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イタリア世界遺産の旅
15 aprile 2010
ウルビーノ歴史的地区
Centro storico di Urbino



マルケ州  Marche
ペーザロ&ウルビーノ県  Pesaro e Urbino
登録年  1998年
登録基準  文化遺産(U)(W)




文・写真 牧野宣彦

ルネッサンスの代表的建築家であるブランマンテとルネッサンスの3大画家の一人であるラファエッロを生んだ街ウルビーノは、マルケ州のペーザロから36キロ内陸に入った所にある。ウルビーノが1998年世界文化遺産に登録されたのは登録基準(U)(W)による。

写真トップ:ウルビーノのドゥカーレ宮殿
●ウルビーノの歴史
ウルビーノは、碑文によるとローマ時代「ウルビーヌム、メタウレンセ」と呼ばれていた事は間違いないが、街にはその時代の痕跡は何一つ残っていない。ゴート族がイタリアに侵入していた時代、ウルビーノはビザンツ将軍ベルサリウスに占領、征服され、ランゴバルト時代を経て、カロリング朝から教会へ贈与された。その後ウルビーノは、ルネッサンス時代ブオンコンシリオ・モンテフェルトロ家が代々治めるようになった。モンテフェルトロ一族で最も有名な人物はフェデリコ・モンテフェルトロで、彼の姿は、ウフィッツィ美術館のピエロ・デッラ・フランチェスカの描いた肖像画で見る事が出来る。

写真左:ウルビーノ遠景、右:ピエロ・デッラ・フランチェスカの描いたフェデリコ・モンテフェルトロの肖像画

彼は軍事に優れた傭兵隊長であり、その力をローマ教皇、ナポリ王、マラテスタ家、フィレンツェなどにも貸してその領土を以前の3倍に拡大した。彼は武力だけでなく文化の振興につくし、この時代ウルビーノの宮廷には、レオン・バッティスタ・アルベルティ、ピサネッロ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、パオロ・ウッチェロなどの優れた画家、文士、人文主義者などが、集まって仕えていた。フェデリコ公は、ドゥカーレ宮殿をルチアーノ・ラウラーナに設計を依頼し、建て直しこの建築をルネッサンスの代表的建築の一つにした。この時代ウルビーノではヨーロッパの行儀作法の発祥地といわれる程、上品な宮廷文化が栄えた。

この美術史上稀な時代の最後に1444年頃ブラマンテがウルビーノのやや郊外に誕生し、ラファエッロも1483年にこの街で誕生している。ウルビーノの栄光は、その後もグイドバルド2世が、教皇に街を引き渡す1626年まで続いたが、街は凋落し、ナポレオンの侵入で決定的な衰退になった。1860年のイタリア統一後街は、1506年に設立された大学が、1882年に改装され、この大学がウルビーノの再生に大きな役割を果たした。

写真左:ラフェエッロの生家、右:ラフェエッロの肖像画

●ウルビーノの見所
ラファエッロの生家
私が初めてウルビーノを訪れたのは1990年の冬で、それ以来5度位訪問している。最近では2006年の夏にウルビーノへ行き、着くとすぐラファエッロの生まれた家Casa di Raffaelloに直行した。彼の家は古い長屋の様な所で坂の中腹にある。外壁にはラファエッロが生まれた事が書いてある碑があった。中はかなり広く、ラファエッロの複製画、ジョヴァンニ・サンティ、ジュリオ・ローマノなど同時代に活躍した画家の絵などが陳列されていた。またラフェエッロが生まれた部屋には、若き日の彼が描いたといわれる「聖母子」があった。まだ技巧的には、未熟だが将来の彼の素晴らしい聖母子の絵の片鱗が見えるような絵だった。

広場から眺める見事なパノラマ
彼の家を出て坂を5分も上がると、ローマ広場に出る。ここは大きな広場になっていて、ラファエッロの大きなブロンズの像が立っていた。人々を見下ろすような大きな像で、ここからは緑の田園のパノラマが見える。この場所は一つの公園になっていて、ラファエッロの周囲をブラマンテ、ジョヴァンニ・サンティなどの画家の胸像が木立の中に立っていた。この近くに公園があり、ここからパラッツォ・ドゥカーレ宮殿の全貌が見える。
写真左:ローマ広場にあるラフェエッロのブロンズ像、右:ウルビーノの大聖堂

