JAPANITALY Travel On-line

イタリア旅行情報サイトJAPAN-ITALY Travel On-line
大理石の里カッラーラに生きる  
15 novembre 2019

第5回
大理石の山をバックに舞う能舞台



 
大木和子 



●フィレンツェでの「お能の会」をきっかけに
平成29年6月、我家に東京からイタリア料理研究家の大島節子さんが娘さんと一緒にいらしてくださいました。大島節子さんとは、その年の2月に東京で開催した私のワイン会で知り合いました。イタリア全州の郷土料理を、ご自分の足で回って習得されて東京のご自宅をはじめ、活動の場を外にも持ち、イタリアマンマの味を普及してくださっている素晴らしい方です。確か、1泊だけの滞在だったのですが、ワインを飲みながら語り合い、もう何十年来の親友のような気分になりました。

トップ写真:@カッラーラの「我家」で開催した能舞台 

大島節子さんは、カッラーラの後、毎年されている様に、イタリアの州(確かカラブリア州)もまわり、最後にフィレンツェで、お友達の福井順子さんという、フィレンツェで日本の文化を紹介するイベントを行っている方が、宝生流家元のお能の会をメディチ家礼拝堂のリッカルディ宮殿で行うのでお手伝いをされるというのを聞いて、胸が躍りました。

お能を20代前半のとき、初めて日本で観賞する事がありました。あの静寂の中で、押さえ込まれた動きに、この世だけでない世界観を感じ惹き付けられました。それからお能を観る機会はありませんでしたが、フィレンツェでお能の会を観れるのなら、とスケジュールを調整して出かけました。

その時は、デモストレーション的なもので、全ての劇をするのではなく「清経」のハイライトの男舞を宝生流家元が舞ってくださいました。その時は「清経」の意味も知らずに、ただ眺めていただけでしたが、20代のときに日本で見たときよりも、強くそのお能の世界に引き込まれました。そして、その会が終わり、大島節子さんに挨拶にいきますと、福井順子さんのお宅で、スタッフだけで行う打ち上げに私も招待してくださいました。それがご縁で、福井順子さん、宝生流家元と知り合う事が出来ました。

●カッラーラ石切り場での能舞台を夢見て
お能は、この世とあの世の架け橋をしている舞である気がして、カッラーラの大理石の石切り場で、命を落とした大理石採石職人への鎮魂の思いを込めた,お能の会が石切り場で出来ればと、夢見ました。

写真下:Aお能の会の準備

そんな事が可能なのか、福井さんを通して家元に聞いて頂きました。諸々の条件がクリアーすれば可能だと、返事を頂き、私なりに其の条件をクリアーできる様に動きました。

大理石の石切り場を舞台にする為には、地元の石切り場関係者の協力がないと、叶いません。カッラーラに住み始めて丸15年。有り難い事に、そういう所の方とお話を繋げてくださる、大人のお友達が私のまわりに居ました。その方のご協力のもと、水面下で話を進めていましたが、何しろここはイタリア。毎月の会議で予算決めをされたりしているようですが、確約はなかなか得られません。会議の後、私に報告してくださるのですが、いつも「次回の会議で、次回の会議で!(きめる)」というお返事。イタリアで事を為すには、忍耐が必要ですね。

●我家での「お能の会」を決意し準備に奔走
宝生流家元のスケジュールの関係で、カッラーラ公演は7月1日と決めておりました。最終調整する3月になってもまだ石切り場関係者の返事がもらえずに居ました。さすがにここまで来たら、あきらめるしか無いのか?とも思いましたが、石切り場で200名の観衆を集めてのお能の会から、私の家で、50から100名くらいの小さな規模になっても、お能を知ってもらう会を行う事に、意味があるのではないか?と思い直しました。

それでも、我家に来るには車が無いと来れません。100名近くの人がそれぞれ車で来たとしたら、50台も停める駐車場スペースはありません。今まで行ってきたイベントでもそうしていた様に、下の公的駐車場がある村から、我家まで送迎してくれる車を用意する必要がありました。 夏の夜長に行うイベント、飲み物やお食事を用意する必要もあるのかも? そして何よりもお能を知ってもらう為には、イタリア語で舞の意味なども知らせる必要もあり、その為の資料作りなどなど、、いろんなことを、イタリア人のスタッフと一緒に進めました。

観客動員予定数50名―70名は直に満席となり、動員をストップしました。

時期は6月、葡萄畑の成長期で、猫の手も借りたい程忙しい葡萄畑の仕事もありましたので、準備中は本当にこのイベントを成功させる事が出来るのか?

