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オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
15 Novembre 2018

第7回 

村の伝説「魔女の平原」 

  
文・写真/吉田愛 

ドロミテ地方にはたくさんの伝説が残されています。怪奇な形の岩肌が眼前に迫る深い森を歩いていると、そんな伝説が実は本当に起こったことなのではと思えてくるほどです。大昔からヨーロッパの人々は、森の中には小人や妖精、魔女が住んでいると考え、森に対して敬意と共にある種の恐怖心も抱きながら共存して生きてきました。それがやがて中世の時代になるとコミュニティを宗教的にも統制するために「魔女」が利用され、異端者や少数派を魔女として摘発して拷問する、いわゆる魔女狩りがヨーロッパ中で行われるようになります。   

トップ写真:@美しいドロミテの山々

ここフィエンメ渓谷でも、1500年代はじめに14人の「魔女」の火あぶりが行われたことが記録に残っていて、今日では毎年1月にそれを記念する祭りが行われ、当時の裁判や火炙りの刑を模した劇が披露されています。今でこそ観光地として賑わうドロミテ地方ですが、その昔は閉ざされた山の中の小さな共同体の集まり。共通の敵を作り村民の団結を図るためには、魔女を作り出して「危険人物」を排斥するしか手立てがなかったのかもしれません。

ドロミテ地方の伝説を集めた本をめくっていたら、私が住んでいる村が舞台の魔女の話を見つけました。少し長くなりますが、今回は私流にまとめた「魔女の平原」という伝説を御紹介したいと思います。

 「魔女の平原 Pian di Strie」

写真上:Aドロミテ地方伝説の本

●木々の中に住む魔女が村民を襲う
昔むかし、ドロミテ・フィエンメ渓谷テゼロ村の山に「魔女の平原」と呼ばれる場所がありました。その平原は一面ビロードの布のような苔で覆われていて、松や樅の木が生い茂る森で囲まれていました。

その木々の中にはたくさんの魔女が隠れ住んでいましたが、彼女たちは平原に羊飼いや動物が通りかかると一気に襲い掛かって噛み砕き、その肉は彼女たちの御馳走になってしまうのでした。人間たちははじめ、山に行った村人が戻ってこないのでどうしたものかと頭を抱えていましたが、だんだんとそれが魔女たちの仕業だとわかってきたので、その平原に立ち入る事を禁止しました。平原に獲物が来なくなった魔女たちはとても怒って、今度は彼女たちが谷に降りてきて道の影にひっそりと隠れ、暗くなってからそこを最初に通る生き物に襲い掛かって魔女の平原に連れ去っていくようになりました。

写真下:BCドロミテ秋の風景 

村人たちは困り果てて魔女たちを捕まえようと色々な罠を仕掛けました。まず網を張って捕まえたのですが、網に引っかかった魔女たちはとたんに信じられないくらい体がどんどん小さくなって、網の編み目と編み目の間からするりと逃げ出してしまうのでした。また粘着剤を塗ったネズミ捕りを仕掛けましたが、それにひっかかった魔女が人間を罵る言葉を吐くと、火のように熱いその息で粘着剤が溶けてガラスのようにつるつるに固まり、魔女はその上を滑りながら踊るのでした。

また美味しいチーズを使った罠を仕掛けてみましたが、ずる賢い魔女たちはチーズだけしっかり食べてまた上手いこと逃げてしまうのです。村人たちはもうどうしたらよいのかわからず途方に暮れて、ただただ泣くばかりでした。この村はもう神様にも見捨てられてしまったのかもしれない、と。
でも、神様は見捨ててはいませんでした! 

●羊飼いの少年と4匹の羊
この村に焼きたてのパンのようにふんわかした羊飼いの少年がいました。この貧しい少年は4匹の羊以外には何にも持っていませんでした。少年と羊たちはとても仲良しで兄弟のように暮らしていて、羊たちは少年の体を舐めてきれいにしたり、耳元で優しくメーっと鳴いてお話したり、寒い夜は少年の体を囲んで暖めてあげるのでした。

ある日、少年がいつもより遅く、日が暮れてから4匹の羊と村に戻ってきた時のことです。いつものように道の影で待ち伏せしていた魔女たちが前を通り過ぎようとした少年の羊に襲い掛かりました。しかも4匹の中で一番美しくて、一番甘えん坊で、一番白い羊をです!

