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イタリア世界遺産の旅
15 maggio 2008
ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々
(シチリア島南東部)

Zona Le citta' tardo barocche del Val di Noto
(sud-est della Sicilia)


シチリア州 Sicilia
シラクーサ県、カターニア県、ラグーサ県
Siracusa, Catania, Ragusa
登録年 2002年
登録基準 文化遺産(i)(ii)(iv)(v)



文・写真 牧野宣彦

シチリア南東部に点在する8つの町−ノートNoto、カターニアCatania、ラグーサRagusa、モディカModica、シクリScicli、カルタジローネCaltagirone、ミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニアMilitello in Val di Catania、パラッツォロ・アクレイデPalazzolo Acreide−は、後期バロック様式の町として世界遺産に登録されている。"ヴァル・ディ・ノート"とは、かつてのシチリアの行政区分のひとつで、ちょうど島の南東部にあたる。

これら8つの都市は、1693年にシチリア東部を襲った大地震によりほとんど壊滅した歴史がある。その後、町の復興に際し後期バロック様式による建築群が建設され、美しい統一された町並みが形成された。それぞれの町をご紹介しよう。
ノートカターニアラグーサモディカシクリカルタジローネミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニアパラッツォロ・アクレイデ

●ノート Noto
2006年4月7日、この日はアグリジェントAgrigentoからバスでジェーラGelaに行き、その後タクシーを乗り継いでラグーサに来た。着くとすぐにホテルに荷物を置き、バスでノートへ向かった。

ノートは古代ギリシャ、ローマ時代に繁栄し、アラブ占領時代には要塞都市となり発展していった。現在も廃墟として残るかつての居住地ノート・アンティーカNoto Anticaでは、シクリ人の残した墳墓遺跡などが発掘されている。
繁栄していたノートだが、1693年1月11日に起きた大地震で町は崩壊した。そして、もともとの中心地から10kmの場所に新しい町が建設された。1698年から約100年かけて町は新しく蘇った。

ラグーサからノートまではバスで2時間かかる。私達がノートに着いたのは午後3時ごろだった。レアーレ門をくぐり、ヴィットリオ・エマヌエレ大通りを歩くと、バロック様式の建物に出会う。残念ながらこの時は一番美しいバロック建築として知られるドゥオーモDuomoサンティッシモ・サルヴァトーレ教会Chiesa Ss. Salvatoreは修復中で見ることができなかったが、サン・フランチェスコ教会Chiesa di S.Francesco、サン・カルロ教会Chiesa di S. Carlo、そして特にサン・ドメニコ教会Chiesa di S. Domenicoはとても美しいバロックの教会だった。
この通りには、内部のロココ調の装飾が美しいテアトロ・コムナーレ・ヴィットリオ・エマヌエーレ劇場Teatro Comunaleやカルミネ教会Chiesa del Carmine、モンテヴェルジネ教会Chiesa Montevergineなども華麗なファサードで彩りを添えている。

2008年3月、ノートを再訪した。修復中だったドゥオーモは綺麗になっていた。1776年に完成したこの大聖堂は、後期バロックの美しさを代表する建物である。
右には19世紀に建設された司教館、その奥にアントニオ・マッツァの建てたサンティッシモ・サルヴァトーレ教会がある。広場の中心を囲んでいるこの教会は、素晴らしいバロック的景観美の極致と言えるだろう。南国らしいシチリアの抜けるように青い空とバロックの教会が調和し、限りなく美しい。
建物の前は高台の広場になっていて、前方には現在市庁舎になっているパラッツォ・ドゥチェツィオ館Palazzo Ducezioがある。下部は華麗な開廊になっていて、素晴らしい造形美だった。
パラッツォ・カステルッチョPalazzo Castelluccioには、他のバロックの町でも見られるような人面の彫刻が宮殿のひさしの下に彫られている。よく見ると一つ一つ個性的で見るのが楽しかった。
写真トップ:ノートで最も美しいバロック建築、ドゥオーモ
下左:カターニアの大聖堂、右:ラグーサのイブラ地区

●カターニア Catania
シチリア第2の都市カターニアは、紀元前8世紀後半、シチリアで最も初期につくられたギリシャの植民地の一つで、「カタネ」と呼ばれていた。紀元前263年にローマ人に征服されて「カタナ」となり、アウグストゥス時代にはローマの植民都市として繁栄した。その後、東ゴート族、ビザンチン、イスラム、ノルマンなどが入れ代わり立ち代わりして支配する。スペインが一時期支配した時代もあったが、その頃のカターニアは経済が不振を極める。そして、1669年のエトナ山噴火と1693年の大地震により町は荒廃した。18世紀になり徐々に再建され、エトネア通りにはバロックの建築が多数建てられた。