写真下左:B成長期の葡萄畑  写真下右:C会場の準備

イベントを開催する私どもの施設のお化粧もしなければなりません。ライトの設置や、彫刻の台座の修正など、、、葡萄畑の仕事を置き去りにして、準備をする事もありましたが、いらしてくださる宝生流家元ご一行さまの為にも、このイベントを成功させたいという思いで、乗り切りました。

●いよいよ宝生流家元ご一行の公演へ
そして宝生流家元ご一行さまが、いらしてくださいました。前日の6月30日に到着、翌日の7月1日には公演日。ぎりぎりまで施設のお化粧治しをしましたが、なんとか準備が整い、その時を迎えました。

写真下:DE大理石の山をバックに舞う能舞台

勿論、一つの演目を全て行う程の装置(スクリーン・モニターなど)の準備はできませんでしたから,2つの演目のクライマックスの舞を披露する事にしました。

一つ目の演目「高砂」シテ 武田孝志

二つ目の演目「羽衣」シテ 宝生和英(宝生流二十代目家元)

大理石の山をバックに舞う能舞台。舞を舞うシテだけでなく、囃子という笛・太鼓の傍役達も存在も全てが調和していて、そこに大理石の山も参加していました。圧巻でした。

写真下:F能舞台を待つ地元の人々

これはネットのライブ配信でも体験できない、舞台独特の世界がそこにありました。忘れられない時間を宝生流家元ご一行さまと作る事が出来た事は、私の心の中の宝物になりました。

●大理石の山とお能とのご縁を大切に
今回、宝生流家元ご一行さまのメンバー、宝生流の中でも、重要な方々が同行されたようです。宝生流は元々、金沢が発祥の地のため、金沢からの流派の家元などがいらしてくださっていて、その方が、私にお話ししてくださった能のお話が素晴らしくて皆様と共有したく思います。

写真下左:G宝生流家元と筆者    写真下右Hカッラーラの町の人々との交流

「能は元々、虐げられた人々の霊魂を、慰めたり浄化する為に作られた文化なのです。それが失恋した女性であったり、戦争で亡くなった魂であったり、、、能の演目のストーリーの98%は、恨みつらみがあるのですよ。ですから能は地味な世界なのですが、弱者の霊を慰めたり、成仏させる為の日本文化があるというのは、素晴らしいな,と思っています」
とお話しくださいました。
このお話を聞いて、大理石の山とお能はこれからもご縁があるような気がしました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回の投稿を持って、一旦最終の寄稿とさせて頂きます。最後まで楽しみに読んでくださった方、ありがとうございます。そして私のイタリアの生活を、改めて振り返るチャンスを与えてくださった、イタリア旅行サイトJITRAを運営の大島悦子さんに感謝の気持ちをお伝え致します。


案内人プロフィール
大木和子(Oki Kazuko)

1998年 彫刻家大木達美と結婚。3年の結婚生活で夫が他界。その後、亡き夫が彫刻家として活躍していた大理石の産地、イタリア・カッラーラに渡り、7000坪の土地付きの廃墟を購入・4年かけて家を建設し、「B&B、Galleria Ars Apua」を経営し、7年かけて葡萄畑を完成させる。 2011年カッラーラ市より「Premio Eccelente」(市長賞)を受賞。2014年AIS認定ソムリエ資格取得。「B&Bアルスアプア」経営。葡萄の栽培、ワインの醸造家。
http://cantinaoki.com  
http://www.g-arsapua.com/ 



<掲載画像の無断転載・複製を一切禁じます>




大理石の里カッラーラに生きる 
アルキーヴィオへ このページのTOPへ HOME PAGEへ

http://www.japanitalytravel.com
©  JAPANITALY.COM srl - MILANO 2000 All rights reserved.