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イタリア世界遺産の旅
16 marzo 2009
チレント・ディアノ渓谷国立公園及び
遺跡群と修道院

Parco Nazionale del Cilento e del Vallo di Diano


カンパーニア州 Campania
サレルノ県 Salerno
登録年 1998年
登録基準 文化遺産(V)(W)






文・写真 牧野宣彦

サレルノ県にあるチレント・ディアノ渓谷国立公園は、高い山、入り組んだ海岸線、渓谷が広大な敷地の公園で、その中に2つの古代の発掘現場と一つの修道院があり、これらを含めて(V)(W)の登録基準で世界文化遺産に1998年登録された。

写真トップ:チレント・ディアノ渓谷国立公園の美しい海岸線

2007年5月15日妻と私は、ナポリと周辺の世界遺産制覇のために、ナポリ駅前のテルミナスホテルに宿泊していた。この日は、今回の旅行最大の難所パエストゥム、チレント渓谷国立公園、ヴェリア、パドゥーラの修道院を見てナポリに戻る計画を立てていた。順調に行ってもホテルに戻るのは夜の9時になる強行軍だった。朝7時50分の汽車で、最初の訪問地パエストゥムに向かう。汽車は20分遅れて、パエストゥムに着いたのは、9時半だった。駅の前には大きなワゴン車が1台停まっていたが、それはタクシーだった。私が日程表を示し,最初パエストゥムに行き、1時間待ってもらいその後チレント渓谷国立公園を見て、ヴェリアへそこで1時間半停まり、その後山間のチレント渓谷を横断し、パドゥーラの修道院まで、距離にして約200k位あり、いくらかかるか聞くと運転手は200ヨーロ(約3万円)といった。少し高いと交渉し、150ヨーロで行ってもらう事にした。
写真左:パエストゥムのドーリア式の美しい「ポセイドン神殿」、右:パエストゥムの遺跡

●パエストゥム Paestum
最初に訪れたのは、パエストゥムの遺跡だったが、ここには2003年夏訪れた経験があり、着いてみるとポセイドン神殿の美しい姿が見えた。この地は古代ギリシャの時代ポセイドイアPoseidoiaと呼ばれ、紀元前6世紀頃建設された。この時代今日のセレ川は、航行可能な船の往来で賑わっていた。町はイオニア海での交易を基盤に発達し商業が栄え、黄金時代を迎えその繁栄は、前5世紀頃まで続いた。現存する3神殿はこの時代に建てられたものだが、前4世紀には、ルカニア人が侵入し、街を征服する。ルカニア人は町の名前を「パエストン」と改め、城壁などを建設し街を造り替えた。その後ギリシャの奪回、ルカニア人の支配などめまぐるしく変遷し、前273年ローマがラテン人に殖民都市「パエストゥム」を建設し、商業の繁栄は保ち、広場、浴場、円形闘技場などの施設が建設された。その後町は湿地だったので、マラリアが流行、サラセン人、ノルマン人の侵攻などで衰退して行った。サレルノのドゥオーモ建設のため神殿から建設素材を持ち去ったので、その後廃墟は長い間放置されていた。18世紀中葉に調査が開始され、ブルボン王朝時代に発掘が始まった。組織的発掘は1907年以降に行われた。
遺跡の中で最も美しいポセイドン神殿(Tempio di Nettuno)が建設されたのは、前460年頃、ドーリア式の代表傑作で、まだ保存状態がよく、アグリジェントのコンコルディアの神殿に負けない程美しい神殿だった。公園の奥にあるケレス神殿も横6本、縦13本のドーリス式の美しい柱が残り、昔日の栄華を今に伝えている。
公園の近くに国立考古学博物館があり、1952年に開設されここには、ヘラ・アルジーヴァとパエストゥムで発掘された出土品が展示されている。私の最も興味を惹かれたものは、33面のメトープで、メトープというのは、4角装飾の壁画で、ここには「ヘラクレスの偉業」「トロイア戦争」などの歴史的史実が精巧に描かれていてとても興味深いものだった。又ルカニア人たちが棺の石板に描いた絵も面白かった。こちらは、歴史的史実よりも身内が死んで悲しい様子、故人を追悼する絵などが描かれ、当時の人々の死生観などが偲ばれた。ギリシャ人やルカニア人の造った陶器類も、表面には人々の生活を表す絵や美しい模様が描かれ、彼らの芸術的センスが感じられ飽きる事がない。

