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イタリア世界遺産の旅
15 ottobre 2009
アッシジのサン・フランチェスコ聖堂と
関連建造物群

Assisi, la Basilica di San Francesco e
altri siti Francescani


ウンブリア州 Umbria
ペルージャ県 Perugia
登録年 2000年
登録基準 文化遺産(T)(U)(V)(W)(Y)


文・写真 牧野宣彦

アッシジはスバシオ山の斜面に広がる美しい街で、サン・フランチェスコ生誕の地である。この町は、基準(T)(U)(V)(W)(Y)などが、評価され2000年世界文化遺産に登録された。

写真トップ:聖フランチェスコ聖堂
●アッシジと聖フランチェスコ
アッシジはローマ時代から栄えた都市「アシジウム」を起源に持ち、アッシジ市内にはローマ時代の遺稿が偲ばれる建物が残っている。その後アッシジはランゴバルト族によってスポレート公の支配に置かれるようになるが、その時代の史跡は何も残っていない。1184年以降は比較的自治が認められ、都市の最高執政官を独自に選出するようになり、12世紀から13世紀にかけて都市を囲む城壁が新しく建設され都市は拡大して行った。

写真左・右:アッシジの美しいパノラマ

アッシジで最も重要な人物である聖フランチェスコは、1182年に生まれた。父親が織物商人であった裕福な家庭に育ったフランチェスコは、放蕩生活を送り、騎士になろうと戦乱が続いていたフランスに行き、軍隊に入隊した。しかし捕虜になり、1201年重い熱病にかかった23歳の時、宗教的回心に目覚め、キリストと聖母マリアの姿を見るという体験、即ちヴェルナ(アペニン山脈山中)において聖痕を受けた。フランチェスコは優しい心情の持ち主で自然を愛した彼は、自然賛歌とも言える歌を、ウンブリア方言で書いている。1208年には戒律を定め、活動を開始したが、その教えは財産を放棄し、清貧と福音に徹する厳しいもので、自らそれを実践した。1210年教皇インノケンティウス3世に謁見し、修道会設立の許可を得て、ウンブリア、トスカーナで布教を始め、美貌の若い乙女キアーラにクラリッセ修道会を設立するように励ました。

写真左:聖フランチェスコ、右:サンタ・キアラ

フランチェスコはフランチェスコ修道会を設立し、1226年44歳で亡くなっている。フラチェスコが説いた精神的な教え「世を捨てる事。与えられたものを謙虚に受け入れ、神秘主義的歓喜に身を委ねる」という思想は、新たな芸術の発展に多大な影響を与えた。この教えがゴチック芸術の清澄さと優雅さになって結実する。フランチェスコ会の教えは、初期においては禁欲的な厳しい戒律で人を縛ったが、13世紀が進むに連れて、徐々に変貌し、聖ボナヴェントゥーラが、語り伝えた半ば伝説的な聖者の伝記に着想を得て、聖フランチェスコの自然と被造物に対する優しい内面的心情を表現しようとした事である。14世紀の末からアッシジには、サン・フランチェスコ教会の装飾をするために多くの芸術家が集められた。そこで描かれた絵画は、ビザンチン風の非人間的な硬質な表現を和らげ、内面の優しい感情が溢れたより劇的な表現に到達した。この新たな芸術の最初の代表者がチマブーエ、ジョット、ロレンツェッティなどであった。

写真左:聖フランチェスコ聖堂、右:聖フランチェスコ聖堂 下部聖堂内部

●サン・フランチェスコ聖堂
私が最初にこの聖堂を訪れたのは1990年ローマに「トスカ」を見に訪れた時で、日帰りで行ったのが思い出される。それ以来何度かアッシジを訪れている。
サン・フランチェスコ聖堂Basilica di San Francescoはフランチェスコの亡くなった2年後の1228年から建設が始まり、1253年に献堂された。内部は初期ルネッサンスの絵画で飾られているが、やはり私が一番素晴らしいと思ったのはジョットとその弟子たちが描いた28枚の聖フランチェスコの生涯を描いたフレスコ画で、鮮やかな色彩で、聖フランチェスコの生涯が劇的に描かれていた。それ以前の絵画がややくすんだ暗い感じの画面だったのを思うと、このフレスコ画は鮮やかな色調で、この時代から絵画がより写実的になり、テーマが明快に意義付けられ、緊迫感がある絵画に移行しつつあるのを感じた。この絵はジョットの初期の作品で、2世紀後のルネッサンスにおいて開花する黄金時代のイタリア絵画に新しい道を拓いた画期的作品といえる。

写真左:サンタ・キアーラ教会、右:アッシジのパノラマ

●主要な見どころ
聖フランチェスコの伝道を助けたサンタ・キアーラを祭った教会、サンタ・キアラ聖堂Basilica di Santa Chiaraは、街の少し外れにあり、ウンブリアの田園を見渡せるテラスがある。この教会が建設されたのは、1257年から1265年にかけてで、内部には、多くの芸術作品で埋め尽くされているが、聖キアーラの生涯を物語る、恐らくジョット派の人たちによって描かれたと思われるフレスコ画がある。隣接しているこじんまりしたサン・ジョルジョ教会には、キリストの磔刑像があるが、伝説によればこの像が、フランチェスコに声をかけた像であるという。又地下の礼拝堂には聖キアーラの墓がある。私はカトリック教徒ではないがこれらを見ていると清冽なすがすがしい気分になり、身が引き締しまる思いがした。

