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16 aprile 2007

第44回  二つの世界音楽祭が開催される街 スポレート

スポレート−ウンブリア州
Spoleto−Umbria

牧野 宣彦
駅を下りると駅前広場に現代的なアレクサンダー・コールダーの彫刻が目に入る。ウンブリア州のペルージャ県に属するスポレートは、オリーブの茂る丘陵と山地の上にあり、重厚な建物が立ち並び中世の面影を残す。標高約400m、人口約38000人のこの街は、毎年夏に開催されるフェスティバル・ディ・ドゥエ・モンディ(二つの世界音楽祭)が開催されることで知られる。

スポレートは古代ローマ以前から栄え、街には当時の繁栄を示す石の城壁が残っている。アウグストスの時代にはローマの支配を受け、街には当時の建造物であるサンクイナリオ橋、ドゥルーゾの凱旋門などがある。その後の中世の時代にもフランク族カロリング家の公国としてスポレートは栄華を誇ったが、街にはその痕跡となる建物は無い。スポレートの絶頂期は889年にグイード2世がパヴィアでイタリア王に就いた時であった。

写真左:スポレートの街並み
右:城壁外、テッシーノ川にかかるトッレの橋

その後数世紀の間に公国は衰退するが、この時代に街の主要建築物であるサン・グレゴリオ・マッジョーレ教会、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パウロ教会などのロマネスクの壮麗な建物が建設された。1155年赤髭皇帝として知られるフリードリッヒがこの街を破壊、その後は教皇領となり、14世紀に城塞が建設された。ルネッサンス時代、15世紀には画家のフィリッポ・リッピがこの街で活躍したことで知られる。18世紀にはジュゼッペ・ヴァラディエルが、ドゥオーモと街の周辺を整備した。

街にはそれぞれの時代をあらわす建築が残り、民芸、農業なども盛んで、文化と産業がうまく融合した街である。

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二つの世界フェスティバル
スポレートの夏の風物詩”二つの世界フェスティバル”は、1911年ヴァレーゼ州のカデリアーノに生まれ、7歳でオペラの台本、11歳で自ら台本を書き、最初のオペラを作曲したジャン・カルロ・メノッティGian Carlo Menottiが、アメリカとイタリア二つの国の文化の架け橋にする為に開催した音楽祭である。

メノッティは、1923年ミラノのヴェルディ音楽院に入学。父親が亡くなると、母親と共にアメリカに移住した。その後も作曲の勉強を続け、フィラデルフィアのカーティス音楽院に入学。同期にニューヨークフィルの常任指揮者で作曲家のレナード・バーンスタインなどがいた。彼は生涯にオペラの台本、沢山のオペラなどを書いた。最も知られる作品は、オペラ「アメリア舞踏会に行く」「電話」などである。

1958年に始まったスポレートフェスティバルは、指揮にトーマス・シッパーズを招き、ヴェルディの「マクベス」が上演された。その時この舞台を監督したのが映画監督のルキーノ・ヴィスコンティ、また若き日のフランコ・ゼッフィレッリもペルゴレージの「恋に陥ちた修道士」を演出している。メノッティは、音楽だけでなく、バレエ、演劇、映画、プローザなど多彩な演目を用意し、このフェスティバルを芸術全般の発信地とした。

このフェスティバルがどうして二つの世界フェスティバルという名称なのかというと、メノッティは1977年にスポレートフェスティバルをアメリカに運び、それを17年間指揮したからだ。彼は1992年から1994年までローマ歌劇場の音楽監督に就任したため、スポレートフェスティバルの運営を退いた。その後フェスティバルは、息子で、1938年にフィラデルフィアで生まれたフランシス・メノッティが引き継ぎ、運営している。尚ジャン・カルロ・メノッティは、2007年2月1日モンテカルロで世を去った。95歳だった。
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●カイオ・メリッソ劇場 Teatro Caio Melisso
カイオ・メリッソ劇場は、夏の音楽祭期間中メインの演奏会場になっていて、スポレートで一番古い劇場。時代を遡ると、この劇場は1664年には存在していた記録がある。1660年にアカデミア・デッリ・オトゥージAccademia degli Ottusiによって生まれ、1668年にはその活動が広く知られた。1751年には内部の装飾がイオメッリIommelliによって行われ、再開にはメタスタジオのImpermestraが上演された。その後1817年、大改装の後に開場した際、ロッシーニがこの劇場を訪れ、「アルジェのイタリア女」が上演された。