大聖堂
そして、その後私は、坂を下り、そして又上り、大聖堂に行った。この聖堂は、フェデリコ・ダ・モンテフェルトロがフランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニの設計で建てさせたものだが、1789年の地震でジュゼッぺ・ヴァラディエが全面的にネオ・クラシック様式に立て直したもので、教会を見てもそれ程古い時代に建てられたと感じなかった。ファサードなどはカミッロ・モリージアが1802年に建てたもので、教会の内部は比較的新しい時代に描かれたと思われる絵画で飾られていた。

写真左:ウルビーノのドゥカーレ宮殿内マルケ国立美術館の中庭、右:ピエロ・デッラ・フランチェスカ作「キリストの苔刑」

ドゥカーレ宮殿
その後私たちは大聖堂の左隣にあるドゥカーレ宮殿Palazzo Ducaleへ行った。現在マルケ国立美術館Galleria Nazionale Marcheになっているこの建物は、イタリア内でも最も重要な美術館の一つである。この中ではやはりフェデリコ公の居室が凄い。ここにピエロ・デッラ・フランチェスカの「キリストの苔刑」があり、これについてヴァザーリは「小さい人物の大変美しい作品」と言っているが、とても謎に包まれた作品で、青い空、右に赤い服を着た僧侶、左の小屋のような所にむちを打たれる裸のキリスト、見れば見る程絵のテーマがわかりにくい絵だが不思議な魅力に溢れていた。他に「セニガッリアの聖母」があり、フェデリコ公が引きこもり、好きな時に読書をしたといわれるストゥディオーロStudiolo は、ボッティチェッリがデザインして制作した精巧な寄せ木細工が素晴らしかった。

写真左:ラファエッロの「物言わぬ人」、右:ウルビーノの街中

またラファエッロが1507年から1508年に描いたといわれる「ものいわぬ人」と呼ばれる油彩画がある。固く口を結んだ中年女性の肖像画で、1501年に夫を亡くして以来、喪中にあったジョヴァンナ・フェルトリア・デラ・ロヴェーレの事を描いたといわれる絵で、ボルゲーゼ美術館にある「一角獣の貴婦人」と共に肖像画の傑作といわれている。

何度か訪問しているウルビーノだが、初めて訪問した1990年の時が一番印象に残っている。季節は丁度クリスマスの頃、ウルビーノの町の狭い路地は、クリスマスのイルミネーションで装飾されていた。流星が尾を引きながら輝いているようなイルミネーションで至る所にこの照明が見られた。ルネッサンス時代から輝かしい文化の花が咲いたウルビーノ、小雪がちらついいた寒い日、坂道をゆっくり歩いていると雪の中で煌くイルミネーションがとても美しかった。あの風情ある景色は生涯忘れられない。    


データ
Dati

交通アクセス
ウルビーノには国鉄駅がありません。

●ペーザロPesaroからウルビーノはバスで約50分。 国鉄ペーザロ駅は、ボローニャBolognaからアンコーナAncona、バーリBari方面への幹線上にあります。
ミラノからペーザロへはEurostarで3時45分程度、あるいは、ボローニャ乗換えで3時間強。

●ローマのティブルティーナ駅 Roma Tiburtinaからもバスが1日2本出ています。 (日祭日は1日1本)

ローマ発
<月曜ー土曜>
ローマ・ティブルティーナ駅発 07:30  ウルビーノ着 11:45
ローマ・ティブルティーナ駅発 16:00  ウルビーノ着 20:15

<日祝日>
ローマ・ティブルティーナ駅発 18:00  ウルビーノ着 22:15

ウルビーノ発
<月曜ー土曜>
ウルビーノ発 06:09  ローマ・ティブルティーナ駅 10:35
ウルビーノ発 15:00  ローマ・ティブルティーナ駅 19:15

<日祝日>
ウルビーノ発 06・09  ローマ・ティブルティーナ駅 10:35
(上記運行時間は2010年4月1日現在)

ローマーウルビーノ間のバス運行サイト 
http://www.adriabus.eu/

■インフォーメーション
ウルビーノ市観光案内所 IAT
Via Puccini 35、61029 Urbino
Tel: 0722 2613 Fax: 0722 2441
Email:iat@comune.urbino.ps.it

■ウルビーノ観光公式サイト
www.urbinoculturaturismo.it
http://www.japanitalytravel.com
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