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オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
15 Luglio 2017

第3回 

パイプオルガンという楽器

  
文・写真/吉田愛 
●フィエンメ渓谷で制作された3台のオルガンを日本に設置
今年の春、私が暮らしているドロミテ、フィエンメ渓谷にある「アンドレア・ゼーニ・パイプオルガン工房」の3台の楽器が日本に設置されました。今回はこのパイプオルガンという楽器やオルガン制作家の仕事、この3台の楽器が日本に設置されるまでのストーリーをご紹介したいと思います。

私と私の夫はパイプオルガン奏者ですが、イタリア人の夫は13年前に地元ヴェネト州からこの谷に移住し「アンドレア・ゼーニ・オルガン工房」の一員としてオルガン制作にも携わっています。私は夫との結婚を期にこの谷に暮らしながら音楽活動を続けています。オルガニストである私にとって、同じ村の中にあるこのオルガン工房に度々足を運んで楽器が造られていく過程を見学したり、楽器を制作する側と演奏する側から話を交えることは、私の楽しみのひとつです。そのような関係から私はしばしば、このオルガン工房と日本のオルガン愛好家の橋渡し役をさせていただいているのですが、今回も様々なご縁が繋がって、この3台のパイプオルガンを日本に設置するお手伝いをすることができました。

トップ写真:@パイプオルガンの正面パイプ
写真下:ABC2017年、今春、日本に設置した3台のパイプオルガン。どれも形や仕様が異なる。

●時代、国、地域によって異なる様式や音色
「オルガン」は、「道具、楽器」という意味のギリシャ語「オルガノン」が語源です。楽器の起源は紀元前3世紀まで遡るといわれていますが、15世紀にその形が完成してから現在に至るまで、ヨーロッパの教会の典礼に欠かせない楽器として造られ続け、近年ではコンサートホールなどにも設置されています。

パイプオルガンはそれが建てられた時代、国、地域によって様式が大きく異なり、その容姿やそこから鳴り響く音色によって一台一台のオルガンのコンセプトや個性を知ることができます。ですからオルガン愛好家にとって、様々なオルガンを見聴き演奏しながらヨーロッパの教会を巡り歩くことは、旅の大きな醍醐味の一つです。それは旅先での新しい人との出会いや会話とも共通するものがあるのです。

●一台一台が全て注文制作
さて、巨大で複雑な建築技術を必要とするこの楽器は、一台一台が全て注文制作されます。オルガン制作家は一台の楽器を造る時、それがどれ位の広さのどのような場所に何を目的として設置されるのか等の情報を入手します。

例えば、教会でミサを先導するのに使われるのか、音楽ホールでオーケストラと共演するのか、小さなアンサンブルと使用するのか、個人の練習目的なのか、また、幅広い時代の音楽作品が演奏されるのか、それともある特定の時代の作品をより忠実に表現するための楽器なのか等々です。そのような多角的な視点から注文者と意見を交わして一台の楽器のコンセプトを作り上げ制作に取り掛かります。

写真下左:Dオルガン工房の一室。様々な形に切り出された木。 写真下右:Eオルガンケースの美しい屋根の製作過程。

●大半のオルガン制作家は個人で工房を
オルガン制作家のほとんどは個人で工房を持ち、各工房の職人技と芸術は弟子に受け継がれていきます。ドイツではオルガン建造「マイスター」の資格が存在しますが、イタリアの場合は若い時から直接オルガン工房に見習いとして弟子入りして技術を習得し継いでいくか、その後独立する形が主流です。

●イタリア屈指のオルガン工房「アンドレア・ゼーニ」
今回ご紹介するフィエンメ渓谷のオルガン制作家アンドレア・ゼーニも、そんな職人の一人です。彼は元々この村にあったオルガン工房に15歳の時に弟子入りして技術を習得した後20年前に独立し、イタリア屈指のオルガン工房の一つに育て上げ、現在に至ります。ちなみに、前回の記事「木と共に暮らすフィエンメ渓谷の生活」でもご紹介した通り、このオルガン工房では、かの有名なヴァイオリン制作家ストラディヴァリも入手していた、ここ地元フィエンメ渓谷の良質の赤モミの木をパイプや内部のメカニックなどに使用しています。