私がカターニアを初めて訪れたのは1978年、それ以来5回訪問した。目的はいつもオペラ鑑賞だったが、2002年2月に訪れたのは、町の守護聖人サンタ・アガタの祭りFesta di Sant'Agataを見るためだった。
この日、町にはイルミネーションが飾られ、聖遺物が行進した。バロックの教会が建ち並ぶ通りを美しい衣装を着た人たちが行進する様子は、一時代前の歴史絵巻を見ているようで、素晴らしかった。
その最も中心になるのが、大聖堂Cattedraleだ。11世紀後半にノルマン王朝のルッジェーロ1世により建立され、サンタ・アガタに献堂された。1693年の大地震で崩れ落ちたが、その後再建された。円柱を二層に重ねたファサードは建築家ヴァッカリーニの作品。中には、カターニアの町がエトナ山の噴火に襲われる悲劇を描いたジャチント・プラタニアのフレスコ画などがある。1835年に34歳で死去したカターニア出身の作曲家べッリーニは、ここに葬られている。

大聖堂前の広場にあるのが、18世紀に建設されたフォンターナ・デッレファンテ(象の泉)。ヴァッカリーニの作品で、市の紋章である古代ローマの象が見られる。ローマ時代のものといわれる溶岩が素材として使われ、上部は町の守護聖人の象徴をいだいたイシス神信仰にまつわるヒエログリフが刻まれたエジプトのオベリスクが使われている。

エトネア通りに聖堂参事会付教会Collegiataがある。カターニアの後期バロック建築の最も完璧な作品といわれ、19世紀初頭アンジェロ・イタリアの設計で建設された。この通りを歩くといつもファサードが目に入ってくる。端正なバロックを感じさせる建物で、いつ見ても飽きない。
その他、ドゥオーモの脇にあるサンタ・アガタ教会Chiesa di Sant'Agata(1735-67年)、内部にアンネッロ・ガジーニの造った彫刻作品「聖母子」があるサンタ・マリア・ディ・ジェズ教会Chiesa di Santa Maria di Gesu'(1706年)など、町にはバロックの建築が溢れている。

●ラグーサ Ragusa
ラグーサで人々が生活を始めたのは、およそ紀元前2000年のこと。海岸沿いに植民都市を建設していたギリシャ人に内陸に追いやられたシクリ人が建設したのが、"イブラIbla"という要塞であった。
ラグーサは、イブレイ山地の南斜面を走る2つの渓谷の間に広がる町である。1693年の大地震で主要な建物は全て倒壊。その後、昔の封建貴族たちが集まって町の再建を決定し、シラクーサ出身の建築家ロザリオ・ガリアルディに再開発を依頼した。

私は2002年2月、この町に3泊した。ラグーサはイブラ地区とスーぺリオーレ地区に分かれている。後者は農業を基盤とした貴族が震災以後18世紀に建設した町で、碁盤の目の様にきっちり区画整理されている。その中で一番印象的な建物は、大聖堂Cattedrale(サン・ジョヴァンニ聖堂)だ。長い開廊に支えられた広いテラスの上に、町の中心のジョヴァンニ広場を見下ろすように建っている。1706年から60年にかけて建設された。内部はしっくいで装飾され、セバスティアーノ・コンカが描いた「聖フィリッポ・ネーリ」がある。

ここを通り、サンタ・マリア・デッレ・スカレ教会Chiesa Santa Maria delle Scaleの方へ行く。この教会の上にあるテラスからはイブラ地区全体を見渡せる。薄い蜂蜜色の古い家々、その中の所々に教会の丸いドームや尖塔が見える。夕日を浴びたイブラを時間を忘れて見ていると、数千年の歴史が息づいているのを感じた。
サンタ・マリア・デッレ・スカレ教会は12世紀に創建された教会で、ここの前の階段を下りるとパラッツォ・コセンティーニがPalazzo Cosentiniある。この建物のバルコニー下などにはバロック的な怪人面の装飾見られる。

