JAPANITALY Travel On-line

イタリア旅行情報サイトJAPAN-ITALY Travel On-line
イタリア・トラム探索の旅
15 Novembre 2020

Italia, Viaggio in tram

第8回 
イタリアで唯一の循環路線、観光トラムも
トリノのトラム 後編   



市川嘉一


●16系統はイタリアでは唯一の循環路線
ポルタ・パラッツォ市場を一通り見物し終えたら、16系統でトリノの街なかを回ってみるのはいかがだろうか。まずもってトリノに限らず、トラムの循環路線(Percorso circolare)自体が珍しいからだ。以前はミラノにも同じく時計回り・反時計回りの環状トラムが走っていたが、今はイタリアで環状路線はこのトリノの16系統以外にはなく、ヨーロッパ全体を見渡しても珍しい。

トップの写真:@毎週土曜・日曜日と祝日に運行される観光トラム7系統=2012年9月16日撮影 

トリノの環状トラムの歴史は古い。今から120年以上前、19世紀末の1898年に「大通り線」(Linea dei Viali)という名前で電車が走ったのが現在の16系統の前身だという。いずれにしても、少なくともイタリアでは今や貴重な環状トラムであり、しかもトリノの街並みを車窓から眺めながら街なかを一周できるのだから、時間に余裕があるのなら、乗車する価値はあると思う。16系統に使われる車両は13系統などでも走る今やトリノの伝統車両、オレンジ色の2車体連接の2800形だ。

●歩道側に敷設した線路、容易に乗り降り
初めて16系統に乗るなら、右回り(16CD,Circolare Destra,時計回り)のコースの方が左回り(16CS,Circolare Sinistra)よりも早めに興味深いスポットを通るためお薦めしたい。ポルタ・パラッツォの電停は2カ所あるが、右回りは東側の電停(Porta Palazzo Est)から乗車する。

写真下:A右回りの16系統の電停はポルタ・パラッツオ市場東側にある=2019年9月17日撮影           

トラムが走るレジーナ・マルゲリータ大通りは街なかの南側に並行して伸びるヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りと同じくトリノの幹線道路だ。こちらもトラムの線路は歩道側に敷かれていて乗降しやすい。トリノのトラムは多くが歩道側に線路が敷設されているのが大きな特徴だ。この歩道側での線路敷設を専門用語で「サイド・リザベーション」と呼ぶが、サイド・リザベーションはウィーンなどにもあるが、トラムに乗り降りしやすく利用者に本当にありがたい。

●ロッシーニを冠した裏通り
さて、16系統のトラムは東方向に真っすぐに伸びるマルゲリータ通りをしばらく進むと、右側に2つ目の電停がある王宮庭園(Giardino Reale)が見える。そこから間もなくすると右に見える細い道を直角に曲がる。ロッシーニ通り(Via Rossini)と呼ばれる道だ。曲がる直前のマルゲリータ通りにロッシーニという電停もある。

ロッシーニという名前を聞いただけで、オペラ好きは反応してしまいそうだが、正直のところ、何の変哲もない裏通りのようだ。この通りは車の往来が比較的少ないせいか、道幅が狭いのにトラムの軌道は複線になっている。         

●沿線近くにはまちのシンボル塔のモーレも 
ロッシーニ通りは南側のポー通りに行きつくまでの600メートルほどの通りだが、トラムは200メートルくらい行った先で斜めに交わるサン・マウリツィオ大通り(Corso San Maurizio)を左折する。この通りから1ブロックほど南側のところに聳え立っているのが、トリノのまちのシンボルである塔、モーレ・アントネッリアーナ(La Mole Antonelliana)だ。サン・マウリツィオ通りに入ったところにはモーレ・アントネッリアーナという名前の電停もある。ちなみに、ポー通りからは北側に2ブロックほどの場所にある。