写真下左:F赤マツの木で作られた木管のパイプたち。   写真下右:G種類ごとに分けて並べられた金管パイプ。

●フィエンメ渓谷から日本にオルガンを運ぶ
この度フイエンメ渓谷の木と工房の伝統的な技術で制作して日本に運んだオルガンは、教会でオルガニストとして奉仕したり愛好家として演奏を楽しんでおられる個人のご自宅のリビングやマンションの一室、併設された音楽サロンに設置されました。楽器のコンセプト発案から契約、制作、納入までには凡そ一年程度の期間を要しました。工房では集められた数種類の木の板が日に日に部品、箱、鍵盤、音が鳴るパイプなどへと形を変えていきます。何ヶ月もかけて完成した楽器は、一度解体し大きな木箱に詰められます。それが工房からトラックで運び出される時は子供が巣立っていくかのような心境です(笑)。

写真下左:Hイタリアから送った大きな箱が、日本の設置場所に届いた。  写真下右:I部屋いっぱいに積み込まれたオルガンのパーツ。 

●長旅を終えて日本の現地に到着
さて、木箱が日本で通関するのを見計らって、私とアンドレア・ゼーニ、夫の三人はオルガン設置作業のために日本に飛びました。そして、別経路での長い船旅を終えて現地に到着した木箱を迎え入れます。久しぶりに木箱を見る時は旧友と再会したかのような気持ちです。

時々お手伝いをする程度の私でさえそうなのですから、オルガン制作に直接関わりその責任を負うオルガン制作家にとってはそれにも増す格別の思いでしょう。さて、設置場所に外枠と内部メカニックを組み立てた後は、更に数日かけて鍵盤タッチの調整、また一本一本のパイプに設置場所の音響に合わせた整音作業を施し、そしていよいよ楽器引渡しということになります。

写真下左:Jオルガンケースを組み立てていく。  写真下右:Kオルガン内部のメカニックの調整。
写真上左:L所狭しと並べられたパイプ群。 写真上右M0.数ミリ単位での細かい調整

●楽器を向か入れる側にも感動的なストーリー
オルガンを制作する私たちと同様、楽器を迎え入れる方々にも、そこに至るまでの感動的なストーリーがあります。ピアノや弦楽器のように既に完成しているものの中から自分に相応しい楽器を探すのと違い、これまで何もなかったところに設置され、恐らくその後の人生をずっと共に過ごすことになる一台の特注の楽器を迎え入れるための決断、そして制作家と共に意見を交わし立ち上げたプロジェクトの完成を待ち望む日々は長く待ち遠しいものでしょう。

写真下左:N大きな木管パイプを楽器内部に搬入中。   写真下右:O美しい手彫りの彫刻を嵌め込む。
写真上:P正面パイプを並べていくと、オルガンの「顔」が見えてくる。

●オルガンは愛情と情熱のこもった「道具」
最終的にいよいよ現地で組立作業を行う際には朝から晩まで数日間、それこそ寝食を共にしながら過ごす中で、家族愛にも似た感情が芽生えることもしばしばです。完成した楽器から美しい音楽が奏でられ、オルガニストとオルガン制作家が肩を抱き合ってその完成を喜ぶ姿を見るとき、私も何ともいえない充実感に満たされます。オルガンは、オルガン制作家とオルガニストを繋げ、オルガニストと音楽を繋げ、そして、その音楽は聴く人々の心に響かせていく、まさに愛情と情熱のこもった「道具」なのです。

写真下左:Qパイプを一本一本吹きながらの整音作業。   写真下右:R演奏台。手鍵盤2段に加えて、足でも演奏するペダルが見える。

この3つのパイプオルガンについて、私のブログでそれぞれ記事にしてご紹介しています。よろしければどうぞこちらもご覧ください。

「名古屋のゼーニ・オルガン」http://organvita.exblog.jp/27837810/
「東京のハウスオルガン」http://organvita.exblog.jp/27823513/
「神奈川のハウスオルガン」 http://organvita.exblog.jp/27906070/

アンドレア・ゼーニ・オルガン工房HP http://www.andreazeni.it/index.php/ja/


著者紹介
吉田 愛  Yoshida Ai
東京都出身。武蔵野音楽大学、ドイツ・リューベック音楽大学にて、パイプオルガン、チェンバロ、教会音楽を学ぶ。7年間のドイツ生活を経て帰国し、盛岡市民文化ホール専属オルガニストとしてオルガンの普及活動に勤めた。2006年、パイプオルガン制作に携わるイタリア人夫との結婚を機にトレンティーノ州ドロミテ山塊の麓フィエンメ渓谷に移り住み、北イタリアを拠点にヨーロッパ、日本で演奏活動を行う他、毎夏日本人のためのドロミテ・オルガンアカデミーを開催している。CD「バッハとイタリア」「4手の対話」(大阪、ワオンレコード)は各音楽誌で特選盤。南チロル州エーニャ市サン・ニコロ教会オルガニスト。
ブログ http://organvita.exblog.jp
ホームページ http://www.aialexorgano4mani.com





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