この劇場は数世紀にわたって名前の変更や改装が行われたが、現在見られる建物は、ジョヴァンニ・モンティローリGiovanni Montiroli(1877〜1880)が改装したもの。3列のパルコなど古い木造のものが取り払われ、造りなおされた。天井や緞帳を制作したのは、ペルージャの建築家ドメニコ・ブルスキDomenico Bruschi。その後長い間忘れられていたが、1958年デ・ルーカR.De Lucaによって復活した。

2005年夏この劇場で「曽根崎心中」が上演され、それを見た記憶がある。

住所: Piazza Duomo, 06049 Spoleto
座席数: 321
Tel: 0734 222209

●ヌォーヴォ劇場 Teatro Nuovo
ヌォーヴォ劇場は1846年、マチェラータのスフェリステリオ劇場、アスコーリ・ピチェーノの劇場などを手がけたイレーネオ・アレンドリIreneo Alendriによって建設された。漆喰の装飾や広間、緞帳などを制作したのはルイジ・モセッラLuigi Mosella、他にローマの画家カリオ・バッツァーニCario Bazzani、ピエトロ・レカナティーニPietro Recanatiniなども内装に携わった。現在のような4列のパルコのある劇場に改装されオープンしたのは、1864年8月だった。
私はこの劇場で2000年にプロコフィエフのオペラ「戦争と平和」を見た記憶がある。長いオペラで登場人物も数十人に及び、4時間以上の上演だったので、さすがに疲れた。

住所: Via Filetteria 1, 06049 Spoleto
座席数: 800
Tel: 0743 40265

●スポレート・スペリメンターレ劇場 Teatro Sperimentale
1947年に若きオペラ歌手養成を目的として、弁護士で音楽学者のアドリアーノ・ベッリAdrano Belliによって創設された。毎年若いオペラ歌手のためのコンクールを主催し、その入賞者による公演が行われている。このコンクールに入賞し、後大歌手になった人にF.コレッリ、R.ブルーゾン、M.デヴィア、レオ・ヌッチ、ライモンディ、サバティーニなどの歌手がいる。日本との交流も深く、今年の7月にも「セヴィリアの理髪師」などの公演がある。

私は数年前の夏スポレートで、ヴェルディの「オベルト」の公演を見た。その時は、日本人の歌手とイタリア人の歌手が交互に同じ演目の上演をし、とても興味深い公演だった。

Teatro Lirico Sperimenntale di Spoleto
住所: Piazza Giovanni Bovio 1 06049 Spoleto
Tel: 0743 22 16 145 Fax: 0743 22 29 30
E-mail: teatrolirico@tls-belli.it

●ドゥオーモ Duomo
古くからあったサンタ・マリア・ヴェスコヴァード教会の上に12世紀にロマネスク様式で建設された。その後堂内は17世紀前半に全面的に改装された。
ファサードの裏側の中央ニッチにジャン・ロレンツォ・ベルニーニの「ウルバヌス3世の胸像」がある。右側廊の第一礼拝堂の後陣にピントリッキオのフレスコ画「聖母と諸聖人」が描かれている。左壁面にはスポレートで1469年に作品を制作中に死んだ画家フィリッポ・リッピの墓がある。この墓は彼の息子のフィリッピーノ・リッピがデザインしたものだが、実際に手がけたのは16世紀のフィレンツェの無名の彫刻家だった。

フィリッポ・リッピは、絵のモデルだったサンタ・マルゲリータ修道院の修道女ルクレツィア・ブーティを、ドゥオーモの混雑に紛れ、自宅に連れ去った。当初カトリックの掟を破る行為と非難されたが、後に許され2人は結婚し、息子フィリッピーノが生まれ、彼も後に大画家になった。

内陣には、フィリッポ・リッピとその弟子達及びマッテオ・ダメリアによるフレスコ画の大作「受胎告知」「聖母の死」「キリストの降誕」、ドームの部分に「聖母の戴冠」などの絵がある。主祭壇にはジュゼッペ・ヴァラディエルが1792年に描いた作品がある。(写真は、二つの世界音楽祭開催中のドゥオーモ前広場。)