写真下:Bサン・マウリツィオ通りを左折すると、右側に「モーレ」が姿を現す=2019年9月17日撮影               

高さ167メートルあるこの塔は展望台のある大きなクーポラを持ち、その上に細い尖塔がある。一度見たら忘れないようなユニークな形をしており、トリノの街なかを歩き回っていて迷ったら、目印代わりになるくらい目立つ塔だ。モーレはイタリア語で「大建築物」という意味で、アレッサンドロ・アントネッリという建築家が手がけたことから、この名前が付いた。

着工は1863年というから、イタリアが国家統一を果たし、トリノを首都とするイタリア王国が誕生してから2年経った時だ。当初、高さ47メートルのシナゴーグ(ユダヤ教会堂)として建設する予定だったが、その後、建設費用が大幅にかかることが判明したことから計画を変更。最終的にトリノ市に委譲され、奇しくもパリのエッフェル塔と同じ1889年に完成した。

2000年に国立映画博物館が置かれ、世界で最も高いところにある博物館といわれる。あまり知られていないだろうが、85メートル上の展望台まで59秒で行くエレベーターは、トラムなどトリノの公共交通を運行する市の交通会社、GTT(Gruppo Torinese Trasporti)が運営している。

●ヴェネト広場にはアーチ門が2つ
モーレの電停から再び16系統に乗り、先を進もう。実はここからが、16系統に乗る醍醐味とも言える風景が待っている。トラムはサン・マウリツィオ通りを500メートルほど進んだところで交差する細い道、バーヴァ通り(Via Bava)を右折。200メートルほどで広大なヴィットリオ・ヴェネト広場に出るが、その広場に出る直前、さらには広場を横切った後にそれぞれアーチ状の石門があり、16系統のトラムがそこをするっと潜り抜けていくのだ。

写真下左:Cアーチを潜り抜け、ヴィットリオ・ヴェネト広場に出る=2019年9月17日撮影 
写真下右:Dヴェネト広場を横断し、今度は反対側(南側)のアーチに向かっていく16系統=2019年9月17日撮影   

つまりトラムが潜るアーチ門が2つあり、しかもヴェネト広場という開放感のある広大な広場が借景として近くにあることから、ポルタ・ヌオーヴァ駅近くのアーチ門よりも、「トラムが潜る風景」としてはさらに見応えがあると言えるかもしれない。ちなみに、このアーチ状の石門は構造的には広場の南北に立つパラッツォ(建物)の1階部分に続くポルティコの一部になっているようだ。  

●再会した古本屋がアーチ門近くのトラム通りに
このバーヴァ通り、ヴェネト広場に近いせいか、通り沿いに立ち並ぶ古そうなパラッツォの1階にはトラットリアやバール、眼鏡店など店舗もそこそこに軒を並べており、それなりの趣がある。

2019年9月のトリノ訪問時、私はここにある小さな古本屋を探していた。その前の年(2018年)の春、ミラノのナヴィリオ運河で毎月最終日曜日に開かれる骨董市に出店していた主人に出会い、以前から欲しかったピノッキオの稀覯本を購入。その時に彼の店がヴェネト広場の近くにあると聞いていたからだ。通り沿いにあるリストランテの従業員らしき若い女性に彼の名刺に書かれていた住所を頼りに道を尋ねても、もともと不案内なのか、間違った場所を教えられ、もう一度マウリツィオ通りに戻る羽目になり、かなり難渋した。最終的にたどり着いたその古本屋はなんとアーチ門のすぐ裏側、16系統のトラムがまさに建物の軒先をかすめるようにして走る通り沿いにあった。

写真下左:E店舗の軒先をかすめるように走るトラム=2019年9月17日撮影  写真下右:F古本屋店主の奥さん=2019年9月17日撮影 

あいにく、店の主人は出張でいなかったが、共同経営者らしいチャーミングな奥さんが店番をしていた。私のことを旦那さんから「ピノッキオの稀覯本を買ってくれた日本人」として聞いていたらしく、店内に入るなり、何年来の友人のように打ち解けた雰囲気で迎え入れてくれた。しばらく話し込んだあと、トリノの古地図など数冊を買い、再会を期し店を後にした。

