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イタリア世界遺産の旅
15 maggio 2010
モデナの大聖堂、鐘楼、グランデ広場
Modena, Cattedrale, Torre Civica e Piazza Grande






エミリア・ロマーニャ州 Emilia Romagna
モデナ県 Modena
登録年 1997年
登録基準 文化遺産(T)(U)(V)(W)





文・写真 牧野宣彦

エミリア・ロマーナ州モデナ県都であるモデナは、ボローニャからミラノへの街道沿い40キロ位の場所にあり、古代から交通の要衝として栄えて来た。この街には司教座大聖堂があり、この聖堂とそれに面している広場が、登録基準(T)(U)(V)(W)などで、1997年世界文化遺産に登録された。

写真トップ:ロマネスク様式の最大傑作、モデナの大聖堂内部
●モデナの歴史
モデナの歴史は古代ローマ時代に遡り、紀元前183年にローマの殖民都市としてMutinaがエミリア街道に沿って建設されそれがモデナの起源といわれる。その後中世の時代モデナはロンバルト族の侵入などで一時消滅の危機に陥ったが、11世紀には再興し、モデナは1288年にはエステ家の支配下に入り、その後エステ家への反乱、エステ家の返り咲きなどが繰り返され、1598年にエステ家がフェッラーラを喪失してからは、その後2世紀半の間モデナはエステ家の都であった。1814年からはハプスブルク家がモデナを支配したが、1859年にモデナは、イタリア王国に編入された。

写真左:モデナのグランデ広場、右:モデナ市内のパノラマ

●高級車や美食で名高い豊かな都市
モデナはセッキアSecchia川とパナロPanaro川との間に広がる肥沃な平野に位置し、エミリア街道とブレンナー峠へ行く道路とが交差する交通の要衝の地となっている為にエミリア・ロマーナの州の中でも重要な地位を占めている。19世紀にモデナをボローニャの近くから眺めたフランスの作家スタンダールは「果てしなく続く地平線、西に聳えるモデナの塔だけがそれを遮る」と述べたが、現在は牧歌的な印象よりもフェラーリ、マセラッティなどの高級車、鉄道建設、靴などの工業、またバルサミコ酢、発泡性ワインランブルスコ、ザンポーネなどの産地として名高い。市内にはバルサミコを使った料理で評判のレストランやミシュランの1ツ星以上のレストランが3つもある美食の街である。

ボローニャから汽車で約25分のモデナは、劇場へのオペラ鑑賞、食事など度々訪れる機会があり、その度にグランデ広場Piazza Grandeを訪れている。3月にはカーニバルが開催され、街の行事は殆どここで行われる。大聖堂の後陣とギルランディーナの塔が聳え、その脇に時計台を持つ柱廊つき17世紀の建築物がある。これは13世紀の人民の政庁舎が18世紀に再利用されたもので、ここに現在の市庁舎が入っている。
写真左:モデナ大聖堂内部、右:モデナ大聖堂内部の浮き彫り

●ロマネスク様式の最高傑作 司教座大聖堂
現在世界遺産になっている司教座大聖堂 Cattedraleは、この街の守護聖人聖ジミニャーノに奉納された街で最も有名な建築で、ロマネスク様式で造られた最大傑作のひとつ。ロンバルディアの建築家ランフランコ Lanfrancoが彫刻家ヴィリジェルモ Wiligelmoの協力を得て、1099年に着工し、カンピオーネの建築家の手により13世紀に完成した。ファサードは3分割され、装飾の施された3つの扉口、3連窓の開いた長い開廊とゴシック様式の13世紀のバラ窓がある。特に素晴らしいのは、彫刻家ヴィリジェルモの製作した4つの浮き彫り「創世記」でこれは、緻密な細工が施されロマネスク様式の傑作といわれている。1178年頃に作られたゴシックの豪華な扉口にはアゴスティーノ・ディ・ドウッチョの浮き彫り「聖ゲミニアヌスの生涯」がある。また身廊のつきあたりにある細い円柱で支えられたポンティーレには、アンセルモ・ダ・カンピオーネの浮き彫り装飾(受難図)の見事な欄干があり、又身廊の中程の左寄りにアリーゴ・ダ・カンピオーネが1322年に製作した説教壇、1477年にクリストフォロ・ダ・レンディナーラが4福音史家を描いた象嵌細工のタブローが4点ある。
写真左:モデナ大聖堂外の装飾(カピテッロ)、右:モデナ大聖堂内部の見事な浮き彫り

この様にこの聖堂の中は、優れた浮き彫りの傑作が豊富にある。背後に見える白大理石の鐘楼 Torre Civicaは高さが88メートルあり、その風見の青銅製の花飾り(ギルランダ)の故にギルランディーナ塔と呼ばれ、1310年に完成した。内部は素晴らしい彫刻で飾られ、聖書の物語の浮き彫りなどがある。私は、何故かまだ認定されていないイタリアの素晴らしい大聖堂、例えばチェルトーザ・ディ・パヴィア、パドヴァのサンタントニオ聖堂などが、モデナの司教座大聖堂よりも豪華で立派だと思っていたが、この聖堂にある沢山の浮き彫り、細密な細工などの優れた作品を見て成る程、この聖堂は世界遺産に相応しいと納得した。

写真左:モデナのテアトロ・コムナーレ・ルチアーノ・パバロッティ 外観、右:同劇場内部

●オペラのパバロッティとフレーニの生まれ故郷
モデナといえばオペラファンなら3大テノールの一人として活躍したテノールのルチアーノ・パバロッティと20世期の後半に活躍したソプラノ、ミレッラ・フレー二を思い出すと思う。20世期を代表する大歌手だった2人は、寄しくも1935年に生まれている。ボローニャから近いモデナには、オペラの鑑賞やアチェート・バルサミコの工場の取材などで度々訪れている。

写真左:ソプラノのミレッラ・フレー二、右:テノールのルチアーノ・パバロッティ

最も印象に残っているのは、イタリアに住み始めた頃の1999年1月にジョルダーノの「マダム・サンジェーヌ」を見るためにモデナのテアトロ・コムナーレを訪れた事だった。この日主役のマダム・サンジェーヌを歌ったのが、当地出身のミレッラ・フレー二。このオペラはパリのフランス革命時代の物語で上演の機会の少ないオペラだったが、その日はフレー二が出演するのでテアトロ・コムナーレは異常な熱気に包まれていた。そして第2幕にフレー二が、アリア「お待ち下さい。」を歌うと、場内は「ブラヴァー、ブラヴァー」の嵐となった。当時既に60歳を過ぎていたフレー二だったが、その歌唱力はいささかの衰えも無く、他の歌手が色を失う程の名唱だった。私はミレッラ・フレー二の歌ったオペラをスカラ座で1977年「ドン・カルロ」、1979年「シモン・ボッカネグラ」、1996年「フェドーラ」など何度か聞いた。そしてこの日が彼女を聞いた最後の夜だったが、その日は彼女の素晴らしい歌声に興奮して寝られなかった。         


データ
Dati

交通アクセス

<列車で> 
モデナはミラノーボローニャ間にある。
ミラノから:ICかESで1時間45分程度
ボローニャから:Rで20-30分程度

●インフォーメーション
モデナ観光情報案内所 I.A.T.
IAT Informazione e Accoglienza Turistica
Via Scudari 8 - 41100 Modena
Tel: 059/2032660 Fax: 059/2032659
Email: iatmo@comune.modena.it

■モデナ市観光公式サイト
http://turismo.comune.modena.it/
http://www.japanitalytravel.com
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