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オルガニスト吉田愛のドロミテ暮らし
15 Luglio 2021

第12回 

未知との闘いと自粛生活の中で

  
文・写真/吉田愛

●音楽活動に携わる一人として
世界中を震撼させている新型コロナウイルス。ドロミテのような小さな集落が点在する地域でも身近に感染者がいました。未知との闘いと長い自粛生活から考えさせられたことが多かった一年半。今回は音楽活動に携わる一人として体験したこと、感じたことを書いてみたいと思います。

トップ写真:@コロナ犠牲者追悼コンサートの様子

●新しい形の音楽普及活動も
まず、予定されていたコンサートが全て中止になりました。昨年夏の規制緩和で辛うじて開催が叶ったイベントがいくつかはありましたが、新規感染者数が増えた秋からは再び全面的に禁止され、それは今年6月まで続きました。演奏活動のみで生活している音楽家にとっては致命的だったと思います。しかし、ソーシャルメディアを通じた新しい形の音楽普及活動も生まれました。

写真下:A昨年ロックダウン中の「演奏して町を楽しくしよう!」のフラッシュモブ宣伝。  

印象的だったのは、初期の北イタリア感染爆発で皆が怯えながら家に籠っていた時、「音楽ができる人皆で同じ時間に一斉に演奏して活気づけよう!」というネットを介した呼び込みがあったことです。3月の寒い日でしたが私も窓を開放してピアノとオルガンを弾きました。村の近所から誰かのトランペットや歌声も聞こえてきたりして、苦境の中でも楽しむことを忘れないイタリア人のポジティブな姿に勇気づけられたのを覚えています。

●心に残るコロナ制限下の「イースターのミサ」
私は教会でオルガニストの奉仕をしていますが、昨年春のロックダウン中は教会も閉鎖され、ミサは司祭がメディア放送するという形が取られていました。しかし、キリスト教の一大行事であるイースター(復活祭)には音楽が不可欠との希望を受け、私はイースター週間からオルガン奉仕に戻りました。完全なステイホームをしばらく強いられた後の初の外出。車で通過する村々の商店街は無人、またほぼ誰とも行き交うことのない「私だけの」山道はいつになく春の緑が鮮明で、鹿や狐が自由に往来しているのを度々見かけました。時々止められた検問にはヒヤッとしましたが、教会発行の「移動証明書」を見せればすぐに通してくれました。      
このイースターのミサは、司祭、オルガニスト、一人の歌手、聖書朗読者のみで執り行われ、人が近づかないよう私もオルガンに直行直帰。打ち合わせはすべて事前に電話で済ませます。普段ならクリスマスのように聖歌隊の歌声が高らかに響き、町中の人が集まる祝祭行事を、数人だけで蝋燭の光の中で行ったあの静寂な格別な雰囲気は忘れられません。

 写真下:Bイタリアの多くの場所に虹の絵と一緒に掲げられた「Andra tutto bene(きっとすべてうまくいく)」の旗。おらが村の小礼拝堂にも。  

その後ですが、規制は徐々に緩和され、現在は誰でも教会に入ることができます。ミサ参列には人数制限があり、上回った場合は中庭で音声拝聴します。はじめは会衆が讃美歌を歌うことが許されず、オルガン音楽で代弁するという方法でしたが、今では通常通りに歌えています。聖歌隊も戻ってきました。

●多くのお葬儀を音楽でお送りする
また、教会ですのでお葬儀があるのですが、この一年間はいつもより多くのお葬儀をオルガン音楽でお送りしました。イタリアは一般的に土葬ですが、コロナ感染症が原因のご遺体はお葬儀前に火葬されるため最後のお別れが叶わず、小さな壺だけが祭壇前に置かれます。移動制限令ですぐに集えない家族もおり、亡くなられてから数週間、数か月後のお葬儀もありました。しかもロックダウン当初は教会でのお葬儀もできず、墓地で最少人数での埋葬立会いしか許されませんでした。この一年間にコロナウイルス感染症で家族や大切な人を失った方々にとってどれほど辛かったろうと思います。