私にとってともに愛すべき対象であるトラムと古本屋。この最高の組み合わせで私を迎えてくれたトリノのまちに感謝したくなる旅の一日となった。

●可愛らしい教会が聳えるカプチーニの丘も望む
再び、16系統のトラムの旅を続けよう。ヴェネト広場を横断し2つ目のアーチを潜り抜けると、バーヴァ通りと同じ道幅の狭い通り(Via Bonafous)を経由し、左に可愛らしい建物のサンタ・マリア・デル・モンテ教会が聳える小高い丘といった感じのカプチーニ山(Monte dei Cappuccini,284メートル。山頂にはイタリア国立山岳博物館もある)を眺められるカイロリ大通り(Corso Cairoli)をしばし直進する。

その後、ヴァレンティーノ公園を前方に見えるところで道が突き当たったところで、交差するヴィットリオ・エマヌエーレ2世通りを右折。しばし9系統と線路を共有しながら、16系統は緑あふれるヴァレンティーノ公園の横を颯爽と走り抜けた後、大きく右に旋回し、リンゴット方面に向かうイタリア鉄道の線路をまたぐ橋を渡り、起終点のサボティーノ広場(Piazza Sabotino)に向かっていく。

サボティーノ広場でしばし休んでから、16系統は再びポルタ・パラッツォ市場方面に向かい発車する。発車後、トリノの街の南から西に16系統は進路をとるが、ポルタ・パラッツォ市場までの走行路にはアパートなどが立ち並ぶ住宅街といった感じで、これといった観光スポットはないようだ。

写真下:G循環路線である16系統の起終点サボティーノ電停周辺は、どちらかと言えば地味なところだった=2019年9月17日撮影  

●土曜・休日に古い車両で旧市街巡る7系統
16系統とは別に、トリノには主に観光客らを対象に旧市街(centro storico)を巡るトラム路線もある。緑色の単車Peter Wittなど古い車両を走らせているが、7系統というれっきとした営業系統番号を持つトラムだ。2011年3月に「動くトラム博物館」として運行を開始した。間もなく走り始めてから10年を迎える。

この観光トラム、トリノ市が2007年に環境にやさしい公共交通の利用促進を狙いに環境省の補助金を受けて、1930〜50年代に走っていた多くの古いトラム車両を再生したことが、そもそもの始まりだった。そして、その4年後の2011年以降、地元のトラム愛好団体「トリノ歴史トラム協会」(ATTS, Associazione Torinese Tram Storici)の事業として、ATTSやトリノ市の資金を受けて運行されている。当初は観光客だけでなく、市民の足としても毎日運行していたが、その後、残念ながら運行は土曜・日曜日とクリスマスやパスクアなど祝日に限られるようになった。

写真上:H7系統の走行ルート (GTT-Gruppo Torinese Trasporti SPA)

●出発地点はカステッロ広場の歌劇場前
では、7系統に乗ってみよう。通常のGTTのチケット(打刻後100分以内なら1.7ユーロ。1日券は4ユーロ)で乗車できる。出発地点はカステッロ広場東側にある歌劇場「テアトロ・レージョ」の建物前にある電停だ。

写真下:Iカステッロ広場の電停で出発を待つ7系統の単車(2595番)。1933年にフィアット社が製造した。右側に見える建物が歌劇場「テアトロ・レージョ」=2012年9月16日撮影   

電停を出発すると、すぐに進行方向左側のポルティコが長く続くポ―通りを進み、ヴィットリオ・ヴェネト広場のところで右折し、16系統と同じくアーチ門を潜り、カイロリ大通りを直進。しばらくしたところで交差するヴィットリオ・エマヌエーレ2世大通りを右折する。