写真左:ヴェリアのヘレニズム期の遺跡、右:ディアノ渓谷から眺めたパリヌーロの港

●ヴェリアVelia
私達は11時にパエストゥムを出発し、ヴァッロ・ディアナへ向かった。町に着くとここがユネスコの世界遺産の一部である事を示す石碑があったが、町はそれ程魅力的でなく、すぐ海岸線を走りヴェリアへ向かった。車で約40分着いたのはまだ発掘が続けられている広大な遺跡発掘の現場だった。

近代的なオフィスがあり、その少し下がった場所は広大な遺跡になっていた。前の方はトタンの屋根がつけられていた。アレント川河口に近いヴェリアは、ペルシャ王キュロスに包囲された住民がひとまずコルシカ島のアラリアに逃れたフォカイアのギリシャ人達によって、紀元前540年頃に建設され、8世紀から9世紀頃セラセン人の侵攻で滅んだ。ギリシャのエレア派哲学で歴史に名前を残すペルメ二デとその弟子ゼノーネを生み出した町である。敷石を歩きながら、ローザ門を目指した。旧居の跡が残り、ヘレニズム期のものといわれるレンガを積み上げて造った住居の跡が残っている。南方の入り口にあるローザ門は古代ギリシャ時代の尖塔アーチとしては「大ギリシャ」で発見された唯一の例で、これを見てから細い藪の中にある道を通り高台にある円錐形の塔を目指した。
頂上に着いてみると周辺には紫のラベンダーの花が、一面に咲いていた。その下に屋根のある遺跡の発掘現場があり、その彼方には山脈が見えた。反対に海岸線に目を通すと彼方に岬が張り出していて、海は初夏の太陽の光を反射してまぶしい位だった。

●チレント、ディアノ渓谷 Cilento e del Vallo di Diano
私達は又車に乗り運転手のジョヴァンニさんが一番美しいお勧めのパリヌーロPalinuroへ進路を通った。途中断崖絶壁に造られた町ピシオッタPisciottaなどを通り、1時間後にパリヌーロへ着いた。上から見るパリヌーロの港は静かで、絵画的な美しさだった。数枚の写真撮影の後、車は、パドゥーラの修道院に向かった。街をすぐ出ると景色は、渓谷と川が流れ、険しい山の道になり、所々に町が見え、そして古い橋などがかかっている。ここを通って初めてディアノ渓谷というイメージの場所になり、樹木と岩、清流、険しい山などの典型的な渓谷美を堪能出来た。1時間も走ると名前はわからなかったが、古城や湖も見えた。走る事約2時間、午後4時過ぎに目的地パドゥーラへ着いた。

写真左:パドゥーラの修道院(カルトジオ会修道院)、右:修道院の美しいキオストロ

●チェルトゥーザ・ディ・パドゥーラ Certosa di Padula
パドゥーラはマッダレーナ山地に近いディアノ渓谷の東斜面にあり、町は丘の上に広がり、町の麓の少し下がった所に南イタリア最大規模のカルトジオ会修道院、パドゥーラの修道院(Certosa di San Lorenzo)がある。この建物は、1306年トンマゾ2世が建設を開始してから、18世紀までの長期間続いた。現在この建築はバロック様式になり,創建時の面影はない。この修道会は文化の中心地として繁栄していたが、ナポレオンが侵入し、フランスが、大部分の芸術作品、宝物を略奪したために衰退した。第2次世界大戦の時は、捕虜収容キャンプに使用され、1980年まで放置されていた。

