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イタリア世界遺産の旅
16 febbraio 2009
ポンペイ・エルコラーノ、トッレ・ディ・アヌンツィアータの考古地区
Aree archeologiche di Pompei, Ercolano e Torre Annunziata

カンパーニア州 Campania
ナポリ県 Napoli
登録年 1997年
登録基準 文化遺産(V)(W)(X)




文・写真 牧野宣彦

西暦79年ヴェスヴィオ火山の大噴火により麓の都市ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・ディ・アヌンツィアータの3都市は、土砂に埋もれてしまった。この3都市は(V)(W)(X)の基準で1997年世界文化遺産に登録された。

写真トップ:ポンペイの宗教や政治の中心となっていた公共広場「フォロ」、ヴェスヴィオ山を背景に

●ポンペイの歴史
紀元前7世紀オスク人によって建設されたポンペイは、その名前の起源となった村を暗示する数字の5、オスク語で「pompe」に因む。当時ギリシャの植民地であったクーマを介してギリシャ文化の影響を強く受けた。紀元前526年からエトルリア人の支配を受けていたが、ポンペイの住民は、ギリシャ人と同盟を結び、紀元前474年クマエの海戦で勝利し、その支配から脱した。紀元前5世紀後半からサムニウム人の侵攻が始まり、紀元前424年にはサムニウム人に征服された。その後紀元前一世紀まで繁栄していた。この頃ポンペイでは都市建築と芸術活動が盛んで、紀元前80年にポンペイが、ルキウス・コルネリウス・スッラに破れローマの支配下に入ると、ローマの富裕な貴族は好んで、この地に住居を構えた。ヴェスヴィオ火山噴火前のポンペイは人口2万5000人で繁栄を謳歌していた。
写真左:柱廊と両替所と食品市場の入口、写真右:ポンペイの全景

当時のポンペイは、港に着いたローマへの荷物をアッピア街道に運ぶための交通の要衝、商業都市として栄えていた。西暦62年2月5日ポンペイ地方は激しい地震に見舞われ、ポンペイと周辺都市は大きな被害を蒙ったが、その被害の回復が終了しない西暦79年8月24日に再びヴェスヴィオ火山が大爆発し、火山灰が降り続き、翌日にはポンペイは地中に埋まった。周辺のエルコラーノ、スタービアまでも地中に埋もれた。たった2日間でポンペイは6,7mの厚い灰の層に埋もれてしまった。

しばらくポンペイは、忘れられた町だったが、1599年に建築家のフォンタナFontanaという人がサルノ川河口付近で遺跡を見つけ、その後18世紀に入り、ブルボン家のカルロによって正式な組織的な発掘作業が始まった。発見された町は、1世紀の古代ローマ人の生の生活を伝える家具、家、調度品などがすべて、手付かずのまま残っていた。ポンペイの発掘は、ヨーロッパ中に大きな反響を呼び起こし、その後ポンペイ様式が流行するなどの社会現象が起きた。

写真左:ポンペイの特徴的な列柱、右:「秘儀の家」の美しい絵画

●ポンペイの赤で描かれた美しい絵画
私はポンペイを、トータルで4度位訪れている。イタリアに来る観光客はシスティナ礼拝堂に継いでこの地を訪れると言う。私もいつもここに来ると、古代ローマ人の生活の方が、現代の我々よりよっぽど豊かで人生を享受した生活をしていたかを感ずる。特にヴェスヴィオ火山が彼方に見える景色は素晴らしい。ゲーテは1787年ポンペイの遺跡を訪れて「世界にはこれまで色々な災禍が起こったが、後世の人々にこれ程多くの喜びを与えたものはあまりない。これ以上興味の深いものはザラにあるものではない。」と述べているが、本当にこれは名言である。

アボンダッツァ通り Via Abbondanzaはポンペイを横断する主要道路の一つで、ゲーテの指摘した舗石が見える。ヴェッティの家 Casa di Vettiは古代ローマ時代莫大な富を有した商人アウロ・ヴェッティオ・レスティトゥートとコンヴォーヴァの豪邸で、食堂の壁には「それぞれの仕事に従事するキューピット」が描かれている。"ポンペイの赤"と呼ばれる色彩を使った典型的なポンペイ様式の絵画が見られる。フォロ Foro フォロは、公共広場の事で、常にポンペイの政治と商業の中心だった。前2世紀から1世紀にこの大きな長方形の空間が出来上がった。

秘儀の家 ヴィラ・デイ・ミステリ Villa dei Misteriの住宅の母体は紀元前2世紀前半に遡るが、前60年頃に改装された。この家で最も注目をひくのは食堂に描かれた連作絵画で「ディオニソスの秘儀」が描かれている。背景にはポンペイの赤が使われ、保存のよい状態の絵画は、非常に美しい。この絵画はヘレニズムの影響を受けたカンパーニア地方の画家が前70〜60年ごろに描いたといわれている。ヴェヌスの家 Casa di Venere は、美しい底辺の奥の壁面に「貝によこたわる海のヴィーナスとキューピット」の絵があり、他に軍神マルスの像の絵が描かれている。