「待って!返して!返して!」羊飼いの少年は叫びながら羊を抱えて逃げていく魔女たちを追いかけましたが、風のように逃げ足の速い魔女たちはどんどんと遠ざかり、あっという間に見えなくなってしまいました。少年はとうとう道端に座り込んで泣き崩れてしまいました。

写真下:DEドロミテの森の中   

●羊飼いの少年の敵討ち
しかししばらくたって、少年はやっと泣き止むと、すっくと無言で立ち上がり、まず残った他の3匹の羊を小屋に戻しました。そして杖を手に取ると、禁止されている魔女の平原めがけて山を登り始めました。大切な羊を取り戻すか、さもなければ魔女と敵討ちをしようと覚悟を決めたのです。

山を歩いて歩いて歩いて、少年が魔女の平原に着いた時にはもう真夜中でした。暗い暗い森の山道を抜けた少年の目の前に突然広がった魔女の平原は、、、なんということでしょう、銀色の満月の明かりに優しく照らし出された平原の苔の絨毯は一面ふわふわに輝いていました。花々は静かに眠り、群れをなして飛び交う蛍の光は星のように輝き、ヴァイオリンを弾くコオロギのオーケストラに合わせて歌うナイチンゲールの優しいアリアが静かに木霊していました。

「ああ、なんてきれいなんだろう!」羊飼いの少年は目を見開いて息を呑み、そのポカンと開いた口を閉じるのを忘れてしまう程でした。「本当にここはあの意地悪な魔女たちが住んでいるところなんだろうか?!」

写真下:Fドロミテの森の中 

●魔女の女王の誕生日を祝う夜
「もちろんさ。」足元にいたヒキガエルが馬鹿にするように答えました。 「今日は魔女の女王の誕生日を祝う一年に一回の特別な夜なんだ。だから今晩は魔女たちはみんな酒に溺れて人間みたいにベロンベロンに酔っ払うのさ!ああ、なんてみっともない!」
「本当?!」少年は驚いて聞き返しました。
「ああ、そうさ。奴らは酒に潰れている間は魔法を使うことができないんだ。だから今晩ならどんな小さな子供でも魔女を袋に封じ込めちゃうことだって、奴らを蟻みたいに足で踏み殺すことだってできるかもしれない。嘘だと思うなら試してみれば?ゲゲゲ!」ヒキガエルはあざ笑うと、足元の自分の穴倉に戻っていきました。

●老魔女と羊飼い少年との対決
少年は木の影にじっと身を潜め、今ヒキガエルから聞いた話に考えを巡らせていると、やがて誕生日の祝賀会が始まりました。蚊の吹奏楽団が幕開けの弱々しいファンファーレを吹くと、羊の毛と草で編んだドレスでオメカシをした厚化粧の不細工な魔女たちが森の中から続々と集まってきて、平原は一杯になりました。いったいどれだけの魔女が隠れていたのでしょう!
やがて目つきの悪い汚らしい老婆が現れ、平原の真ん中にこしらえた王座に座りました。この醜い老婆は純白のベールに身をまとっていましたが寒さでブルブル震えていました。こんな老婆が魔女の女王なのです!
「ああっ!この老魔女めっ!」少年は女王を見て驚いて飛び上がりました。彼女が身にまとっているその純白のベールが、少年の大切なあの美しい白い羊の毛で織られたものだとわかったからです。少年は悲しみと悔しさで声を荒げて叫びましたが、コオロギのオーケストラとナイチンゲールの歌声に合わせて酔っ払った魔女たちが醜いダンスを踊っていたので、少年の叫び声は誰にも聞こえませんでした。

写真下:Gドロミテの日暮れ時  

●輪になって踊りながら歌う魔女たち
ヒキガエルが穴倉から顔を出して男の子に囁きました。「もう少し辛抱強く待つんだよ、時が来るまで我慢するんだ。」それを聞いて少年はなんとか冷静さを取り戻しました。

さて、魔女たちは女王の王座の周りを輪になって踊りながら歌いました。

「かーごめ、かごめ、羊と羊飼いを朝食に食べよう!」

すると女王が答えます、「ああ、なんて素晴らしいんだろう!」

「かーごめ、かごめ、ヤギとヤギ飼いをおやつに食べて、子羊と子供で夕食にしよう!」

すると女王が答えます、「ああ、待ちきれないよ!早く早く!」

突然、女王がその汚い指を上げて少年が隠れている木を指差して叫びました。「そこの子ウサギ坊やを捕まえるんだ!そして坊やのかわいい羊ちゃんと一緒に、その柔らかい肉をお祝いにいただこうじゃないの!」

写真下:Hドロミテの平原   

●羊飼い少年の策略
魔女たちはいっせいに飛び立って羊飼いの少年の上に飛び乗り歯をむき出しました。少年は持っていた杖をビュンビュンと振り回して魔女たちを追い払いながら嘲笑って叫びました。「わはは!僕を殺したら魔女さんたちがどうなっちゃっても知らないよ、だって僕は魔女さんたちを助けるためにここまで山を登ってきたんだから!」

