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イタリアへの留学、そして就職 ― 私の場合
 
13 maggio 2004
第二回 イタリア留学までの道のり

くす ゆみこ







前回のお話どおり、大学一年生の春にイタリアと電撃的な出会いをした私であったが、かといってその後直ぐにイタリア留学をしたかといえばそうではない。「いつかイタリアへ・・・」という希望は持っていたものの、当時それはあくまで果てしない夢に過ぎなかった。現実を見ると、気づけば大学3年。私の周りにも気づけば就職戦線が近づいていた。

その後、幸運にも地元の銀行に就職した私は、社会人としてのスタートを切る。「夢はあくまで夢、現実は現実。」当時の私はそのように考えていた。この就職難のご時世、就職先が見つかっただけでもありがたいのだ。それなのにもし「イタリア留学」する為に会社を辞めたりしたら、日本に帰ってきたときに私を雇ってくれる企業などあるのだろうか?自分の将来のことなどを考えると、なかなか踏み切れない思いがあった。そうはいってもやはり「夢」を諦めることは出来ず、通勤の地下鉄の中で、毎日イタリア語を独学する私であった。

とある日、いつもの如く先輩と終電に揺られながら帰宅の途へついてる途中、先輩の一言がある意味私の人生を大きく変える。「君の本当にやりたいことは銀行で働くことなのか?そうであればともかく、もし自分のやりたいことがあるなら若いうちに決断しろ。俺も20代の頃は色んな夢をもっていたけれど、今となってはもうここに長居しすぎて抜け出されないんだ。今更転職して失敗したときのことを考えると、ここに留まらざるをえないんだ・・・」

その先輩の言葉を真に受けた私が良かったのか悪かったのかは別として、尊敬していた先輩の言葉には非常に重みがあった。そう、「人生は一度しかない」のだ。やらなくて後悔するくらいなら、やって後悔した方がまだ納得するのではないだろうか・・・その頃から「イタリア留学」に関する資料を集め始めた私であった。

次第に私の「イタリア留学」に対する熱もあがり、「夢」から少し「現実」のものへと近づいたとき、そろそろ家族や友人、勤務先にも自身の希望を打ち明けるときがきた。そしてやはり私が想像していた通り、周りの反応は「なぜ、今頃?」「なぜ、イタリア?」などという反応が多かった。みなの意見をまとめるなら、結局「イタリア留学などして何の役に立つのだろうか?」とことだったのだろう。私自身、それに対する答えは正直持っていなかった。イタリア留学=イタリア語ペラペラになれるとは勿論思っていなかったし、またもしイタリア語が習得できたとして、日本人の私に何の役に立つのであろうか。そんなことが分っていて、それでも私を魅了し続けるイタリアという国の魅力に抵抗できなかったというのが正直なところだろう。 イタリアの魅力とは・・・消費するばかりの世界に慣れ親しんだ私にとって、歴史あるもの(建物であったり、また単なるオブジェクトであっても)が、決して古くなるわけではなく、美しく年月を重ねる姿。そしてそういったものを大事に、誇りをもって接する人々。また人生を楽しもうと大らかに生きる人々の姿であったり・・・。

そして2000年12月、最終的には周りの人の協力も得て、福岡空港に立つ私が居た。シンガポール経由で、一年の期限付きイタリア留学へと出発する私の姿だ。

写真キャプション: 古いものも、決して無駄に捨てることは無い。アレッツオ


プロフィール

くす ゆみこ
2000年より、トスカーナ州アレッツオに在住。語学留学を経て、2002年、現地イタリア企業に就職。現在は、会社員として働くかたわら、イタリア留学、就職希望者向けに自身の体験談他を語る、「イタリア留学・就職・生活応援サイト Abbicci」を運営している。 

 



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