月13日午後3時半頃、愛妻コジマに看取られて70歳で世を去った。妻コジマは夫の亡骸に語りかけ、25時間も夫と離れようとしなかったといわれている。その後コジマはワーグナーのお気に入りだった自分の髪を切り落とし、夫の胸に置いた。3日後ワーグナーの遺体はカナル・グランデを運ばれ、バイロイトに送られた。ワーグナーがこの舘に滞在したのは、彼の最後のイタリアへの旅(1882年9月〜1883年2月)で、この舘の中2階に妻と家族と共に生活をしていた。ワーグナーはこの建物を気に入り、その庭を眺めたり、流れ行くゴンドラに大変魅力を感じていたという。

●リアルト橋 Ponte di Rialto
1592年にアントニオ・ダ・ポンテによって建てられたカナル・グランデは町で最も美しい橋。長さ48m、幅22.1mで、大きなアーチが弧を描き、両側を工芸の店などが軒を連ねる。シェクスピアの有名なヴェニスの商人もここが舞台である。またオフェンバックの最後のオペラ「ホフマン物語り」の第2幕はこの周辺の大運河を見晴らす宮殿が舞台になっており、この橋もヴェネツィアの象徴として度々オペラの場面に使われる。場面に流れる旋律はホフマンの舟歌、娼婦ジュリエッタがまんまとホフマンを欺き、この橋のたもとからゴンドラで逃げる。

●コンタリーニ・ファザン館 Palazzo Contarini‐Fasan
1475年頃建設されたといわれるゴシック様式の館。ヴェルディのオペラ「オテッロ」は、15世紀末のキプロスとヴェネツィアが舞台だが、この館も同時期に建設された。オペラでは、第4幕でデズデモーナは、エミーリアに髪を梳かせながら「柳の歌」を歌い、彼女を退かせ、静かに「アベ・マリーア」を歌い床に就く。いつからこの館がデズデモーナの館といわれているのかはわかないが、この館は通称デズデモーナの館と呼ばれている。

●ピエタ教会 S.Maria della Pieta
18世紀になると宗教音楽から世俗音楽へと世間の関心が移ると、救済院がヴェネツィアの音楽の中心となった。ピエタ、インクラービリ、メンディカンティ、オスぺダレットという4つの救済院では各自が合唱隊とオーケストラを持ち、優れた音楽を雇用していた。1678年に生れたアントニオ・ヴィヴァルディはヴェネツィアで最も有名な音楽家になった。サン・マルコ寺院のバイオリンニストを父に持ったヴィヴァルディは、ヴェネツィアの高名な音楽家ジョヴァンニ・レグレンツィに師事し、その後1703年に司祭職とバイオリンを両立させる職を見つけ、救済院の付属音楽院にバイオリン教師として雇用された。日本ではバイオリン協奏曲「四季」の作曲者として有名な彼は、ヴェネツィアの東端のサン・ジュゼッぺ広場近辺で暮していた。サン・ジョヴァンニ・イン・ブラゴラ教会にはヴィヴァルディの洗礼を示す記念碑がある。現在見られるピエタ教会は、ジョルジョ・マッサーリが設計し、1754年から1760年にかけて建てられた。ヴィヴァルディの記念碑があり、演奏会も行われている。

●ジュスティニアン館 Palazzo Giustinian
ワーグナーは1858年から1859年にかけての7ヶ月間をヴェネツィアに住み、ジュスティニアン館に滞在し、楽劇「トリスタンとイゾルデ」の第2幕を作曲した。この建物は、フォスカリ館の隣りにある。

●フォスカリ館 Palazzo Foscari
1452年に彫刻家のジョヴァンニとバルトロメオ・ボンによって建設され、ヴェネツィア共和国のドージェ、フランチェスコ・フォスカリが住んでいた。バイロンの原作のヴェルディのオペラ「2人のフォスカリ」は、このドージェが主人公の物語である。このオペラの第一幕第2場はフォスカリ宮殿の広間が舞台である。

●ジュスティニアン館 Palazzo Giustinian
カナル・グランデには同じ名前の建物があり、これは前述の館とは異なる、サン・モイゼ教会の隣りにあるもの。ここは19世紀にはホテルヨーロッパになり、ヴェルディ、プルースト、ゴーチェなどが宿泊した。