私が2004年にアッシジに行った時泊まったホテルは市の中心から少し離れた駅に近いダル・モーロDal Moro、ホテルの近くにあったのが、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂Basilica di Santa Maria degli Angeliで、ここは聖フランチェコが亡くなった場所だという。高い優雅なクーポラのある巨大な教会で、1568年から1679年にかけて、ガレアッツォ・アレッシの設計で建てられた。内部のポルツィウンコラ礼拝堂には、ピエトロ・ぺルジーノの「キリスト磔刑」があり、その他14、15世紀に描かれたフレスコ画で飾られている。右の聖堂内陣にあるトランジト礼拝堂Capella di Transitoは、ここで聖フランチェスコが1226年10月3日に亡くなった場所だといわれている。礼拝堂内部はスパーニャのフレスコ画で飾られ、アンドレア・デッラ・ロッビアの制作した聖フランチェスコの像がある。私は内部の詳細は覚えていないが、巨大なフレスコ画に圧倒された記憶がある。他に聖フランチェスコゆかりの場所としては、聖ルフィーノ大聖堂Duomo di San Rufino、サン・ピエトロ聖堂などがある。

写真左: 聖フランチェスコの亡くなった場所に建てられたサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ聖堂
右:ゲーテが賞賛したミネルヴァ神殿

●ゲーテのエピソード
1786年10月26日にアッシジを訪れたゲーテは、サン・フランチェスコ聖堂については関心がなかったらしい。この聖堂についてゲーテは「聖フランチェスコの眠っているバビロン風に積み重ねられた教会の下層建築には嫌悪をおぼえて、これを左に見て通り過ぎた。」と述べている。ゲーテがアッシジで一番見たかったものは、アッシジの旧市街の中心コムーネ広場にあるマリア・デッラ・ミネルヴァヴァで、通称ミネルヴァ神殿Tempio di Minervaと呼ばれ、紀元前一世紀に建設され、1539年に改築され、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会になった。

ゲーテはアッシジで、災難にあっている。アッシジを訪れた旅行者は通常最大の文化遺産である聖フランチェスコ大聖堂を見学する。しかしゲーテは大聖堂を見なかった為に怪しまれ、4人の巡査がゲーテを取り囲み、尋問した。ゲーテは「グラーンコンベント(大聖堂)へ行ったか」と聞かれ、行ってないと答えた。ゲーテは禁制品の密輸入をしている人だろうと嫌疑をかけられたが、彼は色々弁解し、拘束は免れたが、先を急ごうとすると一人の男がゲーテに寄ってきて、先ほどの警官に囲まれていた時、私があなたの肩を持ち擁護したので、酒手をほしいといってきた。ゲーテは彼が自分の弁護をしてくれた事にお礼を言い、銀貨3枚をその男に与えた。そうするとその男は大変喜び「ゲーテに今度アッシジを訪れる時いってくだされば綺麗どころを用意します。」といって、立ち去った。この場面はゲーテの「イタリア紀行」の中でも最もユーモア溢れるシーンだった。

写真左:ジョット作「小鳥に説法する聖フランチェスコ」、右:聖フランチェスコ聖堂 上部聖堂内部

聖フランチェスコ大聖堂は1997年9月26日に発生したウンブリア・マルケ地震で聖堂の建物は大きく損傷してしまったが、ボランティアが、砕けた石片を綿密につなぎあわせるなどの努力で修復され、000年にはほぼ元の形にもどった。ゲーテはジョットの絵画に関心を持たなかったが、私はジョットの描いた小鳥に説教するアッシジの聖フランチェスコなどの絵画が忘れられない。


データ
Dati

交通アクセス

<列車で> 
ローマ・テルミニ駅から 直行列車(ユーロスターで1時間50分、インテルレジョナーレで2時間15分)あるいは、アンコーナ方面行き フォリーノFoligno乗り換えで約2時間半。
フィレンツエ駅から アッシジまでで約2時間半。
ペルージャ駅からは約20分。

<バスで>
○ローマから
ローマ・ティブルティーナRoma Tiburtina 駅前発 アッシジのサン・ピエトロPiazza San Pietro 着 
○フィレンツェからアッシジ行きのバス
以上、バス運営会社:SULGA  TEL 0755009641 www.sulga.it
○ペルージャから アッシジへの路線バス  Piazza Matteotti 着
バス運営会社:APM. S.P.A. (Perugia)Tel 075-506781  800512141
www.apmperugia.it/

市内巡回バス Autobus urbani
アッシジ駅から、サン・フランチェスコ大聖堂そばのサン・ピエトロ広場Piazza San Pietro(別称 イタリア統一広場Piazza Unita' Italia)までのバスがおよそ30分おきにでている。同広場および、アッシジの中心にあるコムーネ広場Piazza del Comune, アッシジ東端のマッテオッティ広場 Piazza Matteotti 間をミニバスが巡回している。
バス運営会社:APM. S.P.A. (Perugia)Tel 075-506781  800512141  www.apmperugia.it/

●インファーメーション
アッシジ観光案内所
Piazza del Comune 22, 06081 Assisi (PG)
Tel 075812534 - Fax 075813727 
Email: info@iat.assisi.pg.it
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