写真下左:J単車2595の運転席=2012年9月16日撮影  写真下右:K単車2595の車内。座席は左右1席ずつのベンチ型の丸椅子=2012年9月16日撮影    

ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りを直進しポルタ・ヌオーヴァ駅の建物の前を過ぎてから、交差する3つ目の大通りであるヴィンツァーリオ大通り(Corso Vinzaglio)を右に曲がり、10系統のトラムが走る同通りをしばらく並走する。そして、交差するチェルナイア通り(Via Cernaia)を右折。13系統のトラムと並走する同通り、ピエトロ・ミッカ通りと進んだところで、北側方面の4系統トラムが走る9月20日通りを左折。右側にドゥオーモを見ながら進み、レジーナ・マルゲリータ大通りに出る。

写真下:Lヴィットリオ・ヴェネト広場のところで右折しアーチ門を潜る=2015年7月26日撮影  
写真下:Mカイロリ通りからはサンタ・マリア・デル・モンテ教会が聳えるカプチーニ山も眺められる=2015年7月26日撮影   
写真下左:Nヴィンツァーリオ大通りでは10系統のほか、臨時運行する6系統のモダンな低床車両も並走する=2015年7月26日撮影  
写真下右:Oドゥオーモを見ながら、レジーナ・マルゲリータ大通りに向かう=2015年7月26日撮影       

●王宮庭園内も走行、計7キロを40分かけて一周
マルゲリータ大通りを少し進むと、右側に姿を現す王宮庭園(Giardino Reale)内に伸びる5月1日通り(Viale 1 Maggio)に入る。緑の木々に囲まれたこの通りを古い車両のトラムが走るさまは一幅の絵になり、格好の撮影スポットと言えるだろう。王宮庭園内に線路が敷かれた通りは右折する形で別の名前の通り(Viale del Partigiani)になり、起点の電停に戻ってくる。総延長距離は6.9キロ。1周分の所要時間は約40分だ。

写真下左:Pマルゲリータ大通りから、王宮庭園内の5月1日通りに入る=2015年7月26日撮影    写真下右:Q緑の木々に囲まれた5月1日通りは軽快に走る=2015年7月26日撮影    
写真上:R起点のカステッロ広場に着く直前に歌劇場などが入るパラッツォ(建物)のアーチを潜る=2012年9月16日    

●土曜日は1時間に1本運行、休日は午後に増便
土曜日はカステッロ広場発午前9時半から同午後7時半まで1時間おきに計11本運行。日曜・祝日には午後3時以降は30分おきに走り、計16本運行する。途中、客がいれば、ヴィットリオ・ヴェネト広場、ポルタ・ヌオーヴァ駅、チェルナイア通りのチッタデラ(Cittadella)、ドゥオーモの各電停にも停車する。

写真下左:S1938年製造の連接車両2847番=2015年7月26日撮影    写真下右:21)1911年製造、赤とクリームのツートン色の単車116もたまに7系統に走る。=2015年7月26日撮影 

私は2012年と2015年の2回、この7系統に乗る機会があった。乗車した車両は、最初の2012年が1933年フィアット社(Fiat)製の単車Peter Witt car 2595(2000年修復)、2015年は1938年ATM(現在の運行会社GTTの前身)製の連接車両2847(2010年修復)だった。いずれの時も客で車内が満杯ということではなかったが、レトロな車両でトリノの街なかを回れるとあって、一緒に乗り込んだ家族連れや年配者らは皆楽しそうだった。

ちなみに、トリノの循環路線は1893年にベルギー・トリノ路面軌道会社(SBT社)により運行が始まったG線にさかのぼる。G線は市中心部の西側に位置するスタトゥート(Statuto)が起終点だった。 なお、トリノではミラノのように定期運行ではないが、利用客の予約を受けて、夕食を食べながら夜景を楽しめるリストランテトラムもある。私はまだ体験していないが、トリノにゆっくり滞在するならお薦めしたい。     

