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16 giugno 2008
デル・モンテ城
Castel del Monte
プーリア州 Puglia
アンドリア Andria
バーリ県 Bari
登録年 1996年
登録基準 文化遺産(i)(ii)(iii)
文・写真 牧野宣彦
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1996年にユネスコ世界遺産に登録されたカステル・デル・モンテは、プーリア州バーリ県のアンドリアにある。アンドリアの町を出て、波打つレ・ムルジェ高原を丘へ丘へと進んで行くと、視界が開け、オリーブの林、牧草地、葡萄畑などのパノラマが広がる。この緑豊かな標高540mの大地に、ぽつんと白いカステル・デル・モンテ城が立っている。
この城の特徴は"8"にある。全体が8角形をして、8つの塔があり、そして8角形の中庭を持っている。8という数字は、風位と宇宙的均衡を表し、イスラム世界においては天国を寓意する数字だと言われている。
しかし、何のために建築され、どういう目的で使用されたのかがわかっていない、謎の建物なのである。
●青空に映える白亜の城
妻と私は2003年9月2日、ボローニャからインターシティで、アドリア海沿いの町バルレッタBarlettaへ来ていた。ホテルArtuに泊まり、翌日ここから30キロほど内陸のカステル・デル・モンテへ行こうとしていた。
翌朝10時にタクシーが来た。町を出るとオリーブの畑が多い。そして30分も走ると、森の上に白い8角形の城が見えてきた。
大きな駐車場に着くと、これ以上は近くまで行けないので、待っているバスに乗るようタクシーの運転手に促された。乗り換えた大きなバスは松林の坂道をゆっくり走り、5分ほどで城に到着した。
青空の中にぽっかり浮かんでいるような白亜の城は、たとえようもない美しさだった。城の内部は2階に分かれていて、1階は博物館、中世の食卓、生活などを解説したパネルなどがあり、王冠、陶器、鎧なども展示されていた。城の内部の装飾などを見ると、イスラム文化の影響を受けていることがわかる。
写真トップ:青空を背景に堂々たる風貌 下左:何のために建てられたかはいまだに謎、右:中庭から8角形の空を見上げる
●偉大なフェデリコ2世の謎の城
この城を建てたのは、ホーエンシュタウフェン家のフェデリコ2世だ。1194年に誕生、父ハインリッヒ6世からドイツ王位を、又母コンスタンツァ・ダルヴィッラからシチリア王位を継いだ。1220年、神聖ローマ帝国皇帝になり、1229年に十字軍の遠征を指揮することになった彼は、イスラムとの和解を成立させ、無血でエルサレムを奪還、エルサレム王として戴冠した唯一の皇帝となった。
キリスト教文化とイスラム文化が融合していたパレルモで生まれ育ったフェデリコは、異文化に対して寛容であったことで知られ、アラビア語、ギリシャ語など複数の言語を話したと言う。ダンテは彼を「世界の驚異」と呼び、その優れた人格を称えている。彼はまた、自然科学、文化など多方面の才能に恵まれた万能の天才で、ドイツの哲学者ニーチェは彼のことをレオナルド・ダ・ヴィンチに喩えた。彼の人生は、200年後に開花するルネッサンス的精神そのものとさえ言えるものだった。
南イタリアにはフェデリコ2世が築城、改装などをした城が200以上あり、カステル・デル・モンテは彼が手掛けた最後の建物だった。しかし、前述のように、何のために建てられたかはわかっていない。構造上、敵の襲撃や攻撃に対して不向きな建物である事が判明しているので、おそらく彼が好きだった鷹狩をする時の休息所として建てたのではないかと言われている。
フェデリコ2世の死後、この城は牢獄として使われるようになる。最初の囚人は1266年、彼の2人の孫だったらしい。その後、17世紀に大理石や内部の絵画、調度品などが盗まれてしまう。国有化され保存の修復工事が行われたのは、1876年以降の事だった。
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