写真下:Cオルガンの譜面台にマスクをぶら下げておくのも日常化してきてしまった。     

●画面越しに音楽を伝えあう難しさも経験
さて、私が教えているいくつかの音楽教育施設では、他の教育機関同様、更新されるイタリア政府の規制措置に従って、対面か遠隔授業かに度々変更がありました。「また来週ね!」と別れた直後から遠隔授業が数週間続いたこともありましたし、自分が感染したり誰かの濃厚接触者となった自宅隔離中の生徒への対応もあり、教師、生徒にとっても大変な時期だったと思います。

特に音楽は、同じ空間を共有してこそ成り立つ芸術です。ズームなどのインターネットを介した個人レッスンは、何もできないでいるよりは、最新のテクノロジーのお蔭でかなりの部分をカバーすることができたのは有難かったですが、画面越しに音楽を伝え合うということは私にとっては骨の折れる事でした。

●再開は「コロナ犠牲者への鎮魂コンサート」
それがようやく今日、様々な規制が大幅に緩和されてきました。移動制限も解除され、ドロミテの山にも観光客が徐々に戻ってきています。
イベントも開催できるようになり、私にもまたコンサートが入り始めました。その一回目のコンサートは図らずもコロナ犠牲者への鎮魂コンサートでした。

写真下:Dコロナ犠牲者追悼コンサートのポスター  

イタリア19世紀の作曲家G.ロッシーニの「小荘厳ミサ」という1時間半に及ぶミサ曲を、約20名の合唱団と4人のソリスト、ピアノ、オルガンという大編成で共に作り上げることができました。規制緩和直後の集客は全く予想できなかったものの、収容可能人数一杯の人が集いました。皆このような時を長い間待ち望んでいたのでしょう。(トップ写真)

一つの空間に満ち溢れた音のエネルギーに身を任せ、奏者と聴衆が一体となって感動を分かちあう音楽という芸術の素晴らしさを、長い自粛生活経験を経て改めて強く感じています。ソーシャルディスタンスやスマートワーキングが推奨される今日ではありますが、このような人間同士の直の交わりや対話の時をこれまで以上に大切にし、心を豊かに保ち育てることが一番の栄養、薬であると信じて、これからの活動の糧にしていきたいと思っています。 

写真下:E遠出ができなかった一年間、近所のハイキングで新しいドロミテの穴場も発見。   

12回に渡ってイタリア、ドロミテでの生活を気ままに綴って参りましたが、今回が最終回となります。定期的な執筆を通して自分の生活や置かれた環境を整理し、見つめ直すことができました。この機会を与えてくださったJITRAの大島悦子さんに心から感謝申し上げます。また、私の拙い文章を読んでくださいました方々に、ドロミテ地方やオルガン音楽の素晴らしさを少しでもお伝えできたのでしたら幸せに思います。


著者紹介
吉田 愛  Yoshida Ai
東京都出身。武蔵野音楽大学、ドイツ・リューベック音楽大学にて、パイプオルガン、チェンバロ、教会音楽を学ぶ。7年間のドイツ生活を経て帰国し、盛岡市民文化ホール専属オルガニストとしてオルガンの普及活動に勤めた。2006年、パイプオルガン制作に携わるイタリア人夫との結婚を機にトレンティーノ州ドロミテ山塊の麓フィエンメ渓谷に移り住み、北イタリアを拠点にヨーロッパ、日本で演奏活動を行う他、毎夏日本人のためのドロミテ・オルガンアカデミーを開催している。CD「バッハとイタリア」「4手の対話」「めぐりあう時」(大阪、ワオンレコード)は各音楽誌で特選盤。南チロル州エーニャ市サン・ニコロ教会オルガニスト。
ブログ「オルガニスト愛のイタリア山小屋生活」 http://organvita.exblog.jp
ホームページ http://www.aialexorgano4mani.com





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