●スペルガの丘を登るラック式トラム
トリノのトラムにはもう一つ、見逃せない顔がある。バロック様式の「スペルガ大聖堂(La Basilica di Sperga)」が聳える郊外のスペルガの丘を登っていくユニークな登山電車「スペルガ登山電車」(La Tranvia A Dentiera Sassi-Superga)だ。

写真下:22)トリノのトラムの1つに数えられるスペルガ登山電車=2007年7月4日撮影

スペルガの聖堂のクーポラから見下ろすトリノの街の景色は格別だ。天気が良くて空が澄み切っているならば、ポー川とドーラ川に囲まれ、赤茶色の建物が広がるトリノの街並みがくっきりと見ることができるだけでなく、背後にあるアルプスの山々も望める。

スペルガ登山電車は、急こう配の坂を登り降りするために2本のレールの間に歯型のレール(=ラックレール)を敷設した「ラック式鉄道」の1つ。英語でrack と呼ぶ歯型をイタリア語ではdentiera(歯は複数形でdenti)ということから、ラック式トラムのことをイタリア語ではla tranvia a dentieraと呼ぶ(イタリア語ではこのほか、cremaglieraもラックを意味する。スペルガ登山鉄道と並ぶイタリア唯一のラック式鉄道であるジェノヴァのグラナロロ鉄道はイタリア語ではFerrovia Principe-Granarolo a cremaglieraと呼ぶ)。

●麓のサッシ駅には馬車トラム保存やリストランテも
スペルガの丘に行くなら、トリノの旧市街の中心であるカステッロ広場から市北東部のサッシ(Sassi)方面のトラム15系統に乗るのが便利だ。ポー川を渡り、電停サッシ・スペルガ(Sassi-Superga)で下車する。所要時間は約30分だ。道をはさんで右側に、アーチ型の長窓が6つ並び、ピンクとホワイトの2色で彩られた瀟洒な建物が見える。これが登山トラムの麓側の起点であるサッシ駅だ。

写真下左:23) 瀟洒な平屋建て建物が登山電車のサッシ駅=2010年7月10日撮影  
写真下右:24) サッシ駅の入り口=2010年7月10日撮影  

駅舎には切符売り場のほか、トリノで最初のトラム運営会社だったベルギー・トリノ路面軌道会社(SBT社)時代の馬車トラムSBT197(1978年修復)が置かれたミニ博物館スペース、さらにはパスタやピザなどが食べられるレストランも入っている。

写真下:25) トリノで最初のトラム運営会社だったベルギー・トリノ路面軌道会社(SBT社)時代の馬車トラムSBT197(1978年修復)が置かれたミニ博物館スペース=2007年7月4日撮影  

●車庫などには街なかを走った古い単車も保存
また、ホームや車庫にはかつてトリノの街なかを走った古いトラム車両も保存されている。車庫前に姿を見せているのは現在のGTTの前身である自治体路面軌道会社(ATM)時代の1924年に製造された赤とクリーム色のツートンの単車502。ホームにあるのはトリノ路面軌道会社(STT社)時代の1912年に製造された緑色の単車209で、いずれも見過ごせない。

写真下左:26)ホームや車庫にはかつてトリノの街なかを走った古いトラム車両も保存されている。車庫前に姿を見せているのは現在のGTTの前身である自治体路面軌道会社(ATM)時代の1924年に製造された単車502=2007年7月10日撮影   写真下右:27) ホームにあるのはトリノ路面軌道会社(STT社)時代の1912年に製造された単車209=2010年7月10日撮影
写真下左:28) 2本のレールの間に敷設されている歯型のレール(=ラックレール)=2007年7月4日撮影   
写真下右:29) ミニ貨車も押しながら動く2両編成(客車D.14、電動車D.2)の電車=2010年7月10日撮影