写真左:エルコラーノの眺め、右:ネプチューンとアンピトリテーの家のモザイク

●エルコラーノの歴史
エルコラーノの起源はギリシャで、当時「へラクレイオン」と呼ばれたが、紀元前6世紀にギリシャとクーマの支配を受け、次の世紀の終わりには、サムニウム族の支配下に入った事はわかっているが、詳細はわかっていない。前89年ローマのスッラの軍隊に攻め落とされた。その後はローマ化されたへラクラネウムは、港は漁業が盛んで、職人達が多かった。ローマの貴族は、景観が美しいこの場所に住宅を建てた。西暦79年に起こったヴェスヴィオ火山の爆発でこの街も地中に埋没した。火山灰や灰に埋もれたポンペイと異なってエルコラーノは、泥流と溶岩に埋もれ、これは固まると凝灰岩のように凝縮した固い12mから25mの厚い層になって町全体を覆った。

町全体の規模はポンペイの3分の1位であるが、遺跡としての重要性はポンペイにひけを取らない。町は長い事忘却されていたが、1709年オーストリアの公爵デルペフ大佐が、自分の地所に井戸を掘っている最中にエルコラーノの遺跡の一部である劇場の舞台の壁を掘り当てた。大佐はその後も発掘を続け、彫刻や大理石の碑文などは、ドレスデンを主としてヨーロッパ各地へ持ち出された。1738年からブルボン家のカルロ3世の命令で本格的な発掘調査が行われた。その後も発掘作業は続けられ、1927年に復活と復元の作業がスタートした。この町がエルコラーノと呼ばれる様になったのは1969年からである。

写真左・右:テルメ・デル・フォロの床のモザイク

●高い文化の香りを残す遺跡
2006年5月私は妻とこの遺跡を訪れた。こちらもポンペイと同じく市民の高い文化の香りがする遺跡が並んでいた。その中でも印象に残ったのは、ネプチューンとアンピトリテーの家 Casa di Nettuno e Anfitriteで、とても保存状態がよいモザイクのある家で、中央の横臥食堂は、半円に狩の様子を描いたモザイクがある噴水跡がある。その横は家の名前になった2神の姿がそれぞれ練りガラスのモイクで装飾されている。テルメ・デル・フォロ Terme del Foroは浴場でローマ時代には社交の場だった。この遺跡には男女の浴場があり、女性用の脱衣所の床にはトリトーンとキューピット、魚や蛸になどのモザイクが見られた。

●トッレ・アヌンツィアータのオプロンティ遺跡
トッレ・アヌンツィアータの最初の住民は、オスク人である。紀元前8世紀頃にはギリシャ人、その後エトルスキ人がこの街を支配し、5世紀の終わりからこの地方はサムニウム人が支配し、スッラが率いるローマ軍が89年に彼らを一掃したが、西暦79年の地震で全てが崩壊した。

写真左・右:テルメ・デル・フォロの床のモザイク

オプロンティOplontiの遺跡は、ローマ時代の2つの別荘の遺跡で、そのうちの一つは皇帝ネロの妃だったポッペア・サビーナの別荘でポッペアの別荘Villa Poppeaと呼ばれるもので、紀元前1世紀に遡り、62年の地震で崩壊したが、この当時既に空き家になっていた。もう一つはアンフォラが大量に発見されているので、貴族の別荘が、ワインの貯蔵庫か大きな商店に改造されたものと言われている。私が2006年5月にここを訪れた時は、夕方の5時ごろで、西日が美しかった。着くと下の方に広大な緑のある庭と古い家が見えた。ポッペアの部屋の内部には、鮮やかな赤い色彩で壁に絵が描かれていた。優雅なサロンが5つくらいあり、モザイクの床のある部屋もあった。とても優雅で文化的にも高い生活をしていた事が偲ばれる素的な家だった。また沢山の埃を被ったアンフォラが置いてある倉庫もあった。外には棕櫚の木が至る所に茂り、まるで楽園のようだった。


データ
Dati

■ポンペイへのアクセス
列車
ナポリ駅からチルクムヴェスヴィアーナ鉄道Circumvesuvianaのソッレント駅に乗り、ポンペイ・ヴィッラ・デイ・ミステリPompei Villa dei Misteriで下車
http://www.vesuviana.it/

ポンペイ遺跡Scavi Pompei
入園時間:
11月1日から3月31日 :8:30−17:00 (入場は15・30まで)
4月1日から10月31日 :8:30−19:30 (入場は18・00まで)
休園日 1月1日、5月1日、12月25日
入園料:11ユーロ

■エルコラーノへのアクセス
列車
ナポリ駅からチルクムヴェスヴィアーナ鉄道Circumvesuvianaのソッレント駅に乗り、エルコラーノErcolano駅下車  徒歩7分程度

エルコラーノ遺跡Scavi Ercolano
開館時間・休館日、入園料:ポンペイと同様

■トッレ・ディ・アヌンツィアータへのアクセス
列車で
ナポリ駅からチルクムヴェスヴィアーナ鉄道Circumvesuvianaのソッレント駅に乗り、トッレ・アヌンツィアータTorre Annunziata 駅下車

トッレ・ディ・アヌンツィアータ
オプロンティ、スタービア、ボスコレアーレ遺跡
入園時間・休園日: ポンペイと同様
入園料:5.5ユーロ(オプロンティ、スタビア、ボスコレアーレの3遺跡見学可)

■5遺跡共通券(ポンペイ、エルコラーノ、オロンティ、スタービア、ボスコレアーレ)
20ユーロ(3日間有効)

■インフォーメーション
ポンペイ・エルコラーノ、トゥレ・ディ・アヌンツイアータ遺跡公式サイト
http://www.pompeiisites.org/

その他参考サイト
エルコラーノ市 サイト
www.comune.ercolano.na.it www.provincia.napoli.it -
トゥレ・ディ・アヌンツイアータ市サイト 
www.comune.torreannunziata.na.it
http://www.japanitalytravel.com
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