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イタリア世界遺産の旅
15 Dicembre 2013


エトナ山
Etna





シチリア州 Sicilia
カターニア県 Catania
登録年 2013年
登録基準 自然遺産(ii) 


文・写真 牧野宣彦


2013年6月カンボジャのプノンペンで開催されたUNESCOの第37回世界遺産会議において、シチリアのエトナ山が日本の富士山等と共に世界遺産として登録された。

これは登録基準の自然遺産の2にあたり、(U)地球の歴史の各主要な段階を現している重要なもので、その中には生活の記録、土地形成の発展過程を示しているもの、あるいは地質学的、地文学的に重要なものを含む。(ノルウェー西岸に分布するガイランゲルフィヨルドとオイフィヨルドは無数の河と滝、氷河など点在し、地球の変化をあらわす20億年の歴史が見られる)、また富士山が同じ活火山でありながら文化遺産として登録されているのとは違いエトナ山は自然遺産として登録された。                                              

写真トップ 大規模な噴火で溶岩流の流出するエトナ山
写真上左: カターニアから望むエトナ山  写真上右 エトナ山山腹の「一時的噴火口」


●ヨーロッパ最大の活火山
エトナ山はシチリア州カターニア県に位置するヨーロッパ最大の活火山で、標高は3340m(3323mという説もある)。山頂での変化により標高は変化する。山麓の周囲は165km、面積1337平方kmでシチリア全土の約20%以上を占める。エトナ山の外観は円錐形、山腹には、200ほどの「一時的噴火口」が口をあけている。

●50万年前から現在まで噴火を繰り返す
エトナ山が噴火を始めたのは50万年前といわれ、初めて噴火が文書に記録されたのは今から約2700年前の紀元前693年といわれている。それ以来エトナ山は、約140回の噴火を繰り返している。1500年から1800年にかけては、34回、19世紀には19回、20世紀には15回、また21世紀に入ってからも数回噴火を繰り返している。

写真上:様々な表情を示すエトナ山の噴火

●1669年に最大の噴火
その中で歴史に残る噴火は、1169年に起こった噴火で犠牲者16000人、最大の噴火は、1669年の噴火で、この時は、複数の噴火口がロッシ山Monte Rossiを形成し、そこから吐き出された溶岩流は、カターニアにまで達し、海に注ぎ込んだ。その後に起こった1693年の大地震などで死者は約10000人に上り、カターニア初め現在世界遺産になっているノート、カルタジオ―ネ、ラグ―ザ等のヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々は、この大地震で殆ど古い町は壊滅し、その後に後期バロック様式で建設された教会や建物が、世界遺産になっている。

 写真上左:1669年の噴火の様子を描いたフレスコ画    写真上右:エトナ山噴火で吐き出される真っ赤な溶岩流

現在では、東日本大震災の様子を後世まで伝えるという事をしている様だが、当時の人もこの悲惨な大噴火の様子を後世に伝えようとした。カターニアのドゥオーモの聖具室には当時の噴火の凄まじい様子を描いたジャチント・プラタニアGiacinto Plataniaが1679年に描いたフレスコ画がある。

●石灰を含んだ土壌で高品質の柑橘類やワイン生産
また1928年の噴火も大規模なもので、小集落マスカッリMascaliが埋没し、元の場所近くに再建され、広大な柑橘類の畑も埋まってしまった。最も長期に続いた噴火の一例は1950年11月25日から翌年の12月まで続いた噴火で、その後も1955年、1960年、1960年から1964年、1966年から1967年、1968年から1971年にかけて、溶岩流が流出している。さらにその後も活発に噴火を繰り返しているエトナ山は、1983年の噴火の際は、頂上付近の施設が破壊され、サピエンツァの小屋とロープウェーが危険な状態になり、溶岩は2450mの高度から1000mまで二コロージめがけて流れ、数カ所の道路が寸断された。1986年の噴火では噴煙の高さが1600mに達したという。

写真上左: エトナ山の噴火    写真上左 エトナ山山麓の葡萄畑

最近では2011年1月にも噴火している。エトナ山の噴火は災害だけをもたらしたのではなく、石灰を含んだエトナ地方の土壌は、柑橘類や葡萄の栽培に適していて、エトナロッソ、エトナビアンコなどの高品質のワインが生産されている。

エトナ山への登頂は、現在では1730mのエトナ・グランドホテルGrande Albergo dell’Etna位までは車で行ける。またロープウェーでも2900mのトゥレ・デル・フィロソフォTorre del Filosofoまで行ける。それ以上の火口付近までは、ガイドが付く場合に限り、山頂付近の噴火口、標高3323mまで行く事が可能である。

●ゲーテも試みたエトナ山登頂
1787年シチリアを旅行したゲーテもエトナ山への登頂を試みた。友人から山頂へ登るのは止められたが、5月5日早朝に出発し、モンテロッソまで行った。火山が好きで、身の危険をもかえりみず3回もヴェスヴィオ登山を決行したゲーテにとって、当時活発に噴火を繰り返していたエトナ山は、興味が尽きなったと思われる。

ゲーテは「僕たちの丁度上方には二コロシの森林があって、その間から雪をいただき、わずかに煙を吐くエトナの山頂が見えていた。やがて赤肌の山に近づき、僕はそれに登っている。」 この様に記述し、山頂までは行けなかった。ゲーテがここに行った時、かなりの強風で「気の遠くなる様な思いで山を下って来た。」と記している。地質学に異常な興味を抱いていたゲーテは、溶岩の塊の様子、眼前に広がる景色などを詳細に描写している。

●タオルミーナから見る絶景のエトナ山
私が初めてエトナ山を見たのは1979年の冬、カターニアのテアトロ・マッシモ・べッリー二でロッシーニの「アルジェのイタリア娘」を見るためにカターニアを訪問した時で、雪をかぶったエトナ山が鮮烈に印象に残っている。カターニアはイタリアオペラの歴史上重要な作曲家であるヴィンチェンツォ・べッリー二生誕の地である。オペラを趣味とする私にとって、質の高い上演のあるテアトロ・マッシモ・べッリー二へは10度位行っている。

写真上:タオルミーナのギリシア劇場から見る絶景のエトナ山

その度にエトナ山を見ているが、車で行ける所まで行ったのは、2002年だった。その時はタクシーで行ったが、天気が悪く、曇っていて山頂は見えなかったが、カターニアの市内からは何度も雪をかぶったエトナの雄姿を見ている。しかし私の最も好きなエトナ山を見る場所は、タオルミーナ。丘の上にある美しいリゾート地で有名だが、ここのギリシア劇場から見るエトナ山は、雄大で海の彼方になだらかな曲線が段々山になって行く。古代の劇場とエトナ山の織りなす景色は、イタリアでも最も美しい風景の一つだと断言しても過言ではないと思う。


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