JAPANITALY Travel On-line

 
イタリア旅行情報サイトJAPAN-ITALY Travel On-line
イタリア世界遺産の旅
15 maggio 2008
シラクーサとパンタリカの岩壁墓地遺跡
Siracusa e le necropoli rupestri di Pantalica


シチリア州 Sicilia
シラクーサ、ソルティーノ Siracusa, Sortino
シラクーサ県 Siracusa
登録年 2005年
登録基準 文化遺産(ii)(iii)(iv)(vi)



文・写真 牧野宣彦

古代ギリシャ時代、アテネに次ぐ第2の都市だったシラクーサには、当時の栄華を伝える遺跡が今も残り、シチリアの海をのぞむ美しい町に彩りを添えている。一方、シラクーサから内陸部に30km、アナポ川上流に位置するパンタリカは、紀元前13世紀から7世紀ごろ、シチリア東部で最初に人が住んでいた場所のひとつであり、当時の岩壁墓地が5000以上残っている。
この2つの場所、シラクーサの町とパンタリカの岩石墓地遺跡群は、いずれもユニークな地中海文化の歴史を伝えるものとして、2005年にユネスコ世界遺産に登録された。

●シラクーサの歴史
シラクーサの起源は紀元前8世紀頃に遡る。コリント人が先住民の居住地に侵入し、近くの湿原「シュラカSyraka」に因んで「Syrakousai」と名づけ、シチリア第2番目の植民都市をオルティジア小島に建設したのが始まりと言われる。
国力が絶頂に達するのはディオニュシオス1世の時代(紀元前5〜4世紀)。当時のシラクーサの人口は市民だけで40万人、外国人や奴隷を含めると100万人の人口があったという(現在の町の人口は約12万人)。デュオニュシオスは、自分の独裁政治の状況を調べに来たプラトンを捕らえて、奴隷として売り飛ばしたというエピソードがある。

その後シラクーサの国力は徐々に衰退する。高名な数学者アルキメデスが誕生したのはこの時代。彼は前287年にこの地に生まれた。「アルキメデスの原理」を入浴中にひらめいた彼は、喜びのあまり「私は見つけたぞ!」と叫びながら素っ裸で市内を駆け回ったという話は有名だ。
また、ローマ軍がシラクーサに侵入した時、アルキメデスは鏡とレンズを用いてローマ攻囲軍の艦船を炎上させる仕組みを考案した。それにもかかわらず、名もないローマの兵士はアルキメデスが計算に没頭している所に侵入し、彼が誰であるかも知らずに殺してしまった。こうして紀元前212年、ローマ軍に包囲されたシラクーサは陥落した。
写真トップ:パンタリカの岩壁墓地遺跡
下左:シラクーサのオルティージャ島、右:アテナ神殿の遺構が残るドゥオーモ

●シラクーサ散策
私がシラクーサを訪れたのは2002年2月。海辺にあるグランドホテルに泊まった。太陽が水平線上にまさに沈もうとしている時、海が茜色に染まって行く夕方の光景が忘れらない。
翌日、オルティージャ島にあるアルキメーデ広場Piazza Archimedeへ向かった。中央にあるアルテミスの噴水は、周囲の建物と調和し、初春の太陽の光を浴び、とても美しかった。
次にドゥオーモ広場Piazza Duomoを訪れた。大司教館、ファサードが美しいサンタ・ルチア・アッラ・バディア教会など、バロックの建物が広場を取り囲み、美しいハーモニーが広場を覆っていた。その中心に位置を占めるのがドゥオーモDuomoだ。前5世紀に起源を持つドーリア式の古代アテナ神殿を7世紀に改築して出来た建物で、ノルマン時代と16世紀にも手が加えられた。さらに1693年の大地震の後、現在見られるバロック様式に改築された。美しいバロックのファサードは、アンドレア・パルマによって作られたものである。青空の下に聳えるこの教会は周囲よりさらに一段と輝き、涙が出る程美しかった。
内部にはアントネッロ・メッシーナの描いた「聖セジモ」、「聖ヒエロニムス」が飾られている。又、シチリアの高名な彫刻家アントネッロ・ガジーニが制作した「聖ルチア」「雪の聖母」などの作品もあった。アテナ神殿の遺構である10本のドーリア式円柱なども残り、興味はつきない。

私が最も見たかったのは、ベッローモ美術館Galleria regionale del palazzo Bellomoにあるカラヴァッジオの描いた「聖ルチアの埋葬」だった。この絵は、殺人を犯したカラヴァッジオがこの地に逃げて来た頃に描いた作品と言われている。主題となっている聖女ルチアは、シラクーサに生まれ育った実在の人物である。当時禁じられていたキリスト教徒である事を婚約者に密告されたため、厳しい拷問を受け、短剣で首を刺し抜かれて死んだと伝えられる。聖女の首の生々しい傷がカラヴァッジオらしいリアルな表現で、その拷問の凄まじさを浮き彫りにしている。
この美術館には他にアントネッロ・ダ・メッシーナの描いた「受胎告知」がある。これも大胆な構図で、フランドルの画家の影響を受けた素晴らしい作品だった。

