なにやらここ数年、やたらトレンディーになった地区がある。そこはローマの歴史的中心地からちょこっと外れた、ガルバテッラGarbatellaというところ。ここには、1920年から15年ほどの間に、計画的に作られたモデル住宅街がある。
当時、海沿いの街オスティアからこのあたりまで運河を引くという一大プロジェクトがあり、その工事にたずさわる労働者を住まわせるための、公営住宅区を作ることになった。と、それならば質素な集合住宅を作ればいいわけで、と思うのだがそうではなく、なんとイギリスの田園風景を模範とし、庭園付きの一軒家「ガーデンシティ」をモデルに家々を造る、というプランが持ち上がったのだった。
第一次世界大戦が終わった後、大都市ではちょっとした建築ブームが起こったらしく、建築家によるコンクールなども開かれて、住居と自然の調和のとれた人間サイズの住宅街を理想にし、当時はまだ葡萄畑と巡礼の道くらいしかなかったこの土地に、そのプランは実地された。
1920年の2月18日には、当時のイタリア国王、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世がわざわざ起行式に現れた、というのだから本格的だったのだ。
そんなわけで、学校や劇場などの施設も作られ、どの建物もひとつひとつ皆違っていて、それぞれに凝っている。建築学的にも、ちゃんとbarocchetto Romano(ローマ風後期バロック様式とでもいうのだろうか)というカテゴリーもある。すごい。緑も多く、しかも憧れの自宅菜園まで用意されていたというのだから、ああ、なんて羨ましい!そんなステキな住宅地を国が用意してくれたなんて。
しかし夢もつかの間、その後のファシズムの到来により、残念ながら運河プロジェクトは中断。が、その間もガルバテッラ地区は拡張され、やはり一風変わった高層集合住宅などが建てられる。
現在は、やはり基本的には庶民の地区なので、修復もされず外壁など剥がれ落ちたりしている建物が目立ち、高級感のあるイギリス風とはほど遠い。でも、そこが味わいのあるローマの下町でということで、ウケているのかも。
私の大好きなイタリア映画のひとつ、1993年に作られたナンニ・モレッティの『Caro Diario(親愛なる日記)』にも、主人公がヴェスパに乗って、この地区を走るシーンがある。「ぼくの好きなことのひとつは、ヴァスパに乗って、このガルバテッラを走ること」などといいながら。
といっても、見た当時私はフィレンツェに住んでいたのでガルバテッラなど知る由もなく、この記事を書くにあたってひさしぶりに見た次第だが、今見ても良い映画です。
とにかく、こんな背景を思いながら、ひとつひとつ個性のある建築物を見て散歩するのは楽しいし、そしてこの界隈には、庶民的なものからシャレたものまでレストランもたくさんある(日本食レストランもずいぶんたくさんできています!)。
ここ数年には、スタイリッシュなEATALY(イータリー)という食の総合デパートができて話題になったり、メトロB線のガルバテッラ駅(テルミニ駅からラウレンティーナ方面5つ目、散策はここからが便利)の真上に、これまた超デザイン的な大きな橋が開通されたりして、びっくりさせられるのもまたおもしろい。(私はよくこのあたりを車で通るのだが、右手にいきなりこの白いくねくねした橋が現れると、未だにびっくりします)
古いものと新しいものが渾然と混ざり合っている、それがまたトレンディーになった所以なのでしょうね。