着くとすぐ目に入るのが正面玄関で、これはとても端正なバロック様式で造られている。建設したのは、1718年から1723年でナポリの建築家のドメニコ・アントニオ・ヴァッカロが担当した。サン・ピエトロ、サン・ブルノーネ、サン・パオロ、サン・ロレンツォなど4人の聖人の像も見える。入り口は売店のようになっていて天井には美しいフレスコ画で装飾されていた。サン・アンナ礼拝堂は、天井から壁まで金で装飾されている。この教会は14世紀の建築で、多色装飾が施された祭壇と16世紀初めの寄木細工の内陣席が素晴らしい。後方の聖具室には、ヤコポ・デル・ドゥカの製作したブロンズ像製の聖体容器がある。内部にある教会と呼ばれる場所は、精密な装飾が壁から天井にかけて施され、最も印象深い場所だった。私が行った時中庭の大回廊は、修復中だったが、通常は緑の芝生の上に幾何学的な道が通り造形的にも美しい。このキオストロの上方にパドゥーラの町が見えた。外にはグランデ・スカローネという大きな階段がある。ここを昇るとテラスになっていて4面に区切られていて、人はその間から異なった風景、例えばある四角の枠からは、パドゥーラの旧市街、彼方の丘の樹林、彼方の緑の平野などが見える所もあり、ここには多くの学生達が来ていた。

一通り見て、最初来た所に戻った。ここには、沢山の本屋、キオスクなどが軒を並べている。その中の本屋に入りこの修道院の案内書を購入した。夕方6時20分パドゥーラ発の国鉄代替バスに乗らないとその日にナポリに帰る事は出来ない。カフェで休みながらパドゥーラの駅は何処か聞いてみると、ここから4kはかかるという。歩いて行ける距離ではないので、タクシーを頼もうと聞くとこの町にはタクシーはないという。一人の女性が本屋の主人に聞いてみたらというので、又先ほどの本屋に引き返した。するとタクシーはあるようで番号を教えてくれたが、私達の行き先が駅までだというとマルコという本屋の主人は、私達を乗せて駅まで乗せてくれるという。本屋は開いたままで、マルコさんの車で着いた場所は、ガソリンスタンドで、ここが駅である事を示すタイムテーブルも標識も何もなかった。初めて来た旅行者がこの場所が駅である事などわかるはずがなかった。約10分位で着いたが、マルコさんがいなかったらと思うと背筋が寒くなった。

私がこの修道院に来たのはイタリア全土の世界遺産の本を書くためだと言うと、「もし本が出来たら是非私の本屋で10冊購入するから売らして欲しい」と言っていた。私は彼の親切に限りない感謝の念を覚えた。この場所は町から少し遠ざかっていて、パドゥーラの町の全体が見え、それが夕日に照らされバラ色に包まれ美しかった。そして6時20分にバスが来て、私達はサルレルノ近くの駅バッティパリアBattipagliaまでバスで行く事になった。

彼方には山が聳えその下に樹木が並んでいる。緑の草原、流れる小川、真っ直ぐ伸びた糸杉の並木道、夕方の黄金色の光を浴びた景色は、生涯でもこれ以上の景色は二度と体験できないと思うほど美しかった。1600年フランスに生まれ、イタリアの自然を描いた画家クロード・ロランが描く自然の風景が目に前に展開していると思って過言ではない。バスで色々な街を通ったが本当にこのバスの窓から見える景色はヨーロッパの最も美しい田園風景だと思った。バスは凄いスピードで走り、予定通りバッティパリアに到着し、そこからナポリ行きの汽車に乗り換え、私達は夜9時にナポリに着いた。


データ
Dati

■交通アクセス
この地域は広大な国立公園にあり、公共交通機関はあまり整備されていない。
一部またはかなりの部分を自動車あるいはタクシーを使わないとアクセスは難しい。

●パエストゥムに行くには
ナポリ駅からパエストゥムPaestum駅までは列車で約1時間30-40分程度。

●パドゥーラに行くには
ナポリ駅からバッティパリアBattipaglia駅まで列車で1時間20分程度。
バッティパリアとパドゥーラ間は、国鉄代替バスがあり1時間30分程度。
www.trenitalia.com 
ただし、本数が少ないこと、また国鉄代替バスの「パドゥーラ駅」はパドゥーラ市内から約4キロのPadula Scaloにあるので要注意。 ■インフォーメーション
パドゥーラの修道院 
Certosa di San Lorenzo
Padula

開館時間 9:00-20:00
閉館日 毎週火曜

参考サイト
サレルノ県観光サイト www.turismosalerno.it
サレルノ県公式サイト www.provincia.salerno.it
カンパーニア州サイト www.regione.campania.it
パドゥーラ市サイト www.comune.padula.sa.it
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