イブラ地区は、細い道を歩くと人通りも少なくて死んだ町のようだが、時折バイクに乗った人に行き交う。道の隙間からサン・ジョルジョ教会Basilica di San Giorgioのドームが見えたので、そちらに行ってみた。教会の前の左手に棕櫚の木があった。ファサードはとてもバランスの取れたバロックの建築である。内部に入ると予想以上に明るく、1820年に造られたクーポラの細密な装飾が見られた。その上のステンドグラスは色鮮やかで、春の柔らかい陽光に輝いていた。
1739年にロザリオ・ガリアルディの設計でつくられたこの建物は、ラグーサの最も典型的なバロック建築として知られている。前にゆったりした階段があるのが素晴らしい。
この広場に面しているサン・ジュゼッペ教会は、ファサードなどはサン・ジョルジョ教会にそっくりで、恐らく同じロザリオ・ガリアルディの作品だろう。楕円形の身廊の内部は、銀製の聖ジュゼッペの像、優美に装飾されたしっくい、バロックの絵画で飾られていた。

写真左:モディカのサン・ピエトロ大聖堂、右:シクリのサン・バルトロメオ教会

●モディカ Modica
2006年4月8日、モディカに行った。第一印象は、谷底とその切れ込んだ斜面両側に開けたような町。小さい町だが意外と賑やかだ。
ここも1693年の地震後に再開発された。優美なスペインバロックの建築が建っており、これら建築群は後世の芸術家や詩人に大きな影響を与えたといわれている。

私が最初に訪れたのはサン・ピエトロ大聖堂Duomo di S.Pietro。階段はかなり高く、その上に教会の建物が聳えている。内部はシンプルだが聖書の物語を描いた絵で飾られていた。
次に訪れたのは、ロザリオ・ガリアルディが設計した18世紀のサン・ジョルジョ大聖堂Duomo di S.Giorgio。こちらは舞台装置の様な大きな階段の上に立つ堂々とした建物で、ファサードが美しい。内部には一番右側の身廊の2番目にフィリッポ・パラディーノの描いた「被昇天の聖母」、聖堂内にはベルナルド・ニジェールの多翼祭壇画があった。床には1895年に描かれた日時計がある。
外のテラスからはモディカの町が一望に見渡せた。青い空の下、2つの断崖の谷間に広がるモディカの町はとても美しい。少し離れてサン・ジョルジョ教会を再び見ると素晴らしい外観で、バロック建築の真の傑作だと痛感した。

●シクリ Scicli
2006年4月9日、ラグーサのホテルを出てシクリに向かった。ラグーサからは車で30分の距離だ。市内を出ると道の両側は小高い丘のようになり、道端には黄色いマルゲリータの花、橙色の芥子の花などが咲いていた。
シクリの起源は紀元前1500〜800年頃に遡る。この町もシチリアの歴史と同じく、支配者が次々と変わった。1693年に大地震が来ていくつかの教会は倒壊するが、被害は他の町ほどではなかった。

最初に訪れたのは、1760年にフランチェスコ・カストロによって建てられたカルミネ教会Chiesa del Carmine。日曜日だったので多くの人がミサに訪れていた。教会の前には、南国らしく棕櫚の木が沢山茂っていた。
次に訪れたのは、サン・バルトロメオ教会Chiesa di S. Bartolomeo。建物は3層になっていて、最上部にはドームが置かれている。内部にはマッティア・プレーティ、フランチェスコ・パスクーチらの美しい絵画がある。この教会は、1773年から1776年にかけてピエトロ・パドゥーラにより建てられた。
私がシクリの町で一番外観の気に入った教会は、サンティニャツィオ母教会Chiesa Madre di Sant'Ignazio。大地震でもとの建物が崩壊し、1712年から数十年かけて再建されたものだ。
パラッツォ・べネヴェンターノPalazzo Beneventanoのテラスの下には、仮面の彫刻が施されている。それぞれ町によって彫刻されているテーマが微妙に違い、非常に興味深かった。
少し見ただけだったが、シクリも高い芸術性に溢れた町だと思った。

●カルタジローネ Caltagirone
私達がシクリにいたのは、約2時間。それからタクシーでカルタジローネへ向かった。約1時間半でカルタジローネのヴィラ・サン・マウロホテルに着いた。部屋は231号室。窓を開けると緑の大地が広がり、彼方にカルタジローネの町の全景が見えた。それはまるで夢かと見まがう程美しかった。
荷物を置き、すぐタクシーで町へ出た。カルタジローネは陶磁器の町と言われ、至る所にマジョルカ焼きの工房がある。店では大小たくさんの陶磁器を売っていた。窓越しに職人が絵を描いている姿も見えた。