●古代ローマ劇場 Teatro Romano
街のリベルタ広場の東側に古代ローマの遺跡がある。この劇場はローマ時代初期に建設されたもので、広い観客席(1954年に一部修復された)とオーケストラ用の床張りがある。夏の音楽祭ではこの劇場も使われ、バレエなどの公演がある。

●市立絵画館 Pinacoteca Comunale
18世紀に改装された市庁舎Palazzo Comunaleの2階の迎賓の間に市立絵画館がある。この美術館で最も注目される作品は、スパーニャの城塞から剥がして移された「慈愛、寛容、正義」と「聖母子と諸聖人」。その他アントネッロ・デ・サリーバの「聖母」、ニッコロ・アルンソの三翼祭壇画、グエルチーノの「聖母」、セバスティアーノ・コンカの「聖母子と聖ジョヴァンニーノ」、ステファノ・バッロセルの「聖トーマスの懐疑」などの作品が展示されている。

●サン・ドメニコ教会 S.Domenico
白と赤の縞模様の外観を持つ13世紀後半に着工された教会。シンプルなファサードとゴシック様式の扉口を持っている。堂内の右翼廊には14世紀から15世紀に描かれたフレスコ画「マグダラのマリア伝」がある。身廊の左壁面には15世紀に描かれた「ピエタ」などの作品がある。

●サン・グレゴリオ・マッジョーレ教会 S.Gregorio Maggiore
12世紀にロマネスク様式で建設された。内部には14世紀のフレスコ画を収納するインノチェンティ礼拝堂がある。堂内には12世紀から15世紀に描かれたフレスコ画の残存部分が見られる。

城壁外
●トッリの橋 Ponte delle Torri

12世紀に建設されたといわれる巨大な橋で、テッシーノ河にかかりサンテリアの丘とモンテルーコの丘を結んでいる。高さは76m、10のアーチからなり全長は230mある。城塞に水を供給する機能を果たしていた。現在も城塞とつながっていて、上を徒歩で渡る事が出来る。1786年スポレートを訪れたゲーテは、この橋を渡っている。

(編集室より:二つの世界音楽祭のプログラムは、例年通り"夏の音楽祭特集"でご紹介する予定です。お楽しみに。)

スポレート データ

お薦めホテル
★Dei Duchi  リベルタ広場に近い4つ星ホテル。値段も高くなく、レストランもある。
Viale Matteotti 4
Tel:0743 44541 Fax:0743 344543 E-mail:hotel@hoteldeiduchi.com

★Clitunno 便利な場所にある3つ星ホテルでローマ劇場に近い。
Piazza Sordini 6
Tel:0743 223340 Fax:0743 222663 E-mail:info@hotelcloitunno.com

★Palazzo Dragoni  ドゥオーモの近くの3つ星ホテル
Via Duomo 13
Tel:0743 222220

お薦めレストラン
☆Apollinare ホテル・アウローラの中にあるレストラン
Via San Agata 14
Tel:0743 223256

☆Sabatini 伝統的な料理、街の中心にある。夏は野外で食事ができる。
Corso Mazzino 52/54
Tel:0743 221831


牧野宣彦さん連載記事の載った
月刊サッカー専門誌『CALCIO2002』

イタリアサッカー界の話題が満載の月刊サッカー専門誌『CALCIO2002』(カルチョ2002)に、現在、牧野宣彦さんが連載記事をご執筆中です。

牧野宣彦氏より
カルチョ5月号は、ナポレオンが幽閉されていたエルバ島の見える、日本人が経営するアグリツーリズモを紹介しています。どうかお読み下さい。

著者プロフィール

牧野宣彦(まきののぶひこ)


早大卒。1974年旅行会社にて日本初のニューイヤー・スカラ座オペラツァーを企画。その後コンピュータ会社を経て、1998年によりイタリア、ボローニャ在住。フリーのトラベルライターとして、旅行、音楽、グルメ関係の執筆、写真撮影をする。 2003年オーストリアのエリザベート皇妃、2004年ゲーテのイタリア紀行、2005年モーツァルトのイタリア旅行とオーストリア、2006年はイタリアの世界遺産など毎年テーマを決めて写真撮影を行っている。著書「イタリアの歴史的ホテル・レストラン・カフェ」(三修社)、「イタリアオペラツァー」(あんず堂)「イタリアのベストレストラン」(透土社)「音楽と美術の旅、イタリア」(共著、音楽之友社)などがある。





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