●1884年開業、ケーブルカーからラック式鉄道に変更
スペルガ登山電車の歴史も古い。もともとは1884年4月にケーブルカーとして開業したのが最初だが、現在の形式であるラック式の電車に変わったのは1934年だ。ラック式は急こう配の坂を昇り降りするために、2本のレールの間に歯型のレールを敷設し、走行用車輪の中間に設置した歯型の動輪をかみ合わせて走行する鉄道を指すが、形状によりアプト式、シュトループ式、リッゲンバッハ式など5種類程度のタイプ(名称は発明者の名前をとって付けられる)がある。スペルガ登山電車は、1898年にスイスのユングフラウ鉄道が最初に導入したシュトループ式に属する。

シュトループ式は頭部の大きなレールの形をした鋼材に歯を付けたもので、アプト式、リッゲンバッハ式に次ぐ普及率という。ちなみに、先述のグラナロロ鉄道は欧州最初のラック式登山鉄道であるスイスのアルト・リギ鉄道が最初に採用した梯子型のリッゲンバッハ式だ。

写真下左:30)細長い客車が先頭車両になっている=2010年7月10日撮影
写真下右:31) 電動車の運転台。前に見えるのが客車=2007年7月4日撮影 

●急こう配、425メートルの標高差を上がる
さて、このスペルガ登山電車、麓のサッシ駅(海抜225メートル)から、丘の頂上にある海抜650メートルのスペルガ駅までの距離は3.1キロだが、標高差は425メートルある。かなりの急こう配を上がっていくわけだ。平均こう配は130パーミル(‰)、最大こう配は210パーミル。水平方向に1000メートル進むと210メートル上がる(または下がる)計算だ(グラナロロ鉄道の最大こう配も214パーミルとほぼ同じ)。サッシ駅からスペルガ駅までの所要時間(途中に3駅ある)は18分。2両編成で、細長い客車を後ろから電動車が押していく形をとる。収容人員は全部で210人だ。

毎週水曜日を除く毎日運行。運行本数はサッシ発が前10時から午後6時まで1時間に1本の間隔(1日計9本運行)である。ちなみに、冬期間は12月24日〜1月5日を除いて午前11時と午後1時、同3時の3本しかないので注意が必要だ。

●大聖堂のクーポラからの眺めは必見
スペルガ駅に着いたら、ぜひスペルガ大聖堂を訪れよう。イタリアにあるバロック様式の聖堂の中で最も壮麗といわれるスペルガ大聖堂は18世紀のトリノで数多くの建築物を設計した著名な建築家フィリッポ・ユヴァッラの設計により、1731年に完成した。18世紀のピエモンテ建築を代表するバロック様式の建造物といわれ、1706年に当時のフランスに対し勝利したサヴォイア王朝の勝利を記念して建てられたという。

写真下:32) 33)18世紀のピエモンテ建築を代表するバロック様式の建造物とされるスペルガ大聖堂の外観と、建物内部。1706年に当時のフランスに対し勝利したサヴォイア王朝の勝利を記念して建てられた=2010年7月10日撮影  

標高669メートルのところに立ち、クーポラは大聖堂の入口近くにあるらせん階段から75メートルの高さにある。このクーポラから見下ろすトリノの街並みは一大パノラマとして必見だ。ちなみに、地下にはサヴォイア家の墓所(Tombe di Casa Savoia)がある。

写真下右:34) スペルガ大聖堂のクーポラから一望できるトリノの市街地。真ん中にトリノのシンボルであるモーレの塔、後方にはアルプスの山々も見える=2007年7月4日撮影

スペルガの丘には「スペルガの悲劇」という悲しい歴史もある。1949年にイタリアのプロサッカーチーム、トリノFCの選手18人を含む31人の乗員乗客を載せた飛行機が悪天候に見舞われ、聖堂裏に墜落したのだ。裏手には慰霊碑がある。

