従来なまけもののわたしは、旅行前に色々な資料を見て計画をたてるという事を殆どしない。もしくは、苦手ともいう。しかも、集団行動をあまり得意としないので、旅行はいつもひとりだった。 行く先々で、『初めて見る』は、予備知識の無い自分には、本当に初めてなのでひときわ感動も大きい?。
綺麗な香水瓶のフォルム
過去に「綺麗な香水瓶だな」と記憶していたあのフォルムが、突如目の前に!!!!、タクシーの車両内から目の前を通りすぎるその 「ミラノ記念墓地Cimitero monumentale di Milano」 を、首が180度ねじれるくらい、見続けた。興奮はつづき、翌日、それを目的に足を運ぶ。そして、それは記念墓地と名のつく場所だと分かった。大理石とレンガを組み合わせたネオクラシック様式のこの巨大な建造物。その様式とフォルムにひかれた。香水瓶のフォルムを綺麗だと感じ、これをデザイン出来るってすばらしいと思っていたが、ひょっとすると、それは、ここの建造物からヒントを得たのかもしれない,,,,? 妙にひとりうれしくなったのを覚えている。せっかくだからと軽い気持ちで、その敷地内の墓地を訪ねた。すると、そこは、巨大な青空彫刻美術館が待っていた。
有名著名はもとより、重要な家系の代々のモニュメントが連連とある。19世紀の文豪アレッサンドロ・マンゾーニ、作曲家ヴェルディの墓に始まり、イタリアモダンアートの旗手といわれる彫刻家アルナルド・ポモドーロ、ルチオ・フォンターナなど偉大な芸術家の作品がここあすことちりばめられており、異空間にして芸術も堪能出来る。
小さな恋のメロディーのシーン
墓地といえば、風情は随分と違うのだが,小さな恋のメロディーというイギリス映画(1971年制作)の一シーンを思い出した。
主人公二人がその田舎町の墓地で無邪気に戯れるシーンである。それを観ていた自分もとても若かったので、外国のお墓は随分と日本の感じと違うものだと当時は憧れさえもしていた。確かに非現実であり、カトリック文化も遠い存在であるが故、、自由自在にイメージは膨らむ。きらきらと光輝く、その邪心のない、不安の無い、幸せな気持ちにさせるなにか、、それらがその映画のワンシーンと共に甦って来たのである。
そこには、静寂とふわふわとしたあたたかな幸せを感じさせてくれるエネルギーがあった。お天気が良くて気が向いた時よく行く、当時のお気に入りの スポットのひとつとなった。
表裏一体
光が天井から差し、影を落とす。その美しいバランスがここあすことあった。二つ存在して初めておりなすひとつの美。大きなその青空美術館の散策をひとり楽しんだ。生きるものには必ず終わりがやってくる。ミラノに住んで、自分の日常が決定的に変わったのは「時間をかけて見る」という行為がある。主観をどこに置くかで、良くも悪くもなるのであるが、贅沢に自分の時間でものを見た、あるいは感じた。
時間の経過とともに、自分の中に熟成され作品は生み出される。数年後に表裏一体というシリーズを制作。光と影。誕生と死。今思うと、その作品のコアはここで生まれていたのかもしれない。