まずはサン・ジュリアーノ聖堂Cattedrale di S.Giulianoへ向かった。高い鐘楼のあるロマネスク様式の優美な教会だ。建てられたのはルネッサンス以前と言われるが、1693年の地震で多大な損傷を受け、その後メッシーナの建築家グッリが再建した。
続いて高台のサンタ・マリア・デル・モンテ教会Chiesa di Santa Maria del Monteへ。ここへは142段の階段を昇って行く。この階段は1606年に造られ、山の手とサン・ジャコモ教会のある階を結んでいる。1953年に溶岩でつくり直され、絵入りマジョルカ焼きで覆われた階段になった。この階段の両側には、工房が軒を並べている。
この日は教会内部には入れなかったが、教会前の広場からは素晴らしいパノラマが広がり、カルタジローネの全貌が見えた。

私達はその後、1801年に建立されたサン・ドメニコ教会Chiesa di S.Domenico、1800年のサンティッシモ・サルヴァトーレ教会Chiesa di Ss. Salvatore、11世紀にジェノヴァ人が創建し、地震後建て直されたサン・ジョルジョ教会Chiesa di S.Giorgio、ノルマン人の創建で、1694年から1700年に改築されたサン・ジャコモ教会Chiesa di S.Giacomoなどを訪れた。いずれもバロックの美しい建築だった。
最後に市立博物館を訪れた。内部にはこの地方の画家達の作品、ギリシャ、ローマ時代の出土品、この地を支配したノルマン、アラゴン家の文書、羊皮紙などが陳列されており、面白く鑑賞した。
写真左:カルタジローネの町並み
右:ミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニアのサン・べネデット教会

●ミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニア Militello in Val di Catania
8都市のうちまだ訪れていない町へ行くため、2007年3月シチリアを再訪した。この年、イタリア南部は雨が多く、私達がカターニア空港に降り立った時も激しい雨と風の洗礼を浴びた。
3月10日、ホテルを出てツーリストインフォメーションへ向かうと、10時半にミリテッロ行きのバスが出るという。写真撮影にはあいにくの雨だったが、思い切って行く事にした。

ミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニアは、人口約1万の町。シラクーサがローマ軍に包囲された紀元前241年に、マルケルス将軍率いる配下の兵士達によって建設されたと伝わるが、実際にはビザンチン時代が起源だと言われている。というのは、この町の周辺にはビザンチンの痕跡を示す洞窟の教会が多数存在し、その壁にはビザンチン絵画が描かれているからだ。

カターニアからミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニアまでは約1時間。カターニア市内を過ぎると、右も左もオレンジやレモンの果樹園が一面に広がる。シチリアのオレンジは8世紀頃アラブからもたらされたというが、いかにシチリアに根を下ろしているかを示すように実がたわわになっていた。ミリテッロに着いた時、雨は一層激しくなっていたが、すぐ町の中心に向かった。

しばらく歩くとインフォメーションがある。そこで地図をもらい、尚先を進むと大きな教会があった。一目見てこれが世界遺産の建物であるサン・ニコロ・エ・サンティッシモ・サルヴァトーレ母教会Chiesa di S.Nicolo' e del Ss.Salvatorだとわかった。
ファサード前にバロック様式の教会の特徴である階段があり、横から見ると高いドームが印象的だった。しかし教会の前はスペースが充分でなく、階段を入れて写真を撮るのは難しかった。

前のバールで熱いコーヒーを飲み、まずは教会に隣接するサン・ニコロ聖美術館Museo d'arte Sacra "S.Nicolo'"に行った。入ると、3人が親切に話しかけてき、美術館の解説書、町の色彩豊かな宗教行事の写真カレンダーなど貴重な品をもらった。
中のコレクションは興味深いもので、彫刻、絵画、銀製の聖具などが展示されていた。絵画には、カラヴァッジョ派の画家フランツェットが描いた「受胎告知」、フィリッポ・パラディーニの「カルロ・ボロメオの肖像画」などがあった。

サン・ニコロ・エ・サンティッシモ・サルヴァトーレ母教会は、1693年の大地震で崩れた後、1721年に建て直された。教会の全長は58mもあり、祭壇右側廊にサンティッシモ・サルヴァトーレを祭ったブロンズの美しい浮き彫りがあり、キリストの物語が描かれている。中央祭壇画は、地元の画家ジュゼッペ・バローネの描いたものだ。
教会内は、ラゴーナ・ジュゼッペという人が案内してくれた。とても親切な人で、普通ではなかなか見られない所まで電気をつけて説明してくれた。彼によると、町では毎年8月17、18日に大きな宗教イベントがあり、人々が聖具などを担ぎ、町を練り歩くという。