美術館から海岸に向かって5分も歩くと、アレトゥーザの泉Fonte Aretusaに出た。女神アルテミスの侍女であった妖精アレトゥーザは、主人と同じように純潔を守ろうとしていたが、ある日、川で水浴をしている時に川神アルフェイオスにみそめられる。追いかけられたアレトゥーザは遂に力尽きて、アルテミスに助けを求めた。女神はそこで彼女を泉にかえたのである。しかし、川の神であったアルフェイオスは自らも水になって泉に混入し、思いを遂げたと言われている。
古代ギリシャ時代、この泉は詩人ピンダロスやヴェルギリウスらに絶賛されたと言われる。海に近いにもかかわらず真水がわくこの泉には、パピルスが自生し、水面にはアヒルがのんびり泳いでいた。

写真左:考古学地区にある天国の石切り場、右:ギリシア劇場

レストラン・アルキメデで魚介料理の昼食をとり、考古学地区Parco Archeologicoへタクシーで行った。まず最初に天国の石切り場Latomia del Paradisoを訪れた。石を切り出した断面がすっぽりなくなっていて、灰白色の石灰岩が生々しかった。周りには沢山の南国の植物が茂り、さながら植物園の様になっていた。ここにあるディオニュシオスの耳Orecchio di Dionisioと呼ばれる洞窟は、長さ65m、幅5〜11 m、高さ23mある。観察すると、確かに細長い耳の様に見える。僭主ディオニュオスは、囚人達がどんな小さい声で話しても聞こえるので、この洞窟を牢獄に使用したらしい。現にこの中では小さい声でも反響して大きくなり、入り口付近ではどんな音でも鮮明に聞き取れるという。ためしに大きな声を出してみると凄い反響がした。
公園内にはギリシャ劇場Teatro Grecoもあった。この劇場が記録に登場するのは紀元前5世紀頃のこと。直径138m、9区画に分けられ、15000人を収容できるこの劇場は、古代のものとしては最大級だ。ギリシアの悲劇詩人アイスキュロスの「ぺルシァ人達」が初演されたことで知られるが、現在でも夏にギリシャ悲劇の公演がある。

最後に訪れたのがパオロ・オルシ考古学博物館Museo Archeologico Regionale Paolo Orsi 。閑静な公園の中にある近代的建物の博物館で、シラクーサやシチリア東部地域で発掘された先史時代からギリシア時代の遺品を展示している。
この博物館に尽力したのが考古学学者のパオロ・オルシ(1859〜1935)で、シチリアで沢山の発掘調査をした彼は、この博物館に発掘物を寄贈した。現在収蔵品は18000点を数える。アフロディテのヴィーナスなど印象に残る遺品が展示されている。

●もうひとつの遺産、パンタリカへ
2007年3月9日カターニアで「ノルマ」を見た後、シラクーサにやって来たのは3月12日。この間、シチリアではかつて経験した事の無いほど激しい雨の日が続いた。
3月12日、シチリアに来て4日目に初めて太陽が顔を出した。シラクーサの駅からホテルまで乗せてもらった運転手とは、14日の朝9時にパンタリカへ行く事を約束した。翌朝は小雨となったが、翌々日14日には写真撮影が出来そうなよい天気に恵まれた。

運転手のアルドは、ソルティーノSortinoの町を目指した。シラクーサから約40kmの場所である。途中、アルキメデスが太陽の光を使って船を沈めようと実験した城のあるベルべデーレなどが見えた。そして約50分後、車はパンタリカのネクロポリ入口であるソルティーノの森林出張所に着いた。ここは自然保護区で、野生の野鳥、動物、植物の宝庫である。アナポ川が凄い勢いで濁流となって流れ、その両岸は深い谷になっていて、草が茂っていた。
ところが、そこにいた森林監督官は、雨で地盤が軟弱になっているので中には入れないと、非情にも言った。折角良い天気になり、ネクロポリを撮影しようと思っていた私は非常にショックを受けた。

あきらめ切れず、少し中に入ってみた。トンネルがあり、その下の道はぬかるみ、あちこちに水溜りが出来ている。靴もすぐ泥まみれになった。先の道路も同じようにぬかるんでいた。監督官は3日後の土曜日だったら大丈夫だからその日に来るようにいったが、次の日程があり、予定を変更する事はできなかった。私は、そこでもらったパンタリカの地図と案内書を見ながらこの様な写真を撮影したいと強行に主張した。
パンタリカのネクロポリは広大な地域に広がり、前日シラクーサのインフォメーションで聞いた時は、フェルラFerlaから入るようにいわれた。運転手のアルドは、シラクーサ−ソルティーノ間約40kmを往復して80ユーロで私と契約していた。その為別ルートから行くのを嫌がったが、監督官と話し込んだ彼はついに、あと39km先のフェルラから入ることに決めた。車はどんどん高い山道を走り出した。時折深い谷が見えた。前日の雨で岩が道路に落ち、通行止めになっている場所もあった。約1時間でどうにかフェルラの町に着いた。

