JAPANITALY Travel On-line

 
イタリア旅行情報サイトJAPAN-ITALY Travel On-line
オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
15 Marzo 2019

第8回 

ドロミテの「おらがオルガン」誕生物語 

  
文・写真/吉田愛

2019年3月2日。私が暮らすドロミテ、フィエンメ渓谷テゼロ村の公共ホールに設置された新しいパイプオルガンの披露演奏会が行われました。今回はこのオルガンについてご紹介したいと思います。     

トップ写真:@「おらがオルガン」完成の姿
写真上:A新しいパイプオルガンの披露演奏会終演後の花束贈呈係は私の生徒

●故音楽愛好家の意思を継いで、村にオルガン設置
このパイプオルガン設置の発端は、この村の私たち夫婦の友人で大のクラシック音楽愛好家だったジュリアーノが、闘病生活の末に2014年の秋に亡くなったことから始まりました。彼の葬儀で私はオルガンを弾いたのですが、未亡人となったルイザがお礼になにかしたいといって聞きませんでした。そこで、この村の教会のひどい状態だったオルガンを修理するための資金に当ててはどうかと打診しました。

これには彼女も、音楽を愛していたジュリアーノの意思が村に継がれると大賛成で、すぐに銀行口座を開いて修理費用募金を始めると同時に、村のオルガニストやオルガンビルダー、音楽愛好家、故ジュリアーノの友人を集めて2015年の春に「ジュリアーノ・テゼロ・オルガン協会」を立ち上げました。そして、オルガン音楽の普及と、それを通じて人々の交流を図ることをモットーに様々な活動を始めました。4年経った現在250名の会員がいます。

その後いろいろなことがあり、教会のオルガンを修復するのではなく(これは教会が州の助成金を得て別に行いました)、「ジュリアーノ・テゼロ・オルガン協会」として新しいオルガンを村の公共ホールに建て、そこで活動を展開していくというプロジェクトが立ち上がりました。  

●オルガン制作資金集めに23回のチャリティー・コンサート
この新しいオルガンの制作資金集めを兼ねて、協会では発足から今日までの4年間で23回のチャリティー・コンサートを開催してきました。そこで演奏したのはこの谷や村に住むプロ、アマチュアの音楽家やその友人と協賛者たち。実はこの村は人口3000人程ですが、住民数に対する比率でヨーロッパで一番音楽に関わる人口が高いといわれています(1996年統計)。

写真下:BCDオルガン制作資金集めのためのチャリティー・コンサート   

村の一番古い音楽協会は昨年200周年を迎えた吹奏楽団で楽団員数は70名に登ります。他にも、谷を総括する音楽教室本部がこの村に置かれているほか、ダンス教室や複数の合唱団、様々な楽器のアンサンブル、劇団が存在し、「おらが」意識が強い住民の多くが複数の協会に関わりながら活動しています。彼らの多方面からの援助と協力を得ながら「ジュリアーノ・テゼロ・オルガン協会」は発足し、そして今回の新しいオルガンの完成に至ったのです。まさにおらが村の「おらがオルガン」です。

写真下Eオルガン教室も     

ちなみに協会として、夏には「オルガン週間」と題した一週間のオルガン講習会も企画しています。日本からも毎年多くのオルガン愛好家の方々が参加され、夏のドロミテを楽しみながらオルガン演奏法を学ばれていますが、その参加費の一部や頂いた募金はこのオルガン製作資金と当てられていま す。 

写真下左:F夏のオルガン週間にて。ドロミテの1700年代のイタリア歴史オルガンを見学  
写真下右:G左工房のオルガン見学会には多くの村人が集まった  

●公共の場のパイプオルガン設置は特別な出来事
ところで、日本には近年、全国のホールや結婚式場などにパイプオルガンが多く設置されているので珍しいことではありませんが、ヨーロッパでパイプオルガンといえば、まさに教会の宗教儀式を支える「聖なる」楽器。ピアノやヴァイオリンなどの他楽器とは一線が引かれている感があります。ヨーロッパ大都市のコンサートホールに行けば時々パイプオルガンが入っているのを見ることはありますが、それでも日本のホールとの比率には及びません。

写真下左:H公共ホールへの搬入日。村のたくさんのボランティアが詰め掛けた。 
写真下右:Iトラックから荷を卸す

したがって、ヨーロッパの、特にこの村のような小さなコミュニティで、教会ではない場所にパイプオルガンが置かれるというのは非常に稀なことで、実際多くの人に「ホールに?」と驚かれました。しかしこれは最終的に、協会として一番理想的な場所に設置できる結果となりました。