小柄で親切なジュゼッペさんは、同じ広場に面した別の小さな教会も開けて案内してくれた。外から見る限り普通の小さな教会で大して期待していなかったが、入ってみて驚いた。細長い教会の壁の両面には、精巧な美しい浮き彫りが施されていた。この教会は音楽に縁が深いらしく、浮き彫りをよく見ると、天使が竪琴を弾いて音楽を奏でているのが見えた。
教会の名前はマドンナ・デッラ・カテナ教会Chiesa della Madonna della Catenaで、1667年に建設された。天井は木製で、幾何学模様の装飾が美しかった。祭壇の右側には小さなオルガンがある。ヴァチカンのオルガニストが数回訪れ、これを演奏したという。
ジュゼッペさんの心遣いで貴重なユネスコの遺産に指定されている教会を見る事が出来、私は感謝の気持ちでいっぱいになった。彼の話によると彼の祖先はスペインに遡るという。それを聞いて、シチリアが15世紀から18世紀頃までの間スペインに支配されていたのを思い出した。彼のLagonaという名前はスペインにある家系の名前なのだろう。

2008年にこの町を再訪した折には、サン・ベネデット教会Chiesa di S.Benedettoなどを見たが、いずれもバロックの特徴を持った美しい教会だった。

カターニアからミリテッロ・ヴァル・ディ・カターニア間は一日10本位のバスが往復しているようで、便が良い。冷たい雨にたたられた日だったが、親切な人に会い、思い出深い一日になった。

●パラッツォロ・アクレイデ Palazzolo Acreide
2007年3月13日、最後の町パラッツォロ・アクレイデへ向かった。泊まっていたシラクーザのホテルで朝食を取った後、オルティージャ島へ入る橋の近くにあるバスターミナルに行った。この日も小雨がぱらつき、肌寒い日だった。
バスターミナルには市内、市外へのバスが発着している。シチリアは意外にもバスの便がよく、バス代も驚くほど安い。パラッツォロ・アクレイデまで約40kmの往復バス代は一人5.25ヨーロ。およそ一時間でバスはパラッツォロへ着いた。
なだらかな坂を上がりながら歴史的中心地に向かう。イブレイ山地を流れるアナポ川流域の南斜面に発達した町で、起源は中世に遡るといわれる。

1693年の大地震後に再建されたパラッツォロの町にも、多くの美しいバロック様式の建物が見られる。町の中心であるポポロ広場には、18世紀にアールヌォーヴォースタイルで建設された市庁舎があり、その同じ広場に面してサン・セバスティアーノ教会Chiesa di S.Sebastianoが建っている。正面の長い階段がいかにもバロックの教会らしい。1783年に建設されたもので、内部に入ってみると、美しい絵画で埋め尽くされていた。印象としては比較的新しい時代に描かれた絵だと思った。
ドイツの世界遺産であるヴィース教会は、バロックの過剰な装飾で長くそこにいると気持ち悪くなったが、この教会は休んでいるとほのぼのとした安らかな気分になった。

サン・セバスティアーノ教会に通じている前の道を少し下るとバロック様式のパラッツォ・ユーディカPalazzo Iudicaがある。建物にはブティックなどが入っていたが、これも世界遺産の建物だ。
ポポロ広場に通じている坂道を北に歩いて10分ほど下ると、サン・パオロ教会Chiesa di S.Paoloが見える。古いサンタ・ソフィア教会の跡地に1688年に建設された教会で、町の守護聖人を祭っている。
この教会の近くのアルド・モーロ広場にあるのがサン・ニコロに奉げられた母教会Chiesa Madre。ファサードは1893年に改築された。
一番印象に残った教会は、パラッツォロで最も古い教会でもあるアンヌンツィアータ教会Chiesa dell'Annunziata。内部には入れなかったが、正面入り口のねじれた装飾に特徴があった。この教会も1693年の地震後に再建された。最後に訪れた教会は、サン・ミケーレ教会Chiesa di S.Michele、内部のコリント様式の柱が印象的だった。

