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なるほど!おいしさの『技』
 
16 Giugno 2003
切れないナイフ

宮本さやか







友達のイザベッラのお母さんは、それはもう絵に描いたようなイタリアマンマで、大きな声でよくしゃべりよく笑い、遊びに行けば必ず、もう勘弁してー、とこちらが泣きを入れるほど大量かつおいしいご飯をふるまってくれ、娘の友達である私までも大きなおっぱいとお腹にぎゅーっと抱きしめチューして可愛がってくれる。
 彼女の作る「ラスカテッリ」という手打ちパスタは、南イタリア出身の人らしく硬質小麦だけで作る。ニョッキにも似た形状のそれを、一種類の肉だけ、しかもその肉よりもトマトの方が多いような「スーゴ(ミートソース)」であえて食べるのだが、それが抜群においしい。おいしさの秘密は特製バジリコソース。バジリコとニンニクを少し干してから細かく刻み、これも干して刻んだペペロンチーノとあわせてオリーヴオイルに漬け込む、というのが大まかなレシピだが、これを小さじに半分ほどパスタにまぜると、なんともいえないパンチと風味が口の中に広がるのだ。甘めのスーゴとモチモチしたパスタにこれが本当によくあう。

 彼女、アンナおばさんの料理があまりにおいしくて珍しいので、私がしつこく作り方を教わったり、それをメモったりしていたらある時 「来週はサラミを仕込むから見においで」という。それは願ったり、とエプロン持参で駆けつけたのはある冬の夕方であった。肉屋から届いた豚肉の各部分は、お父さんが肩に担がなければ運べないほどの量だったが、親戚一同のためのサラミ一年分を仕込むんだからあたりまえである。  さて、その肉をさらに筋の多い部位、脂肪の多い部位、などに分けたらナイフで切り刻む。ミンサーなどを使うと肉が均一に細かくなりすぎておいしいサラミができないんだと言って、刻む。ひたすら刻む。刻むと言っても、切れる包丁でトントントン、といくのとはわけが違う。果物ナイフに毛が生えたか生えないかのようなナイフでギコギコと切るので、力がいる。持病の腱鞘炎が危うく再発するところだった。
「こんなことなら私の有次の包丁を持って行ったんですよ」とイタリア食文化研究における大先輩である長本和子氏に愚痴をこぼしたら 「切れないナイフがイタリア料理のおいしさの秘密でもあるらしいわよ」とおっしゃった。 ううむ、たしかに。あの切る、というよりはつぶして引きちぎる、ようにされた肉たちが塩やコショウやその他のスパイスと脂肪分とうまく混ざり合って、ねっとりとしたサラミに仕上がるのかもしれない。研ぎに研がれた和包丁なんかでスパッと切ってしまったら、それぞれの肉片がいつまでたっても分離独立したままで、腸詰めの中の味の調和は生まれないだろう。前述のバジリコのソースだって、きれいなみじん切りではなくて、半ばすりつぶされたようなバジリコとペペロンチーノであってこその味なのだ。イタリア料理を極める道は、包丁を研がない、否、包丁を捨てて果物ナイフ一丁で行く、ことから始まるのであろうか。

写真説明
イタリアならではの秘密兵器「メッザ・ルーナ」。半月という意味の包丁の一種だが、これをシーソーのように左右に動かしてものを刻むという仕組み。包丁でものを刻む、というテクニックはプロだけのもので、マンマたちはもっぱらこれ。しかし最近はフードプロセッサーがその役割を奪いつつある。



「なるほど! おいしさの「技」」新連載載
     宮本さやかさんの新著を
5名様にプレゼント 
『北イタリアでおいしいものを食べる、買う』
 宮本さやか著 文化出版局刊 定価1600円
 発行年月日 2003年4月14日  

 

 
日本の人たちが私の第二の祖国であるイタリアの、たとえばフィレンツェに来て「ボローニャ風タリアテッレ」を食べたがったり、ミラノへ旅行して日本へ帰国した人が「ミラノではね、モッツァレッラと生ハムがおいしいんだよ」などといったりしているのを聞くたびに、ちょっと待ってよ、そうじゃないんですよー、とよけいなおせっかいをしたくてうずうずして8年。

ボローニャ風タリアテッレも、モッツァレッラも生ハムもおいしいけれど、フィレンツェにはフィレンツェでしか味わえない、ミラノにはミラノだけの、おいしいものがあるんですよ、そう思って企画したのがこの本です。

ミラノに13年在住のフォトグラファー木村キンタ氏もまきこんで、「食べ物狂いの在住日本人の味覚で選んだ北イタリアの郷土食べ物のガイドブック」を作りました。各土地で絶対食べたい料理、味見したい食材を紹介してますが、どんなに有名で代表的な郷土料理でも、私達の舌に合わなかったら紹介していないし、とてもマニアックなものでも日本人ならこれ、絶対好きだよね、と私達が判断したものはどんどん紹介しています。

レストランガイドと共にこれを持って旅に出れば、メニューを決めるのもきっとラクになるはずだし、お土産選びのヒントにもなるはずです。各素材、各料理の歴史的背景やエピソードなどもたくさん書いたので、ウンチク好きの方々にも面白く読んでいただけると思います。       2003年6月

宮本さやか

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著者プロフィール

宮本さやか(みやもと さやか)
東京生まれ。日本でフードライター兼フードコーディネイターなどをしていたが、95年、イタリア料理の腕に磨きをかけようとトリノに2ヶ月の短期留学。いればいるほどイタリア料理の奥の深さにはまり、そのまま居着いてしまう。その後、現在の夫と知り合い結婚、2歳7ヶ月の一児(さらちゃん)の母。現在もフードライターを続ける一方、イタリアで日本料理の講習やケータリングの企画なども手がける。最新刊『北イタリアでおいしいものを食べる、買う』(文化出版局刊)の他、『ピエモンテのしあわせごはん』(メディアファクトリー刊・ペンネームは島津さやか)などがある。    

 



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