炎天下のブレラからドゥオーモ広場へ行く途中、勿論名所ミラノ・スカラ座を訪ねる。初めてのミラノ観光は、前回にも記述していたとおり、20年以上前の夏たけなわゴーストタウンミラノである。
音楽の殿堂、西にパリオペラ座、東にミラノ・スカラ座となんだかぼんやりだぶっていたわたしは、その建物の前で、これが噂のスカラ座、、、、と、汗だくになりながら拍子抜けした。
灼熱の太陽の下、わたしの目に写った当時の建造物は、時間と共に煤けたその何色ともいわん外観。当然ではあるが、メインエントランス灰色の木の扉もしっかり閉され、無味乾燥この上ない、、、、、。 腑に落ちないまま深く考えないようにガレリアへの道を進んだ。
幸運なことに数年後、そこへ招かれる機会があり、スカラ座待望のオペラ観劇デビューを果たす。
感動。感動とは、まさにこのことだ。
オペラにではない。招いてくださった方には申し訳ない、今となっては演目も覚えていない。
クラッシク音楽は好きでよく聞く。が、見識を深める事はなく、好きな作曲家、あるいはブラーノを、ひたすら繰り返して聞く。例えば柔らかな日が差し込む日曜日の朝はバッハ無伴奏チェロ組曲がわたしを特上な幸せな気持ちにさせてくれる。鉛色の雲が覆い出し恐怖さえ与える空に一瞬でも黄金色の日没の光が映るものならマーラー交響曲第5番と言った具合に聞きたい曲がかなり限定されているともいう。故、決して正しいクラッシック音楽ファンではない。
そう、その時の感動とは、あの建物に入った瞬間の醸し出す空気、、、、、にだ。
その地味な木の狭い外扉から数メートル先の第2の扉を抜けた先に広がっていたエントランスホール。上品に着飾った紳士淑女がそこに集っていた。品格のある大人の世界。一世代上の人達が数を占めていたかもしれない。皆にこやかに挨拶をしている、着席前のひと時を楽しんでいる。かつて東京に住んでいる自分は体験した事がなかった、なにか、、、があった。すっかりそこでいい気持ちになり、マスケラ(劇場案内人)に導かれるまま階段を上がり会場内へ、、、、、、。
感動はもう一度わたしを襲った。 スカラ座の劇場内の雰囲気が私を魅了した。
外側からは想像もできない、豪華で重厚な劇場内。ボルドーの赤、ゴールド、マガホニ調の茶色が目に入る。そしてテアトロという場所、1瞬のため息、1分のしぐさ、数時間に及ぶブラーノ、鳴き止まぬカーテンコール、この劇場内には、時間と共にはぐくまれた文化の蓄積があり、それは脈々と息づいているのだ。
私のあの暑さで朦朧とした夏の第一印象スカラ座への落胆は、その日から180度方向転換したのであった。
ミラノは、知るとますます面白く、ますます深い。20年あまりたった今でも、新しい発見がある。言い換えると自分にも時間をかけないと見えてこないとも言おうか。何事も国際化が著しく進み、他のビッグシティに追いつけ追い越せで、街並みもミラノ色が随分と交代しつつある。どうしたものかとも思うのだが、もうこの流れは誰にも止めようはないのだろう。だがしかし、まだまだミラノは、表から見えている部分と中に入って初めて分かることがある。何事も熟成すると楽しみも大きいのだ。