町の西方の考古学地域には、古代都市アクライAkraiの遺跡がある。紀元前664年にシラクーサの人々によって建設され、ギリシャ人がシチリア内部に進出するための宿営地の一つになった。石切り場の一帯に初期キリスト教徒のカタコンベなどがあったが、アラブ人がこれを破壊した。
今回は訪れる事が出来なかったが、ギリシャ劇場、洞窟住居、カタコンベ、英雄化された死者信仰に結びついた奉納画を収める為のフェラーリ神殿、岩に嵌め込まれた12の岩壁彫刻のあるサントーニなど、興味深い遺跡が見られる。


データ
Dati

■各町へのアクセス
イタリア本土からのアクセスは、鉄道主要駅と空港のあるカターニアへが容易。その他の町へはカターニアなどから主にINTERBUS社、AST(Azienda Siciliana Trasporti)社のバスが結んでいる。

INTERBUS社 http://www.interbus.it/interbushtm/ricercaorari_interbus.asp
AST社  http://www.aziendasicilianatrasporti.it 

カターニア (カターニア県)
イタリア鉄道カターニア駅には主要列車が停まる。ローマ・テルミニ駅から直通で9時間半〜11時間。
ナポリから直通で7時間半〜8時間半。パレルモからメッシーナ乗り換えで4時間半〜6時間。
イタリア鉄道 http://www.trenitalia.it

カターニア中心部から5キロのところにはカターニア空港(フォンターナロッサ国際空港Aeroporto Internazionale di Fotanarossa)があり、イタリア各地やヨーロッパの都市を結ぶ便が発着する。 空港から市内までは市内バス(Alibus)が20分おきに出ている。

観光局 Via Cimarosa 10 Tel: 095-7306211 http://www.turismo.catania.it
市のサイト http://www.comune.catania.it

ノート (シラクーサ県。カターニアから南へ80キロ、シラクーサから南西へ32キロ)
カターニア市内、あるいはカターニア空港からINTERBUS社、AST社のバスが出ている。所要時間は、INTERBUS社は1時間半〜2時間半(経由する場所により異なる)、AST社は約1時間半。
シラクーサからもInterbus社、AST社のバスが出ており、所要時間約1時間。
観光局 Piazza XVI maggio Tel: 0931-573779
市のサイト http://www.comune.noto.sr.it

ラグーサ (ラグーサ県。ノートから西へ53キロ)
ETNA社のバスが、カターニア市内及びカターニア空港から出ている。所要時間約2時間。(上記INTEBUS社のサイトから検索可能)
また、AST社のバスが、シラクーサ(所要時間約2時間45分)、ノート(同2時間)、モディカ(同30分)などの町とつないでいる。
観光局 Via Bocchieri 38 (イブラ地区) Tel: 0932-621421
市のサイト http://www.comune.ragusa.it

モディカ (ラグーサ県。ラグーサから南へ13キロ)
カターニア市内および空港からAST社のバスで約2時間〜3時間20分。ラグーサ−モディカ間も同社のバスがつないでおり、所要時間約25分。また、パレルモやシラクーサからの便もある。
観光局 Via S. Giuliano Macalle' 4 Tel: 0932-763459
市のサイト http://www.comune.modica.rg.it

シクリ(ラグーサ県。ラグーサから南へ25キロ、モディカから南へ10キロ)
カターニア市内および空港からAST社のバスで約2時間50分。このバスは途中モディカを経由する。モディカからは約40分。
観光局 Via Castellana 2 Tel: 0932-932782
市のサイト http://www.comune.scicli.rg.it

カルタジローネ (カターニア県。カターニアから南西へ70キロ)
カターニア市内から、AST社の他、SAIS社(http://www.saisautolinee.it)、ETNA社(http://www.etnatrasporti.it)のバスが出ている。所要時間約1時間15分〜1時間半。
観光局 Piazza Municipio Tel: 0933-41365
市のサイト http://www.comune.caltagirone.ct.it

ミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニア (カターニア県。カターニアから南西へ35キロ)
カターニア市内からINTERBUS社のバスで1時間。
観光局 Via Senatore Majorana 5  Tel: 095-655155
市のサイト http://www.comunemilitello.it

パラッツォロ・アクレイデ (シラクーサ県。シラクーサから西へ44キロ)
カターニア市内からAST社のバスで約3時間。シラクーサから1時間15分〜2時間15分。
観光局 Corso Vittorio Emanuele 61 Tel: 333-8213589, 329-6198962
市のサイト http://www.comune.palazzoloacreide.sr.it
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