写真左:谷底にアナポ川が流れる、右:岩壁に作られた墓地

●パンタリカのネクロポリ
パンタリカはシラクーサ県にある自然考古学エリアで、1889年から1910年にかけて前述の考古学者パオロ・オルシによって探索が進められた。
この地域には青銅器時代から人が住み始め、紀元前13世紀にから7世紀頃にかけてはアナポ川流域の小王国ヒュブラHyblaに属していたと言われる。古代種族シカーニ人が紀元前13世紀にこの内陸のパンタリカに入り、二つの川に挟まれた場所を自然の要塞としたのだ。紀元前7世紀におそらくシラクーサ人により滅ぼされ、当時の様子を伝える跡はほとんどないが、例外的に残るネクロポリ(墳墓)が彼らの存在を証明するものになっている。

アナポ川と支流のカルチナラ川流域に面した切り立った岩壁約12kmに渡って、5000を越す墓が口を開けるように点在している。これらの墓穴群は、当時ここに住んだ者たちが集団埋葬を行う為に人工的に掘った洞窟の跡であり、大体5つの大きなグループに分けられる。
フェルトから入るパンタリカ門の手前にあるフィリポルトのネクロポリNecropoli di Filiportoは前9世紀から8世紀ごろに造られたもの。最古の墓地は北西のネクロポリNecropoli di Nord-ovestで、紀元前12世紀から11世紀頃建設された。カヴェッタのネクロポリNecropoli della Cavetta(前9〜8世紀)、1,500の墓地がある北のネクロポリNeccropoli Nord(紀元前12世紀)、そして南のネクロポリNecropoli Sudがある。また、エリア内には、パンタリカ初期の頃に作られ、ギリシアのミケーネ建築の影響が見られる王宮アナクトロンAnaktoron跡も残る。

私達が見たのは、初期の頃に造られた北西のネクロポリだった。ここには約600の墓が残っている。深い谷底には小さな川が流れ、そして対岸の岩壁には小さい無数の洞窟が見えた。また、比較的大きな洞窟の見えるカヴェッタという村も見えた。
古代の住民が如何なる気持ちでこの広大な領域に墓を作ったかわからないし、現在の日本人と勿論死生観なども違うだろうが、私は雄大な遺跡に言葉も出なかった。ロンバルディア州のヴァルカモニカでは古代人が岩壁に彫った絵画などが見られたが、この一つ一つの洞窟にはその様な人間が芸術的に装飾した壁などがあるのかどうか、興味がつきない。

どうにかパンタリカのネクロポリを撮影できた。この日、私達はシラクーサから13時発の列車でメッシーナへ行かねばならず、12時半にシラクーサの駅に戻りついた。約束の80ユーロに40ヨーロ上乗せして支払ったら、運転手のアルドさんは上機嫌だった。


データ
Dati

■シラクーサへのアクセス
<空港>
ローマ、ミラノ経由にてカターニア空港へ。カターニア空港からはINTERBUS社のバスが出ている。直通で約1時間20分。

INTERBUS社 http://www.interbus.it/interbushtm/ricercaorari_interbus.asp
AST社  http://www.aziendasicilianatrasporti.it 

<鉄道>
夜行電車が毎日2本運行。フィレンツェから約15時間、ローマから約12時間。 ローマからはインテルシティICが日中も運行しており、所要時間は約10時間。
シチリア島内のカターニアからは普通列車やICで1時間余り。
イタリア鉄道 http://www.trenitalia.com

<バス>
パレルモから日に3本(約3時間15分)。カターニア市内からは頻繁に運行している(約1時間20分)。共にINTERBUS社が運行。
※2007年7月から、シラクーサのバスターミナルがオルティージャの郵便局前から鉄道駅の近くウンベルト一世通りCorso Umberto 1 に変更。

■パンタリカへのアクセス
フェルラFerla、またはソルティーノSortinoの町が入口。いずれの町へもAST社のバスがカターニアとシラクーサから出ている。(フェルラまでカターニアから2時間、シラクーサから1時間35分。ソルティーノまでカターニアから1時間半、シラクーサから1時間15分。)
AST社 http://www.aziendasicilianatrasporti.it

パンタリカは、フェルラから9キロ、ソルティーノから3キロの距離。
パンタリカ内は自然考古学エリアになっているため、じっくりと中を見る場合はトレッキングのつもりで身支度したい。あるいは、車を降りて簡単に見学だけすることもできる。

フェルラ ツーリストインフォメーション
Via Ronco Elisabetta 1, Ferla
Tel: 0931-870142
http://www.proferla.org
フェルラ市サイト http://www.comune.ferla.sr.it

ソルティーノ ツーリストインフォメーション
Via Carmine 1, Sortino
Tel: 0931-1840495
http://www.proloco.net/pro-sortino/menu.html
ソルティーノ市サイト http://www.comune.sortino.sr.it
http://www.japanitalytravel.com
©  JAPANITALY.COM srl - MILANO 2000 All rights reserved.