写真下:J組み立て作業  
  写真上左:K鍵盤回りの組み立て  写真上右:Lオルガン内部のパイプ群 

というのも、例えば教会で行われるオルガンコンサートは当然のことながら宗教的なレパートリーが演奏されるよう要求される反面、教会そのものに関心が薄れている今日のヨーロッパでは宗教色の強い楽器を聴くためにコンサートに足を運ぶ人が偏っている感があります。しかし、ホールという場所なら宗教の枠に囚われない新しいことをオルガンを使って自由に行うことができます。例えば、オルガン音楽劇やオルガン伴奏のダンスパーティ、オルガンジャズセッション、併設している台所を使って食と音楽を楽しむイベント、大人子供対象のオルガン教育プロジェクトなどなど、村人たちとコラボレーションしながら村人のための楽しい企画をしていく夢は膨らんでいます。  
●愛する人を失くした心を癒すオルガンの響き
さて、3月2日のオルガン披露演奏会では、コンサートに先駆けて様々な祝辞が述べられましたが、その中で印象的な言葉がありました。協会発足のきっかけとなった天国のジュリアーノのこと、加えてこのオルガンを制作したアンドレア・ゼーニ氏の、2013年に事故で18歳という若さで突然旅立っていった息子のことです。彼らの死がなければこのオルガン協会の歩みはなかったかもしれないこと、そして彼らはどんな思いでこの新しいオルガンの響きを聴いているだろうか、と。この新しい「おらがオルガン」の響きが、愛する人を亡くした全ての村人の心を癒し、彼らの死に意味を持たせていくものとなるように、という感動的なフレーズでした。

写真下左:Mオルガン披露コンサートポスター   写真下右:N地方新聞でも大きくとりあげられた

150人収容のこの公共ホールでの披露演奏会には230人以上が集まって立ち見も出、関心の高さが見て取れました。私たちは夫婦でこのパイプオルガンの初披露の音を奏でさせていただく光栄に授かりましたが、オルガン資金集めに中心的に協力してくれた村の吹奏楽団メンバーとも共演しました。

写真下:Oオルガン披露コンサート終演後の記念撮影。共演した吹奏楽団メンバーと   


●沢山の聴衆と演奏者皆でお祝い
また、これまでの協会の歩みとオルガン製作過程を写真で紹介したり、私たちの演奏の模様をスクリーンに映し出す演出をしました。終演後には用意されたブッフェで谷名産のスペックやチーズの盛り合わせにワイングラスを傾けながら、村の歴史の1ページに刻まれたであろうこの日をたくさんの聴衆と演奏者の皆でお祝いし、夜は更けていったのでした。

パイプオルガンは移動できない大きな楽器なので、オルガンがあるところには人が集まってくる、とよく言われます。この「おらがオルガン」を通じてドロミテの新しい輪が広がっていくといいなと思っています。ぜひ日本の皆さまも聴きにいらしてくださいね。

最後に、このオルガンのための募金を受け付けております。詳細はこちらからどうぞ。
https://organvita.exblog.jp/30354564/

著者紹介
吉田 愛  Yoshida Ai
東京都出身。武蔵野音楽大学、ドイツ・リューベック音楽大学にて、パイプオルガン、チェンバロ、教会音楽を学ぶ。7年間のドイツ生活を経て帰国し、盛岡市民文化ホール専属オルガニストとしてオルガンの普及活動に勤めた。2006年、パイプオルガン制作に携わるイタリア人夫との結婚を機にトレンティーノ州ドロミテ山塊の麓フィエンメ渓谷に移り住み、北イタリアを拠点にヨーロッパ、日本で演奏活動を行う他、毎夏日本人のためのドロミテ・オルガンアカデミーを開催している。CD「バッハとイタリア」「4手の対話」(大阪、ワオンレコード)は各音楽誌で特選盤。南チロル州エーニャ市サン・ニコロ教会オルガニスト。
ブログ「オルガニスト愛のイタリア山小屋生活」 http://organvita.exblog.jp
ホームページ http://www.aialexorgano4mani.com





オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
もっとイタリアを知る  アルキーヴィオへ このページのTOPへ HOME PAGEへ


http://www.japanitalytravel.com
©  JAPAN PLUS ITALY - MILANO 2013 All rights reserved.