「助けるために?」魔女たちは一瞬立ち止まりました。

「そうだよ、もちろんさ!」

「子ウサギ坊やの言うことなんて聞くんじゃないよ!私はお腹が空いてたまらないんだよ!」女王が叫ぶと魔女たちは我に返ってまた少年に襲いかかりましたが、少年は杖を振り回しながら続けます。「殺すがいいさ!でも今この瞬間だって、村の人間たちはこの森に火を放って全部燃やしてしまおうとこっちに向かっているんだ!」

「なんだって?!」魔女たちは立ち止まり真っ青になって動揺し始めました。疑い深い一人の魔女がその醜く曲がった鼻を少年の顔にぐっと押し付けて威嚇しながら聞きました。「子ウサギ坊やちゃんよ、でもどうしてそのことをわざわざ言いに来たのかい?坊やの大切な羊を盗んだ私たち魔女が憎くはないのかい?」

男の子は冷静に答えました。「魔女さん、人間の大人たちは魔女さんよりも沢山の羊を殺して市場に連れていくんだよ。僕はそんな人間の大人たちと一緒に働くのはもう疲れたんだ。だから僕は魔女さんたちと組みたいんだ。」

「なんだって?!面白いじゃないか!」魔女たちはワクワクして意地悪そうな笑みを浮かべました。「だから僕は魔女さんたちを人間の大人たちから助けてあげるよ。でもそれにはひとつだけ交換条件がある。代わりにまず僕の羊を返してほしいんだ。」

魔女たちはざわめきながらも「しょうがない、しょうがない」と叫びました。「返してやるから早く私たちを助けてちょうだい!」

少年のところに毛をすっかり刈られて一回り小さくなったあの羊が駆けてきて、2人は抱き合いました。羊は無事だったのです!

●「魔女の平原」の深い深い穴
羊飼いの少年は背筋を伸ばして杖を掲げ、いつも羊をまとめる時のように魔女を仕切りました。「よし、じゃあこれから僕の言うことをよく聞いて!助かりたいなら声を出さずに僕の後を静かについてくるんだ、僕がストップ!って言うまで!」魔女たちは少年の後に一列に並び爪先立ちでしずしずと行進しました。魔女たちの不気味で静かな長い長い行列が暗い森の中を練り歩きました。

「ストップ!」男の子が叫ぶと行進がやっと止まりました。「よし、ここだ!」男の子は地面にぽっかり開いた深い深い穴を指差しながら言いました。この穴はこの辺りの山を熟知している羊飼いしか知らない、小さくて危険な洞窟でした。「この穴の奥まで入ってじっと隠れて待つんだ。森が焼き尽くされて、人間の大人たちが魔女が全員死んだと思って森から立ち去るまで!」

魔女たちはそれを聞くや否や我先にと穴に飛び込んでいきました。少年は魔女たちが一人残らず洞窟に入ったのを確認すると、大きな石を転がしてきて穴の入り口を塞ぎ、粘土で周りをしっかりと固めました。そして起き上がって汗を拭くと、穴の中の魔女たちに向かって勝利の叫びを挙げました。

「どうだい魔女さんたち!愚かな人間の大人たちを嘲笑ったらいいよ!だって僕みたいな子ウサギ坊やがお前たちのような悪党をこうやって簡単にやっつけちゃうことができたんだからね!」

写真下:I薄闇の中のドロミテの山々  

冬の寒い夜、「魔女の平原」の穴に閉じ込められた魔女たちの呻き声がときどき、悲しい風の音となって谷に響きます。魔女たちは不死身で死ぬことはできないけれど、もはや生きている価値もないのです。


著者紹介
吉田 愛  Yoshida Ai
東京都出身。武蔵野音楽大学、ドイツ・リューベック音楽大学にて、パイプオルガン、チェンバロ、教会音楽を学ぶ。7年間のドイツ生活を経て帰国し、盛岡市民文化ホール専属オルガニストとしてオルガンの普及活動に勤めた。2006年、パイプオルガン制作に携わるイタリア人夫との結婚を機にトレンティーノ州ドロミテ山塊の麓フィエンメ渓谷に移り住み、北イタリアを拠点にヨーロッパ、日本で演奏活動を行う他、毎夏日本人のためのドロミテ・オルガンアカデミーを開催している。CD「バッハとイタリア」「4手の対話」(大阪、ワオンレコード)は各音楽誌で特選盤。南チロル州エーニャ市サン・ニコロ教会オルガニスト。
ブログ http://organvita.exblog.jp
ホームページ http://www.aialexorgano4mani.com





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