登山電車の運賃は平日が往復6ユーロ(片道4ユーロ)、土休日が同9ユーロ(6ユーロ)。街なかのトラムよりは若干高いが、イタリアでは珍しいラック式鉄道でコトコトと丘を登るという体験は何物にも代えがたく、さらに丘の頂上からのパノラマを楽しめるなら、むしろ安いと言えるのではないだろうか。

●日立が2021年秋から新型低床車両70編成の供給開始へ
以上、味わい深いトリノのトラムを紹介してきたが、最近、気になるニュースが飛び込んできた。日本の日立製作所の鉄道部門会社、日立レール・イタリー(Hitachi Rail Italy)が2020年5月に運行会社のGTTとの間で計70編成の新型低床トラム車両を供給する包括契約を締結したと発表した。

第1弾として30編成のトラム車両を6340万ユーロ(約73億円)で2021年秋から供給開始。2022年から運用を始めるという。財源はイタリアのインフラ・交通省の補助金で賄うとしており、トリノ市とGTTは残る40編成分についても国の補助金が充てられることを希望しているとしている。

写真下:35) 日立レールが2021年秋から供給するという新型低床車両=日立製作所ホームページから 

新型車両は全長28メートルで、現在、4系統で運行しているフィアット・アルストム共同開発の低床車両(Cityway)よりも短いが、最大乗車人員が218人と収容能力が大きくなるほか、車いす専用スペース、外部との空気循環を確実にする空調システムを備えるなど快適な乗車環境を強調している。新型車両のデザインはイタリアの有名デザイナーであるジウジアーロ氏主宰の事務所(ジウジアーロ・アルキテットゥーラ)が担当しており、車体の色は既に導入している新型バス車両と同じく、トリノ市のカラーである黄色と青色のツートンにするという。

●トリノらしい従来車両の退場に寂しさ
日立は2015年にイタリアの大手鉄道車両メーカー、アンサルド・ブレダを買収。それ以降、イタリアでの鉄道車両事業に力を入れ、高速鉄道や地域間鉄道の車両のほか、フィレンツェの新型トラム車両も受注している。日立による新型トラム車両の供給に対し、トリノ市長とGTTのCEOはともに持続可能な公共交通実現に必要なものとして歓迎している。

写真下左:36) ATM116のHO模型(87分の1縮尺)=2020年11月3日撮影  
写真下右:37) スペルガ登山電車サッシ駅構内に展示されていたレゴでつくられた同駅の模型=2007年7月4日撮影 

グローバル企業による高機能の低床トラム車両の供給はミラノでも予定されていることを本欄のミラノ・トラム編でも報告した。快適性や安全性などの面でトラムの車両がスマートに改善されることは結構なことではあるが、経済のグローバリゼーション化を背景にどこの都市でもマッチしそうな汎用型の高機能車両が幅を利かせる中で、これまでの古くてもトリノのために造られた個性的な車両が今後、徐々に退場させられてしまうのかと思うと、なんだか寂しい気持ちにもなるのだ。

著者プロフィール
市川 嘉一 Kaichi ICHIKAWA

1960年生まれ。都市・地域問題、とりわけ都市・地域交通を専門にするジャーナリスト。国内外の数多くの都市の現場を取材してきた。長年、記者として勤めてきた日本経済新聞社を2018年6月に退社。現在はまちづくり系の研究所に勤務。オペラ鑑賞が好きなこともあり、イタリアにはほぼ毎年訪問。18年3月から3カ月間、ボローニャを中心にイタリアに滞在した。近年、復活・再生の動きが目立つイタリアのトラムに関心を持ち、本連載でイタリアのまちの風景と絡めて全運行都市を紹介するのが当面の目標。博士(学術)。『交通まちづくりの時代―魅力的な公共交通創造と都市再生戦略』(単著)など著書・論文多数。 





イタリア・トラム探索の旅
もっとイタリアを知る このページのTOPへ HOME PAGEへ

http://www.japanitalytravel.com
©   JAPAN PLUS ITALY - MILANO 2013 All rights reserved