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イタリア世界遺産の旅
15 febbraio 2008
レオナルド・ダ・ヴィンチの
「最後の晩餐」がある
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会と
ドメニコ会修道院

La Chiesa e il convento Domenicano di Santa Maria delle Grazie e il 'Cenacolo' di Leonardo da Vinci

ロンバルディア州 Lombardia
ミラノ  Milano
登録年 1980年
登録基準 文化遺産(i)(ii)



文・写真 牧野宣彦

ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会と、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」が残るドミニコ会修道院は、1980年、イタリアで2番目にユネスコ世界遺産として登録された。

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会は、1446年から1490年のルネッサンス期にゴシック様式で建設された。八角形のドームを持つ後陣は、1492年ブラマンテが付け加えたといわれる。後陣の左手の扉をくぐると、これもブラマンテの設計した回廊に出る。中庭には樹木が植えられ、柱と調和してすがすがしい美しさがある。

教会に隣接する建物がドミニコ会修道院の食堂だった場所である。その北側の壁に世界で最も有名な絵画、レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」Cenacolo Vincianoがある。
仕えていたミラノの領主ルドヴィコ・スフォルツァの依頼を受け、レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年に描き始め、1498年に完成させた。ルーブルにある「モナ・リザ」をはじめ、レオナルドには未完の作品が多いが、「最後の晩餐」は彼の数少ない完成作品のひとつである。
この絵は、ヨハネ福音書第13章21節の場面、すなわちキリストが12人の弟子の一人が私を裏切ると予言し、それに動揺する弟子たちの様子を描いている。

写真トップ:サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会
下:レオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」

●レオナルドの巧みな心理描写
キリストが「あなたたちのひとりが私を裏切ろうとしている」と語った瞬間、十二使徒の間には戦慄が走った。あるものはそんな事は信じられないという表情を示し、あるものは戸惑い、恐れ、あきらめ、あるいは嗚咽などを漏らした。その一人一人の微妙な心理状況を描くために、レオナルドは新しい構図を用いた。

それまでの同テーマの絵画では、十二使徒はキリストを囲むように描かれてる。しかし、ここでは長方形のテーブルの同じ側に全ての人を置いた。これは現実では恐らくあり得ない。テーブルを囲むように座るのが自然だろう。ただ、そうするとキリストと向かい合っている人物の顔は描けない。イエスを中心にして使徒達を横に配置する事により、一人一人の心理描写が可能になったのである。
また、12人の使徒は3人づつ4つのグループに構成され、左右対称に分けられている。幾何学的にもキリストが中心に存在するという事を強調している。
こうしてこの絵画ではより人物の心理がリアルに描かれ、劇的になっている。

また、背後に描かれた景観からはレオナルドが自然に並々ならぬ憧憬と愛情を持っていたことがわかる。彼は「モナ・リザ」でも背後に自然を描いた。自然と人物の調和がレオナルドの目指した理想的絵画だったと思われる。
「最後の晩餐」をよく見ると、使われている食器まで詳細で、その時彼らが何を食べたのかが識別できる(鴨のオレンジ風という)ほど完全に描いている。


●最もダメージを受けやすい絵画
絵の大きさは横910cmx 420cm。フレスコ画ではなく、テンペラで描かれている。ミケランジェロの「最後の審判」などもそうだが、ルネッサンス期には天井や壁に絵を描く場合、主にフレスコ画法が使われた。フレスコ画は、まず漆喰を塗り、それが乾く前に顔料を混ぜ、壁自体をその色にする技法で、これだと絵画は壁や天井に同化し、ほぼ永久に保存される。ただ、漆喰と同化させるため使える色彩に制約がある上、漆喰を塗ってから乾ききるまでおよそ8時間という短い時間で絵を仕上げる必要がある。基本的に描き直し、重ね塗りは難しい。それに反してテンペラ画は、写実的描写をするのに優れ、重ね塗り、描き直しも容易である。何度も納得のいくまで描き直すタイプの画家であったレオナルドは、テンペラ技法でこの作品を描いた。

しかしテンペラ技法は、温度の変化や多湿に弱い。彼が「最後の晩餐」を完成した10年後にはすでに損傷が始まったと言われている。世界で最もダメージを受けやすい絵画の一つなのだ。以来16世紀から19世紀にかけて修復が繰り返されたが、逆に作品の価値を損ねるような修復もあった。
また、18世紀末にナポレオンがミラノに侵攻した際、この食堂は一時馬舎として使用された。動物の排泄物やガスなどが絵画に良いわけはなかった。
第2次世界大戦中の1943年には、ミラノは主要な建物の43%が破壊される空爆にあう。スカラ座などが倒壊した中、この食堂も瓦礫の山となった。しかし、「最後の晩餐」の絵だけは奇跡的に難を免れた。絵の3メートル前で爆弾が破裂したという。

そして、1977年から1999年にかけて本格的な修復作業が行われた。その作業に携わったのが、女流修復家のピニン・ブランビッラ女史だ。一人で22年の歳月をかけ、後世の画家たちが加筆したものなどを洗浄し、除去した。その結果、レオナルドが描いた線や色彩は再生したが、オリジナル部分が欠落している場所もかなり見つかった。
最近では「ダ・ヴィンチ・コード」ブームでこの絵に対する関心が高まり、作品を見たいという人が急増。しかし、保存のことを考えると鑑賞者に制限を設ける必要があり、ビジネスと名画の保存という難しい局面に立っている。

私がこの絵を最初に見たのは1972年、一人でヨーロッパを旅行している時だった。その後、修復前に数回訪れ、修復後は2003年に訪れた。
修復されてからは見学は予約制になった。予約を取るのは大変だと聞いていたが、電話をかけると意外に簡単に予約ができた。
最大25名が一緒に中に入り、約15分鑑賞できる。写真撮影は禁止され、ガイドの統制のもとに無機的に見ただけだった。久しぶりに見た「最後の晩餐」の印象は、色が鮮やかだったこと。特に赤と青の色が美しいと思った。しかし修復前の絵の方が、貫禄があり、名画の雰囲気がただよっていたような気がする。


データ
Dati

Milano ■サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会 Chiesa di Santa Maria delle Grazie 及び
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」 Cenacolo vinciano
Piazza S. Maria delle Grazie 2 (Corso Magenta)
Tel: 02-89421146
開館時間: 8:15-19:00(チケット売り場は8:00-18:45)、月休
入場料: 8ユーロ(予約料1.5ユーロ含む)、オーディオ説明ガイド1台2.5ユーロ
http://www.cenacolovinciano.it
電話予約は上記の番号02-89421146へ。月〜金曜 9:00‐18:00、土曜 9:00-14:00の間に受け付け(イタリア語または英語)。
また、http://www.cenacolovinciano.orgでオンライン予約サービスもある。
当日は指定時間の15分前にはチケット売り場へ行くように。

■アクセス
サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会はミラノ市内中心部、マジェンタ通りCorso Magenta沿いにある。ドゥオーモそばを走る16番のトラムに乗り、約10分(マッツィーニ通りVia Mazzini停留所からは5駅目、コルドゥーシオ広場Piazza Cordusio停留所からは3駅目)。トラムはちょうど教会の前に止まる。
または地下鉄赤線・緑線カドルナCadorna駅から徒歩10分。

(ミラノまでのアクセス、ツーリストインフォメーションについては『私の住む町案内・ミラノ』おすすめ一日観光コースのデータ部分をご参照ください。)
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