●サン・ミケーレ島の墓地 Cimitero di S.Michele
ヴェネツィアの中心部から少し離れたサン・ミケーレ島は墓地であり、外国人の為の一画ギリシャ区(第14区)にはギリシャの王妃、ロシア皇女などと並んで、ロシアを代表する舞踏家ディアギレフ、傑作「春の祭典」「火の鳥」などを作曲したストラヴィンスキー、作家のブロスキー、アメリカの詩人エズラ・パウンド(第15区に葬られている)などヴェネツィアを愛した著名人達の墓がある。


ヴェネツィア・データ
ヴェネト州

◆お薦めホテル
ヴェネツィアにはワーグナー、ジョルジョ・サンドなどが泊った5ツ星ホテルダニエリ、サマセット・モームやラスキンが泊ったグリッティ・パラス、チャイコフスキーが第4交響曲を作曲したロンドラ・パラスなど、カナル・グランデにはキラ星の様に歴史のある素晴らしいホテルが多いが、値段が高騰して、一泊6万〜10万円もする。JITRA読者の中には勿論この様な豪華ホテルに泊りたい方もいると思われますが、値段の高いヴェネツィアでいかに安く、便利のよいホテルを探したいとこのサイトを見ている方もおられると思うので、今回は3ッ星、2ッ星の便利で手頃なホテルにこだわって紹介します。

*ノヴェチェント Novecento ☆☆☆
1900年代のスタイルのインテリア。素晴らしい設備で私の超お薦め。9室
Calle del Dose − Campo San Maurizio San Marco 2683/84 電話:(国番号39)041‐2413765 Fax:041 5212145 E-mail:info@locandanovecento.it HP:www.locandanovecento.it
*ホテル・アンティーコ・ドージェ Hotel Antico Doge ☆☆☆
 ヴェネツィア共和国第55代マリン・ファリエーロの館を改装したホテル。スイートルームはドージェの使っていた部屋に泊れる。11月には特別割引あり。
Cannaregio 5643 30131 Venezia 電話:(国番号39)041‐2411570/74
Fax:041-2443660 E-mail:info@anticodoge.com HP:www.anticodoge.com
*ホテル・スカンディナヴィア Hotel Scandinavia ☆☆☆
 カナレットの描いた素晴らしい広場の眺めが見れる。シャワーのみ。
Campo S.Maria Formosa Castello 5240 電話:(国番号39)041-5223507 Fax:041-5235232 E-mail:info@scandinaviahotel.com HP:http://scandinaviahotel.com
*ラ・レジデンツァ La Residenza ☆☆
 ロビーが素晴らしいロマンティックなホテル
Campo Bandiera e Moro 3608 Castello 30122 Venezia 電話:(国番号39)041-5285315 Fax:041-5238859 E-mail: info@venicelaresidenza.com HP: http://venicelaresidenza.com
*ホテル・サン・ファンティン Hotel San Fantin ☆☆
 フェニーチェ劇場の隣りにあるロマンティックホテル
S.Marco 1930/A Cap 30124 Venezia 電話:(国番号39)041-522083 Fax:041-5222989
*ラ・フェニーチェ・エ・デ・ザルティステ La Fenice et des Artistes ☆☆☆
 ヴィスコンティの映画「春の嵐」にも登場するホテル。フェニーチェ座の隣り
 Campiello de la Fenice 1936 30124 Venezia 電話:(国番号39)041‐5232333 Fax:041‐5203721
*フローラ Flora ☆☆☆
 庭の美しいこじんまりしたホテル。買い物、フェニーチェ座にも近く人気がある。
 Calle larga 22 Marzo 2283/a San Marco 30124 Venezia 電話:(国番号39)041‐5205844 Fax:041‐5228217 E-mail:info@flora.it
*アーラ Ala ☆☆☆
 フェニーチェ劇場の近くにあるホテル。85室ありかなり大きい。
Campo Santa Maria del Giglio 2494 30124 Venezia 電話:(国番号39)041‐5208333 Fax:041‐5206390 E-mail:info@hotelala.it
*フィレンツェ Firenze ☆☆☆
 サン・マルコにもフェニーチェ座にも近い便利なホテル
Salizada San Moise 1490 San Marco 30124 Venezia 電話:(国番号39)041‐5222858 Fax:041‐5202668 E-mail:info@hotel-firenze.com
*ホテル・ウィルドナー Hotel Wildner ☆☆
 サン・マルコに近く、美しい運河の風景が見えるロマンティックなホテル
Riva degli Schiavoni 4161 Cap 30122 Venezia 電話:(国番号39)041‐5227463 Fax:041‐5265615

◆レストラン
*アンティーコ・マルティーニ Antico Martini
 フェニーチェ座の隣りにあり、ワーグナー、ヴェルディが訪れている。
 Campo San Fantin 1983 30124 Venezia Tel:041 5224121 Fax:041 5289857
*オステリーア・ダ・フィオーレ Osteria da Fiore
 魚介料理、リゾットが美味しいレストラン
 Calle del Scaleter 2202/A San Polo 30125 Venezia Tel:041 721308 Fax:041 721343
*ラ・カラヴェッラ La Caravella
 高級ナイトクラブの雰囲気のレストラン。味も洗練されている。
 Calle Larga 22 Marzo 2397 San Marco 30124 Venezia Tel:041 5208901
*ラ・コロンバ La Colomba
 ピカソ、シャガール、キリコなどが訪れた内装が美しい。
 Piscina di Frezzeria 1665 San Marco Venezia Tel:041 5221175 Fax:041 5221468
*タヴェルナ・ラ・フェニーチェ Taverna La Fenice
 R.シュトラウス、レスピーギ、レハールが訪れた
 Campiello de la Fenice Tel:041 30124 Venezia Tel:041 5223856 Fax:041 5236866
*ポステ・ヴェーチェ Poste Vecie
 市場に近く魚介料理が美味しい1600年創業のレストラン
 S.Polo 1608 Rialto Pescheria 30125 Venezia Tel:041 721822
*アル・コーヴォ Al Covo
 新鮮な魚貝料理に定評
 Campiello della Pescaria 3968 Castello 30122 Venezia Tel:041 5223812 Fax:041 5223812
*コルテ・スコンタ Corte Sconta
 魚介料理に定評がある。夏は葡萄つるの下で食事ができる。
*アッレ・テジエーレ Alle Tesiere
 小さいが、味、サービスに定評がある。
 Calle del Mondo Novo 5801 Castello 30122 Venezia Tel:041 5223824 Fax:041 5227220

◆カフェ
*カフェ・フロリアン Caffè Florian
カサノヴァ、ディッケンズ、バイロン、ゲーテなどが訪れた。創業1720年
San Marco 56 30124 Venezia Tel:041 5205641 Fax:041 5224409
HP:www.caffeflorian.com
*カフェ・クアドーリ Caffè Quadori
スタンダール、A・デューマ、プルーストなどが訪れた。創業1725年
Piazza San Marco 120 30124 Venezia Tel:041 5222105−5289299 Fax:041 5208041
*カフェ・ラヴェーナ Caffè Lavena
 ワーグナー、リストなどが訪れた。創業1750年
 Piazza San Marco 56 30124 Venezia Tel:041 5224070 Fax:041 5200151 
HP:www.venezia.it/lavena




著者プロフィール

牧野宣彦(まきののぶひこ)
早大卒。1974年、旅行会社にて日本初のニューイヤー、スカラ座オペラツァーを企画。その後コンピュータ会社を経て、1998年よりイタリアに住み、現在ボローニャ在住。フリーのトラベルライターとして、イタリアの旅行、音楽、グルメ関係の執筆、写真撮影を行う。

<著書>
「イタリアのべストラン」(透土社):トスカーナとイタリアのベストレストラン、ワイナリーなどを紹介。イタリア料理の人気の秘密をフランス料理と比較して解説。「イタリア歴史的ホテル・レストラン・カフェ」(三修社):イタリア各地の歴史的な面白い場所を203箇所紹介。イタリアで一番面白いガイドブック。「イタリアオペラツァー」(あんず堂):イタリア30都市でのオペラ体験紀行。音楽史跡、劇場、博物館、オペラを聞くために便利なホテル、レストランなど面白い情報を紹介。

 





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